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148.静かな怒り

 テオドアは、自身に対する侮辱に頓着しない。

 もちろん、屈辱は覚えるし、蓄積した怒りや恨みも忘れない。ドロドロの感情として滅多に表さないだけで、「それはそれ、これはこれ」と割り切ることができる。

 相手に目にもの見せる機会が巡ってきたら、多少は考えるくらいか。

 しかし、自分が慕っている人々を――面と向かって侮辱されれば、話は別になる。


 そう、つまりテオドアは、『反対派』の神々に静かな怒りを抱いていた。

 先ほどまでの弁舌で、彼らはテオドアのことで女神たちを当て擦り、貶めた。それを聞き逃すテオドアではなかった。

 その怒りを感じさせないよう、あくまでも穏やかな態度のまま、椅子から立ち上がった。こちらを見る神々の視線を意識しつつ、『掟の女神』へ語りかける。


「――しかし、いきなり勝負と言われても、どのように行うのか、場所はどこなのか、ひとつも決まっていません。一対一で戦うとなると……ずいぶんと日数が掛かってしまいそうですし」

「そうですね。『反対派』の署名をすべて見ましたが、百を下らない数が協働しているようです」

「それなら」


 と、テオドアは笑みを深めた。


「決闘は、今すぐ行うべきです。形式にも拘らないほうが良いでしょう。『反対派』の皆さま方は、早く決着するのを望んでおられるようですし」




-------




 反対派の神々は、あれほどまでに気の急いた言動を繰り返しておきながら、なぜか「今すぐに勝負」という発言に難色を示した。

 おおかた、テオドアが言い出したという事実が不快なだけだろう。だが、決定権は『掟の女神』以下、裁判進行役の神々にある。

 彼らは、反対派とテオドアが勝負をすることに関して、改めて『光の女神』たちに問うた。良い返答は得られないだろうな、と思っていたが――意外なことに。

 彼女たちは一様に肯定した。


「この男は、私たちが愛した男である以前に、自分で物を考えることができる〝自立した個人〟だ。目的のために、なりふり構わず突き進む時はあるが、考えなしに突っ込む無謀ではない」


 だから、正々堂々と勝負を受けるからには、何かしら勝算があるのだろう。私は何も口を出さない。と、『光の女神』は静かに言い切った。

 『知恵と魔法の女神』は、「テオドアさんはお強いので……心配ですけど、信じてみます」と照れて笑い。

 『夢と眠りの女神』は、「本当に私の出る幕があるのなら、そうするけれど。〝待つ女〟って、か弱く見えて、人間の男の好みに近そうじゃない?」と、真顔で言い。

 『戦と正義の女神』は、「特に語る事は無い。勝算が有ると信じているのは、『光』と同じだ」と、腕を組んだ。


 ……信頼を頂けているようで、とても嬉しい。

 みんな、普段はテオドアの身の上を心配するけれど、いざというときは背中を押してくれるのだ。その事実が、とても嬉しかった。

 ますます、負けている場合ではないのである。


 急きょ、裁判所の裏庭が『勝負』の場として整えられた。

 湖畔近くの開けた場所だ。囲いも何もないが、鬱蒼とした木々が近くにあり、充分な広さもある。そのためなのか、水辺にしては土も固そうで、足場は申し分ないように見えた。

 指示を受けた精霊たちが慌ただしく行き交うのを、テオドアと女神たちは、裁判所の建物の近くで眺めていた。

 少し離れた場所では、『反対派』の面々がひとつに固まり、なにやら話し合いをしている。その中に、(くだん)の『自由と勝利の神』の姿があることを確認してから、テオドアは視線を逸らした。

 そうして、『知恵と魔法の女神』のもとへ近づくと、深々と頭を下げる。


「先日は、申し訳ございませんでした。いきなり大声を上げてしまって、ご不快な思いをさせてしまいました」

「え? あ! ああ、そのことですか」


 『知恵と魔法』は、少し驚いたように身を引き、状況を把握すると、優しく微笑んだ。


「大丈夫です。わたしは別に、直接怒鳴られたわけではなかったので。……『光』と、仲直りはできましたか?」

「はい」

「それは良かった!」


 彼女はテオドアの両手を取り、ぎゅっと握る。

 やはり、心配をかけてしまっていたんだな。大丈夫とは言ってくださったけど、ますます申し訳ない。と思って、テオドアは眉を下げた。手を握るに任せ、しばらく見つめ合う。

 ――が、いつまで経っても、解放される気配がない。

 テオドアが少し怪訝に思い始めたとき、近くで話を聞いていた『夢と眠り』が、ゆったりと近寄ってきた。


「……昨晩、仲直りしたのよね? 『光』とは。どういうお話をしたの?」

「えっと……」


 あくまでも穏やかな話し声だった。しかし、微笑みを湛えてはいるものの、目が笑っていないことに気がつき、テオドアの背筋が一気に冷えていく。

 そうですよ、と、『知恵と魔法』も明るく言った。


「わざわざ、わたしたちを別宅に追いやったんです。さぞかし、建設的なお話をしたんでしょうね」

「あ、は、はい。その……『光の女神』さまの過去と、想いを打ち明けていただいて……」

「ふうん、そうなんですか」


 あからさまに責められているわけではない。それなのに、どっと冷や汗が噴き出る。

 緊迫した雰囲気の中、テオドアは、『光の女神』のほうをちらりと見遣った。だがそれも、遮るように立ちはだかった『戦と正義』に阻まれる。


「どうした。其れだけか。……一晩は長い。話し合い以外にも、他に何か――起きたのかと思っていたが」

「あ、えー、あはは、な、なにをおっしゃる」

「動揺が過ぎるぞ」


 変な口調になったのは承知の上だ。動揺を表に出すまいと努めても、『反対派』に対峙したときとは一転、どうしても隠しきれない。

 これが、彼女たちの権能の力なのだろうか。ちょっと違うか。

 あちらこちらに視線をうろつかせるテオドアは、悪手と分かりながらも、「『光の女神』さま……」と途方に暮れて呼び掛ける。

 『光』は、三女神包囲網の隙間を縫ってきたが……悲しげに首を振って、地面に膝をついた。


「……観念したほうが良いだろうな。私も、お前も。これはどうやっても誤魔化しきれない」

「そ、そんな……!」

「え? ()()()()()って認めるんですか?」


 『知恵と魔法』は、握ったままのテオドアの手を強く握った。強く、と言ってしまえばそれまでだが、こもっている力は尋常ではない。砕け散るかと錯覚するほどである。

 にこにこと笑う二柱と、無表情だが冷たい雰囲気を醸し出している一柱。明らかに怒っている。だが、それを口に出さないので、ますます恐ろしい。


 テオドアは、ふと気が付いた。


 もしや、お三方が『勝負』にすんなり賛成したのも、お怒りが抑えられなかったからでは? こんな大変なときに呑気に愛を交わしていた罪で、一度だけでも痛い目に遭ってこいということなのでは?

 いやさすがに、そうではないと信じたい。しかし――こうも冷え冷えとした雰囲気の中にいると、どんどんと悪い方向へと考えが及んでしまう。


「――ね、お二人とも。きちんと話してくれますよね?」


 結局。『知恵と魔法』のひと押しで、ぼかしはしたものの、洗いざらいすべて話すこととなり――揃って抜け駆けを責められた。

 なんとか二人で取りなして、「来たる初夜はお三方の中から優先して選ぶ」という約束をし、事なきを得た頃には。

 会場の準備は、すべて整っていた。

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