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147.二日目の難題

 二日目の裁判は、傍聴席で参加することにした。


 あの後、急いで『秩序』の別荘に帰ると、腕を組んで怒り心頭のセラが待ち構えていた。

 おまえはやはり危機意識がうすすぎる。女神とともにいたとしても、憂慮すべきは暴力だけではない。どこで誰が、どういうふうにかんがえて、おとしめようと狙っているのかは分からない。

 ――まったくその通りで、反論のしようもない。


 テオドアは、裁判の時刻ぎりぎりまでお叱りを受け、二人で慌てて傍聴席に駆け込むこととなった。本日は、『異議のある者』が主張をする日だからか、昨日に増して神々が座っている。

 事前にセラが話を通してくれたらしく、テオドアたちは彼らと離れた特別席に座ることができた。これで、些細なことで因縁をつけられる心配は、ほとんどなくなる。


(そういえば……昨晩のお話通りに考えると、セラさまはルクサリネさまの姪ということになるのか……)


 だからこそ、自らを『光の女神』に改めたルクサリネが、『〝依代〟の儀式』に引き入れたのだろう。おばと姪ならば気安いし、亡き『最高神』の威光も借りることができる。

 憶測に過ぎないが、事実はそう大きく外れてはいないと思う。


 そんなことを考えていると、裁判二日目の開始宣言が為された。やはり『掟の女神』が中心となって事を進め、ちょくちょく他の進行役の神が口を挟むという構図である。

 長机に座る顔ぶれは変わらないが、今日は進行役たちの後ろの壁際に椅子が置かれ、見覚えのない方々がずらりと居並んでいた。

 誰も彼も、剣呑な顔つきで『光の女神』や三女神を見据えている。


「……はんたい派の神々だな。ほとんどが『併せ名』持ちだ。わかりやすい」


 隣のセラがぼそりと呟く。

 天界の顔ぶれなどまったく知らないテオドアには、誰が若い神かそうでないかなど、分かろうはずもない。

 唯一、『自由と勝利の神』と『熱意と競争の神』の親子は分かるが――暴力沙汰を起こしたからか、居並ぶ反対派の中にはいないようだった。

 話が進み、反対派の面々に発言許可が降りる。それを受けて進み出たのは、理知的な雰囲気をまとった女神だった。


「まず、そちらの女神たちの、決定的な過ちを述べさせていただきます」


 『理性と規律の女神』と名乗り上げた彼女は、縁の細い眼鏡を押し上げつつ、持っていた紙に目を落とした。


「人間は、我々のような高等種族とはまったく違う下等生物です。見た目がほとんど同じため、騙されがちですが、こちらが歩み寄って受肉しなければ子すら成せません。そんな生き物を、婚姻相手に選ぶなど、言語道断です。頭がおかしくなったとしか思えない」


 彼女の弁舌は続く。時折メモを見ていたが、言わされているような雰囲気はない。事前に複数人で話し合っていたのかもしれないが、紛れのない本心でもあるのだろう。

 曰く、有史以前から、神と人間が正式に結婚した記録はない。人間はおぞましく醜く、生産性がなく、いつも争う愚かな生き物だ。神は人間を導いてやらねばならず、ゆえに対等な立場で婚姻を結んではならない。そうしなければ、仮に子が生まれたとしても、人間の親の傲慢さを引き継いで暴れ者になる――などなど。

 よくもまあ、ここまで悪口を織り込めるな、と感心するくらいだ。明らかに侮辱されているのだが、ここまであからさまだと、むしろ実家の公爵家を思い出して懐かしくなってくる。


「……根拠がうすい。矛盾ばかりだ」


 自らが侮辱されたわけでもないのに、セラは不快げに口を曲げた。柵の向こうの四女神たちも、呆れと軽蔑の入り混じった目を『理性と規律』に向けている。

 彼女たちが味方であるだけで、自分は、どんな脅威にも負けない心強さを得られる。隣のセラを小声で宥めながら、テオドアは改めてそう思った。


 ひとしきり喋り終え、満足げに周囲を見渡す『理性と規律』へ、進行役の『掟の女神』が言った。


「では、問います。あなたがた〝反対派〟は、テオドア・ヴィンテリオと女神の結婚を認めない、ということですが」

「ええ。世界が滅んだとしても、あり得ません。我々は特別で、崇高な存在であらねばならないのですから」

「はい、充分伺いました。ですが、これは裁判です。落としどころは探らねばなりません」


 『掟の女神』は、ちらと四女神に視線をやったあと、再び『理性と規律』に戻した。


「――もしも、万が一、彼らの婚姻を認めるとしたら。なにを条件にしますか?」

「なにを馬鹿なことを……」

「必ず答えてください。どんな難題でも構いません」


 その、『難題』という部分が良かったのだろう。

 『理性と規律』は目を輝かせ、「でしたら」と、勢い付いて舌をもつれさせながら答える。


「我々〝反対派〟を、独りで破れるほどの実力がなければ。そう……そうです。女神を娶るのですから、誰よりも強い存在でなければ、絶対に認めることはできません」


 壁際の神々も、同意するように頷いている。

 その様子を見て、『掟』は口を開いた。


「では、こうするのはいかがでしょうか。テオドア・ヴィンテリオと、あなたがたの中でいちばん強い神が、勝負をするのです」


 テオドアが勝てば、反対派は、女神たちの婚姻に文句をつけない。逆にテオドアが負ければ、絶対に婚姻を認めなくて良い。

 もちろん、この勝負はあくまでも()()にするだけだ。勝敗で判決が決することはない――が、勝利したほうが優位にはなるだろう。

 しかし、『理性と規律』は不服げに首を振る。


「それでは、難題とは言えないでしょう。ここは、我々全員と戦って勝つくらいでないと」

「……殺してはなりませんよ」

「分かっています。弱っている虫を嬲り殺すほど、慈悲を忘れてはいません」


 『掟』は、『理性と規律』の言葉に頷くと、四女神に同意を求めた。


「いかがでしょう。あなたがたの愛する男を、勝負に出すというのは――」

「あ、ちょっと良い?」


 すると、『掟』の言葉を遮って、『真実の神』が手を挙げて立ち上がった。

 派閥の別なく、神々がざわめく。口さがない言葉も公然と囁かれるが、『真実の神』は飄々とした態度のままだ。


「発言を許可します、『真実の神』よ」

「うん。いやさ、ここで俺たちだけで決めんのも、ちょっと違うかなーって思うんだよね。だって勝負すんのは〝依代〟くんじゃん。てか、そもそも勝負したいとか思ってないかもだし」

「……それもそうですね。良い案だと思ったのですが」


 『掟』は目を丸くして、「初めて気が付いた」とばかり頷いた。きっと、女神と結婚したい男なら、それくらいのことはやってのけると思ったのだろう。

 しかし、『真実』は笑って続けた。


「いや、めちゃくちゃ良い案だと思うよ! でもさ、こういうのは、本人に聞いてこそじゃん?」


 言うなり、挙げていた右手で指を鳴らす。

 次の瞬間、テオドアは椅子ごと柵の向こうに転移していた。ちょうど、『光の女神』の真後ろだ。

 いきなりのことに状況が飲み込めないテオドアに構わず、彼は問う。


「この子たちね、どんなに説得しても屁理屈捏ねても、たぶん君のこと認めないよ。なにかと理由をつけて反対すると思う。だったらさ、ここでコテンパンに伸しちゃったほうが良くない?」

「お言葉ですがッ、いくら古きを生きた神とは言え、侮辱が過ぎます!」


 反対派の男神が立ち上がり、真っ赤な顔で憤る。今までさんざんこちらを馬鹿にしていたというのに、自分たちは侮辱に耐えられないらしい。

 『真実の神』は、人好きのする笑顔を浮かべて、テオドアの返答を待っている。


 ――ようやく、事態が理解できた。

 要は、さんざん邪魔をしてきた反対派の神を、一度に黙らせる絶好の機会ということである。


 四人の女神がこちらを振り返り、心配そうな視線を向けてくれる。それに微笑みで応え、テオドアもまた立ち上がった。


「……僕が勝負に勝ったら、今の侮辱を撤回していただけますか?」

「勝てるとは思えないけど。思い上がるのも大概にしなさいよね」


 『理性と規律』は、ぞんざいな口振りでテオドアを嘲笑う。壁際の神々も失笑を堪え切れずにいた。よほど、テオドアが目障りなようだ。

 テオドアは、微笑みを絶やさずに言った。


「その勝負、お受けします。僕たちの婚姻に反対する皆さまがたと、ぜひ戦わせてください」


 大丈夫。勝機は充分にある。

 ――唯一の懸念は、昨日に宣言してしまった、「罪のない神を害さない」という誓いだが……。

 それをも逆手に取って、戦えば良いだけの話だ。

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