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143.波乱の裁判初日・後編

 ――以前、『光の女神』が言っていたことを思い出した。

 天界は、数百年単位で顔触れに変化がなく、なにか大層なことが起こるわけでもない。必然、彼らは退屈凌ぎに刺激を求める。それが恋愛であると。自分はもちろん、赤の他人の恋愛事情にも強い興味を抱く傾向にある。

 あまり恋愛をしたくない者にとって、天界は少し生きにくい場所なのだと。


 純粋に輝く『掟の女神』の目を見ていると、それが事実だと思い知らされる。

 いや、テオドアも男だ。婚約を決めた四人の女神のことを、深く愛している自信はある。この場で宣言することだって――照れはするが、厭わない。

 しかし、即興で言う準備ができていない。

 三女神との馴れ初めは「前世」だが、テオドアはその記憶が無いことになっている。『光の女神』に惹かれた理由も、細々と幾つか挙げられはするが、すべて本質を突いていない気がする。


(愛って、説明が難しいものなんだなあ……)


 などと、哲学的なことも思いつつ。テオドアは直立し、涼しい顔を努めて保ったまま、考えを絞った。

 喉が異様に渇いている。緊張からだろう。


「……分かりました。では、どなたからお話いたしましょうか」

「そうですね。あの『併せ名』三人のいずれかからはどうでしょう? ()()()()の目に遭っておきながら、あなたが伴侶として選んだ理由を知りたいのです」


 まあ、外野からは気になることだろうな。誘拐に前世の暴露、死者蘇生のために魂を奪おうとまでされた。なのに、強制ではなく結婚しようとするなんて。

 テオドアは無言で頷き、部屋の奥、柵の向こうの神々を見据えた。左側の長机に目を遣らなかったのは、そちらを見ると緊張で卒倒してしまいそうだったからだ。

 だから、今、彼女たちがどんな顔をしているのかは分からない。


「皆さまもご存知の通り、僕は、僕が結婚しようとしている三人の女神さまに、大変な目に遭わされたことがあります」


 左のほうから、誰かが息を呑む気配がした。三柱のどなたかだろうか。それとも、『光の女神』さまだろうか。

 ――「神」へ対するなら、ここで美辞麗句を並べ立てるのが「人間」の役目だろう。

 しかし、今から自分は、その垣根を超えて女神を娶ろうとしている。生半可なおべっかはかなぐり捨てて、自分の本心だけを語らなければ、不誠実である気がした。


「正直、前世のことを言われても、混乱するばかりでした。僕は〝その人〟ではありません。お三方の愛は本物だと感じられました。しかし、やはり〝その人〟に向けられた愛であって、僕のものではないように思いました」


 おそらく、その感覚は、一生ついて回るだろう。

 前世と今世が同一人物か否か。テオドアは「否」寄りの意見だ。例え記憶があったところで、それは記憶を持っただけの別人である。

 一方で彼女たちは、同一人物として見ている。だからきっと、この部分の意見では、永遠に相容れないのだ。

 それでも。


「僕は……『知恵と魔法の女神』さまが、楽しそうに本を読んでいる姿を眺めるのが好きです。『夢と眠りの女神』さまとお話をするのが好きです。『戦と正義の女神』さまの鍛錬の風景を、見学させていただくのが好きです」


 前世のあの日、憧れた三柱の姿は。テオドアの魂の奥底に深く刻まれて、決して消えることはないと思う。

 だから、散々な目に遭っても、彼女たちのことを嫌いになることができない。やったことについては罰を受けるべきだけれども、幸せになってほしいし、できるならそばにいたい。


「願わくば、僕がお三方の幸せを作る、一端を担いたい。前世の延長で愛してくださっているのだとしても、それごと引っくるめて愛していきたい。そんなふうに思います」

「なるほど……良い覚悟ですね」


 横目で見ると、『掟の女神』は、心なしかうっとりと目を細めて微笑んでいた。テオドアは視線を戻し、逸る心臓を抑えつつ、「次に」と続ける。


「『光の女神』さまは、とてもお優しいお方です。僕が戸惑い、迷っていたときには、いつも相談に乗ってくださいました。そして、静かに背を押してくださるんです」


 つい昨日、盛大に喧嘩をした相手への愛を語るのは、なんとも気まずいところがあるけれど。

 テオドアは、言葉に嘘や取りこぼしがないよう、慎重に言葉を選んだ。


「――初めは、きっと、愛情に飢えていたんだと思います。人間にとって、家庭環境は、とても重要な役割を果たしますから。まったく問題のない家庭などありませんが……僕は充分な〝愛情〟を、無意識にも欲していました」


 ひどい家庭環境だった。迫害もそうだが、真に心を許せる人間が母ひとりだったことも大きい。

 だが、その母も、結局は父との愛を取った。特に、それを責めるつもりもない。嫌悪も落胆もないが、ただ……。

 『光の女神』に惹かれたのは、「安心できる愛を求めて」だったのは、間違いないだろう。


「ですが、対話を重ねていくうち、『光の女神』さまも同じように悩み、苦しむことがあると知りました。母や姉のように振る舞ってくださる一方で、弱さもあり、それを見せられるほど心を許していただけている。それが……とても、嬉しかった」


 神は完璧ではない。喜びもあれば悲しみもある。平等を謳っておきながら贔屓もする。それを教えてくれ、いちばん近くで体現してくれたのが、彼女だった。

 なんとも思っていない人間には、きっと、外行きの「清廉な女神さま」の顔しか見せないだろう。心を許してくれること自体が、テオドアにとって、一種の「愛」だったのかもしれない。


「……僕の拙い言葉では、これが精一杯です。ご質問の答えになっているでしょうか?」

「ええ。それはもう。あなたと四人の事情が、よく分かりました」


 テオドアが恐る恐る『掟の女神』を見ると、彼女は満足げに腰を下ろし、『秩序の女神』以下「裁判進行役」の顔を見渡した。

 彼らの表情はさまざまだ。純粋に面白がっている顔、特に感慨もない顔、興味もなさそうな顔。『掟の女神』は、再びテオドアを見て、言う。


「では、あなたへの質問は以上となります。いらした時と同じ扉を出て、控室へお戻りください。……明日からは、あなたも裁判の見学ができますから、もし希望するのであれば、あとで申し出てくださいね」




-------




 部屋に戻るなり、テオドアは熱くなった顔を隠してうずくまった。

 控室は、魔法が解けたのか、野原から元の書斎風景に戻っている。テオドアは部屋の角に陣取り、壁に頭をつけ、遅れてきた羞恥に耐える。

 と、背後で扉が開閉する音が聞こえた。


「……なにをやっている。隅にたまった(ほこり)のまねか?」

「違います……埃の例え、お好きなんですか?」

「いや、おもいついただけだ」


 セラは、テオドアの後ろに立ち、「いちぶしじゅう聞いていた」と言った。


「『掟の女神』も、酷なことをする。愛をさけぶのが苦手なものなら、あの仕うちは拷問にひとしいだろう」

「そ、そこまでではありませんが……その、大勢の前で言うのは流石に恥ずかしくて……」


 あの場にて宣言しているときは、正直いっぱいいっぱいで、自分が何を言っているのか精査する余裕がなかった。

 だが、冷静になると、彼女たちに面と向かってさえ言ったことのない愛を、公の場に晒したことに実感が湧いてきた。

 かなり恥ずかしい。穴を掘って埋まりたいくらいである。


「そこまでへんなことは、言っていなかったとおもうが。単にすきなところを挙げただけだぞ」

「うう……」

「慣れていないのもあるだろうな。よし、いまからもういちど法廷にもどって、おもいきり愛をさけんでこい」

「それこそ拷問では!?」


 二人が元気に騒いでいると、控えめに戸を叩く音がした。

 騒ぎ過ぎたか、と息を詰めるテオドアをよそに、セラが誰何(すいか)する。


「少し良いか。……テオドアと、二人で話がしたい」


 返ってきたその声は、紛れもなく、『光の女神』のものだった。

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