表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/251

135.秩序の女神

「あの……僕、殺されると思う? それとも、すごく歓迎されると思う?」

「……」

「あ、ごめんね、食事中に。でも話だけ聞いてもらいたいんだ……」


 ペガサスは、一度テオドアを見遣ってから、また飼い葉桶の中に顔を突っ込んだ。

 美しい羽はすっかり畳まれ、馬体は狭い馬屋になんとか収められているが、窮屈そうには見えない。つくづく、凛とした佇まいの神獣だと思う。

 テオドアは、飼い葉桶の前にしゃがみ、口を動かすペガサスの様子を見ながら言った。


「五日だよ。五日間、僕は、セラさまと同じ寝台で寝ているんだ」


 その言葉に、ペガサスはちらりと目を上げた。が、さして驚いた様子はない。最悪は蹴り殺されると思ったのだが、どうやらそこまで過保護ではないらしい。

 いや、彼女と付き合いの長いペガサスのことだ。『セラならやりかねないだろ』と思っただけかもしれない。

 適度に無関心な態度に勇気づけられ、テオドアは小さな声で先を続けた。


「たぶん、住居を用意してくれた方々も、僕が一人で滞在すると思ってたんだろうね。家具が全部、一人用だったんだ。それは別に良いんだけど……」


 問題は、セラの寝床である。

 テオドアは始め、自分が床で寝ると主張した。セラがこの家で寝泊まりする理由は、『テオドアを過激な思想の神々から守る』ためなのだから――彼女に不自由な想いをさせてはいけないと思ったのだ。

 だが、彼女は、なんてことのない調子で言った。


「その寝台は、そこまでせまくないだろう。我々ふたりが共にねむれるくらい、上等なものだとおもうが」

「いっ……しょに眠る、ということでしょうか?」

「さきほどから、そう言っている」

「いや、あの……それは流石にちょっと……」


 確かに、寝台は小さくない。テオドアが両手足を伸ばして寝転がっても、まだ充分な余裕がある。

 かと言って、セラと二人で眠るというのは、流石にまずい。

 どうにかして断ろうとしたが、セラは本気で、同じ寝台に眠っても問題ないと思っているらしい。邪気のない瞳でこちらを見返し、言った。


「おまえが床にねて、けっきょく疲れてしまっては、こまる。有用な家具や空間があるなら、よく活用すべきだ」

「う……そう、かもしれませんが……」


 その後も足掻きに足掻いたけれど、結局は押し負け、テオドアはセラと同じ寝具で眠っている。緊張して、別の意味で疲れてしまうものの、寝台で眠ることで体力が温存されるのもまた確かだった。


 そこまで説明して、テオドアは、食事を楽しむペガサスを見上げた。


「セラさまは、僕をいちばん近くで警護しようっていうお考えだったから、ああいう提案をなさったんだ思うよ。思うんだけど、このことが『光の女神』さまたちにバレたら、どうなるか分からなくて」

「……」

「天に誓ってやましいことはしていない。けど、まず、同じ寝台に寝ること自体が不健全だよね!?」


 ペガサスは首を上げ、黒々とした瞳で、テオドアを見下ろした。右前足の(ひづめ)で床を掻き、ふーっと深く鼻息を吐く。

 それはまるで、テオドアの狼狽に呆れているような――『五日間も逃げずに一緒に眠っときながら、今さら何言ってんだテメエ』とでも言いそうな雰囲気だった。

 しかし、ごもっともである。テオドアは頭を抱えた。


「わ、分かってる。断り切れなかった僕が悪い! でも、セラさまは『光の女神』さまと親交がお有りだし、三女神さまはどのようにお思いになるかすら分からないし! 不貞の罪で一回殺されて一生監禁される、みたいなことになったら――」


 限りなく失礼な想定だが、テオドアにとって三女神は〝思い切ったら何をしでかすか分からない方々〟だ。まずもって第六夫人になる気満々のセラを、そう簡単に受け入れてくださるだろうか。

 不貞認定で殺される、というのは大袈裟にしても。なにか、ひと悶着起きそうな気がしていた。


「ペガサス……セラさまって、昔からああいった、自由奔放なお方なの?」

「……」

「言葉は分からないけど、肯定されてる気がする……」


 ペガサスは心なしか肩を落とした様子で、遠い目をした。長い付き合いの彼が疲れるということは、昔からああいうふうらしい。

 千歳以上の女性を、無邪気と形容するにはためらいが勝つが。長きを生きているゆえ物事に頓着がなく、達観していて、そのせいで逆に無邪気な印象を受けてしまう。

 まあ、彼女は少年神より強かったので――必然に巡ってきた危険も、そのまま跳ね除けてきたのだろう。

 だが、危なっかしいのは確かだ。今までが大丈夫だったからと言って、この先も大丈夫だという保証はない。

 もし、セラより強い存在が、彼女の隙に付け込んで悪さをしたとしたら……?


「うーん、僕になにができるかは分からないけど、第六夫人になっていただくのは良い選択なのかもなあ……」


 少なくとも、セラが無茶をする前に、引き留める権利は得られる。基本は妻の意見を尊重するが、危険なことは見過ごさない。

 それに、第二夫人になるらしい『光の女神』も、事によっては一緒に止めてくださるかもしれない。


 テオドアが本来の目的を忘れて、真剣に考え込み始めた、その時である。


「おい、客がきたぞ」


 馬屋の入り口から、金の髪の少女が、ひょっこりと顔を覗かせた。

 今日はペガサスに乗る用がないのか、いつもよりも動きにくそうな格好をしていた。涼しげな色のドレスを身にまとい、髪も綺麗に結い上げている。

 朝、同じ寝台から起き出した時は、そんな服は着ていなかった。大人びた姿に、少し見惚れる。


(いやいやいや。まずいまずいまずい!)


 打ち消すように、首を大きく振る。このまま進んでしまったらまずい気がする。なにが、とは具体的には分からないが、そちらの扉を開いてはならない。


「どうした。あたまに(ほこり)でもついたか」


 セラが首を傾げる。

 ただ『可愛いらしいな』と思っただけなのに、この罪悪感はなんだろう。そこにはなんの他意もなかったはず。第六夫人になると言われて、同じ寝台で寝起きしているから、思考も妙な方向へ寄ってしまうのか。

 どうにもいたたまれなくなり、テオドアは額に手を当て、「大丈夫です……」と絞り出した。

 そうして、背にペガサスの呆れた視線を感じながら、セラと共に馬屋を後にしたのだった。




-------




 テオドアの仮宿(かりやど)に、その女性は背筋を伸ばして座っていた。

 家は二部屋あり、炊事をするための炉がある部屋と、寝台がある部屋に分かれている。女性は、小さな木のテーブルの前に腰掛けながら、鍋でスープが煮えていくのを興味深げに眺めていた。


「またせたな。おまえも忙しいというのに」

「いいえ。これが仕事だもの。時間は取ってあるわ」


 女性は振り返り、完璧な微笑みを見せた。

 テオドアは、一瞬、背筋に冷えたものが走った気がして、足を止めかける。だが、セラがずんずんと女性に近付くので、また歩を進めた。


「この男がテオドアだ。おまえは、『選定の儀式』をみていたな。みおぼえはあるだろう」

「ええ、それはもう。赤い髪の候補者は、よく目立っていたもの。――周りは〝依代〟の話題で持ち切りよ。四人の女神を同時に娶ろうとする、畏れ知らずの男だって」


 そう言いながら、女性は立ち上がり、テオドアたちに向き直った。セラが彼女を手のひらで示して、言う。


「紹介する。『秩序の女神』だ。こんかいの裁判で、おまえの結婚の成否をきめる神のひとりだ」

「よろしくね」


 女性はくすくすと笑って、右手を差し出してきた。

 明るい女神さまだ。テオドアは緊張を少し解き、ためらいつつも手を握り返した。


「ふふ、わたくしの手を握った男なんて、数えるほどしかいないのよ。名誉に思いなさい」

「は、はい」


 テオドアは、恐縮しながら、改めて『秩序の女神』のお姿を見る。

 萌黄色の髪が美しい、魅力的な女性だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ