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133.わがまま放題の少年

 結論から言えば、テオドアが泊まるはずの宿には、一日で辿り着けなかった。

 宿のある町に辿り着くどころか、一面の麦畑さえ抜けられなかったのだ。


 特別居住地が広過ぎる、と言うのもある。地界の人間たちと同じように、ここにも身分制度のような慣習があった。より力の強い神に引き立てられた人間の子孫は、貴族のように土地を持っているのだという。

 ただ、領民などはいないため、彼らは神に頼んで、好き勝手に土地を作ってもらった。肥沃で、手入れなどせずとも美しいままの土地を。それが子に引き継がれ、その代でまた土地を造ってもらい――と、繰り返して、千年以上。

 居住地は、地図に描ききれないほど巨大になっていた。


「では、セラさまも土地をお持ちに?」

「まあな。まがりなりにも、父親が父親だ。その娘が、せせこましいところにすんでいる、となると、他にしめしがつかない」

「へえ……やっぱり、どこでもそんなしがらみがあるんですね」


 テオドアは感心して頷いた。

 人間が、人間として在る限り、上下の差をつけないと気が済まないのかもしれない。富や名声に無縁で、なんなら彼ら自身も神に近い力を持っているはずなのに、その血縁や由縁で差別化を図るなんて。

 まあ、『光の女神』が幾度となく言っていた通り。神々も、そういうものに囚われているのだろうが。


 一行は、セラを通して持ち主に許可を取り、畑近くにあった廃屋で夜を明かすことにした。気休め程度だが、外の木にペガサスを繋ぎ、その木の上で雛二羽が休む。

 旅の行程で、少しは慣れたのだろう。二羽が楽しげに騒ぐ下で、ペガサスは羽を畳み、ゆっくりと寝そべる。今のところ、煩わしがって噛み付く様子はなかった。

 ――ペガサスのほうが心配ないって、どうなんだろう。

 テオドアはそっと目を上げ、小屋のど真ん中で踏ん反り返る少年を見た。


(無礼は承知の上だけど、遅れたのはたぶん……いや絶対に、このお方の存在があったからなんだよなあ)


 少年神のわがままぶりは、ひどいものだった。

 まず初めに、出立する前、ペガサスに乗ってみたいと駄々を捏ねた。農婦に叱り飛ばされても揺るがず、道のど真ん中で大の字になって泣き喚く。

 ペガサスは嫌そうに彼を避けていた。だが、少年は諦め悪く、テオドアたちの隙をついて乗り込もうとし、盛大に振り落とされて、また泣いていた。

 話し合いの末、テオドアが少年神と並んで歩いた。セラがペガサスに乗ることには、少年は文句をつけなかったからである。


 そこからも――テオドアをこっそり蹴ろうとして『全自動防衛魔法』に弾き飛ばされ、泣いて座り込む。怒ったセラが無理やり引き摺っていこうとしたのを、全力で暴れて阻止する。足が疲れたと言って立ち止まる。「汚い鳥め!」と言って雛たちの羽を(むし)ろうとして、逆にこれでもかと突き返される――などなど。

 いちいち対処を迫られるテオドアとセラは、無駄な疲労を課されていた。


「池にしずめてやろうか」


 極力、少年神と距離を取りたいのだろう。セラはテオドアのすぐそばに座り、小さく、しかし怒りのこもった声で呟いた。

 正直なところ、気持ちは分かる。この数時間だけでも、彼に対する苛立ちや徒労感は増すばかりだ。

 それでも、今、自分が一緒に怒っては、なにもできなくなる。侮辱されるのは、悲しいことだが慣れていた。

 平静の心を忘れまいと、改めて決めた。

 の、だが……。


「おい、人間。いつまで座ってる」

「はい?」

「どうして貴様なんかが、神と同じ場所で寝泊まりできると思ってるんだ。外に出ろよ」


 少年は腕を組み、顎をしゃくって外を示す。


「貴様らなんかについてきたばっかりに、こんな薄汚いところに滞在する羽目になった。罰だ、罰。下等生物は這いつくばるのが普通だろ」

 

 あんまりな態度に、鎮めたはずの怒りがぐっと込み上げた。が、テオドアが何かを言うより先に、一直線に飛び出していく影があった。


 セラだ。少年と同じくらいの体格でありながら、いとも容易く彼を張り倒す。床に強かに頭を打ち、床に転がってまた泣き出した少年の腹に、片足を置いた。

 そこまで力を込めていなさそうなのに、もがく少年の動きを完全に制している。


「――おまえは、ろくなしつけもされていない、ただの獣なのか?」


 見下ろすセラの瞳は、見たことがないほど冷え切っている。


「なっ、け、獣だと――!」

「獣でもおこがましい。ほとんどの獣には、知性がそなわっている。おまえにはそれすらない」


 顔を真っ赤にして怒る少年にも、セラは動じなかった。

 テオドアは思わず腰を浮かす。が、彼女から鋭い一瞥をもらい、ゆっくりと座り直した。

 邪魔をするな、と言っていたのだろう。そう理解したからである。


「いいか。おまえは、くさっても神の一員だ。その身が尊ばれることくらい、しっているだろう。くわえて、おまえはまだ子どもだ。だからこそ、テオドアはおまえを送ろうとした。純粋なしんぱいからだ」

「はっ! 頼んでもいないのに恩を着せる気かよ!? そんなもの、当たり前――」

「そうか、なら、ここからはひとりでいけ」


 言うが早いか、セラは少年の首根っこを掴み、片腕で持ち上げて振りかぶった。

 少年は、ものすごい勢いで壁をぶち破り、暗い外の地面に転がった。ただでさえ脆い廃屋は、支えが欠けたために不穏な軋みを立てたが、やはりセラは気にしない。


「かんがえてみれば、おまえはあの麦畑まで、ひとりで来たんだったな。かえりも同じように行けばかえれるぞ」

「ふ、ふざけんなよー! 半神の分際で、僕に逆らうなんて!」

「人間や半神のほうにも、崇める神をえらぶけんりはある。権威にあぐらをかいているだけでは、信仰がえられずに消える」


 よく覚えておくことだな、と言い捨て、セラはこちらを振り向いた。


「いまから、アレを始末してくる。おまえは、この小屋を、ものすごく快適にしておけ」

「か、快適、とは……?」

「たとえば、ペガサスとネフェクシオスたちを招きいれても、なお空間があまるくらいひろいとか。いちど寝たらおきあがれないくらい良い寝台があるとか……まあ、おまえにまかせる」


 開いた壁の穴から出ていこうとするセラを、テオドアは咄嗟に呼び止めた。


「あ、ありがとうございます、セラさま! その、僕のために怒ってくださって」

「……はんぶんは、おまえのためではない。こちらも限界だった。だが」

「はい」

「おまえの立場も……りかいできる。〝依代〟とはいえ、ただの人間が、神にたてつくことはむずかしい。礼はうけとっておくぞ」


 そう言って、わずかに目を細めたあと。

 乗馬用のズボンを履いた少女は、軽やかに外へ出て、喚く少年をどこかへ引き摺っていった。

 〝始末〟と言っていたが、殺しはしないだろう。曲がりなりにも神さま相手だし。……たぶん。

 若干、少年の生死に不安が残りつつも、救おうという気持ちは起こらなかった。大騒ぎで目覚めたペガサスたちが、なんだなんだと大穴から顔を覗かせるので、彼らを目一杯労わる。


「やっぱり、二人旅に戻すことにしたよ。少し遅れたけど、明日には目的地に着くからね」


 彼らにも、さんざん苦労を強いてしまった。テオドアが「送る」と言い出した手前、どうしても申し訳なさが勝つ。

 ペガサスの首を撫でながら、ごめんね、と言う。雛たちにも向けた謝罪だった。


『お馬さん、気にしてないってー!』

『ボクたちも、気にしてないよー!』

「……ありがとう」


 一羽がペガサスの頭に乗り、一羽が背に乗る。ペガサスの通訳もできるとは知らなかった。

 予想外の速さで仲良くなっている。ペガサスも、上に乗った雛を邪険にすることなく、テオドアの肩に自らの頭を添わせた。

 誰かが過度な介入をしなくても、子どもはぐんぐんと大きくなる。失敗も成功も飲み込んでいく。そういうものなんだな、とテオドアは悟った。


(あの神さまは、そういう成長の機会に、恵まれなかったんだろうか)


 たった百年では難しいのかもしれない。

 テオドアは考えを切り替え、廃屋の修復と改装に注力した。

 開いた穴を魔法で元通りにして、さらにガタつきや劣化を直す。小屋の大きさはそのままに、内部空間だけ広げる――ことはまだできなかったが、急きょ外に小屋を建て増して、ペガサスたちの寝る場所を確保した。

 さて、あとは、要望通りの寝台の用意だ。

 見違えるほど綺麗になった小屋で、テオドアは藁を掻き集め、長四角の形に整えた。これを寝台に変えるのである。


 と、ここで、扉が叩かれた。

 おそらく、セラだろう。少年を引き摺っていってから、だいぶ時間が経っている。


「はい! セラさま、お帰りなさ――」


 テオドアが急いで扉を開くと、そこには。

 頭から黒い布を被った、見覚えのない人物が、夜闇の中に佇んでいた。

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