132.待ち伏せていた神さま
「父さんが言ってたんだ! 使い捨ての道具には、それ相応の対応をしてやらなきゃって!」
「うーん、なるほど」
「なんだその顔! 馬鹿にしてんのか!?」
「いやいや、馬鹿にはしていません。どんな顔をして聞いていたら良いか、分からないと言いますか……」
農婦の農作業小屋にて。少年神は後ろ手に縛られたまま、解放された口でさまざまなことをまくし立てる。
テオドアは、ぶつけられる不満をどうして良いか分からず、苦笑いで話を聞いていた。セラは、煩わしそうな視線を何度か寄越しつつも、開いた扉の前でペガサスや雛たちと戯れていた。
つまり、一緒に対応してくれるつもりはないらしい。
小屋は綺麗に掃除されていて、農具が隅に積まれている以外は、藁を枕に眠れそうにも思える。持ち主たる農婦は、「冷たい水くらいは出すよ」と言い置いて、いったん自分の家に帰っていた。
テオドアたちは、いちおうは彼女が戻るまで、この少年神を見張っていなくてはならない。
「ええと。僕に対する不満は、よく分かりました。だから、僕を待ち伏せて……捕まえて殺そうとしていたんですね」
ようやく話が途切れたのを見計らい、テオドアは言った。
おおむねは、セラが事前に懸念していた通りの動機だった。彼は、周囲の神々が言っていたことに同調したらしい。
――四人の女神と正式に婚姻したがっている人間がいる。なんと不遜で愚かな男だろう。女神たちは騙されているに違いない。愛人ならともかく、夫となるなんて以ての外。
――裁判なんてする余地なし、捕まえてぶつ切りにしておこう!
(ぶつ切りにしておくって言うのが、いちばん恐ろしいけど……)
まあ、それはテオドアが〝依代〟だからだろう。
神に不遜な態度を取ったけれど、〝依代〟としての価値はあるし、殺しておけば裁判も無効になるし、良いことずくめだ! と話し合って決まったのかもしれない。
それにしても――神に関わりがあるらしい女性とは言え、「農婦」にしてやられてしまう神さまに、実行役を任せて良いのだろうか。
「そうだっ! 父さんの言いつけ通り、貴様を捕まえるために来た!」
「……司る権能を伺っても……?」
「下等生物に教えてやる義理はないっ」
取り付く島もない。鼻息も荒くそっぽを向く。
テオドアは腕を組み、少し考えてから、顔を上げた。
「仕方ありませんね。セラさま、少しよろしいですか」
「なんだ」
雛を軽々と持ち上げたセラが、こちらを見た。
「セラさまは、このお方をご存知ですか?」
「直接はしらないな。だが、みたところ、百歳くらいというのは、そのとおりだろう。だとすると……ぜんかいの〝依代〟が選ばれたころにうまれているから……」
彼女は空を見上げ、しばらく記憶を探るような素振りをしたあと、はっきりと言った。
「『自由と勝利の神』と、『酒と享楽の女神』の息子だろう。たしか百年前、ひさしぶりに生殖でうまれた神がいると、おおさわぎしていたからな」
「ぐぬぬ……」
当の少年神が「なぜ分かった!」という顔をしている。セラを睨みつけ、全身で不服を表しながら。
……そういうのは、あまり表に出さないほうが良いんじゃないだろうか。そもそも、自分たちの企みや思惑を、敵であるテオドアに喋ってしまうのもいかがなものかと思う。敵対勢力ながら、少し心配になった。
百歳くらいはまだ子ども、と言ってしまえばそれまでなのだろうが――
テオドアは、いったん少年から離れ、セラのそばに近寄って、小声で言った。
「……あの、このお方の仰っていることは、本当なのでしょうか……?」
「おいっ! なんで内緒話なんかするんだよ!」
背後でなにやら暴れる音がするが、とりあえず後回しにする。セラも、音には我関せずと、小声で答えてくれた。
「ほんとうではあるだろう。だが、ほかの……おまえを排除しようと企むやつらが、あの神の行いをしっているかはぎもんだな」
「つまり、今回の件は、あの神さまの暴走だと?」
「その可能性はたかい」
ふざけるな! 卑怯者! なに話してるんだ!!
叫んで暴れることで、結局、内緒の話がますます聞こえなくなる、ということに気付かぬまま。少年はじたばたともがく。
それに紛れて、二人の会話は続いた。
「独断で僕を捕まえにきた……何のために? お一人で来るよりも、大人の神さまのお力を借りたほうが、よほど成功率が上がると思うのですが……」
「……これは憶測だが。あいつは、父親か母親にみとめられたいんだろう」
「認められたい……?」
いまいち、しっくりと来ない。
思い返せば、雛たちが自分に「良いところを見せたい」と思っているというのも、セラに言われるまで気が付かなかった。
前世も今世も、生育環境上、誰かに認められるという状況になかったからだろうか。誰か特定の人物に、「認めてもらいたい」と感じることが極端に少なかった。
ただ、がむしゃらに、そのときにできることをやり続けてここまで来た。独断で突っ走ってしまったことももちろんあるが、動機が違う。
成功も失敗も引っくるめて、自分の選択だ。周りにどう思われようが、あまり興味がない。
セラは、腕の中にいた雛二羽を、空に向けて放った。彼らは楽しげに宙を舞い、たまにペガサスを掠めては、文句を言われるが如く鼻を鳴らされている。
その様子を眺めながら、彼女は言った。
「……おまえは、よくもわるくも、個が確立しているのだろうな。だれにも依存しないかわり、だれとでも良い距離をたもつことができる。まあ、踏みこんでほしい者たちには、そこがふまんになるだろうが」
「そうでしょうか……」
「ああ。だが、ふつうは、じぶんを庇護してくれる者に、関心をもってほしいとねがうものだ。父親や母親、親戚、血縁にないほごしゃにいたるまで」
テオドアとセラは、揃って少年のほうを振り向いた。
相も変わらず、彼は口でも肉体でも暴れまくっていたが――見方を変えれば、不安を誤魔化すために騒いでいるようにも見える。
百歳。人間にとっては長寿だが、長命の者にとっては幼子。『大戦』前から生きるセラよりずっと年下で……なんなら、先ほどの農婦よりも若いかもしれない。
さらに、神は長寿であるぶん、精神の成長がゆっくりだとも聞いている。
駆け引きが苦手で、杜撰な待ち伏せをしたのも、それならば頷けた。
「なんにせよ、あのお方は、保護者の方にお返ししましょう。ずっと捕まえたままにはしておけませんよ」
「そうだな。だが、ペガサスにも、たえられる重量というものがある。われわれをのせただけで、精いっぱいだ。縄をつけて、あるいてもらうほかないだろう」
「引きずって連れて行くのは、あまりにも不敬ですね……でも、他に手段がないなら……」
だが、二人の悩みは、すぐに解消した。
自宅から戻ってきた農婦が、騒いでいる少年神を一喝したのである。
「そんなに騒いだところでなんもなんないだろ! アンタは失敗してんだ、まずそれを受け止めな!」
「ひ、ひいい……」
「なっさけない! もっとビシッとしな! お父さんお母さんにも、アンタのやったことをちゃーんと報告すること!」
捕まったときに、よほど怖い思いをしたのだろう。
農婦が声を発しただけで、少年は怯えて縮こまった。あとは、テオドアやセラが言うことにさえ、小刻みに頷くだけ。
――不安は残るが、ともかく。少年には、テオドアが滞在する予定の宿まで、縄なしでついてきてもらうことになったのだった。