表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/251

131.特別居住地の麦畑

 特別居住地は、天界と繋がっている。

 正確には、二つの地区を隔てる「門」があり、神々が自由に出入りしているという。ゆえに、ぎりぎり天界ではない『居住地』と言えど、そう簡単に辿り着かれては困るのだ。

 そのための、「正しい道を外れたら地界へ落ちる」という仕掛け。羽を持っていようがいなかろうが、遥か遠い地面に真っ逆さまだ。身体を守る術があるなら、まだ生き残れるが、たいていは叩きつけられて死ぬ。


 セラがそう説明してくれている間、テオドアはそわそわと頭上の二羽を見て、またセラの後頭部へ視線を戻す、ということを繰り返していた。

 だが、父親の心配をよそに、雛たちはすぐ順応した。的確にペガサスの上を飛び、なんなら道先案内人のように少し先も行く。

 ピィピィと盛り上がる声を聞くに、『目を凝らしたら、なんかピカピカした道が見えてきた!』らしい。

 テオドアがどんなに目を凝らしても、「ピカピカした道」は見えなかった。きっと、怪鳥や神獣には見える、特殊な素材で作られた道なのだろう。


 しばらく進むと、辺りの空がだんだんと暗くなってきた。

 太陽が沈んだ……わけではない。空の上部から黒い幕が降りてくるかのように、青空から、無数の星が瞬く黒い空へと塗り変わっていく。その中でも、太陽は未だ、燦然とした輝きを放っていた。

 テオドアが後ろを振り返ると、ずいぶんと丸くなった地平線と、海の上をさまざまに渦巻いて流れていく白い雲が、遠くに見えた。


「ゆれるぞ、しっかりつかまっていろ」


 セラが注意を促し、テオドアは素直に聞き入れ、手綱に掴まる手へ力を込める。

 刹那のあと、ペガサスが大きく前足を上げ、宙へと跳ね上がった。まるで、階段を二段飛ばしで駆け上がるかのように、垂直に疾走する。

 そうして走るうち、周囲がまばゆい光に包まれ――


 光が収まると、二人を乗せたペガサスは、のどかな農地の真ん中に立っていた。


 少し遅れて、二羽の雛が、ぱっと目の前に現れる。彼らは、口々に歓声を上げながら、ペガサスの隣の地面に降り立った。


「ここは……?」

「『特別居住地』のはずれにある、農地だな。たべものをつくらずとも、とくに問題はないのだが……退屈はひとをころす。しゅみでやっている者もおおい」


 なんでも、『特別居住地』に住む者たちは、ほとんど何も食べずとも生きていけるという。

 曲がりなりにも神に召し上げられ、天に近い場所に住むのを許されている人々だ。寿命が延びると同時に、極端に食が細くなり、数ヶ月に一度催される饗宴だけで、事足りる者が多いのだとか。

 だが、必要最低限で生きていくだけでは、長い人生に彩りがない。美食を追求する者もおり、畜産や農業を営む者もいる。

 趣味、というのも、あながち間違いではないのだろう。


 テオドアは、穏やかに歩むペガサスに乗りながら、左右に広がる景色を眺めた。黄金に輝く麦畑は、地平の向こうのどこまでも続きそうな広さである。

 青空のもとで光を浴び、あちこちで擦れ合う音が聞こえる。


 そのうち、行く先々に、質素な家が現れるようになってきた。どれも、街の家とは異なり、木を組み合わせただけの小屋という様相である。

 想像していた景色と、少し違う。テオドアは、我が胸に飛び込んできた二羽を気合いで抱えつつ、麦畑と家を見つめた。


「……予想がはずれたか? もっときらびやかなものだと思っていたんだろう」

「えっと……はい。天界に近い場所だと伺ったので……」


 テオドアを含む地界の人間は、天界や神、それに属する存在を異様に特別視している。もちろん、神々は神聖なものだから、それ自体は正しいことだ。

 だが人間たちは、「尊いものは煌びやかである、贅沢である」という価値観のもと、生きている節があった。

 例え、神々の本当の価値観から、かけ離れていたとしても。


「ロムナから、『天界はそこまで豪華ではない』とは聞いていたのですが――やっぱり、こうも長閑(のどか)だと、驚きますね」

「天界は、もっとのどかだぞ。百年にいちど覗くくらいだが、いまだに千年以上まえの生活をたもっている」

「百年に一度……ああ。セラさまは、〝依代〟選定に関わっていますもんね」

「すこしくらいなら、天界にも滞在できるからな」


 それは、覗く機会もあるだろう。半神ゆえ、天界の環境にも対応できる……受肉の手間がなくとも、地界と天界を行き来できる貴重な存在として、「〝依代〟選定」に関わっているのかもしれない。

 あるいは、今は亡き『最高神』の娘だから、というのもあるだろう。


「『光の女神』が、ひまならばと、さそってくれた。あの女神は、〝依代〟をつくるぎしきに、ふかくかかわっていた」

「『光の女神』さまが?」

「ああ。かの女神は、当時、名をかえたばかりの――」


 ここで、セラは不自然に口をつぐんだ。

 もしかして、()()なにか、口を滑らせてしまったのだろうか。「気を抜いたときに、ひと言余計なことを言ってしまう」のは、彼女の癖であるらしい。

 テオドアは、一瞬だけ考え、聞かなかったことにした。代わりに『光の女神』について、聞きたかったことを問うてみる。


「……そういえば、『光の女神』さまは、どうやって五人の候補者をお選びになるんですか?」


 ずっと気になっていたが、知る機会がなかった疑問である。

 その国で、魔力をいちばん持っているものを選び出す――というわけでもなさそうだ。かと言って、一定以上の魔力を持つ少年から、無作為に選び出したというふうでもない。

 セラは、小さく頷き、「それは――」と口を開きかけた。


 その時。


「あれ! まあまあ、セラちゃん! 帰ってきたのね!」


 近くの麦畑から、農婦らしい格好をした女性が、ひょっこりと姿を現した。

 歳のころは、四十代くらいだろうか。目元に柔和な皺のある女性である。なぜか麦畑に大きな(くわ)を持ち込んでいるのが、特に目を惹いた。

 セラはペガサスを止め、そちらを向く。


「裁判のために、地界から〝依代〟をつれてきた」

「へえー! その後ろの美丈夫が、女神さまを四人も落としたっていう〝依代〟さん!?」


 テオドアたちの事情は、『特別居住地』にまで広まっているらしい。ちらちらと探るような視線が来たが、不思議なことに、不快感は一切感じなかった。


「……おまえのほうは、なにをしている? 収穫に()()なんて、つかうのか?」


 セラが怪訝そうな声音で問う。すると、女性は明るく笑った。


「使わないさ! 少なくとも、アタシのとこはね。これは武器だよ、武器」

「武器?」

「ぶき?」


 テオドアとセラは、揃って首を傾げた。

 こんなに平和そうな場所なのに、武器を持つことなんてあるんだろうか。二人の疑念は、おそらくひとつになりかけた。

 そんな二人に構わず、女性は後ろを振り向いて、何かのかたまりを引きずり出した。

 小道に放られたそれは、後ろ手に縛られた少年である。


「なんか、さっき、アタシの畑に潜んでてさ。たぶん、百歳くらいの神さまだと思うんだけど」

「むぐー!」


 丁寧に(くつわ)を噛まされているためか、少年は芋虫のように身体をくねらせ、呻き声を上げる。よく見ると確かに、服装が古代風だ。何らかの権能を持つ神なのだろう。

 少年は、馬上のテオドアを見咎めると、より一層暴れた。


 その顔の横へ、女性は容赦なく、鍬を打ち下ろす。

 寸前の土が綺麗に抉れ、少年が怯えて固まったのを確認してから。彼女は、こちらを見上げて、からっとした笑顔を見せた。


「もしかして、このガキんちょ、〝依代〟さんを狙ってたんじゃないかい? ホラ、最近、物騒だからさあ……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ