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129.小さな密偵

 そうこうしているうちに、天界から「招集」の知らせがやってきた。

 知らせを携えてきたのは、やはり、セラだ。その日もいつも通りに屋敷へ来て、一通の手紙を差し出してきた。


「おまえ宛てだ。天界の裁判所から。いそぎではないが、いますぐ開けてよむことをすすめる」

「ありがとうございます」


 屋敷近くの木の枝にぶら下がり、自重で腕の筋肉を鍛えていたテオドアは、慌てて降りて手紙を受け取った。

 中の手紙には、細く几帳面な文字で、「裁判の進行のために天界へ来い」という旨が綴られている。どうやら、天界側も、テオドアを直接見て判断をしようと思ったらしい。

 期日は一週間後。今から準備しなきゃな……と思いながら読み進めていたところ、ふと、よく分からない単語に行き当たった。


「すみません、この『特別居住地』とは……?」


 紙面を指差すと、セラがひょいと覗き込んで、「ああ」と答えてくれた。


「天界より下層にある、とくべつな者たちのための居住地だ」

「特別?」

「そもそも、天界へは、にくたいのある者は入れない」


 千年前の『大戦』により、神々は地界の人間たちと交流することを止め、肉体を捨てて天界へ引きこもった。

 以来、神と精霊の身体は、彼らがもともと持つ「神気」で形作られている。『大戦』後に生じた神も、天界の(ことわり)になぞらえて、肉体を持たずに生まれてきた。

 神が地界へ降り、自由に活動するためには、少なくない労力と手順を経て「受肉」しなければならない。

 反対に、肉体を持つ人間などは――神々のおわす「天界」へ、易々と入ることができないのだ。


「ん? でも、神話の時代に召し上げられた人間も、いるにはいたんですよね?」

「そう。そういった人間たちや、わが身のような半神が、肉体をもったまま生活しているところ……それが『特別居住地』だ」


 聞けば、『大戦』以前から、その居住地は存在していたのだという。

 中には、完全に神の愛人となって、肉体を永久に捨てたり……戦で武功を立てた英雄が、魂だけ召し上げられて神の仲間入りをしたこともあったようだが。

 それ以外の人間は、自らを取り立ててくれた神の許可を得て、天界と地界の境目ぎりぎりにある『特別居住地』に居を構えた。

 地上とは時間の流れが異なるため、地界の人間よりは寿命も長くなるが、多くは二百年ほどで死ぬ。

 ただ、居住地内で結婚して子孫が繁栄していたり、神や精霊が人間と番って生まれた子が闊歩していたりと、わりと賑やかな場所らしい。


「そこはぎりぎり『天界』ではないからな。だが、神々がほとんど力をおとさずに存在できる場所でもある。ゆえに、ここで〝出張裁判〟をひらくのだろう」


 手紙を覗き込んだまま、セラは言った。

 なるほど。この山の上が、神や精霊が肉体を持たずに存在できるぎりぎりの場所、だとしたら。反対に『特別居住地』は、人間に由来を持つ者がぎりぎり存在できる場所、ということになるのか。

 テオドアは頷き、該当の文面を、もう一度読み直す。


『――ひいては、この手紙を送ってから一週間後、〝特別居住地〟へ来ること。貴殿の意思と事実を確認し、判決の材料とする』


「セラさまもこちらへお住まいに?」

「ああ。たまに帰るくらいだがな。せっかくだ、呼びだしの日にあわせて、ペガサスで送ってやる」

「え!? あ、ありがとうございます……」


 そんなつもりはなかったのだが、遠回しにねだったみたいで恥ずかしくなってくる。

 まあ、どこにあるかも分からない場所だ。下手に自分ひとりで行こうとして、結局、迷惑を掛けてしまうよりは……お言葉に甘えたほうが良いだろう。

 テオドアが小さく頭を下げた、そのときだった。


『ダメー!』

『ダメダメダメー!!』


 先ほどまでテオドアが掴まっていた木から、二羽の雛が飛び出してきた。

 エイレネとペルレスだ。羽はすっかり生え変わり、小型の怪鳥ネフェクシオス、といった風貌をしている。しかも、たった一ヶ月で二回りほど大きくなる成長ぶりだった。

 あの巨体になるまで、そう時間は掛からないだろう――と、感慨に浸っている場合ではなかった。


「二羽とも、いつからそこに!?」


 テオドアは、二羽を振り仰いで叫ぶ。セラが来るまで、この近くでずっと鍛錬をしていたが、彼らの気配すら気付くことはできなかった。

 すると、彼らは地面に降り立ち、揃って誇らしげに鳥胸を張った。


『えへん。エイレネたちはー、ママからトクベツニンムをもらっているのです!』

『パパがウワキ……じゃなくて、何番めかの奥さん候補を見繕っていたら、ホウコクしなさいよーって!』

「ま、まるで信頼されていない……!」


 まあ、それに関しては、抗議できない。

 『第一の試練』のときに出会った怪鳥ネフェクシオス――〝オルユメイア〟は、テオドアを「卵を孵化させた間柄」として、早くから夫認定をしていたようだ。

 ところがテオドアは、その後も(彼女視点で)あらゆる女にコナをかけていた。

 第一夫人たる自分がいるのにも関わらず! 『光の女神』はまだ良いが、ポッと出のあの三柱は何だ! と機嫌を損ねてしまったのが、ひと月ほど前のこと。


 今は、三女神の懸命な努力により、第五夫人までの枠は埋まっているが……どうも、まだ妻を増やすつもりだと思われていたらしい。

 女性関係に関して、テオドアはまったく信用されていないのだ。


 もちろん、彼女の気持ちを無意識にも軽んじていたためなので、こちらは言い訳のしようもない。

 けれど、雛を使ってまで、テオドアを見張っていたとは。


「じゃあまさか、僕がセラさまとお話をしているとき、結構な頻度で遊びに来ていたのも……」

『そう! すべては、ワレワレのサクリャクだったのであーる!』

『あーる!』


 ……妙な口調になっているのは、はしゃいでいるからだろう。秘密でテオドアを監視をするという「任務」は、よほど楽しかったに違いない。

 テオドアは、セラがきょとんとした顔――雰囲気だがそう見える――で、こちらを見上げていることに気が付いた。


「……つまり、おまえの『妻候補』と見られていたということか?」

「っ――す、すみません、とんだ失礼を!!」


 テオドアは大いに慌てた。よく考えずとも、婚姻関係になく、その予定もない女性相手に勘繰るような真似をして、失礼でないはずがない。

 何度も頭を下げたが、テオドアの焦りとは裏腹に、セラの反応は淡白だった。


「そうか。こんな成りをしているから、男からはほとんど声をかけられてこなかったが。いや、そういったあつかいをされたのは、初めてにちかいな」

「申し訳ありません……うちの妻と雛が……」

「かまわない。しかし、そうだな……」


 恐縮しきりのテオドアを横目に、セラはすっとしゃがみ込んだ。雛たちと目線を合わせ、話し掛ける。


「この身は、もうそだつことはない。子を成すことはむずかしいが、それでも『妻候補』になるのか」

「セラさま?」

『でも、ママだって、メガミとかニンゲンとかみたいに赤ちゃん産むの、できないよ? タマゴは産めるけど!』

「そうか。ネフェクシオスの産卵を応用して、あたらしい儀式をつくりだせば、なんとか子を成すことはできるか……」

「セラさま??」


 前言撤回、様子はおかしかった。

 どうして前向きに話が進んでいるのか。淡々としながらも、着実に『妻候補』の枠に入ろうとしている。テオドアが少し呆然としている間に、一度、オルユメイアに顔を見せにいく話までまとまっていた。

 はっと我に返り、不躾ながらも割り込む。


「ま、ま――ま、待ってください! セラさま! このままでは僕の第六夫人になってしまいますよ!!?」


 妙な脅し文句だな、と思ったが、状況からしておかしいので、このまま押し通す。

 セラと雛二羽は、揃ってテオドアを見上げた。


「まあ、ながい人生だ。いちどくらいは、だれかの『妻』になる経験もしてみようとおもった」

「ですが、なにも、僕じゃなくても……!」

『エ? パパ、嫌なの? ケッコンしたくないのに、この人と一緒にいたの?』

「何もかもがちょっと違う! そもそも、男女が一緒にいただけで結婚に結びつくとは――いや、貴族とか王族とかは慎重にならないといけないけど!」


 高貴な身分の者は、未婚の男女を不用意に近づけさせない。彼らの結婚は家同士の契約であり、さまざまな思惑が絡まるものだからだ。先に、惚れた腫れたの恋愛騒動を起こされても困る。

 テオドアの必死の弁明に、ペルレスが首を傾げた。


『パパも、キゾクってやつだよね? あと、ニンゲンの中でいちばんエラいんだよね?』

「ううう……! そう、だけど……!」


 そうだけど、そうじゃない。でも、やっぱり自分が軽率過ぎたのかもしれない。

 テオドアは言葉に詰まり、ふと思い出して、強引に話題を変えた。


「そ、それより! 二羽とも、なにか言いたいことがあったんでしょう? それを言いたくて飛び出してきたんだよね?」

『ア! そうだった! えとねー、あのねー』


 二羽は、ばたばたと羽をばたつかせ、言った。


『パパを、トクベツ――キョジュウチ? に連れてくの、ボクたちがやる!』

『パパの肩とか頭とか掴んで、連れてくの! お馬さんには負けないんだからー!』


「……え? 頭を掴んで?」

 

 そうなったら、取れるんじゃないだろうか。

 テオドアの頭が。

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