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128.天界の意見さまざま

 『境界の森』でセラと話してから、二週間ほどが過ぎた。

 セラは、約束通りテオドアを夕食までに送り届けたあと、またどこかへと飛び立っていった。だが、次の日の朝になるとまたやって来て、山の上の庭園をペガサスとともに散歩したり、テオドアの話し相手になったりした。

 それが、毎日続いた。

 おそらく、テオドアの面倒を見る、という頼みを、律儀に遂行しているのだろう。陽が沈むとふらりと帰っていく。どこに行っているかは謎のままだ。

 ロムナたち精霊は、きちんと毎日来訪する彼女の存在を、疑問なく受け入れていた。彼女が『光の女神』から頼まれて、ここに来ているというのを、言われずとも察しているのだと思う。


「天界は、いま、わりとこんらんしている」


 と、テオドアの自室の窓に腰掛けて、セラは言った。

 大きく開いた窓からは、つい先ほど、エイレネとペルレスが飛び去っている。テオドアが昼食をいただいたあと、見計らったように雛二羽がやってきて、じゃれたり甘えたりして遊んでいたのだ。

 混乱? と、テオドアは、雛の去った部屋の後片付けをしつつ、セラを振り返った。


「知るかぎり、人間と()()にけっこんしたいなどと、いいだした女神は、これがはじめてだからな。しかも四人どうじに、だ。やはり、年わかい神が中心となって、『光の女神』に抗議をくりかえしている」

「ああ……なるほど」

「あとは、そもそもあの四人を『じぶんの妻』や『むすこの嫁』にしたがっていた勢力だな。神や精霊をさしおいて、人間の男とけっこんするなどと、尊厳がきずついた者もおおい」


 テオドアは、なんと返していいか分からずに、黙り込んだ。

 彼女たちは、天界でも人気の女神なのだろう。『光の女神』が自嘲ぎみに語っていた通り、爛れた自由恋愛が蔓延(はびこ)る中で、純潔を保ち続けている彼女たちは……言い方は悪いが、「価値」が高い。

 みな、それぞれ別系統の美貌を持ち、身持ちが堅いという()()()属性がある。――『光の女神』は、経験豊富だという噂も流れているらしいけれど、真実を知っている神も精霊もいるはずだ。

 何百年掛かってでも自分が籠絡して初めての男に! と息巻いていた者からすれば、テオドア(人間の男)との結婚宣言は、まさに屈辱以外の何物でもないだろう。


 口を閉ざしてしまったテオドアに構わず。外の景色を背にしたセラは、危なげなく、投げ出した足をぶらつかせた。


「あんしんしろ。好意てきな意見もある。おまえと女神がけっこんすれば、反乱のきけんはあれど、めんどうな〝依代〟制度をやらなくてすむようになる、と」

「……そんなことが可能なのですか?」

「うまくやればな」


 そもそも、百年に一度、人間から『最高神の〝依代〟』を引っ張ってくるのには、理由がある。

 召し上げた〝依代〟は、魂ごと肉体を粉々に砕き、所定の場所へ安置して世界の均衡を保つ。だが、その肉片も『最高神』の権能に耐え切れず、百年後にはほぼ自壊する。

 四柱の女神と結婚させ、ありとあらゆる方法でテオドアの肉体を強化すれば、自壊することもなく、引き継ぎの煩わしさもなくなる――と、そのような意見も出ているらしい。


「ありとあらゆる方法?」

「たとえば、神の権能をくみあわせて、魔法以上のきせきを起こすとか。とくに、罪をせおった三人は、いちど死んだ人間のにくたいを蘇生させている。禁忌だが、あるいみでは、すばらしい成果だ」

「あ、そうか。その要領で、僕の肉体を維持し続けていただければ……」


 理論上は、肉体の死もなくなる。自壊の心配がなくなれば、『最高神』の権能を持った〝依代〟は、神と同等の長きを生き続けることができるだろう。

 セラは、「いちばん簡単なのは」と、淡々と続ける。


「志願する女神とまぐわうことだろうな。装飾品も衣服もいっさいぬぎ捨て、生まれたままのすがたで交わるとき、女神は恩恵をさずけることができる」


 テオドアは盛大に咳き込んだ。

 いきなりそちらの話題に踏み込むとは、思ってもみなかったのである。

 対するセラは、まったくいつも通りの様子だ。今言ったことも、あくまで手段のひとつとしてしか捉えていないのだろう。変な照れや羞恥もなかった。

 ただ、急に咳き込んだテオドアを不審に思ったか、小さく首を傾げる。

 

「……? どうした。のどが詰まったか?」

「い、いえ、その……どうぞ、お気になさらず、続けてください」

「そうか。……まあ、これは女神と人間の男にかぎらない。人間の女にも、男神が恩恵をさずけたことがある」


 そういえば、ペレミアナが以前、「魔法を手っ取り早く使えるようになる方法がある」と言っていたような。

 おそらく、その時言おうとしていたのが()()なのだろう。四柱の女神と裸で寝台にいる自分――という想像を気合いで振り払いつつ、テオドアは俯いて、セラの言葉を聞いていた。


「まぐわうといっても、神の側がほんとうにまんぞくしなければ、恩恵もあたえづらい。たいていはひと晩じゅう、人間ががんばって、相手をしなければならないようだが……」

「……もしかして僕、死んでしまうのでは……?」


 テオドアとまぐわう意思があるらしい女神は、現時点で四柱いる。喩え、四日間使って一柱ずつ愛し合ったとしても、最終日には枯れ果てて死んでしまうのではなかろうか。

 いやでも、さすがに脆弱な人の身の、体力の違いは考慮していただけるのでは。

 わずかな希望を抱いてセラを見たが、彼女は「死にかけても、むりやり元気にするだろう、あの四人は」と恐ろしいことをさらりと言う。

 

「しかも、四人もいっきに娶る人間は、べつの意味でも注目されている。とくに、男に目がない女神や精霊は、きたいに胸をふくらませているらしい」


 どんな期待だ、と、聞くほど野暮ではない。

 仮にテオドアが「永久に〝依代〟として生きる」ことになった場合、面白がってテオドアとの交わりに志願する女神がいるかもしれない、ということだ。

 向こうは試食程度の気持ちだろうが、神である以上、間違っても蔑ろにしてはならない。営みが五晩より多く続く可能性もあるわけで、それは、それはつまり――


「搾り取られるって……そういう状況のことを言うんですね……」

「あははは」


 あるかもしれない未来に、平等に四柱を愛し切ることができるのか、少し自信がなくなってくる。

 だが、今は――あまりにしょぼくれているテオドアが面白かったのだろう――珍しくセラが笑っている。それで良しとすることにして、深く考えるのは止めた。

 

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