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127.〝普通〟で愚かな神さま

 テオドアは絶句して、セラを見つめた。

 淡々とした口調が、逆に喩えようもない激情を表している気がして、ただ黙って耳を傾けることしかできない。


「……さいわいだったのは、猟師がくるしまずに死んだことだ。ちょうど木々がさえぎらない、ひらけた場所にいたからな。だが……」


 だが、殺されるほどの罪を犯したわけではない。

 むしろ、自分勝手な精霊のせいで死にかけていた赤子を、我が子同然に育ててくれた恩人だった。


 そのときのセラは、自分が捨て子だと認識していたものの、まさか目の前に現れた男が実父だとは思ってもみなかった。

 ただ、雷に打たれた養父に駆け寄ったが、どうすることもできずにいた。


「『最高神』は言った。おまえはわたしの娘なのだ、と。おまえを攫った悪漢はわたしがやっつけてやったと――」


 訳もわからぬまま、セラはペガサスに乗せられ、ひとり〝神々の楽園〟へ連れて行かれる。女神や女性精霊たちが、行方不明になっていた可哀想な半神を受け入れた。

 その中には、セラの母親の姿もあった。


 セラが歓待を受けている間、『最高神』は猟師の遺体を抱え、猟師の家族の家へ行った。

 そして、夫や父の死に咽び泣く彼らに向かい、冷酷に告げた。


『この猟師の血を引く者、この猟師と姻戚にある者。すべて、再び人々の営みに足を踏み入れてはならない。罪深き者どもよ、お前たちは永遠に森の中を彷徨え。決して獣を殺すことなく』


「――つまり、どこの国にもすんではならないし、いままでのように獣を狩っていきてもならない。要は、森へいって一族もろとも死ね、という宣告だ」

「そんな……」


 神々は理不尽なものだ。気分で振り回されるのはいつも人間。そんなことは、この世界に生きる者なら常識である。

 だが、むごいものはむごい。男にだらしない女精霊の言うことだけ信じて、娘の命を救ってくれた男を殺した。挙げ句の果てに、その家族までもを絶滅させようとするなんて。

 テオドアが、やり場のない憤りを感じたことを察したのだろう。セラは顔を上げ、ふと目を細めた。


「しんぱいしなくても、話はここでおわりではない……理不尽なのはたしかだが。女精霊の嘘は、まもなくあばかれた」

「え?」

「はじめに怪しんだのは、『正義の神』だった。『大戦』できえた神だが、そのときは生きていた。しかし、嘘をあばいたのは別の神だ」


 天界では、セラが養父の潔白を必死に訴えていた。だが、幼子の言うことには信憑性がない、と捉えられる。セラは悔しさに耐えながら、代わる代わる様子を見に来る女神たちや、自称「実母」とともに日々を過ごしていた。

 だが、しばらくして、女神の中からも違和感を覚える者が出始める。


「それが、『魂の女神』と『愛の女神』だ。『魂』のほうは、冥界からでてくるのもめずらしければ、意思疎通できることじたいも奇跡だ。だが、このときばかりは、なぜかこちらに味方してくれた」

「……『愛の女神』さまは……?」

「かの女神は――そうだな。いってしまえば、『()()()()()()()()()()()()()から、そのまわりをよく観察するくせがあったのだろう」


 テオドアは、少し前に、マリレーヌが語っていたことを思い出した。

 『最高神』には兄弟がいたかもしれない。古くからの言い伝えが残る部族の間で、そう言われているのだと。いくつか候補があったが、セラによって、それが『愛の女神』だったことが確定した。


 ――愛を司る女神、アムーリア。

 珍しく名が残った、もういない女神。


 だが、他にも引っ掛かることがあったような気がして、テオドアは記憶を軽く探る。

 しかしすぐに、セラの声に引き戻された。


「『魂』は、くだんの女精霊をよびだして、カマをかけた。〝きみの魂は嘘をついている〟と。ほんとうに魂だけで嘘がみぬけるかはわからない。それでも女精霊は動揺した。さらに嘘をぬりかさね、それを『正義の神』がとりあげ、『愛の女神』が裁判をおこした」


 ――女精霊は、あっという間に自白した。

 騙された『最高神』は、怒りと恥辱を、真っ直ぐに彼女へぶつけた。女精霊は喉の渇き切った水鳥に姿を変えられ、さらに呪いをかけられて、永遠に水が飲めず誰からも毛嫌いされる罰を下された。

 そして――罪なき者を罰した『最高神』は、自らの非を認め、冥界の扉を叩き、善良な猟師の魂を蘇らせようとした。

 しかし、善良であったがゆえ、(そそ)ぐ罪もなく、既に猟師は転生していた。『最高神』は、せめてもの罪滅ぼしに、追放した猟師の一族を手厚く保護し、全世界へ向けてこう言った。


『この一族こそ、世の安寧を保つに相応しい者たちだ。彼らは森に住むが、その身やその魂は純粋で穢れがない。ゆえに、どんな邪悪なものも、彼らを害すことはできない。この一族の血が絶えたときが、世界の終わりと心得よ』


「……ええと、つまり?」

「つまり、猟師のいちぞくに、子孫までつづく加護をあたえた。かれらはあらゆる悪意や、よこしまなものから避けることができた。それが、猟師のいちぞくに対するつみほろぼしだったと」

「なる、ほど……」


 いや、それよりも、森から出せば良いのではないか。

 もともと誤解だったわけだし、彼らに罪は初めから無かった。追放を解き、どこかの国土を踏むことを許せば、それこそ罪滅ぼしになるのでは……というのは、神代に生きていない者の感覚だろうか。

 セラは、しばらくテオドアをじっと見上げたあと、補足した。


「……『最高神』の決定は、くつがえせない。たとえ『最高神』自身であろうとも」

「ああ……」

「それに、『最高神』がみとめた者、というのは、このうえなく尊敬された。猟師の死はきえないまでも、いちぞくの繁栄はやくそくされたも同然だ」


 『大戦』が起きたときも、彼らは唯一、被害を被らなかった。

 それでも、数多の人間や神が死んだことにより、『最高神』と猟師一族の伝説は途絶え――『境界の森の番人』として、なぜか周囲の国から気に掛けられる一族だけが残った。

 〝この一族が絶えたときは世界が滅ぶ〟という一部分だけが、周辺の国の有力者たちに、代々刷り込まれてきたのだと思われる。


「……お話は、よく分かりました。でも、どうして今、僕にそんな話を?」


 テオドアは尋ねる。やはり、それがいちばん不可解だった。

 セラはおもむろに立ち上がると、割れた窓からペガサスを呼び寄せた。繋いでいた縄を軽々と振り切り、寄ってきたペガサスに、小声でなにごとか囁く。

 心得たとばかり、ペガサスは小屋の周りを何周か走って、あっという間に空へ飛び立った。


「ペガサスには、空からみはってもらっている。万が一、だれかに聞かれてはまずい」

「誰かに?」

「おまえは女神たちとけっこんしようとしている。そうだな?」


 セラは、壁に手を置き、寄りかかりながら言う。強い口調に、テオドアは気圧されつつ頷いた。


「天界では――いま、きなくさい動きがある。具体的にはわからないが、そうとう大きな勢力だ。くわえて、人間たちの国でも、それに伴ったうごきがあった」

「それはまさか――」

「ペガサスにのって見てまわったが、とくに顕著なのがノクスハヴン帝国と聖ロムエラ公国。このふたつが、いちぶの神と連携してうごいている」


 テオドアは、その二ヶ国の名前を、さしたる驚きもなく受け止めた。ここまでさんざん、きな臭い動きをしていた国だ。

 むしろ、帝国と公国がなにを目指しているのか、それを知る機会になるかもしれない。


「どうも、『最高神』に心酔するわかい神が、ちゅうしんになって動いているそうだ。……天界へいくときには気をつけろ。あの神々は、〝依代(おまえ)〟をよくおもっていないらしい」


 だから、せめて〝依代〟のおまえには、しっておいてほしかった。

 と、セラは言う。


「あいつらの言う『最高神』が――いかにおろかで、みっともなかったかを。神に崇められるほど潔白でも、りっぱでもない、ごくふつうの神だったかを」

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