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126.善良な猟師

 最高神について、分かっていることはそう多くない。

 神々の頂点に君臨していたこと。世界を二つの勢力に割った大戦の末、なんらかの要因で消滅したこと。おそらくは、創世に関わっていたということ。

 人間たちが知っているのはこれくらいだ。


 そしてそれは、神々も同じだ、と、セラは言う。


「あまたの神が死んだ。精霊も人間も、神にきにいられていた者ほど死んだ。加護をあたえられ、あらゆる戦いにかりだされたからな。大戦まえから生きている神は、みな口をつぐんだ。だから、最高神のそんざいは、わかい神ほど崇拝するけいこうにある」

「『大戦』も知らないし、悪い話を一切聞かないから……ですか?」

「そうだ。いちぶのわかい神は、天界でのふまんを『最高神がいないから』と転嫁している。〝依代〟で延命するのではなく、神々のなかから『最高神』をえらぶべき、という者もいるな」


 セラは、ひと息ついてから続ける。


「……しょうじきに言って、『最高神』はそれほど神聖なものではない。すくなくとも、べつの神々よりすぐれていたわけではない。ごくふつうに成功するし失敗もする、ただの神だった」

「セラさまは……その、お父上のことを、いろいろと知っていらっしゃるのですね?」


 テオドアは、恐る恐る問い掛けた。

 今まで、我が身に余る光栄で、さまざまな天界関係者と会ってきた。誰もが『最高神』について言及しなかった。あるいは、知らずにいた。

 テオドアもまた、無理に聞き出すことではないだろうと、特に話題に上げずにいた。

 だがセラは、『最高神』を己の父だと言い、その人となりを知っているような素振りを見せる。名すら伝わっていない『最高神』を、だ。

 その〝依代〟たるテオドアに好奇心が湧き上がったのも、無理からぬことだと思いたい。

 セラは、不躾な質問に気分を害した雰囲気もなく、「ああ」と頷いた。

 

「人間にそだてられたが、とちゅうからは天界に引きとられたからな。その経緯がひどいものだった」

「経緯?」

「『最高神』にみそめられ、子をうみおとした精霊は、その地域では有名な『男漁り』だった」


 セラが話してくれたのは、こうだ。

 『最高神』は、世界を見るために飛び回っているとき、ある川のほとりで美しい女精霊に出会った。

 彼女は歌を得意としていて、『最高神』は「自分のためにずっと歌っていてくれ」と言い、二人は程なくして結ばれた。

 そして、彼女は『最高神』の子を孕んだ。


 ――は良いものの、そのとき二人は、既に破局していたも同然だった。『最高神』は非常に移り気で、他に気に入った女が出来たとかで精霊のもとへ来なくなった。

 が、精霊も、同じ時期に『最高神』に飽きていた。地位と見目と、他の女精霊への優越感で付き合っていたが、子どもが出来た途端に面倒になったのだという。

 精霊はさっさと娘を産むと、養育を忌避して森へ捨てた。そこにいる獣が食べるだろう、と期待して。


 そこまで聞いて、テオドアは少し首を傾げた。

 

「……『最高神』は、その精霊が自分の子を身籠もっていることを、ご存知ではなかったのですか?」


 いくら別れた女性とは言え、自分の子を身籠もっているのなら、何かしらの接触があっただろう。

 それとも、知ってはいたが、自分の血を引く子どもに興味がなかっただけか。

 テオドアの問いに、セラは首を振った。

 

「しらなかった。身籠るすこしまえから、だんだんと逢瀬の間隔があいていたようだからな。とはいえ、精霊は、同時期にべつの男とつきあうことはなかったらしい」

「それなら、絶対に『最高神』の子だと、その精霊も確信したんでしょうね……」

「そうらしい。だが、つぎの男をみつけるのに邪魔だと、すてた」


 『最高神』の子だと分かりながら捨ててしまうのは、ある意味でブレない男好きだ。

 殺されかけた子どもにしてみれば、たまったものではないだろうが。


「すてられた赤子は、しばらくして、泣き声をきいた森の猟師にひろわれた。いまは魔獣がはびこる『境界の森』だが、そのころはごくふつうの動物がすむ森だった」


 その猟師の男こそ、千年以上続いた『森の番人』一族の先祖だ。

 人間が神々と近く、華やかな文化や堅実な学問が持て囃されていた当時。動物を殺めて毛皮や肉を取る猟師は、爪弾きとまではいかないまでも、尊敬される職業ではなかった。

 彼らは近くの国の国境近くに住み、朝早くから狩りに出る生活をしていた。

 そのうちの一人が、森で捨てられていた赤ん坊を連れ帰った。


「わかい猟師とその妻には、まだ子どもがいなかった。ゆえに、かれらは赤子を引きとり、じぶんたちの子としてそだてた」


 子どもは、セラ、と名付けられた。

 その地域では見かけない金色の髪をした娘は、猟師の愛情を一身に受けてすくすくと育つ。後に夫妻の本当の子どもたちも生まれたが、セラは姉としてよく面倒を見た。

 セラは成長が早く、既に三歳のころには養父の仕事について行き、狩りを手伝っていた。言語習得も頭の回転も早い。周囲はだんだんと、「彼女は人間ではないのではないか」と疑いを持ち始めた。

 だが、養父母は変わらず、彼女を本当の子どものように愛し育てた。


「そのころ、くだんの精霊と、『最高神』が、ひさしぶりに逢瀬をかわしていた。『最高神』は、ひとめで、精霊が己の子をうんだことを見ぬいた」

「そんなことまで……」


 驚きを交えて、テオドアは呟いた。

 魂を見抜ける女神がいるのだから、そのこと自体は不思議ではない。しかし、どうやって見抜くのだろう。そんな疑問が湧き上がるのも事実である。

 セラは淡々と話を続けた。


「くわしいことはしらないが、『最高神』が、生命をゆいいつ操れる存在だったことは、たしかだ。その関連で、相手が子をうんだこともわかったのだろう。……ともかく、その事実をしった『最高神』は、精霊をはげしく問いつめた」


 焦ったのは精霊のほうである。

 彼女の認識では、子どもは既に死んでいる。獣に喰われずとも、か弱い赤ん坊は、数日も放置すれば絶命するのだから。

 しかし、このまま正直に答えては、『最高神』の怒りを買うだろう。『最高神』は、我が子を殺されて赦すような神ではない。

 精霊は――苦し紛れに、こう言った。


『生まれたばかりの我が子は、不逞(ふてい)の輩に攫われて、行方不明になってしまいました。必死に探しましたが、見つかりません。どうも森を根城にしていたようですが』


 これならば、例え森の中で赤子の死骸が見つかったとしても、非難は免れるだろう。そんな軽い気持ちで嘘をついたのだ。


 そのせいで、善良な猟師夫婦は、子どもたちもろとも『最高神』の怒りを買った。


 精霊の誤算は、『最高神』が予想以上に熱心に、我が子を探したことである。彼は人間の男に化け、旅人のふりをして各国を探し回り、とある噂を耳にした。

 〝とある国境沿いに住む猟師の拾われ子は、どうやら人の子ではないらしい〟

 〝金の髪を持った娘は、わずか三歳で、もう狩りに参加しているようだ〟


「……そして、『最高神』は、一計をあんじた」


 そう言ってから、セラは深く息を吐き、俯いた。

 影となって、こちらから表情は伺えない。だが、なにか強い感情を押し殺しているのだと、それだけは察せられた。

 彼女は持っていた椀を置き、拳を握り締めて、言う。


「『最高神』のもつ馬……ペガサスは、『最高神』とその関係者にしか忠誠をしめさない。『最高神』は、わざとペガサスを森にときはなち、後を追った」


 ペガサスは、まるで道を分かっているかのように森を駆け、狩りの最中である猟師と、養子のセラのもとへ飛び込んだ。

 そして、金の髪の幼子に首を垂れるペガサスを見て、『最高神』は――


 瞬間的な怒りに任せ、「善良な猟師(卑劣な誘拐犯)」を、雷で撃ち殺した。

 

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