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124.三女神の出生

 テオドアは一瞬、混乱しかけたものの、すぐに切り替えて言葉を返した。


「それはつまり、『冥界の神』さまとはご夫婦で……?」

「いや。子を成した仲ではあるが、夫婦ではない。『大戦』後の……いわば、利害の一致した関係だ」

「ええと……」


 夫婦にならずに子を成すことがあるのか。()()()()()()()は、せめて表向きの体裁を繕ってから行うもの、と思っているテオドアは、混乱が再び揺り戻ってきたように感じた。

 そんなこちらの様子を眺め見て、ルクサリネはくつくつと笑う。


「お前のように()()()()()()人間には、信じられないだろうな。神々はたいがい……別れてから次を探すか、複数で同時に付き合うかの違いはあるが……不特定多数と関係を持つ。長く退屈な人生で、刺激がそれくらいしかないからだ」


 恋愛は、相手のことで夢中になれるし、時間を忘れることもできる。これほどお手軽な「暇潰し」もない。

 ただし、神話の時代から、貞操観念が緩い風潮はあった。時には、気に入った人間を何人も天界に引っ張り上げ、永遠に愛でようとした神もいる。

 そのようなことを語ったルクサリネに、テオドアは恐る恐る口を挟んだ。


「つまり……〝不特定多数と関係を持ちたくない〟方々には、苦しい環境だと?」

「そうだな。私の事情は、前に語った通りだが――あの三人も、さまざまに言い寄られてうんざりしていたとは聞く」


 ルクサリネは、あくまで〝他人同士の恋愛〟を眺めるのを娯楽とする。

 基本的に、恋愛を自分ごとにしたくなかったようだ。己に言い寄る男神たちをうるさく思い、あたかも「恋愛経験豊富」なのだと吹聴されるのに辟易していた。

 そんなことを、少し前に聞いた。


 翻って、三女神も、少し前にティアディケが事情の一端を話してくれた。彼女たちもまた、ひっきりなしに来るお誘いにうんざりして、同じ思いを持つ女神同士でつるむようになったのだと。

 あのときは、それどころでなく受け流してしまったが……。なるほど、天界がそんな状況なら、地界に逃げたくもなるだろう。


 テオドアが一人で納得していると、ルクサリネは身を起こし、「とは言え、言い寄ってきた男たちの心理は、分からないでもない」と言い放った。


「要は、誰も踏み入ったことのない女を、自分が初めて食い荒らしたという高揚が欲しいのだろう。征服、蹂躙……言葉はなんでも構わないが、優位に立ちたいんだな。その女にも、女を狙っていた男たちにも」

「……」

「私の場合は、〝経験豊富〟の噂が流れてからというもの、『アイツができるなら自分も』という男が寄ってくるようになったが」

「うーん……その感覚は否定、しきれませんね……」


 なんとなれば、テオドアにも覚えがある感情だ。

 もちろん、純潔が絶対だと思うわけではない――断じてない。しかし、『光の女神』や三女神が、自らを純潔であると語った上で迫って来た事実に、なんとも言えないほのかな高揚を感じたのも、また事実である。


 いちばん初めの男になりたい。

 まっさらな場所に己の存在を刻みつけたい。


 それは……神や人間に関係なく、ほとんどの男たちに通底する、根源の欲求のようなものなのかもしれない。

 逆に、相手が〝経験豊富〟だと思うと、「もしかして自分も」とそわついてしまうのも、分かる気がする。

 ――と言うか、そのような男の心理を分かってしまう彼女だからこそ、経験豊富という噂が流れたのではないだろうか。


「まあ良い、本題に戻すぞ。数多の神が消え、おびただしい数の人間が死んだ『大戦』後、冥界は死者の魂で溢れ返っていた」


 話題が逸れ過ぎたと思ったのだろう。ルクサリネは軽く咳払いをして、話を戻した。


「当たり前だな。人間の魂は死後、冥界へ送られなければならない。戦争後に冥界がはち切れそうになるのも普通のこと。だが、そのときは、尋常ではない数だった」

「……神さまもたくさん消えているなら、人手も足りないですよね?」

「ああ。まさにそういうことだ。『大戦』が終わってから百年経っても、魂を裁ききれず、地上に残った魂の多くも回収できずにいた。そのうちのいくつかが魔物に変容し――この話は後でで良いか。まあ、裁く者も回収する者も、極端に少なかった」


 そのころ、〝依代〟制度が確立した。

 『最高神』がいなければ、天界は成り立たない。神がそもそも新しく生まれないからだ。神々はそれを身に染みて実感した。ゆえに、百年かけて数を戻しつつあった人間たちを、利用しようと考えたのである。

 そうして、一人の人間を生贄に捧げ、うまく回り始めた世界で、神々もぽつぽつと発生し始めた。


「三人から聞いた限りでは、いちばんの歳上がティアディケ。争いを求める人間たちの思念から生まれた。その次に、数多の人間の夢から生まれたのがレネーヴ。地界の混乱も落ち着き、安眠を得られる人間が増えたからだな」


 ルクサリネは、天井を見上げ、指折り数えながら言う。


「あの三人の中で、神と神との間で生まれたのはペレミアナだけだ。それは、冥界の人手不足と深く関わっている」


 そこまで言われれば、さすがのテオドアでも分かる。頷いて、言葉を継いだ。


「魂が選別しきれないし、捕まえても来れないから、それを解決するためにペレミアナさまをお産みになられたんですね」

「そうだ。『冥界の神』と『魂の女神』は壊滅的に性格が合わない、というか合う合わない以前の問題だが、まあ――恋愛がなくとも子は生まれるということだな」

「なんだか、上流階級の政略結婚に近いですね」


 神を喩えるのに人間を引き合いに出すのも不敬だけれど、構造としては似たようなものだろう。

 利害の一致。〝どん詰まりの現状をひっくり返せる〟神さまを産むためだけの関係。

 幸運なことに、その目論見は成功した。知恵と魔法を司る女神がお生まれになったのだから。


 ルクサリネは、長椅子を占拠するのをやめて座り直し、空いた右隣をぽんぽんと叩いた。それに従って、テオドアはテーブルから離れ、そこに座る。

 当然のように女神が肩にしなだれかかってくるのを、わずかな緊張とともに受け止めた。指輪の嵌った左手で、ためらいつつも彼女の肩を抱く。

 咎めは、ない。


「……成長したな。初めて会ったときは、私よりも目線が低かったが、今は少し高い」

「これからもっと高くなります。ルクサリネさまが見上げるくらい」

「ふふ、頼もしい。私たちの未来の夫は、どんどん魅力的になっていくのだろう。魅了される女もますます増えるに違いない」


 妬けるな……と呟いてから、ルクサリネは姿勢を変え、テオドアの背に手を回して抱きついた。

 そうして、間近で見つめ合う。吐息が互いの頬に当たり、吸い寄せられるように唇を合わせる。

 数秒ののち、ルクサリネは身体を離した。元のように座り直し、薄く微笑む。


「また抜け駆けをしてしまった。あの三人は、今から距離を探ろうと努力しているというのに」

「……距離を?」

「無論、お前との、だ。まあ、悪いようにはならない。過去の過ちを、アイツら自身が消化できるようになるまで、しばらく待っていてやれ」


 三女神が急に迫って来なくなった理由、を言っているのだろうか。

 いまいち掴みどころのない話をされ、首を傾げるテオドアをよそに、ルクサリネは「そうそう」と話題を切り替えた。


「『魂の女神』については、対処の方法がないではない。――冥界は、天界の神でも容易に立ち入れないが、立ち入れる者の当てはある。それを使って、交渉してみよう」

「僕の魂を見透かしても、黙っていていただけるように?」

「ああ。やるだけはやってみる。こういうものは、初めの根回しが肝心だからな」


 三人から聞いているだろう? 〝政略結婚〟の計画を。

 ルクサリネはこちらへ振り向き、問う。

 テオドアは神妙に頷いた。


「それも含めて根回しをする。世界が生まれてから、神と人間が正式な婚姻関係になったことなど、ただの一度もないが――なにがなんでも認めさせてやるさ」


 力強く請け負った彼女の瞳は、美しい輝きを(たた)えていた。

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