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123.〝魂を司る神〟

「大々的に言ってやれば良い。『実は記憶があるんです、前世のことも何から何まで覚えてます、だから安心して僕と素敵な一夜を過ごしましょう』――と」

「最後のひと言は余計だと思います」


 そうか? と言いつつ、『光の女神』は愉しげに笑った。

 彼女の居城の、いつもの応接間。いつものように使用人たちを排し、二人きりでテーブルにつき、向かい合っている。

 夜食として、この屋敷の女性使用人が作ったという肉料理が振る舞われ、食べる合間に言葉を交わす。ルクサリネは、味の濃い肉料理に加えて甘いパンも食べながら、テオドアに言った。


「これ以上ない大団円だろう? 言い出し辛かったと言えば――アレらはお前に惚れ抜いているからな、少なくとも怒りで焼き殺したりなどはしないさ」

「それは……そうですが……」


 対するテオドアは、味が美味しいということは分かるが、どうにも手が進まない。動きの鈍ったフォークで付け合わせの野菜を刺し、ゆっくりと口へ運ぶ。

 気分が落ち込んでいる。咀嚼する速度も、ルクサリネに比べてだいぶ遅い自覚がある。

 もちろん、悩みは冥界のこと。三女神は知らないことだが、テオドアには『境界の森』で番人をしていた前世を、はっきり覚えている。光栄なことに、彼女たちはその前世の自分を深く愛してくれており、それゆえ暴走に至った。

 今はやっと落ち着いてきて、和やかにやり取りができている。それなのに、冥界で魂のことを見抜ける神に出会ったとしたら――


「当ててやろうか。記憶があると露見することで、また騒動になるのを避けたいんだろう?」

「……はい。その通りです」


 本当に失礼な話だが、その方面に関して、三女神に信用はあまりない。

 どんな反応をするかも分からないし、暴走するかどうかも定かではない。感動の再会、となれば良いが、そうならない可能性もある。

 それくらい、彼女たちの暴走は、テオドアの記憶に凄まじい印象を残していた。百年もの間、不安定な死体を保存し、既に転生した魂を嵌め込んで、死者を蘇らせようとするなんて。


「でも、お三方が嫌とか、恨んでいるとか、そういうわけではなく……」

「ああ、分かっている。出来るなら、記憶は無いと思わせたまま婚姻してしまいたいんだな? その方が面倒がない、と」

「……はい」


 要は、今のままで充分上手くいきそうなのに、今さらこんなことで引っ掻き回したくないのだ。

 身勝手なのは承知している。しかし、事が滑らかに進むのであれば、余計な事実は黙っていたほうが良いのではないか。そんなふうに思う。

 ルクサリネは、フォークを置き、持っていた布で軽く口元を拭ってから、真剣な口調で言った。


「……まあ、私は、大丈夫だとは思うがな。長きを生きる神とは言え、精神の成長くらいはする。お前の嫌がることはもうしないだろう。わざわざ使用人に志願したのも、立場を弁えているからじゃないか」

「そう……だとは思います。でも、やっぱり……」


 『番人』は死んだ。

 いつか、ペレミアナに語った通り、『番人』は死人だ。前世の記憶があるとは言え、それは「番人の記憶を持ったテオドア」だ。決して、『番人』そのものではない。

 少なくともテオドアは、そのような認識でいる。

 彼女たちも――徐々に割り切ろうとしてくれているのだろう。いろいろと試行錯誤をしている様子が窺える。

 その努力を無にしたくない、とも思うのだ。


「だから、僕の記憶は無いほうが良いんです。それに、お三方には、百年後に僕が消滅したら、魂を好きにして良いと約束しました。その時に、僕の複製を作るなり、新しく『番人』の身体を作るなりして、魂もそれに合わせて調節するでしょう」


 『番人』の死体はどこかへ埋葬したようですが、『番人』のことは諦めていないようですから。

 と、テオドアは付け加えた。

 

「……お前がそう思うなら、今はそれで良い」


 ルクサリネは、含みのある声音で答えた。明らかに何か言いたいことがあるものの、言わずに飲み込んでくれたようである。

 甘いパンの最後の一欠片を食べたあと、彼女は立ち上がり、壁際の長椅子に向かうと、寛いだ格好で座った。


「ならば、どう動く? 万が一を考えて置いて行こうにも、『冥界の神』はペレミアナの父親だ。ペレミアナだけは絶対に連れて行かなくてはならない」

「……その、『冥界の神』さま自身は、魂のことを見透かせるんですか?」

「いや。あの男はただ、冥界を仕事場にしているだけだからな。冥界に必要な能力は、むしろ周りの神が持っている」


 例えば、生前の罪を測る神。魂の橋渡しをする神。そして、今問題となっている〝魂を司る神〟など。

 『冥界の神』は生前の行いを裁き、罰を課すか転生させるかを決めるだけだ、と、ルクサリネは語った。


「人が死ぬと、魂だけの存在になる。しかし、誰も冥界の行き方を知らない。あぶれた魂は長きに渡って、地界を彷徨い歩くことにもなる」

「それを防ぐために連れて行くのが、〝魂を司る神〟さま……」

「厳密には、その部下の精霊だな。聞いたことぐらいはあるだろう、〝死の精霊が魂を冥界へ引っ立てる〟と」

「うーん……前世でも今世でも、それはあまり……」


 『番人』であったころは、父も母も早くに亡くなっていたし……テオドアになってからも、母はこのような話を厭っていたようで、冥界に関してはほとんど教えられなかった。

 好んで探りたい話題でもないので、テオドア自身もなんとなく調べずに過ごしてきた。

 ――もしかすると、己が「冥界からあぶれた魂」だというのを、直視したくない無意識が働いたのかもしれないが。


「あ、でも! 僕がその、〝魂を司る神〟さまにお会いしなければ良いだけですよね。ペレミアナさまのお父さまにだけお会いできれば……」

「ふふ、甘いな。『冥界の神』に会うのなら、お前は、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ルクサリネは、その言葉を待っていたとばかり、にやりと笑った。

 長椅子に寝そべり、ひと言ひと言、はっきりと区切るように言う。


「その神――()()は、ペレミアナの母神だぞ」

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