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122.女神たちとの『政略』結婚

 かつては神々が(いただき)に住まうと言われていた山。〝神々の楽園〟。

 テオドアは、そこに再び帰還した。

 イリュソリヤ魔術学院を、混乱が落ち着いた時期を見計らって休学したのである。

 

 少し通常の授業にも顔を出したものの、まだほとんど学院生活を体験できていないに等しい。

 勉強についていけるか否かはともかく、ああいった「勉強しかしなくて良い」環境は貴重だ。いつになるかは分からないが――死ぬ前には必ず戻ろうと思っている。


 休学に伴い、ルチアノとルイスに挨拶をして帰るつもりだったが、双方とも別の意味で会えなかった。

 ルチアノは多忙によって。ルイスは、事件の傷が癒えずに引き篭もっているため。

 後者は少しずつ気力を取り戻していると聞いたが、テオドアが寮を訪ねても、相変わらず返事はなかった。

 おそらく、『テオ・カヴァルロ』の顔を見ると、思い出してしまうのだろう。あの事件のこと、弟のことを。だから避けている……とは、テオドアの想像でしかないが。

 理由はどうあれ、あちらが拒絶しているのに、無理に押し入るのも違うだろう。テオドアは、ルイス宛ての手紙だけを残して学院を後にした。


 そして、そう、山の上の屋敷に帰って来たのである。

 無事に屋敷の自室に入り、荷物を床に置いた途端、どっと力が抜けた。ここは自分にとって、既に帰るべき場所になっていたんだな、と安堵とともに自覚していた。

 あの公爵家は「実家」ではなかったんだな、とも。


「それで、その……皆さまは……」

「え? わたしたちは『使用人』なので、テオドアさんのお側にいますよ。当然です」

「ああ、そういう名目で……」


 想定の範囲内ではあった。いくら禁忌を犯して地界に堕とされたとはいえ、三女神の身柄は、今は『光の女神』が引き受けている。恐らく一緒に屋敷に来るのだろうな、と。

 だが、まだあと三年は神ならぬ身――という判決を、彼女たち自身は律儀に守り通している。

 

 その結果の、女性使用人に扮する三女神だ。


 それも『光の女神』ではなく、テオドアの屋敷付きの使用人として。夜には別の拠点に帰るのが、まだ良心的と言おうか。


「気のせいじゃなければ、うちの使用人たちがものすごくやりにくそうと言うか……緊張しているように思うのですが」

「それは、私たちが仕事に慣れていないからでしょう? 慣れてくれば、すぐに打ち解けるわ」


 と、レネーヴは事も無げに言う。

 いや、たぶん相手が女神さまなのでものすごく緊張しているんですよ――とは、言えず。

 己の使用人たちへ、労働環境の改善ができないことを心の内で詫びながら、テオドアはペレミアナの作ってくれたお茶菓子を食べる。

 女神たちがそれぞれ持つ、大きな籠。その中に入ったお菓子や飲み物は、穏やかな山の上の庭園でピクニックを楽しむのに、充分な量だった。


 彼女たちの求婚を受け入れ、ここへ戻ってきてからというもの。三女神は、打って変わって、テオドアに迫るのを控えるようになった。

 即日で貞操喪失するのを覚悟していたのだが……寝込みは一向に襲われず、昼間も節度ある距離を保ってくる。拍子抜けした、というのが正直なところだ。

 唯一の接触と言えば、ちょうど今のように、人目のつく原っぱで散歩とピクニックを楽しむくらいだった。その時だけは距離が近くなるものの、終わればまた元通り。節度を保った関係となる。


 大きな木の影に布を敷き、彼女たちがそれぞれ作ってくれたお菓子やパンを楽しみながら、和やかにお喋りをする。

 ……それが、遠い前世のころに戻ったようで、少し気持ちが穏やかになる気がした。


「そうだ! わたしたち、昨晩、『光』とも話し合ったんですけど――」


 ペレミアナは、冷えた水をひと口飲んでから、切り出した。


「テオドアさん、一ヶ月後くらいに、わたしたち四人と結婚しませんか?」

「……ずいぶんと早急なお話ですが、いったい何が?」


 涼しい風が頬を撫でる。テオドアは、ペレミアナの口調に焦りや思い詰めた感情がないことを、なんとなく勘づいた。

 つまりは、何か別の理由があって「結婚」を提案している、ということだ。

 ペレミアナは、他の二柱と順繰りに目を合わせ、テオドアへと視線を戻しつつ、慎重に言う。


「もちろん、今すぐにでも目に見える関係になりたいから――というのも、そうです。でも、それだけじゃなくて。もしかしたら……」

「はい」

「……わたしたちと結婚したら、テオドアさんが死ぬのを、永久に先延ばしできるかもしれないんです」


 彼女たちの言い分は、こうだ。

 そもそも、神々の間に、厳然たる法律は存在しない。犯してはならない禁忌はいくつか存在するが、その中に、「召し上げた〝依代〟は絶対に殺さなくてはならない」なんていう決まりは存在しなかった。

 当たり前である。そも、〝依代〟を殺すのは、力を持たせた人間を恐れたがゆえの慣習。

 明確な決まりにするほどでもない。料理を作るときに、美味しくなるようにひと手間を加えるというくらいの、ささやかなことなのである。


(われ)らは、基本が怠惰で厄介な存在だ。己の感情を第一として動く性質上、興味の無い事に時間を費やさない」

「今回は、それが功を奏したわね。〝依代〟を必ず殺すこと、なんて、決まりごとにされていたらお手上げだったわ」


 ティアディケとレネーヴも、補足をしながら頷き合う。


「……つまり、それを利用すると?」

 

 テオドアが問うと、ペレミアナは、我が意を得たりといったように笑った。


「そう、そこにつけ込む隙があるんです。良いですか、わたしたち四人が、天界のみんなに宣言するとしましょう――」


 この人間を我が夫とする。平等に四人の夫とする。

 我々は夫の命が失われることを望まない。千年でも二千年でも、永久に添い遂げることを望む。

 ゆえに、彼を〝依代〟として殺すことを、拒否する。


「ただし、わたしたちの一存では決められません。この宣言が、天界のみんなに受諾される必要があります。そのためには、裁判をしないと」

「裁判?」

「はい、裁判です。テオドアさんも、もしかしたら天界に行くことになるかもしれませんね」


 そこまで言って、ペレミアナはふと、真剣な表情を作った。


「……もし賛成してくれるなら、わたしたちは本気で動きます。お父さまにも、話をつけます」

「お父さま、って……」

「はい。わたしの父、『冥界の神』です。普段は地下に引き篭もっていますが、どうにか協力を取り付けましょう。挨拶のために、一緒に冥界へ……」


 テオドアは、ぎくりと身が強張るのを感じた。

 ティアディケには気付かれただろうが、真意は知られていないことを祈りたい。


 『冥界の神』――その名の通り、魂の行く末、冥界を司る神。曲がりなりにもその娘神に求婚したのだから、避けては通れぬ障壁である。

 だが、テオドアが緊張したのは、そのためではない。


(確か……冥界には、魂を見通せる神さまがいる、って……)


 ――前世の記憶があるテオドアにとっては、「記憶バレの危機」が迫っていると言っても、過言ではないのだった。

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