??.罪と後悔を抱えながら
産まれる前に、片割れの魔力をすべて吸い取ったのだと言われた。
事実、自分は強かった。
物心つく頃から指南役の魔術師を凌駕し、父や兄すらも超えた。母は、どれくらい強かったかは分からないが、『魔力無し』でなかったことは確かである。
自分は、褒められた子どもではなかった。
他者を見下す癖がある。自分と比較して、少しでも相手が劣ると思うとすぐに関わりたくなくなる。逆に、大したことはないのに威張り散らす者を見ると、暴力で捻じ伏せてしまいたくなる。
これは基本の性格で、どうやら変わらないらしい。今でも、表には出さないまでも、反射的にそのような考えが湧き上がる。
妹は、何もかもが正反対だった。
魔力がないため、侍女にすら見下され、醜聞を厭う父の手によって離れの塔に閉じ込められていた。だというのに、それを憐れんだ母がこっそりと双子を引き合わせる時、彼女はいつも笑っていた。
兄とは呼ばれなかった。立場をわきまえ、ただ笑っていた。その姿が妙に気味が悪く、愚鈍な女であるように見えた。
頭も鈍い。魔力も無い。何の取り柄もない女。
そんなものが、自分の片割れだとは思いたくなかった。
――転機は、妹を庇う母が身罷り、父が葬式も待たずに妹の輿入れを決めたときである。
その頃、自分は、魔術学院に入学して間もなかった。
思い返せば恥ずかしい限りだが、横暴の限りを尽くし、友となるべき人間をすべて失った時期である。
ただ、わずかに自分が『認めた』講師と、そのうちの一人が秘密裏に婚姻していた『魔力無し』によって、かなり自意識が変わっている時期でもあった。
だからこそ、ちょうど母の葬儀に戻った自分の元へ――深夜、こっそりと訪ねに来た妹を、追い返さずにいられたのかもしれない。
「お兄さま、わたくしは遠い国に参ります」
顔を伏せた妹は、初めてこちらを〝兄〟と呼んだ。
自分と同じ黒い髪。父や兄とも同じ色。
だというのに、一方は尊ばれ、一方は存在を否定され、厄介払いをされる。
同じ母の腹から産まれたのに?
同じ日に産声を上げたのに?
姿かたちだってこんなに似ているのに……?
私は皆から祝福されるのに、彼女はそうではないのか。
そのとき、とても不思議な気分になったことを、よく覚えている。
「お兄さまの妹として産まれることができて、とても幸運でした。塔にいるわたくしの元にも、お兄さまの名声は届いております。きっといつか、わたくしが輿入れした王宮にも轟くことでしょう」
「……ずいぶんと褒めるな」
「事実ですから。お兄さまこそ、何もないわたくしの誇りです」
顔を上げた彼女は、いつものように微笑みを浮かべていた。
「もう二度と相見えることはございません。出来損ないの妹がいたことなど、どうか明日にはお忘れください」
今にして思えば、彼女は己の末路を、ぼんやりと予期していたのだと思う。
のちに知ったことだが、塔の中には、あらゆる国の歴史書が積み重なっていた。それより数は少ないが、魔術関連を除くあらゆる種類の書物も。大人しく軟禁される代わりに、彼女が定期的に求めていたものだ。
当然、それによって――避けられぬ運命を知ることもできたのだろう。
愚鈍などとんでもない。妹は聡明だった。聡明すぎるゆえに、口をつぐみ、ただ従うことを選んだのだ。
ただ、そのころの愚かな自分に、彼女の真価は欠片ほども理解できていなかった。
妹の最大の失策は、輿入れの前日に、己の兄に会ったことだ。
そうしなければ、私は愚かなままだった。関心など持たなかった。今でも悩むことなどなかったし、のんびりと王族としての役割をこなしていた。
真に私の幸せを願っていたなら、会うべきではなかった。
そうだ、父と兄に失望することなく。
何より私が、罪の意識を抱えることもなく。
だが、もう遅い。
事は成り、すべては終わった。王宮は、まるでそんな人間など存在しなかったかのように、変わることなく無為な日々の繰り返しに明け暮れている。
私は、いつまでこんな――
「ルチアノさま」
ルチアノ・シルヴェローナは、ゆっくりと目を瞬いた。
城に作り付けられた外廊下から、近くの中庭を見ていたところへ、側近の男が声を掛けてきたのである。
ルチアノは、数秒かけて思考の海から意識を引き戻し、「どうした」と振り向いて言葉を返した。
「いえ、その……近ごろはお疲れのようですから。お倒れになるやもと。差し出がましいことをいたしました」
「……いや、気遣いはありがたい。疲れているのは事実だな……効率良く休めれば良いのだが」
ルチアノは、軽く溜め息を吐いた。
暖かく柔らかな陽が差す美しい庭園を前に、なんとも辛気臭いことだ。近ごろは、一日に何度も溜め息を吐いている気がする。
側近の男は、ルチアノが幼いころから共に遊び、成長した、さる侯爵家の子息である。彼の父は宮廷の要職に就いているが、そちらはどうにも信の置けない男だった。
目の前の彼は――気心も知れた仲だ。腕も立ち、ルチアノのそばで働いているためか、王宮内の倦んだ空気にも飲まれていないように見えた。
彼になら、あるいは。
ルチアノは、静かに意を決して、こう問いかけた。
「近ごろの、王宮の噂は知っているだろうか。私に関する噂だ」
「……いえ、特に何も」
彼の顔がわずかに強張ったのを、ルチアノは見逃さなかった。
「ここには誰もいない。何を言われようとも、私は傷つかない」
「…………その、第二王子は、酔狂だと。なんの身にもならない、大したことのない事件を、熱心に追っていると……」
「そうだな、私もそう聞いている」
実際には、もっと口さがないことを言われているのだろうが、ルチアノの耳に届く情報ではそんなものだ。
ルチアノは、続けて言った。
「君もそう思うか? つまりは、私が酔狂で『魔力無し』の事件を追っていると――」
「い、いえ! そんなことは! 慈悲深き王子に相応しい行いだと思っています! さすがは元〝依代〟候補であらせられるかと!」
「……」
ルチアノは、予想以上に落胆した自分に、まず驚いた。
どんな答えを期待していたのだろう? 自分のように熱心に、『魔力無し』への非道を暴くために奮闘するとでも?
そんな人間が、少なくともこの国の上流階級にはいないことくらい、分かっていたはずなのに。
「そうか、君がそこまで褒めてくれるなんてな。奮闘した甲斐があった」
ルチアノは、明らかな作り笑いを浮かべた。自分でもぎこちなさが手に取るように分かる。案の定、側近は表情を曇らせたが、ルチアノはそれを無視して、廊下を再び歩き始めた。
「……君は、少し前の、〝依代〟さまへの拝謁にも同行してくれたな。ご尊顔を拝見した感想を聞いても良いか」
「そ! それはもう、僕なんかがとても言葉に表して良いものでは……! ご無礼を承知で形容させていただくなら、まずお顔から怜悧かつ慈悲深いお人柄が伺えて……」
沈黙を埋めるように続く〝依代〟への賛辞を聞きながら、ルチアノは再び思考に沈んでいく。
もしも、テオドアが女神さまに見出されず、公爵家の片隅に捨て置かれたままだったなら。この国の貴族たちは、テオドアへの仕打ちを何とも思わなかっただろう。
だが、彼の『自伝』が陸伝いに我が国へ届いたとき、彼らは我先にとそれを読み、公爵家の卑劣な「第一夫人とその息子たち」を口々に非難した。その悲劇的な半生に涙し、深く同情した。
それは、彼に、魔力があることが判明しているからだ。
(いっそ、彼にまた頼もうか……)
すべてを打ち明けて。愚かな過去をぶち撒けて。
だが、ルチアノはすぐに、その考えを打ち消した。
もう、彼には今回の件で、多大な迷惑を掛けてしまっている。それに、これ以上『魔力無し』が虐げられる現実を、彼に見せ続けるのは酷なことだ。
なんとなれば、彼も、二年前にはその立場にいたのだから。
――少し前に、マリレーヌが王宮へ来て、こっそりと話をしていったことを思い出す。
そして、再び、生きた妹と最後に会った夜のことを思い返した。
『出来損ないの妹がいたことなど、どうか明日にはお忘れください』
あの時の自分はそれに、何と答えたのだったか。
思い出したときに、自分の覚悟も決まる。そんな予感がしていた。