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最高神の〝依代〟 〜転生後も不遇で虐げられた公爵子息の、最高神成り上がり譚〜  作者: 青波希京
第三部 第五章 叫び

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116.偽りの愛で

「あたしね、好きな人、欲しかったんです」


 マリレーヌは、弾むような声でそう言った。

 床に座るテオドアに跨がり、首もとに抱きついて擦り寄る。もはや、恋人同士の距離だった。

 その背に手を回してしまいたくなる己を、必死で律しながら、テオドアは「好きな人?」と聞き返した。


「旦那さんとは、恋愛結婚だったはずでは……」

「そんなこと、あたしひと言も言ってませんよ。旦那さま(あの人)は、ツテを頼って輸入した『魔力無し』です。当時のあたしにとっては、貴重な『魔力無し』の個体だったので、結婚もしましたし、子どもも作りましたけど〜……」

「子ども!?」


 テオドアは、ぎょっとして聞き返した。

 彼女のことは「未亡人」とだけ聞いている。周囲も、子どもがいたなんてことを、噂ですら話題に上げなかった。

 なにより、昔からの友人であるらしいジュディッタが、マリレーヌの子どもに一切言及していない。夫婦の事情が複雑であるにせよ、友人想いの彼女にしては、なんとも違和感がある振る舞いだ。

 ……だが、最初から知らなかったとしたら、言及しようもないのか。


 驚くテオドアの顔が面白かったのだろう、マリレーヌはくすくすと笑う。


「うふふ、子どもを産んでも、体型維持には気を遣ったんですよ。ジュディはその辺、すごく目ざといのでー。産んだってバレたら、面倒なことになります」

「バレる、って……」

「あたしの産んだ子は、旦那さまの素質を見事に受け継いでいました〜。あたしはそれなりに魔力があるんですけどねえ。王族や貴族が、『魔力無し』を排除するのは、過去にこういった事例があったからかもしれません」


 その時は、長年の疑問が解けてすっきりしましたよ〜。と、彼女は嬉しそうに言った。

 つまり――マリレーヌは、帝国から『魔力無し』の男性を()()し、本人には真実を言わず実験を重ねていた。

 そのためだけに結婚し、子どもを産んだ。

 そういうことになる。


 父親の素質を受け継ぎ、生まれた子どもがどうなったかは――彼女の所業を見る限り、幸せになったとはとても思えなかった。

 なにせ、存在すらも隠されていたのだから。


「旦那さんが変死したのも、貴女の仕業ですか?」

「あら、うふふ。そうですよー。ジュディが話したんですね。あの人、どうやら、旦那さまのことが好きだったらしいんですよ。面と向かって言われたことは無いですけど、バレバレです」

「そういうもの、なんですか……」

「ええ。旦那さまが死んだときも、王子よりジュディのほうが落ち込んでいました。行方不明だったら、まだ悲しみも軽かったのかなーと、反省しまして。なにせ初めてだったもので、死体の処分が雑になっちゃったんですよ〜」


 ゆえに、今回は、初めから『境界の森』で実験を行った、と言う。

 前回は、ルチアノ王子が予想外にマリレーヌの夫を慕っていたため、死体処分が雑なのも相まって、少し大ごとになってしまった。その反省を活かした形である。

 もっとも、王宮は貴族出身の『魔力無し』にとことん興味がない、という事実も知れたため、まったくの失敗でもなかったそうだが――


「でも、今なら、ジュディの気持ちが分かります。だってあたし、こんなに幸せなんですもの」


 マリレーヌはおもむろに身を起こし、テオドアの右手を取って自らの左胸に導く。薄い布越しに、鼓動が早く脈打っているのが、生々しく響いてきた。

 上目でこちらを見る彼女は、頬を染めつつ、うっとりと微笑む。


「恋って、こういうものなんですね――胸がドキドキして、貴方を見るだけで幸せです。テオドアさんは、そうじゃないんですか?」

「……」

「抱き締めてください、ぎゅって……ね……?」


 テオドアは、自身の気持ちが、否応なく高まっていくのを感じていた。

 恐ろしいほど正気だ。感覚が狂わされている感覚など一切ない。だと言うのに、マリレーヌを見ていると、どうしても愛おしく思えてならないのだ。

 昨日までは――そんなふうな目で見たことなど、一度もなかったというのに。


 頑なに腕を回さずにいると、彼女の顔がどんどんと悲しみに沈んでいく。

 多くの命を弄び、さらにテオドアを誘惑しようと迫る悪女に、突き動かすような罪悪感を抱いた。


 異常だ。

 だが、――抗い難い。


 テオドアは、唇を強く噛み締め、冷静になろうと試みる。女神の求めにすら応じずにいる不遜な男が、ここで屈するわけにはいかないのだ。

 初めてはせめて、自分を本当に好いてくれる女性たちに――


 そうして、ふと、妙案を思いついた。


「……僕とどうなりたいんですか? 好きだと言って、抱き締め合って、それでおしまいに?」


 打って変わって穏やかに問い掛けながらも、頭の中では、今しがた思いついた案を検証している。

 危険はあるが、賭けてでもやる価値はある。()()()()なら、おそらく無視できないはずだ。

 そして()()は、確実に細工をしている。昨晩、ああ言ったのだから。


 そんなことを考えているとは露知らず。マリレーヌは、眉を下げて落ち込みつつ、律儀に答えた。


「この結界を張る前は、貴方の子種をもらうだけに留めようと思ってたんです。百年に一度の〝依代〟の血を継ぐ子は、どんなふうになるんだろうって」

「……なるほど」

「でも、あたし、今は……離れたくない……」


 とうとう目に涙を浮かべ始めたマリレーヌを、テオドアはじっと観察した。

 彼女の「結界」とやらが、どんな速度で効果を発揮するのかは知らないが……どうやら、結界内にいればいるだけ、効果が強まるようである。

 マリレーヌがこちらにベタ惚れで、テオドアが比較的に理性が働く状態であるのは、やはり『無自覚自己防衛魔法』が多少なりとも働いているからか。


 テオドアは、一度、目を閉じた。

 それからゆっくりと開いて、彼女へと優しく微笑んだ。


「――分かりました。作りましょう、僕たちの子どもを」


 途端に、マリレーヌの表情が、ぱあっと華やいだ。


「ほ、本当に? 嬉しい……嬉しいです……!」

「ええ。僕も、貴女のことが大好きです。この気持ちは偽りだと思いますが、二人の愛の結晶を作るには充分過ぎるくらいです」


 己に乗り上げているマリレーヌを、ありったけの愛を込めて抱き締める。振り払おうとしたときは、びくとも動かなかった右手が、彼女を引き寄せるためにはあっさり動いた。

 気持ちに抗う必要がなくなったがゆえか、心がどんどんと凪いでいく。テオドアは、彼女の首筋に頭を擦り寄せた。


「見つかる前に、早くしましょう。一回では子どももできないでしょうし、なにより僕が、終われそうにありませんから……」

「テオドアさ……ぁっ……」


 物の散らばっていない床へ、上手くマリレーヌを押し倒す。彼女は抵抗せず、大人しく背中から倒れた。

 首筋に口付けを落としながら、覆い被さり、片手で彼女の太腿に触れる。そのまま、際どいところまで撫で上げると、肌着のスカートが大胆にめくれた。

 テオドアは、緊張からくる心拍数の上昇を感じながら、「脱がしても?」と、聞く。

 マリレーヌは、濡れたまつ毛に彩られる瞳で、こちらを見返した。


「はい……でも、」

「でも?」

「キス、してください。最初に……あたし、好きな人とキス、してみたくて……」

「ええ。もちろんです」


 彼女の後頭部に手を回し、床に片肘をついて顔を近付ける。

 視線が絡み合う。

 二人は、そのまま、唇を――



 ――合わせる寸前に、部屋の窓を、長槍が突き破った。


 

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