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114.憶測上の犯人

「先生、すみません。わざわざ送っていただいて」

「きみを引き留めたわたしに責任がある。それに、こちらの方面へ用もあった」


 次の日、テオドアは朝早く、学院に顔を出した。

 本日から通常の授業が再開。マリレーヌとの個人授業もあと僅かということで、授業前にさまざまな教科の先生方と顔合わせをしていたのだ。


 途中、ジュディッタに呼び止められ、今回の事件を解決に導いたことで礼を言われた。テオドアは、微笑んで頷き、必要以上の言及を避けた。

 襲撃事件の犯人も捕まり――ルチアノが用意した替え玉の罪人だが――事情を知らないジュディッタは、たいそう安心しているらしい。

 そのあとは軽い雑談に移り、連れ立ってマリレーヌの研究室に足を運んだ。


 研究室の扉の前で、ジュディッタとは別れる。

 そのまま踵を返しかけた彼女を、今度はテオドアが呼び止めた。


「あ、先生。ひとつ、お伺いしたいことがあるのですが――」

「何だ?」

「ええ。マリレーヌ先生の旦那さんのことです。お二方はどこで出会ったとか、ご存知ですか?」


 すると、彼女は微かに眉をひそめた。どうしてそんな質問をされるのか、怪訝に思ったのだろう。

 だが、すぐに表情を切り替え、「詳しくは知らないが」と答えた。


「確か……知り合いの紹介だと言っていたな。マリーはあらゆる偏見を持たない。だからその知り合いも、安心して引き合わせたのだろう」

「そうですか。……ありがとうございます」


 テオドアは丁寧に礼を言って、今度こそジュディッタと別れた。

 控えめに扉を叩く。はあい、と、のんびりとした声が返ってきた。


「いらっしゃいませ、カヴァルロさん〜。なんだか、ずいぶんとお久しぶりな気がしますねえ」

「おはようございます、マリレーヌ先生。……その、お変わりないようで」

「あら、うふふ。一週間では変わりようがありませんよ〜」


 マリレーヌは頬に手を添えて笑ったが、テオドアの視線は部屋の奥に向いている。相変わらず、少し触れれば崩れ落ちてきそうなガラクタの山々が、あちこちにそびえ立っていた。

 彼女の後に付いて部屋に入る。途中、ガラクタ山から転がってきた何かを踏んでしまい、テオドアは「あ!」と叫んでしゃがみ込んだ。


「すみません、あの、これ、踏んでしまって」

「まあ! これ、ずっと探していたんですよ〜! こんなところにあったんですねえ」


 テオドアが、足でガラクタを寄せながら髪飾りを差し出すと、彼女は嬉しそうに両手で受け取った。――つい数週間前にも、同じ光景を見た気がする。

 彼女はいったい何個、髪飾りを持っているのだろう。


「それ、本当に先生のものなんですか?」

「ええ、間違いありません! ほら、ここに傷があるでしょう。これはこの前、あたしが頭をぶつけたとき、ついちゃった傷なんですよ〜」

 

 部屋の奥、いつもの通りの空間に辿り着き、テオドアは黙って周囲を見渡した。

 窓は開いていない。人の気配もない。廊下に人通りすらないのは、先ほど既に確認してある。

 ここにいるのは、正真正銘、マリレーヌとテオドアの二人だけだ。


「先生――この後のご予定は?」

「そうですねえ……カヴァルロさんは優秀ですから、すぐにお勉強も終わってしまうでしょう? よろしければ、またあたしの神話語りにお付き合いいただけたらと〜」

「その前に、僕、話したいことがあるんです」


 なんでしょう? と、資料を抱えたマリレーヌが振り向く。

 テオドアは、努めて平静に問い掛けた。


「一連の襲撃事件の裏にいたのは、貴女ですね」


 二人の間に、刹那、沈黙が降りる。

 だがマリレーヌは、何を言われているのか分からない、といった様子で、首を傾げた。


「えーっと、カヴァルロさん? おっしゃっていることが、そのー……どういうことなんでしょう?」

「言葉通りの意味です」


 テオドアは淡々と言った。


「学院の生徒が三人殺され、二人重傷を負った事件。その実行犯を非道な実験によって()()()()()のは、マリレーヌ先生、貴女です」

「二人の生徒を襲った犯人は、狂った通り魔だったと聞いていますよ? 困り者の三人組は、魔獣に殺されたって……」

「ええ。ルチアノ王子が公表した話では。しかし、貴女は――学院の中で貴女だけは、真実を知っているはずだ」


 相当、強い語調で詰め寄った自覚はある。

 だが、目の前のマリレーヌは、動揺ひとつしなかった。紙の資料を胸に抱き、邪気の無い透き通った瞳で、こちらを見上げる。


「そこまで言うからには、確信があるんですね?」

「はい。もっとも、確信できたのはつい最近のことですが――」


 テオドアは、ひとつ指を立てた。


「――今回のこの事件。先生は、非常に上手く立ち回っていました。貴族学校の生徒たちの心を上手く掴み、己の実験対象として引き込むと同時に、裏切らないようにする。襲撃事件も、貴女にとっては起こるべくして起きた出来事だったのでしょう」


 初めの違和感は、ルイスが何者かに大火傷を負わされたとき。

 第一発見者だったマリレーヌが、「毎朝、国境の壁沿いを散歩している」と言ったことだった。


 学院街の隣にある町は、さほど大きな町ではない。毎日、少しずつ細切れの距離を散歩しても、十日もすれば必ずあの大穴の地点に辿り着く。

 口振りからして、始めて日の浅い日課ではなさそうだ。近くにいたジュディッタも、彼女の「日課」に驚いていなかった。

 つまり、彼女の散歩は昔からの習慣、ということ。


「日課として熱心に壁際を歩いていれば、いつかは壁の大穴に気がつくはず。しかし、貴女は穴を見つけて報告するどころか、まるであの時に初めて知ったかのような態度でした。意図して、穴の存在を隠していたとしか思えない」

「本当に知らなかったんです。その、いつも空を眺めて散歩をしていますから、足元はあんまり見ていなくて」

「……そうかもしれませんね。しかし、次はどうですか?」


 テオドアは、二本目の指を立てる。

 次は動機だ。彼女には、秘密の夫がいた。『魔力無し』として、帝国から――おそらく婿に入った男だ。


「貴女は、夫とともに『魔力無し』の地位向上を模索していました。残念ながら、彼は無惨な死を遂げてしまいましたが、意思を継ぐことはできます」

「あたしが、あの人のために、『魔力無し』の地位を向上させようとした?」

「と、推測しました。これにも証拠はありません」


 マリレーヌは朗らかに、「面白いお話ですねえ」と他人事のように言うが、テオドアは真剣に話を続けた。

 三本目の指を立て、厳かに言い切る。


「三つ目は、本当に僕の勘です。ア――襲撃事件の真犯人と話していたとき、彼は尊敬すべき実験者……『あの人』を、己の母親を引き合いに出して褒めました」


 魔力が無かったことで、自分の胎から生まれたことすら否定してきた母親。アンリは、そんな母親を深く恨んでいた。

 だが、父親も同じくらい憎んでいる様子だった。


 ――ゆえに。もしも「あの人」が男性なら、父親を引き合いに出すだろう。

 本当に、ただそれだけの、ほとんど勘のような決めつけだ。

 案の定、その話を聞き終わるなり、マリレーヌは声を立てて笑った。


「そんな――そんなことで? あたし、そんなことで、変な事件の犯人にされかけていたんですか?」

「この三つを総合した結論です。けっこう、良い線は行っていると思ったんですが」

「大外れですよ〜! あたしはそんなことしていません。襲撃とか、怪我とか、恐ろしいことに関わりたくありませんし。『魔力無し』が事件に関わっていたのは、まったくの偶然です!」

「そうですか……」


 テオドアは、指をしまい、大袈裟なまでに肩を落とす。それもまた笑いを誘うらしい。彼女は笑い声を噛み殺して、片手で口もとを覆った。

 諦めきれずに、テオドアは尚も言い募る。


「本当に、知らないんですか? 何も? あの大穴も、『境界の森』にあった建物も?」

「知りませんよー。そもそも、『境界の森』が関わる授業をやったことがありませんから、『森』に行ったことさえありません」


 その時。

 テオドアは内心、密かに快哉を叫んでいた。こちらの仕掛けた罠に()()()()()()()()()のが、分かったからである。

 ――そんな様子は、もちろん表に出さず。

 テオドアは、背筋を伸ばし、静かに反論した。


「でも、おかしいですね。先ほど貴女に渡した髪飾りは――『境界の森』の実験場で拾ったものなんですが」

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