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11.暑苦しい王子

「許せん、許せんぞ!!! よってたかって他人を馬鹿にしよってからにッ!! そこへ直れッッッ!!! その腐った根性を叩きのめしてくれるわぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!!!!」

「うわうるっ……うるさ! なに!?」


 ものすごい音圧に、耳を澄ませていたセブラシトは飛び退いた。

 それから、困惑したようにきょろきょろと視線をさまよわせる。どうやら、目の前の黒髪の彼ではなく、別の場所から声がしたのではないかと疑ったらしい。

 デヴァティカも、先ほどまでの高慢な態度はどこへやら、抜き身の剣を掴んだまま、すっかり虚を突かれた顔をしている。


「ちょ、ちょっと待って。きみ、そういう性格だったっけ? 式典とかで会ったときはこう、大人しくて上品な感じだったというか――」

「なにを言う、貴様らも先ほど言っていたではないかッ。私はその場に()()()()態度を取っていただけだ! 上っ面で貴様らと同類などと判断をするな、虫唾が走るッ」


 黒髪の王子は、ふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。黙っていれば美しい尊顔だというのに、言動の圧がすごすぎてそれどころではなくなっている。


「貴様らは根本的に勘違いをしている! 〝依代〟候補が集められるのは、装備を見せびらかして悦に浸るためでも、どれだけ金を持っているかを競い合うためでもない!」

「それはそうだけどさあ――」

「第一! ここで誰が先に脱落するなどと煽って、なんになる!? 貴様らの自尊心が満たされるだけだッ!! 戦場では、その慢心こそが命取りになると知らんのか!!?」

「うわ、暑苦し……。説教とかそういう感じ、間に合ってるんで」


 セブラシトは鬱陶しそうに眉をひそめ、ひらひらと手を振った。

 彼は虚空を見上げ、「精霊!」とひと言呼ぶ。たちまち、セブラシトの背後にきらびやかな精霊が立った。彼の〝世話係〟らしい。


()()()()()()のも飽きたから、休める場所に連れてってよ」

「申し訳ございません、屋敷の準備はまだ――」

「できてないの? はあ、使えな。じゃあいいよ、外で待たせてもらうから。まさか、庭の剪定も終わってないなんてことはないでしょ」


 セブラシトの〝世話係〟は、なにも言わずに頭を垂れた。それから、踵を返して歩いていく。彼女についていく形で、セブラシトはさっさと去っていった。

 デヴァティカもまた、黙って剣を鞘に戻し、右手を上げ、応じて現れた精霊に短く指示を出す。精霊を伴い、やはり黙ってこの場を後にするのを、残った三人は眺めていた。


 やがて、二人の姿が完全に消えると、黒髪の彼がぱっとこちらに駆け寄ってきた。


「すまなかった、名乗りもせずに叫んでしまって」

「いや、その、助けてくれてありがとう」

「……いやなに、当然のことをしたまでだ」


 彼は首の後ろに手をやり、「わざわざ礼を言われるようなことはしていないぞ」と付け加えた。


「君とは初対面だな。名乗らせていただこう――私はルチアノ・シルヴェローナ。ヴェルタ王国第二王子だ。歳は今年で十八になった。よろしく頼む」

「テオドア・ヴィンテリオです。アルカノスティア王国、ヴィンテリオ公爵家の三男、です、いちおう……」

「なんと。ヴィンテリオ公爵家は清貧を好むお家柄なのだな。うむ、実に素晴らしい心ばえだ!」


 いえ、清貧ではなくて、ただ単に穀潰しとして扱われていただけです。

 とはとても言えず、曖昧に微笑んで答えとした。なにも、こんなところで、「虐げられていました」と叫ぶこともないだろう。

 ルチアノは何度も頷き、それから向こうに留まったままの少年を見遣った。


「ネイ。君もこちらに来たらどうだ?」

「う、うん……」


 ネイと呼ばれた少年は、おっかなびっくり歩いてきた。まるで、二人のうちどちらかが――もしかしたら両人とも――人食いの獣であるかのような腰の引けようである。

 くせ毛の短髪は、日光に当たって明るい茶色に見える。彼は二人のだいぶ手前で立ち止まると、深々と頭を下げた。


「ジダ=パノミド国の候補者、ね、ネイ・デイトーヌです。い、い、以後、お見知りおきを……」

「はっはっは。先ほど名乗り合ったときも言っただろう、私の前ではそこまでかしこまらずとも良いと!」

「癖、なので……すみません……」


 妙に腰の低い態度は、とても身分ある者とは思えない。テオドアとは別のベクトルで、高貴ではない雰囲気の彼は、気合いの入った盛装にもどこか着られている節があった。

 ネイも、その辺をよく自覚しているのだろう。テオドアに向き直り、どこか安心したように笑った。


「ぼくも、特別な役職に就いているわけじゃなくて……ただ、貴族の出身ってだけです。七男だし、家も男爵だし、テオドアくんには劣るけど……」

「そ、そんなことはないと思うよ。公爵の家っていっても、その――僕はあんまり、魔法のことに興味がなくて。学院にも通っていなかったから、まさか選ばれるとは思ってなかったんだ」

「む。となると装備がないのは、そもそも準備をしていなかったからか」


 テオドアは頷く。

 嘘は言っていない。魔法に興味がなかったのも、まさか〝依代〟候補に選ばれるわけがないと思っていたのも本当だ。

 まあ、初めから魔力が「ある」と分かっていれば、心構えも違っただろうけど。ややこしくなるので、やはり口には出さなかった。


「それならば、試練にも疎いだろう。なにか分からないことがあれば聞いてくれ。私に分かることであれば答えるぞ!」


 ルチアノは胸を張り、力強く請け負った。

 その隣で、ネイが弱々しく同意した。


「ぼ、ぼくも……力になれるなら、言ってね」

「ありがとう、でも、良いの?」

「うん……。シルヴェローナとあの二人は、顔なじみみたいだけど。ぼくは……テオドアくんと同じで、そういう社交界とかには出てなかったから……。勝手だけど、その、親近感があって」


 消え入りそうな声だったが、言いたいことは分かった。

 テオドアは少し笑って、「じゃあ、よろしくね」と、ネイと握手を交わした。

 

「顔なじみと言ってもな。互いの国で執り行われる式典で、少し顔を合わせた程度だ。その時は、彼らの業績に感心していたものだが。まさか――あんなにねじくれた性格の奴らだったとは! 私もまだまだ修行が足りないな」


 ルチアノは苦々しそうに唇を曲げる。彼と同じように、あの二人もまた、取り繕った姿を見せ続けていたということだろう。

 公の場でも嫌みをたっぷり言う人間だったら、年少で高い地位まで上り詰められないとは思うが。


「ともかく、あの二人の友情には、互いの国の情勢も絡んでいるだろう。……帝国と聖公国は昔から仲が良いからな。なにか企んでいるかもしれないが――」


 なにも起きていない現時点では、断定はできないな。私の杞憂かもしれん。

 ルチアノはそう締めくくった。


(杞憂、かもしれないけど……)


 テオドアは、二人が消えた方角へ振り向いた。

 なんとなく、嫌な予感が、胸の内でわだかまっていた。



 

-------



 

 下級精霊であるらしいロムナが、「準備」していたという屋敷は、目も眩むほど豪勢な建物だった。


 うっかりすると、宮殿と見間違うくらいに大きくて、広い。本物の宮殿など見たことはないが、きっとこのくらいの豪華さだろう。

 神殿と同じく、白い建材――おそらくは大理石で建てられ、ところどころに金がふんだんに使われている。細かな装飾にまで手が込んでいて、窓など、数えるのが億劫になるくらいたくさんある。比例して、その数だけ部屋があるのだろう。

 

 いちばん驚いたのは、この豪華な屋敷が、テオドア一人のためにあつらえられているという事実だ。


 〝依代〟候補には、一人一つ、屋敷がまるごと与えられる決まりらしい。五ヶ国、五人ぶん。それに加えて、光の女神が試練中に滞在する屋敷が一つ。合計六つの屋敷が、ここに建てられているそうだ。

 

 屋敷内で立ち働く上品な男女も、あらゆる設備も、供される豪勢な食事も。

 ここにあるすべてが、テオドアのためだけにある。

 嬉しいを通り越して、最早おそろしいくらいだ。

 

 実家での粗食に比べ――いや、第一夫人たちの食事よりも、もっと品数もあって趣向が凝らされた料理を前に、どう食べていいのかしばらく悩んでしまったほどだった。


「申し訳ございません。もしや、お嫌いなものがありましたか」

「い、いえ! た、食べま、食べれるから! 大丈夫!」

 

 それを見かねてか、食事を供してくれた女性が、気遣わしげに声を掛けてきた。彼女ももちろん精霊であるという。

 テオドアは意を決し、慣れないカトラリーを使ってなんとか食べきった。

 その後、満腹で動けなくなったのは、失敗だったが。


 食事のあとは、親切な精霊たちに屋敷中を案内された。

 いちばん大きくて立派な部屋がテオドアの――寝室で、書斎と衣装部屋と支度をする部屋と応接間が別にあって、と言われたとき、頭がくらくらした。


(環境が変わりすぎて、ぜんぜん追いつけない……)


 精霊たちが(ふん)する使用人に、かしづかれるのも落ち着かない。世話をされるのに慣れていないせいで、ずっと恐縮し通しだ。


 ……お風呂をお手伝いします、と、美しい女性使用人がやってきたときは、本当にどうしようかと思ったが……。


 なんとか、「自分のことは自分でやります!」と叫んだことで、お風呂の平穏は保たれた。

 そんなめまぐるしい一日も、終わりを迎えようとしていた。



 はあ、と深く溜め息を吐いて、寝台に崩れ落ちる。

 奇しくも昨日の神殿と同じ行動だったが、こちらの寝台のほうが断然、広くてふかふかである。

 そしてなにより、天蓋がある。望めば、寝台の周りに布を垂らして、寝ているときの顔を覗かれにくくすることもできるだろう。

 眠るのには最高の環境だ。しかし。


「眠れないなあ……」


 昨日もろくに寝ていないというのに、眠気は一向にやってこなかった。

 興奮して、頭が睡眠を拒否しているのかもしれない。しばらくシーツに潜っていたが、叶わず、テオドアはもそもそと寝台を抜け出した。


 どこか、頭を冷やせるところはないだろうか。


 屋敷には使用人がいる。彼らの手を煩わせるのも申し訳ない。

 例の噴水の近くまで散歩すれば、誰かと鉢合わせてしまうかもしれない。ルチアノとネイならまだ良いが、あとの二人は……。ううん。あそこまで行くのは止めよう。

 いろいろと考えた末に、テオドアは――


 屋敷の屋根に登った。

 

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