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110.魔力を欲する人々

 ――魔力無しに、人らしい生活は無い。

 アンリは、力を込めてそう言った。


「アンタに分かりますか? 貴族の家に生まれて、居ない者として扱われる気持ちが。汚いもののように追いやられて、独り離れで暮らす惨めさが!」

「……」


 分かる。とは、言わなかった。


 公爵家で過ごした十三年が()ぎる。当主のいない公爵家で幅を利かせていた第一夫人。その息子二人と、彼らにおもねる使用人たち。

 貴族に生まれながら、恩恵は何ひとつ受けたことがない。普通の暮らしも、しがらみも、人間関係も、勉強も、常識も、何もかも教えられていない。

 あるのは侮蔑と嘲笑。どれだけ笑い者にしても良いんだ、と侮られた態度。後ろ盾のない孤独、先行きの見えない不安。


 だが、テオドアは幸運だった。渦中にいた頃は、母やリュカなどの支えがあった。『魔力無し』ではないと判明して、周囲に認めてもらうこともできた。


 だが、そんな〝奇跡〟が起こらなかった人々は――


「貴族学校の生徒はね、みんなそんなものですよ。俺が経験したようなのは、みんな経験してるんです。つまり、魔力無しだと分かった途端に子どもをゴミのように捨てる親が、俺のクソ親以外にもいるということです」

「……そういう親って、どうして子どもを飼い殺しにするんでしょうね? 秘密裏に孤児院へ預ければ、子どもは平民として普通に育つのに」


 それは、純粋な疑問から出た言葉だった。

 自分たちの家から『魔力無し』が出る。貴族階級の親たちが、それを醜聞として嫌うのは理解できる。

 だが――『魔力検査』までは我が子として扱わなければならないにせよ――『魔力無し』が確定したあと、放逐して孤児院に押し込んだり、殺したりしないのは何故なのか。

 すると、アンリは大袈裟なまでに溜め息を吐き、「想像力が無い馬鹿ってこれだから」と呟いた。


「決まってるでしょう。『魔力無し』を隠しきれないからですよ」

「隠しきれない……?」

「俺たちみたいなのが存在することそのものが、アイツらにとっては忌むべきことなんです。でも、どんなに隠そうしても、噂で『魔力無し』の存在は伝わる」


 正式な『魔力検査』を経なければ、魔力の有無は確定しない。標準に達していれば、それで貴族の一員として認められる。

 だが翻って、『魔力無し』が確定したとき。その子は既に、他の貴族にも存在を知られている。今、慌てて孤児院に送るなり「処分」するなりしてしまえば、確実に『魔力無し』だったと広まってしまう。

 それだけは避けねばならない――それだけは。


「だから、体が弱いだの気が狂っただの適当な理由をつけて、離れで飼います。年頃になったら、また適当な理由をつけて『貴族学校』に捨てて、縁を切る。こういうことですよ。分かりましたか?」


 悪意がたっぷりとこもった、噛んで含めるような口調だった。

 テオドアが「ええ、よく分かりました」と微笑むと、苛立ったような舌打ちが返ってくる。煽ったつもりだったらしい。


 その後も、アンリの一人語りは続く。

 貴族学校の生徒たちは、みな将来に希望を持てないでいた。貴族社会が望むほどの魔力を持ち合わせていない、それだけで、排他される現状に理不尽を感じてならなかった。

 だが、その理不尽にどう抗えば良いのだろう? 学校を出れば、身寄りもないツテもない、ただの少年に過ぎないのに。


 そんなとき――あの人は現れた、と、アンリは言う。


「あの人は、俺たちにとても親身にしてくれました。それで、『貴族でありながら魔力が無くて苦しんでいる人々に、魔力を与えられるよう研究をしている』と言って、俺たちに協力を持ち掛けてきたんです」


 貴族学校の生徒たちの反応はさまざまだった。

 賛同する者、笑い飛ばす者、疑う者、関心を示さない者。

 けれど、試作品だという魔石を使って魔術を発動した生徒が出て以来、「あの人」の求心力は急速に高まった。

 アンリは、虚空を見上げて笑う。


「……魔力のある人が、あそこまで俺たちのことを考えてくれるなんて、思いもよりませんでした。ああいう愛情を注いでくれるのが、本来の親というものなんでしょうね――魔力が無いと分かったとき、『私の胎を勝手に借りた出来損ない』と罵った俺の母親とは、人間性からしてまったく違う」


 生徒たちは徒党を組み、「その人」の研究に協力した。

 協力して魔獣を狩り、魔石の材料を入手する。より良い魔石を作るために、ほとんど失敗作の魔石を使って戦ったが、数の暴力で押し通すことができた。

 続けていくうちに、国が〝魔獣の密猟者〟を探し始めたようだったが、初めから犯人候補から除外されている『魔力無し』は無敵だった。


「魔力のあるヤツらは、俺たちのこと、魔獣のエサくらいにしか思っていないんじゃないですか。昔はそういう魔獣狩りの方法もあったようですよ」


 ゴミの処分にちょうど良かったんでしょう、と、アンリは楽しげに笑い声を立てた。

 ちっとも笑えないので、テオドアは表情を変えず聞き役に徹する。ちらと隣を伺うと、エイレネは話に飽きたのか、背もたれの上をちょんちょん跳ねて行き来する遊びに集中していた。

 アンリは再び椅子に座り、テーブルに肘をついてこちらを見た。


「ここは、実験場ではありますが、それ以上に大事な家でもありました。危険なんて承知の上です。でも、俺たちは望んでここに来た。得られなかった一家団欒をここで得て、魔力を得るために実験に参加した」


 そう、まさしく、家族だったのだろう。

 そう言わしめるほど彼らの心を掴んだ「首謀者」は、よほど頭が回るらしい。こんなに好き勝手に自白しているように見えるアンリでも、「首謀者」に繋がる情報は一切出そうとしない。

 ――事前に口止めをしているか、自ら口止めするように心酔させたか。どちらにしろ、研究がバレたときのことを、きちんと考えていたのだろう。


「どうせ、貴族学校の生徒が十人や二十人いなくなったところで、騒ぐのは学校の教員くらいなものですよ。一人、魔石の影響に耐え切れなくて狂ったヤツがいたせいで、少し大事になりましたが――」


 思った通り、国はろくに調査せず、「あの人」がツテを頼って用意した影武者を捕まえて、満足した。

 行方不明になった生徒の親たちも、誰一人として捜査を急かしたりはしなかった。

 上流の社会では――こういう存在なのだ。『魔力無し』というものは。


「――そういうわけなので、あの人を侮辱するのは許しません。例え、俺と従姉妹を、あのクズどもから庇ってくれた人でもね」


 その言葉に、テオドアは、彼がなぜ問答無用で襲い掛かって来ないのかを理解した。

 彼は、テオドアが『魔力無し』に偏見がないことを見抜いていた。だからこそ――態度は悪いけれど危害は加えて来ないし、対話をする余地を作った。

 それでも、依然、こちらが危ない状況に変わりはないのだが。


「……なるほど……」


 テオドアは腕を組み、背もたれに大きく寄りかかった。左手には剣を握っているものの、引き抜く素振りもせずに。

 むしろ、無防備になったと見えるように。


「魔術学院の生徒を襲ったのも、貴方ですね?」

「そうです。接点はありませんけど、これは貴族社会に対する復讐ですから」

「実験の生き残りの、発狂した人を処分しなかったのは何故ですか?」

「あの人が、面白い知見が得られたと言って、トドメを刺しませんでした。同じ貴族学校にいるので、なにか不都合があれば、俺が殺せますし」

「……その、魔力は、あの三人組に絡まれたときには既に?」


 アンリは、少し考えたあと、頷いた。


「はい。実験は数ヶ月前に成功してます。魔力を使いこなすのに、かなりの時間を要しましたが、あの時には既に使えました」

「……では、本当に僕は、邪魔をしてしまったんですね。あのまま、貴方が魔力に目覚めたという体で反撃すれば、ご実家も貴方を認めたでしょう」


 テオドアが柔らかな口調で言うと、アンリは我が意を得たりといったように、表情を輝かせた。


「それも面白かったですね! でも、これでも良かったとも思いますよ。俺は魔術学院の人間に、復讐する義務と権利があるので」

「……そうですか。何があっても、襲撃を辞める意思はないと。貴方も、他の貴族学校の生徒たちも、さんざん酷い目に遭いましたからね」

「ええ、分かっていただけて嬉しいです!」


 そうとも。

 テオドアは、テオドアだけは、理解できる。その復讐心を。恨みを。押し付けられた理不尽を。

 状況は違うため、互いの辛さは比べられるものではない。しかし、共感できる。自分が彼の立場だったら、同じ道を歩んでいたかもしれない。

 だが、ゆえに。だからこそ。

 

 ――自分だけは、肯定してはいけないと思った。


 テオドアは組んでいた腕を解き、剣を握る左腕を、隣のエイレネに差し出した。

 彼女は躊躇いもなく飛び移ってきて、テオドアを見上げてピィピィ鳴く。

 その姿に微笑み、視線を戻し――アンリの瞳を見据えて、はっきりと言う。


「いいえ。僕にはまったく、これっぽっちも理解できません。話を最後まで聞いても、やっぱり、その人に騙されてるようにしか見えませんから」

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