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109.復讐の後

 地下室は、実験場と言うより、拷問場と言い換えたいほどの惨状だった。

 土が剥き出しになった壁や天井に、申し訳程度に張られた床板。そこまで空間が大きくないのも手伝って、かなりの圧迫感を覚える。

 端に寄せられた椅子には、燭台が乗せられていた。溶け切った蝋燭の残骸を見るに、この地下で唯一の光源だったのだろう。

 そこまで観察して、テオドアは再び、目の前の死体を見上げた。


 天井に(かぎ)のような金具が打ち付けられていて、縄はそこから吊り下がっていた。

 明らかに、死因は首吊りではないだろう。取れかけた首の傷と血塗れの服、ひしゃげた手足がそれを物語っている。更に、殺されてから日が経っているのか、見るからに腐っていた。名前も知らない虫も集っている。


 それでも、少年の死体は、首で縄を絞められて、宙に吊られていた。

 顔も、見るに耐えないほど傷ついていたが――残念なことに、テオドアには彼に()()()()()()


「……三人組の一人だね」

『誰のこと?』

「ルイスが、『襲撃事件の犯人じゃないか』って言っていた人たちだよ。ほら、ルチアノに付いてきたとき、二羽とも聞いてたよね?」

『アー! ()()()()()三人組ってやつだ!』


 エイレネは、『死んでるから、犯人じゃなかったねー』と言いながら、死体の真下をぐるぐる歩き回る。平然とし過ぎているため、彼女が今、何を考えているかは測りかねた。

 とりあえず、「血とかが垂れてくるかもしれないから、あまり近付かないようにね」とは言っておいた。

 

 テオドアは手を掲げ、地下室全体を照らす。足を踏み入れれば、靴底が粘ついた感覚がした。

 首吊り死体の他にも、凄惨な死体が二つ。

 どちらも見る影もなくぐちゃぐちゃで、人の形を保っているのが奇跡のようだった。それでいて、顔は比較的に原形がある。

 慈悲なのかもしれないし、頭を潰してはすぐに死んでしまうからいちばん最後に傷つけた、という理由なのかもしれなかった。


「……逃げたんじゃなくて、攫われたんだな……」


 不良三人組が消えた時、自ら逃げたにしては、不可解な点が多過ぎたと言う。答えは単純で、自分から逃げたのではなく、三人まとめて拉致されたのだ。

 門番の記憶に残らない未知の方法で。


 テオドアは、一瞬、彼らを外に運び出して埋葬しようか、と思った。

 彼らに対して、テオドアはそこまで思い入れがない。だが、恋愛相談も聞いてもらったし、ここまでひどい状態で殺されたのはさすがに哀れだ。

 悲しむ人はいなさそうでも、埋葬される権利くらいはあると思ったのである。

 だが――エイレネが足元に寄ってきたのを見て、テオドアは考えを変えた。


 誰かが、地下室に降りてきている。


『パパ、どうするの? やっつける?』

「……やっつけるにしても、ここは狭いかなあ」


 地下に逃げ場はない。テオドアが光を消し、かがみ込んで片腕を差し出すと、エイレネは躊躇いなく腕に飛び乗った。

 彼女の体重――いや、()()()()()に耐えるため『身体強化』を使うついでに、いつでも走って階段を駆け上がれるよう、脚に力を溜めておく。

 足音は、かなり落ち着いた速度で降りてくる。地下への入り口が開いているため、おそらく侵入者がいることは分かっているだろう。

 だと言うのに、焦りがない。相当、腕に自信があるのか。


 やがて姿を現した彼は、明かりの灯ったランタンを手に、微笑んだ。


「これは――先日はどうも、カヴァルロさん。従姉妹がお世話になりました」

「いいえ。まさか、こんなところでお会いできるとは」


 白々しく言葉を交わし、二人は対峙した。

 アンリ・ディシマノは、微笑みを崩さずに、テオドアの周囲を見渡した。そして、「ひどい有り様ですよね」と言う。


「ここはもう破棄された場所なんです。せっかくならと譲っていただきました。掃除はしていないので、お客さまにお見せできるものではないのですが――」

「僕たちは不法侵入しているので、お客さまというほどでは」

「いえ、せっかくですから、歓迎させてください」


 言うが早いか、アンリは吊られた死体を掴み、乱暴に引き摺り下ろした。奇妙な音を立てて首が折れ、天井の金具と縄ごと落ちる。

 腐っているから、死体も脆いのか。

 首の曲がった死体を力強く蹴り上げて、アンリは振り向く。いっそ不気味なほどに完璧な微笑みは、どんな激情を覆い隠しているのだろう。


「見苦しいものは後で燃やしておきます。さ、階上へどうぞ」




 アンリに付いて階上へ出る。

 彼は、汚れた皿をすべてテーブルから払い落とし、にこやかに椅子を勧めてきた。盛大に割れた皿の音と散った破片は、気にも留めていないようである。

 今すぐに背を向けて逃げようか――とも考えたが、あちらに対話の意思があるようなので、ここは従っておくことにする。

 テオドアは薄汚れた椅子に座り、アンリはテーブルにランタンを置いて向かいに座る。エイレネは、テオドアの隣の椅子の背もたれに掴まって、呑気に羽繕いをしていた。


「……魔獣を連れているなんて珍しいですね。さすがは学院の生徒、やることが違う」


 アンリは、エイレネのほうへ目を向けて言った。当のエイレネは小首を傾げ、ピヨピヨと可愛らしく鳴く。ただの魔獣になり切るつもりらしい。

 ええ、まあ、と言葉を濁しながら、テオドアは汚れたテーブルに視線を落とした。

 言葉を選ばなければ、なにを拍子に暴れるか分からない。地下の死体を作ったのは彼だろうし――学院の下級生を襲ったのも、おそらく、彼なのだから。

 テオドアは、軽く息を吸い込み、アンリの目を見据えた。


「……あの三人、目撃情報もなく消えたって、随分な騒ぎになっていますよ。どうやって攫ってきたんですか?」

「簡単ですよ。【収納】に詰め込めば良いんです。生物の持ち運び用ではありませんが、アレらは真っ当な生き物ではないので」


 彼は小気味よさそうに、ふんと鼻を鳴らした。「そのまま窒息死してたほうが、楽に死ねたでしょうね」と付け加えて。


「あの三人を殺したのは……何故ですか? 復讐――」

「その通りです! アイツらは社会のゴミ、害悪なんです。褒めるところがひとつもない。貴方も見たでしょう?」

「ええ、確かに。恋愛相談以外は、褒めるところがありませんでした」

「は?」


 ここで初めて、アンリの表情が歪んだ。言われた意味が分からなかったのだろう。

 テオドアは冷静な表情を保ったまま、手のひらを上に向け、「続けて」と意思を示した。気を取り直したのか、アンリも微笑みを取り戻す。


「だ、だから、殺してやったんです。それも、アイツらの罪を、最大限に刻んでやりました! 何日もかけて、左脚から順に使えなくさせてやって。最初は罵倒する元気があったのに、最後は虫の息で! あんなに偉そうだったのに!」

「なるほど……」

「俺はやってやった! やったんだ! ざまあみろ、『ヒトもどき』にやられやがって!!」


 語るうちに気分が高揚したのか、アンリの声はだんだんと大きくなり、ついには憚らずに大声で笑った。仰け反って腹の底から笑う姿は、話が通じない別の生命体のようにも思える。

 その様子を――彼の周囲に渦巻くおぞましい魔力ごと、テオドアは眺めていた。

 まだ情報を取るべきか。それとも踏み込むべきか。一瞬で考えをまとめ、努めて冷静に切り出す。


「僕たちは、貴方が魔力を得られたのは、人体実験を受けたからと推測しています。合っていますか?」

「はは――もうそこまで知られてるんですか? その通りですよ。とある人から、秘密裏に実験を持ちかけられたんです。もうほぼ完成していて、あとは理論を試すだけだからと」

「貴族学校から行方不明になった生徒たちも、同じような実験で?」

「俺の前に、実験して死んだ人間が何人かいるのは知っています。その人たちで検証を繰り返したお蔭で、俺という成功例が生まれたんです」

「……貴族学校の生徒を食い物にした人には、復讐しなくて良いんですか? その人は貴方がたのことを、実験対象としか見ていないんじゃ――」


 テオドアは口を閉じた。

 アンリが身を乗り出し、怒りに任せてテーブルを殴ったからである。

 貼り付けていた微笑みはどこかへ吹き飛び、ぎらぎらとした憎しみの宿った瞳が、こちらを強く射抜く。


「なんにも知らないくせに、一丁前に喋んな。クソ野郎が」

「あー……まあ、事情は何も知りませんね」

「余裕ぶりやがって。良いですか、想像力の無いアンタに教えてやりますよ」


 ――貴族学校の人間は、みんな()()()()()()()()()()()んです。

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