表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/251

104.すべては繋がる

 とは言え、怪しい人間をそのまま放置しておくわけにもいかない。

 あの路地裏で素直に引き下がったのは、少女がいたためだ。振る舞いからして、彼女は危害を加えられないだろうと思ったのもあるが――万が一刺激し過ぎて、なりふり構わずに人質にでも取られたら、目も当てられない。

 いったんその場はやり過ごす。もしかしたら、アンリも「怪しまれていない」と油断してくれているかもしれない。


 走って自分の寮に帰り、玄関から駆け込む。

 すると、入ってすぐの広間に、誰かが佇んでいるのが見えた。


「テオドア、邪魔しているぞ」

「ルチアノ!」


 前回、慌てて王宮に戻っていってから、何の音沙汰もなかったルチアノだ。彼は、「勝手に入ってすまない。あまり目立つわけにもいかなくてな」と、申し訳なさそうに眉を下げた。

 なんでも、テオドアに会いに学院へやって来て、ジュディッタから「ルイスの見舞いに行っている」と聞いたらしい。

 王子が、式典でもないのに学院内をうろつくのは、何かがあると喧伝しているようなものだ。

 ゆえに、ジュディッタから許可を取り、特別に寮の中で待たせてもらっていたとか。


 ――ほんの一瞬、王族ならこの寮に入り放題なのか、とも思ったが。そういうわけではなさそうなので、安心する。

 テオドアは、咄嗟に抱いた警戒心を解き、ルチアノのほうへ歩み寄った。


「何か分かった? それとも、この前忘れていったあの石を取りに来たのかな」

「ああ……あの魔石か。すまない、あの時は周りが見えていなかった」

「僕は別に良いんだけど、君のほうは大丈夫なの? その、結構疲れているように見えるよ」


 連れ立って応接間に行くが、廊下を明るく照らす日差しのもとで見ても、ルチアノの顔色は以前よりずっと悪くなっていた。

 目の下にくっきりとクマが浮き出ている。寝不足なのだろうか。

 ルチアノは終始無言のまま、窓の外をぼんやりと眺めながら歩いている。足取りも、目に見えてふらついていた。


「……ルチアノ」

「ん? あ、ああ。すまない、なんだ?」


 反応も遅い。いつもだったら、食い気味に暑苦しく返答してくると言うのに。

 テオドアは溜め息を吐き、ルチアノの首根っこを掴んだ。

 驚いたのか首が締まったのか、奇妙な声が聞こえた気がしたが、頭から窓ガラスに突っ込むよりはマシだろう。


「いろいろ報告したかったけど、後にする。とにかく客室で休んでて。短時間でも横になれば、ちょっとは回復するから」

「くく、首が! 首が締ま……!」

「引きずらないだけ温情だよ」


 とは言え、半ば強引に客室へ放り込んだので、引きずっていったようなものかもしれない。

 テオドアは、ほとんど使われていない寮の厨房へ向かい、常備されていた葉を適当に選んで、お茶を淹れた。初めてきちんとお茶を作ったため、勝手が分かっておらず、おそらくあまり美味しくないだろう。

 自分は飲む気がしなかったが、とりあえずカップを二つ携えていく。


 客室に戻り、ノックも無しに開いた。

 寝てはいないものの、膝を床について、頭だけ寝台に突っ伏しているルチアノを横目に。テオドアは近くのテーブルにお茶の盆を置き、言った。


「君が何を悩んでいるのかは知らないけど、そんなに疲れてるんだったら、王宮で黙って待っていてくれて良いんだよ」

「……」

「足手まといとまでは言わない。でも、連携に支障をきたすくらいなら、僕に情報だけ渡して、丸投げするほうが効率が良いはずだ」

「……そうだな……」


 怒っているわけではないが、自然と、口調が厳しくなる。

 ――ルチアノの体調不良は心配だ。けれど、それより何より、今倒れられるのは、彼が多くの情報を抱えて戦線を離脱することと同義だった。


 疲れている理由も分からない。王宮の事情も聞いていない。彼がここまで、『魔力無し』の絡む事件に肩入れする訳も知らない。

 もちろん、踏み込んで事情を聞かなかったテオドアにも、責はあるだろう。しかし、今回の彼は、依頼者にあるまじきほどの秘密主義だった。


 ルチアノは、のろのろと寝台から顔を上げた。


「……公務と調査の両立くらい、できると思ったんだがな……」

「出来ないくらいのことがあった?」

「何も……無いとは言い切れないな。君なら勘付いているかも知れないが、父と私は、昔から折り合いが悪い……」


 先ほども、妙な事件に(かかずら)う暇があるなら見合いでもしろと言われた。――ルチアノはそう言って、力無く笑った。

 元〝依代〟候補は、〝依代〟には至らないまでも、政治的な道具として狙われ易いと聞く。それが王族であれば、なおさらだろう。

 しかし、ルチアノが引っかかっているのは、そこではないらしい。


「昔からそうだ。父は……兄もそういう傾向にあるが……上流階級の人間相手にしか政治を行わない。それも、魔力のある、()()の人間相手に……」

「……」

「――零れ落ちた人間のことなど気にも留めない! それが、私には我慢ならんのだ! 血統問わず魔力が無い人間、それを、(むご)く見捨てて……挙げ句の果てには――」


 そこまで言ってから、ルチアノは大きく息を吸った。

 大声を出すのか、と咄嗟に身構えたが、そんなこともなく。彼は細く長く息を吐き、頭を抱えて項垂れた。

 それから、血を吐くような、苦しげな声で呟いた。


「……テオドア。私は双子だった」

「え?」

「妹だ。……今は、それしか言えない」


 沈黙が降りる。

 テオドアは、項垂れたまま動かない王子に目をやり、次いで冷めかけたお茶を見下ろした。

 双子だった、と言うことは……その妹は既に、冥界へ下っているのだろう。

 それが、彼が父王と対立する理由なのだろうか。それとも、この事件にこだわる理由なのだろうか。


 さすがにこの雰囲気で、ずけずけと聞く気にもなれず、テオドアは話題を変えることにした。

 どちらにしろ、重要であることに変わりはない。咳払いをして、口を開く。


「襲撃事件の犯人、おおよその目星はついたよ」

「! ……本当か!」


 今までの沈みようはどこへやら。ルチアノは跳ねるように身を起こした。血の気のない顔に、喜色が宿っている。

 テオドアは、襲撃事件の犯人と(もく)される――「ルイスの弟」に辿り着いた経緯を、(つまび)らかに話した。

 ルイスが大怪我を負い、その犯人が弟であることは、ルイスの態度からほぼ確定しているということも。


「どうしてそう言える?」

「誰かを庇うなら、家族である弟、って考えたのもそうだけど……ルイス自身が言ってたんだ。俺たちには〝依代〟さまのような奇跡は起きなかった、って」


 おそらく、『奇跡』とは、「魔力無しと思われていた貴族の少年が、実は魔力を持っていた」ということだろう。

 彼の弟には、それが起こらなかった。ゆえに、ルイスを火傷させるまでの何か――未知の力を手に入れてしまった。

 こう考えれば、アンリが怪しげな魔力をまとっていたのも、辻褄が合う。


 ひと通り、テオドアの意見を聞いたルチアノは、顎に手を当てて考えた。


「……となると、事はそう単純ではないな。その男が魔力を手に入れた方法を探らねばならん」

「それは、彼を追いかけないことにはどうにもならないよ」

「そうだな。第三の被害者を生まないよう、どうにか穏便に確保できないものか……」

「魔石も、行方不明事件も残ってるし、並行して――」


 言いかけて、テオドアはぴたりと動きを止めた。

 脳裏に走った、一瞬のひらめき。仮説にしては、あまりにも筋が通り過ぎている。

 かと言って、正解かどうかは分からない。

 けれど。


「……貴族学校に行こう。事前に許可は取らないほうがいい。たぶん、下手をしたら一人、口封じに殺されるかもしれない」

「何か思いついたのか?」


 唐突に意見を翻したためか、ルチアノは怪訝そうにこちらを見上げる。

 その視線を受けながら、慎重に言葉を選んで、言う。


「全部、繋がってるんだと思う。行方不明事件も、死体から出てきた魔石も、今回の襲撃事件も。目的までは分からないけど……」

「――まさか」


 いち早く話の行き先を悟ったのか、ルチアノは大きく目を見開いた。

 対するテオドアは、小さく頷く。

 

「そう。一連の事件は――おそらく、()()()()()()()()の成果だ」


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ