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96.孤立無援の家族関係

「盲点だった、気付かなかった!! そうだ、その通りだ!! 恩に着るぞ!!!」

「ええ……? うん、良かった……??」


 ルチアノのはしゃぎようは凄まじかった。喜色満面に笑みを浮かべ、ソファからずり落ちたテオドアの両手をしっかと掴み、大きく揺さぶる。

 大声に驚いたのはテオドアだけではない。二羽の雛たちも天井近くまで飛び上がり、戸惑うようにくるくると旋回しているのが、視界の端に見えた。


「確かに魔獣狩りと結びつければ、すべての辻褄が合う! 不自然な密猟の増加にも、それにしては闇市のほうに魔獣系の素材が多く出回っていないのも納得がいく!! ああそうだ、そういうことだな、テオドア!!」

「そう、だね。闇市に出回っていないのは、今、初めて聞いたけど……」


 しかし、テオドアの返答は、ほとんど届いていないようだった。ルチアノは勢いよく身を起こし、興奮も露わに「こうしてはおれん!!」と叫んだ。


「悪いが用事ができた!! 確かめたいことがあってな!! 後日改めて会おう!!」

「あ、ちょっと待――」


 呼び止める暇もなく、彼は足をもつれさせ転びかけながら扉のほうへ向かい、振り返りもせずに部屋を後にした。

 あまりに急だったもので、ルチアノが去った事実を把握するのに、一拍ほど置かねばならなかった。


 床に尻もちをついたままのテオドアのそばに、雛たちが舞い降りる。


『オージ、すごい慌ててたね〜』

『なんでだろ? ボクたち、追いかける?』

「……ううん。それはやめておこう。ルチアノがもう一度ここに来るまで、待っていようか」


 二羽とも、いきなり大声を出していなくなったルチアノに、違和感を覚えているようだった。

 そしてそれは、テオドアも同じである。


 思い返せば、山の上の屋敷で再会した時から、彼は「絶好調とはとても言えない」と口にしていた。

 あの時は軽い冗談として流してしまったが、もしそれが、本当なのだとしたら。

 癇癪を起こしたように怒り、異様なまでに感激して走り去り、()()()をしてしまうのにも、何か理由がつけられる気がした。


「ルチアノと再会したのは、いつだった?」

『うーんとね、昨日の夜! パパの屋敷がある山に、一人で来てたよ!』

「一人で? お供も付けずに?」

『うん! 一人で、メガミに会いに来てた! エイレネたちを貸してって!』

『ボクたちの力が必要なんだって! 頼れる人がいないからって!』

「……そっか……」


 テオドアは、ゆっくりと立ち上がって服の埃を叩き、机の上に手を伸ばした。

 王子が置き忘れていった魔石が、物言わず、気味の悪い輝きを放っていた。




-------




 『戦と正義の女神』は、身軽にオアシスの森を駆ける。

 木から木へと飛び移り、いったん地面に降りては幹を伝ってまた駆け上がる。ここに来てからの日課の一つで、勘が鈍らないように体を動かしているらしい。

 テオドアはそれを、少し離れた木の上で、座って眺めていた。

 まるで――前世のいつかに、彼女の鍛錬を見ていた時のように。


「何か思い悩む事が有るのか」


 ひと通りの日課を終えたのか、ティアディケはこちらの木へやって来た。重みを感じさせない動きで、テオドアのいる太い木の枝に足を掛ける。

 そのまま、当然のように隣に腰掛けてきた。

 テオドアは、そっと彼女の顔を見る。


「分かりますか」

「顔色を読む事は容易い。其れが(われ)に課せられた権能、即ち戦に役立つ物だ。――気の利く返答は出来ないまでも、話は聞けるが」


 彼女はテオドアに、両手に持っていた赤い実の、片方を差し出した。

 どこから採ってきたのか、手のひらほどの大きさで、まだもぎたての芳醇(ほうじゅん)な香りのする実だった。


「……これは?」

「先程、低木に成っていた。試しに食したが、毒の有る実ではない。名は分からずとも美味だった」

「ありがとうございます……」


 オアシスにはこのような実が成るのか。それとも、ただ模しただけで、実際にない植生までもが再現されているのか。

 答えはこの空間の主、『光の女神』に聞かなければ分からないことなので、テオドアは大人しく実を受け取った。

 ティアディケが食べるのを真似て、皮ごと(かじ)る。


 ――乾いた喉を潤すにはもってこいの、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。


「ルチアノ・シルヴェローナっていう人の話なんですけど……」

(なれ)が、学院へ潜入をするきっかけとなった男か」

「はい。その人が、ちょっと様子がおかしくて。いや、その、おかしいって断言できるくらい、普段の姿を知っているわけではないんですが――」


 躊躇いつつも、テオドアは一部始終を正直に話した。主に、学院に来てからの一連の事件と、ルチアノの挙動がおかしい件についてを。

 ティアディケは相槌も打たず、ただじっと前を向いて聞いていた。

 

「……様子がおかしいのは、魔石に触れたせいかな、とも考えたんです」


 そう言いながら、テオドアはズボンのポケットから魔石を取り出す。

 そのまま持ち歩くには多少不便だったけれど、もし魔石になんらかの――王宮魔術師にも見抜けない細工が施されていた場合、それを見抜けるのではと思っていた。


 テオドアにはほとんどの魔法や魔術が効かないようだが、干渉しようとしてくる気配は分かる。

 しかし結局、この石については、何も分からないままだった。


「魔獣と魔物に、明確な違いはない、というのが僕の認識です。間違っていますか?」

「一般に、動物の形に近く、生殖能力がある物を『魔獣』と称する。が、汝の言う通り、そこに明確な違いは無い。全てを『魔物』と呼んでも良い」

「ルチアノが、それを知らなかったわけはないと思うんです。魔物から魔石を作る技法が、仮に一般的じゃなかったとしても。近ごろの魔獣の密猟と、まったく結びつけなかったのは……」


 ティアディケは、目線だけをこちらに寄越した。


「見落としは誰にでも有る」

「そう……なんでしょうけど、なんというか、う〜ん……」


 確かに、見落としていたと言われればそれまでだ。テオドアだって、すべてを完璧に把握し、あらゆる情報を瞬時に繋げて答えを導けるわけではない。単に、ルチアノの能力を買い被りすぎているのかもしれない。

 だが――違和感の本質は、そこにはない気がする。


「様子がおかしい、というか。ものすごく疲れているような……」

「――そうだな。聞く限り、疲労或いは心労があるのだろう。人間は極端に疲弊すると、精神が非常に鋭敏となる。些細な事で(たかぶ)り、すぐに落ち込み、ともすれば怒り狂う。人間は、身体と同じく精神をも労わらねば、真に健全とは言えない」

「王宮でいったい何が……?」


 テオドアが呟くと、ティアディケは視線を戻し、「これは仮説だが」と淡々と述べた。


「その男は、王宮で孤立している。どんなに主張しても意見を取り入れて貰えないとすれば、疲弊具合にも納得がいく」

「えっと、元〝依代〟候補者って、強い立場のはずでは……」

「例えば、王宮全体が『魔力無し』を軽んずる風潮だった場合。幾ら強い立場にいる人間でも、他者の心までは操れない。――現に、その男が大手を振って学院にやって来れたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」


 咄嗟に反論しようと開いた口を、静かに閉じた。


 今までずっと、王宮側も貴族学校の生徒に関する事件を暴こうとしている、解決に協力している、となんとなく思っていた。


 だが考えてみれば、この事件を解明しようと動き回っているのは、ルチアノただ一人。王も、ルチアノの兄たる第一王子も、その家臣たちすらも――協力どころか、関心を示す態度を表してきたこともない。

 王宮魔術師などは、あくまでも『魔石』に対する学術的興味から調査をしてくれた、としたら――?


「……もしかして、独断で動いている……?」

「定期的に意見を上げてはいるだろう。ある程度、自由に動く為の承認も得ている筈だ。(しか)し、王にその気が無ければ、意見も握り潰される」


 テオドアは、遠い地面を見下ろす。青々とした草花が、風にそよいでいた。

 ――そう言えば、彼の口から、父王に関する話を聞いたことがほとんど無い。兄に関してもそうだ。


 他人からは見えない、何か複雑な事情が、ヴェルタ王家に蔓延っているのかもしれない。


「此れは、吾が言えた事ではないが」


 テオドアが再びティアディケのほうを見ると、彼女は果実を片手に立ち上がっていた。

 遠くを見据えながら齧り、あっという間に芯を残して食べ切る。早食いだというのに、汚らしさを感じさせないのは、さすが女神と言うべきか。

 芯を枝下に捨てて、彼女は言った。


「汝は、他者を尊重しようとする余り、一定以上より先へ踏み込まない性格だ。当たり障りなく関係を築くには役立つが、其の先を考えようとすると、支障が生じる」

「……」

「友人関係は、時に思い切る勇気も必要だ。――吾は止められなかった」


 きっと、他の二人の女神を思い描いているのだろう。

 死んだ番人を想い、共犯者となった百年のことも、また。

 彼女は一度、大きく深呼吸をし、何かを振り払うように首を振った。

 そうして、こちらへ顔を向ける。


「吾は皆の元へ戻る。川遊びをしようとレネーヴに誘われた。汝は如何(どう)する」

「……しばらくここで休んでから行きます」

「そうか。……レネーヴは近頃、汝が親しみ易いよう地界の服を着続けている。気付いた時に褒めると喜ぶだろう」

「僕に暴露してしまって良いんですか? あまり第三者が言うものでもないような……?」


 そうだな。と、ティアディケは微かに笑った。

 もしかすると、軽口を叩いたつもりなのかもしれない。

 彼女はこちらに背を向け、あっという間に木々を飛び移って、森の奥へ消えていった。


 後に残されたテオドアは、彼女の消えたほうを眺めながら、果実に歯を立てる。


(家族、か……)


 他人にもまた、複雑な家族関係がある。

 分かったつもりでいたが――今、改めて突きつけられた気分だった。

 今後は、そういう事情も考慮して、調査を進めなくてはならないようだ。

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