95.死体と魔石と魔物
「……ヴェルタでは、魔石を食べる習慣が?」
「もちろん、そんなものはない」
ルチアノが言うには、魔石は大別して二種類ある。
ひとつは自然発生する魔石。土や岩などに含まれる微量な魔力が、長い年月を掛けて凝固するもの。
そしてもう一つが、『第二の試練』の時にも存在した、〝生物由来の魔石〟である。
「魔物が原材料、って、断言できるの?」
「できる。我が王宮の魔術師は優秀でな」
と、彼は誇らしげに付け加えた。
それからふっと力を抜き、あろうことか床に座り込む。ソファに座れば良いのに、と思ったが、口に出すのは止めておいた。
今はそうしたい気分なのだろう。
「――私はそちらの方面に詳しくないが。なんでも、石の輝き方からして違うのだそうだ。生物が一気に凝縮して魔石になる過程で、特殊な亀裂? 筋? が入って云々と……」
「……まあ分からないけど、そんな魔石を、貴族学校の生徒が飲みこんだってことだね」
「解剖した結果、無理やり飲み込んだ傷が食道に残っていた。強制か自分の意思かはともかく、間違いはない」
事前の情報では、行方不明となった貴族学校の生徒たちは、元ノクスハヴン帝国騎士団の男が誘拐したという。
死亡した一人と、精神に異常をきたして生還した一人以外の安否は、未だに分かっていないが――誘拐後に何があったのか、その一端が見えてきたようだ。
「『魔力欠乏症』って、言葉の通りに解釈すると、魔力が欠けてしまう症状……だと思うんだけど」
「ああ。回復不可能なまでに魔力が失われた状態を指す。古い文献では、干からびるまで魔力を搾る刑罰を行う国もあったらしい」
現代ではあり得ないことだがな。普通の『魔力欠乏症』は干からびない。と、ルチアノは頭の後ろへ手をやった。
どうやら、『知恵と魔法の女神』が言っていた文献に、別で調査していた王宮側も辿り着いたらしい。
「でも、その人、魔力がそこまで無かったんだよね?」
「そうだな。報告によれば……」
と、彼は懐から、折り畳まれた紙を取り出した。開いて軽く目を通し、内容を読み上げる。
――被害者はジダ=パノミド国出身。ミミラ伯爵の三男。魔力検査で基準値を大幅に下回ったため、幼少期から隔離されて育ち、年頃になったあとは貴族学校へ入学させられている。
入学と同時に、家族から縁を切られている。実質的に身寄りはない。卒業後の予定も未定。
読み上げながら、ルチアノの顔がだんだんと不快げに歪んでいく。テオドアは、まだ続きそうな報告を制し、口を開いた。
「……ひとつ聞いてもいいかな。その人、基準値以下の魔力しか持ってないって話だけど――極限まで魔力を搾れば、それなりの量が取れたりする?」
自分で言っていて、不可視の魔力を果汁かのように扱う言い方が可笑しかったが、今はそんな場合ではない。
ルチアノは、眉根を寄せたまま首を振った。
「そもそも、魔力を搾り取るということ自体、非現実的なことだ。千年の昔ならいざ知らず、今はそんな技術も方法も伝わっていない。古代に刑罰としてあったことさえ疑わしい」
「それもそうか……」
「……だから私は、魔石に細工があるのではと睨んでいる」
そうして、ルチアノは立ち上がり、右手を差し伸べて魔法陣を出現させた。
中から布袋を引っ張り出し、無造作に掲げる。
「ここに、問題の魔石がある」
「持ち出して良いの!?」
「許可は取った。書類上の問題は、父と兄に丸投げした」
あっけらかんと言って、彼はテオドアの目の前にある机に歩み寄り、袋を逆さにして開けた。
ゴトン、と鈍い音を響かせ、拳大の赤黒い石が転がり出てくる。――まるで血を吸ったかのような、生々しく気持ちの悪い艶があった。
『なにこれ〜! なんか嫌!』
『ビリビリする! 危険! えい!』
「あー! 待って待って触らない!」
雛のうち、女の子のエイレネは嫌がるようにテオドアの足に寄り添い、男の子のペルレスは果敢にも魔石を翼で叩こうとする。成長するに従って、性格の違いも徐々に現れてきたようだ。
しかし、それは魔力を吸い取るかもしれない危険なものである。テオドアは慌ててペルレスに飛びつき、間一髪で引き戻した。
それを見て、ルチアノが笑う。
「はっはっは! 大丈夫だ、触れても害はないぞ!」
「え、そうなんだ?」
「私も、危険物をやすやすと持ち出すほど愚かではない! この魔石自体に問題はないと、王宮魔術師たちが調べに調べて確約してくれたぞ!」
ルチアノがひょいと石を掴む。確かに、触れても害は無さそうだ。少なくとも、ルチアノが急激に干からびることはなかった。
手渡されたので、恐る恐る受け取る。
『第二の試練』にあった魔女の成れの果ては、結晶だったと聞く。対して、こちらは表面が滑らかで、加工されたかのように綺麗な楕円形をしている。
――つまり、人の手が加わっている可能性がある、ということだ。
「まず、何から調べようか?」
顔を上げて問う。
今のところ、調べるべきところは三つある。
一つは、この魔石の出どころ。二つは、貴族学校の少年たちの行方。三つは、学院の生徒を害した襲撃者の捜索。
テオドアが、指折り数えながら提案すると、ルチアノは腕を組んで「ううむ」と唸った。
「――どれを優先させるべきか。不届者の捜索が、その中ではいちばんの優先事項だ。情報を共有しておいて何だが、魔石よりもそちらを……」
「でも、その魔石が出回ったりしたら危険だよ。被害者が増えないとも限らないし……」
「しかし、襲撃が増えるのも……」
などと、数分ほど言い合ってみたが、埒があかない。
(魔石の製造元を突き止めるにも、手掛かりがなあ……)
考えあぐねたテオドアは、天井を見上げた。しばらくして手の内の魔石に視線を戻し、ぼんやりと眺める。
魔石――魔物が原料。加工されている可能性がある。用途は不明。
魔物から魔石を作るなんて。これが魔道具なら話は簡単に――
――ふと気が付いた。
「そういえば、ヴェルタでは魔獣の密猟が多発してるって聞いたけど」
「ああ、その通りだ」
確か、ルチアノに〝依代〟として謁見を受けた時、そのような相談を受けた気がする。
――根拠のないこじつけではあるが、言って損はないだろう。間違っていても、自分が恥ずかしいだけだ。
「魔獣も、広い意味で見れば魔物――だよね。もしかして、魔獣の密猟と、何が関係があるんじゃないかなーって……あはは……」
自信が無さすぎて、言葉尻に苦笑が混じる。
ルチアノは、虚を突かれたように目を丸くして黙り込んだ。
やはり、見当違いだったか。そもそも、王宮魔術師がその可能性に思い至らないわけがない。すぐに切り捨てられた意見なのだろう。
テオドアは、首を傾げてこちらを見上げるペルレスを撫で、「ごめん、変なこと言った」と言おうと口を開きかけて――
「……そ」
「そ?」
「それだあああああああああああああああああぁぁぁっ!!!!!!!!!!」
応接間を揺るがすほどの大音声に、驚いてひっくり返る羽目になったのだった。