自分がモテることを見せつけるために幼馴染と付き合わず、チャラ男と付き合ってしまった私は自分が間違っていたことに後悔する。もう幼馴染とは前の関係には戻れない
体育祭や文化祭といった、何か特別なイベントがあった訳じゃない。何の前触れもなく、それは本当に突然の出来事だった。
私は知らなかった。当たり前だと思っていた日常は、選択を誤っただけで簡単に壊れてしまうことを――。
それはある日の昼休みのこと、私はクラスの男子からいきなり少し話があると、人通りの少ない廊下に呼び出された。
一体何だろうと彼が話すのを待っていると、彼は唐突にとんでもないことを口にした。
「ねえ、俺と付き合ってよ、秋月さん。俺秋月さんのこと好きなんだ」
彼――因幡くんはまるで、掃除当番を代わってほしいかのような軽いノリで、いきなり私――秋月来海に告白してきた。
高校入学当初から、因幡くんは容姿が優れているということでクラスの女子に人気があった。毎日のように彼のことを話している女子さえいる。
でも私と因幡くんは殆ど接点がなかった。何度か話したことがあるくらいで、名前を知っている顔見知り程度の関係でしかなかった。
「えっと……その……」
告白されて頭に思い浮かんだのは、悲しそうな表情で私を見つめる幼馴染の修平の姿だった。
修平とは幼稚園の頃から付き合いがあった。互いの家も近く、両親も友達同士ということもあって、私は彼の両親を実の両親のように慕っていた。
私は毎日のように修平の部屋に入り浸っていた。彼と下らない話をしたり、愚痴を言ったり聞いたりすることが私の日課だった。
修平のお母さんは、私が勝手に家に入っても、「いらっしゃい」と私のことをいつも温かく迎え入れてくれた。妹の真麻ちゃんは、私の顔を見ると、パッと笑顔になって抱きついてきてくれた。
幼馴染と一緒に過ごす時間は、私にとって心地のよいものだった。かけがえのないものだった。
私は修平と彼の家族のことが大好きだった。手放したくないと心から思っていた。
「俺のこと嫌い? 嫌いじゃないならさ、俺と付き合おうよ。俺と合わないんだったら、すぐに別れてもいいからさ」
「あ…………うん! それだったらいいよ!」
だけど私は因幡くんと付き合ってしまった。
自分が愛しているのは修平だと分かっていたくせに。因幡くんのことなんて本当はどうでもいいと思っていたくせに。
では何故、そんな愚かなことをしてしまったのか。理由は単純明快、当時の私は彼氏がいたことがないことにコンプレックスを感じていたからだ。
私の友人全員に恋人がいて、私はいなかった、自分だけがモテない女であるような気がして、ずっと嫌だった。
『え!? 来海って、彼氏いないの!? 私でもいるのに~。男子って不思議だね。こんな可愛いい子ほっとくなんて』
可愛くないのに彼氏ができたとかいう、自虐風自慢でマウントを取ってくる友人達にムカついていた。どうしようもなく腹が立っていた。
もっとかっこいい人と付き合えばよかったとか、彼氏のこういうとこが嫌だとか、そんなことばかり話してくる彼女達に見せつけてやりたかった。私の彼氏はイケメンだと。
今にして思えば、この時の私は馬鹿だったとしか言いようがない。友達に彼氏を自慢したいという欲求に支配され、大切なものを失うことになるのだから。
「来海さ、彼氏いるんだろ? だったらもう俺の部屋には来ない方がいいんじゃないか?」
因幡くんと付き合い始めてから、私は修平から煙たがられるようになった。煙たがられる――いや、それは正しくない。
気を遣われるようになったと言えばいいのだろうか。彼に悪気はなく、幼馴染という距離の近さを鑑みて、因幡くんとの関係が拗れないよう振る舞ってくれている感じだった。
私は修平なら前と変わらず接してくれると思っていた。だけどそんなことはなかった。むしろ修平は私のことを想って、私から距離を取るようになった。
「あら? 来海ちゃん、また来たの? 真麻なら今いないわよ」
修平のお母さんも同じだった。
彼女は私を修平と会わせてくれなくなった。以前と違い、私のことを家族ではなく真麻ちゃんの友達と見なすようになった。
男女の関係というのは、周囲の人との間に見えない壁を作ってしまう。
彼氏と友達、どちらを優先するのかと聞かれたら、ほとんどの人が彼氏と答えるだろう。それが分かっているが故に、周囲の人間は恋人以外の異性との接触を気にするようになる。
私は幼馴染とその家族との温かい関係を、自らの手で捨ててしまったのだ。ある種こうなることは必然だったのかもしれない。
だけど、この時の私にはまだ余裕があった。
修平に彼女はいない。修平に彼女ができそうなタイミングで因幡くんと別れ、彼に告白すればいい。そうすれば元に戻れるはずだ。
それに真麻ちゃんとはまだ普通に話せる。修平に何かあれば、私に真っ先に伝えてくれるだろう。
焦らなくていい。きっとその時期がやってくる。そんな風に思っていた――。
「ねぇねぇ、来海ちゃん聞いて! お兄ちゃん彼女できたんだって!」
「…………」
「お兄ちゃん、来海ちゃんのこと好きだって言ったから、私びっくりしちゃった!」
「そう……」
「あとごめん。言ってなかったんだけどさ、私受験勉強でこれから来海ちゃんとあんまり会えないかも」
現実はそう甘くなかった。
修平は真麻ちゃんの知らないところで彼女を作っていた。頼みの綱だった真麻ちゃんからも突き放されてしまった。
いつの間にか、もう幼馴染と元の関係に戻れなくなっていた。私は完全に帰る場所を失ってしまったのだ。
「好きだよ。因幡くん」
「俺もさ、秋月さん」
安心できる場所が欲しかった私は、因幡くんにすり寄った。
彼は私の恋人、私のことを無下にはしないだろう。きっと私を大事にしてくれるはず。そんな幻想から、私は新たな心の拠り所として因幡くんに依存するようになった。
『因幡くんって、手当たり次第に女の子に告白してるらしいよ』
『え? マジ!?』
『でさ、実際付き合ってみて身体の相性が悪かったら、すぐに別れるんだって』
『うそぉ~。それ最悪じゃん』
だから因幡くんのこんな悪い噂を耳にしても、臭いものに蓋をするように、聞かなかったことにした。
表面上は彼と楽しい日々を過ごした。募っていく虚しさから目を背け、私は因幡くんのことが大好きだと無理矢理刷り込んでいった。
そんな無茶苦茶なことをしていたら、破局はあっけなく訪れた。
因幡くんと躊躇なくキスができるようになった頃、私は彼と初めての行為に及んだ。
「だめだな、こりゃ……」
「ごめんね……」
最悪だった。経験のない私は狼狽えるばかりで、因幡くんの望むことが出来なかった。
そこから彼と連絡が取れなくなった。教室で話しかけても無視されるようになった。
この時になってようやく気付く。因幡くんは私のことなんて好きじゃなかったということに。
彼にとって好きという言葉の意味は、私の存在が好きという意味ではなく、私という女体が好きという意味だった。
何もかも間違えてしまった。今の私には、バンジージャンプをしている時にロープが切れたかのような絶望感しか残されていない。
私は告白されてどうすればいいか悩んでいる人に伝えたい。
あなたが付き合ってもいいと思っている人は、あなたが本当に愛している人ですか? 失いたくない人ですか?
たとえその人のことが好きであっても。付き合わない方がいいです。何故ならそこに愛がないからです。恋愛の『愛』が欠けており、ただの恋をしているだけなのですから。
最後まで読んでいただきありがとうございました。