9
文字数まばらでごめんなさい!!
久我は陽翔が俺に視線を向けていたのに気がついたのか、ふと視線を俺に向けた。
一瞬目を大きく開いてから、久我は俺の手をいきなり握り締めるとキラキラした視線を向けてきた。
「僕の方が大好きなんです。僕と付き合うっていう約束健在ですよね」
「ごめん誰?」
爽やかイケメンの男の子を覚えていないわけがないと思ってしまう。よく行く飲み屋でこんな子を見ればきっと近づく。忘れられない恋心を忘れるならばこんな子に恋をすることを少し前の俺がする、最低な男。
握りしめる手の力を弱めない久我。久我の行動に目が点になっている陽翔。
昼間の珈琲店で騒ぎ出す男に店内がざわつく。
これまで男たちを手球に取ってきたから、その罰で最近騒がれているのか。
「酷い。高校卒業しても好きだったら考えるって言ってくれて探してきたのに、気が付けば引っ越してるし、中々見つけられないと思ったら、そいつが当たり前に隣にいるし」
「いったい何を言ってる」
最初の声を聞いた時に聞き覚えがあるような気がした。誰が恋人か叫んでいた。
メッセージカード置いておいたのは、陽翔に対してなのだとしたら、どうして俺のことを気にするんだ。
「仁おにいちゃんって言えば思い出しますか」
弟がいなかったから、お兄ちゃんと呼ばれることに憧れていた。肩を怪我して野球が出来なくなった時に病院で仲良くなった年下の男の子に、半強制的に呼ばせていたような気がしてきた。
「侑真か」
俺の問いかけにニッコリと笑い手を離したかと思うと抱きついてきた。
昼間っから辞めてくれ。そして陽翔は完全に俺たちのやりとりに固まっている。
「仁おにいちゃん久しぶり」
「こら、公衆の面前で何するんだ」
「忘れてたくせに何言ってるの」
離れようとしない侑真を無理やり引き剥がす。周囲の視線が痛い。喜んで見ている女性がいるのを認めたくなかった。俺はこの子とそういう関係ではない。ヒソヒソと耳打ちする内容が想像つく自分が嫌だ。
引き剥がされた侑真はどこか寂しげで、反対に陽翔は眉間にシワを寄せていた。
「二人はどういった関係」
声のトーンが低い陽翔。空いている椅子を俺の隣につけて座る侑真。子供の頃のイメージだとこんなに積極的じゃなかった気がする。俺は怪我して腐っていた時の事を陽翔に話していないことに気が付いた。
「俺が怪我してる時に出会った・・・」
被せるようにして侑真が俺の名を呼ぶ。
「仁お兄ちゃん、と大和さんはどんな関係なんですか」
メッセージカードを送ったりしてアピールしていたと聞いていたのに、俺に出会った瞬間陽翔じゃなくて俺に意識を全振りしているのは気にしすぎか。さっき高校卒業しても好きだったらなんちゃらって言っていたけど、全く記憶にない。
陽翔を忘れようと他の人に手を出し始めたのは大学生からだったから、完全に記憶にない。
「侑真は、落ち着け。高校時代までバッテリー組んでた相棒の大和陽翔。二人が同じ会社につとめてたなんて」
常務の息子というのが侑真だとすると、今後の営業はどうするべきか。私情を挟んで仕事をしたくない。
俺はきた瞬間は陽翔を見ていたのに、俺に気がついた瞬間の変わりよう。
よくわからなくなってきたぞ。
「それよりも陽翔を付け回してたんだろ」
子供の頃の無邪気で可愛らしい、記憶に残っているあいつであってるなら、こんな尻軽な感じの男に育つなんて。俺は信じたくありません。
「仁おにいちゃんが悪い。僕の気持ちを弄んだんだから」
「俺が悪い?可愛い侑真しか記憶にないので俺は君が本当にあの時の子なのか少し疑っています」
俺たちをみる周辺の雰囲気が少し痛い気がする。早く切り上げたい気持ちもありつつ、もう少し陽翔と一緒にいたい。乙女のように甘えたいふざけた根性の自分。クズすぎるな。
「約束破って他のやつに手を出して」
プクッと頬を膨らませる侑真。ちょっと可愛く見えるのは俺の目が悪い。落ち着かせるために陽翔に視線を戻す。違う意味で心臓が波打つのは、きっと俺がダメ人間すぎる。
「侑真、訂正するとまず、約束を破っていない。陽翔、ごめんちゃんと詳しく話すわ」
飲みに行く時に自分の恋愛感について逃げていられない。逃げないと決めた矢先に話がねじれていく。
「僕が可愛いからって最初女の子と勘違いしてたくせに」
勝ち誇ったように陽翔を見る侑真。俺からすれば可愛い顔だと思うのは、陽翔に対しもだぞ。
家族が居ても俺と遊ぶ時間を作ってくれている陽翔の優しさに甘えてしまう。今後飲みに行くことが増えたら奥さんの惚気話を聞くことになるんだろうな。深い話を聞く前に自分の気持ちを伝えて関係を終わりにするかも。幸せでいてくれるのは嬉しいけど、振り向いてくれないのが寂しいんだよね、やっぱり。
「久我くん、おれを追いかけまわしていた理由は仁なのか」
複雑そうな顔をしている陽翔。向けられていた好意をどう消化するのに悩んでいるのかな。男が好きなわけじゃなくても、好意は向けられて嬉しくないわけないか。その考え方なら俺が告白するのもアリなのか。
侑真は俺と陽翔とを交互に見つめた。
「最初は純粋に大和さんに興味を持ったから近づきました。今日偶然仁おにいちゃんに再会したから、今まで追いかけてて申し訳ありませんでした、僕は昔から仁お兄ちゃんが好きなんです」
「学生時代の幼馴染だ。昔も話しただろう」
簡単に陽翔から俺に乗り換える。心の底から好きなら俺みたいに拗らせるはずだから、侑真は陽翔に本気じゃなかったんだね。一安心。
むしろ再会してすぐに俺のことを好きでグイグイくるなんて、俺みたいじゃん。相手の様子を伺って一歩前に出ない臆病者の俺とは違い、思いの丈をそのままぶつけられる姿が羨ましい。
自分を追いかけまわしていた相手が、最終的に俺にターゲットチェンジしたことにたいして陽翔はどう思っているのかな。
ふと店にかけてある時計をみるとそろそろ外回りに出ないと間に合わない時間になっていた。
「陽翔、悪いけど、今日はもうお開きにしよう」
「確かに。久我くんお昼食べたの?時間もうないよ」
「二人は食べたんでしょ?狡い」
「侑真がいきなり現れたのがいけない。探してたんなら陽翔に電話すればよかっただろう」
「大和さんは僕の電話仕事中以外では絶対出ないんです。休憩時間も、絶対に出ない」
優しさの塊だった陽翔は大人になっていて、相手を遮断することを覚えたのね。意外な発見。俺も用事のない連絡したら無視されるかな。
陽翔も店の時計に視線を動かすと、サッっと荷物をまとめ始める。
お昼時に誘ったため、短い時間だけしか会えなかったけど、最終的にはこれでよかったと思う。夜にあったりしたら、自分がどれだけ醜いかを曝け出してしまいそうだ。
「分かった、またな」
陽翔の鋭い視線が侑真に向けられた。練習メニューで嫌なことがあった時にする顔に似ているから、きっと侑真のことが得意ではないのかもしれない。
「久我くん、会社での行動を改めてくれるのは嬉しいんだけど、起こった出来事は努力しないと収集つかないのはわかっているね」
「はい。仁お兄ちゃんに会えるってわかってたら大和さんにアタックしなかったのに」
あまり反省しているように見えない侑真のセリフに、わかりやすく陽翔が頭を押さえた。侑真は思い出したと言いたげに、俺の方にずいっと体を寄せてきた。侑真は体を密着させるのが好きなのか。えっちじゃないか。グイグイ可愛い子に来られたら少し意識し始めることもないわけじゃない。ノンケなら気にしないかもしれないが、俺はバリバリだ。好きなやつがいたとしても、目の保養に迫られたら嬉しい。
俺はこれからクズ男と名乗るべきかな。
「僕も社会人ですし、仁くんって呼んでいいですか」
俺をいまだに好きでいてくれているらしい侑真。俺はそんな純粋な気持ちを向けられる人種の人間は他にいる。
初恋の人を忘れられなくて他の人と付き合うような最低な人間な面を向けたら幻滅してくれるかな。
俺に純粋な恋心を向けているのも今のうち。本質を知ったら近づかなくなる気がする。
二人がクライアント先だということを思い出す。先輩に話して距離をおこう。
「プライベートなら問題ない」
大人っぽく言ってみる。名前にくん付けで呼ばれるなんてくすぐったい。
「ありがとう、仁くん」
侑真がまた抱き着いて来ようとするのを、陽翔が瞬時に服の裾を引っ張り止めた。
「社会人が人前で目立つ行動しない」
しっかりと手綱を握っている印象。教育係を指名した人優秀では?専務の息子でも遠慮しないで接することができる陽翔も、かっこいい。
「僕好きな人を隠すような真似しないんで。誰の迷惑にもならないでしょう?」
「久我くん、相手のことを考えて行動しないといつか痛い目見ますよ」
誰を好きでも確かに迷惑をかけるわけじゃない。好きの先にあるものを見せてしまうと何かが崩れることがある。
それは異性との恋愛にも当てはまる。好きだけじゃだめ。思うのは自由。
「陽翔、時間大丈夫か」
侑真を助けるつもりはないが、仕事に遅れてしまってはまずい。俺もそろそろ行かないと怒られてしまう。
侑真の服を引っ張り俺から引き剥がした陽翔は、“次に会う約束“をしてくれた。
「次は夜誘ってくれよな」
侑真が陽翔の言葉に目を丸くする。
爽やかイケメンな雰囲気で夜誘ってて言ったら卑猥な考えしか浮かんでこないんですけど!?ほら、遠くの席のお姉さんも今のでコーヒー吹きこぼしているし。
あれむせたんじゃないからね。俺と同じ考えの人間だから。
「ごめん、本当にそろそろ行かないと」
「悪い。俺もまた連絡するから」
「二人だけでずるいですぅ」
次に会う約束をした。高校を卒業して二度と会わないと決意していたのに。
盛大に振られるまでの間だけ、幸せを噛み締めようとする、罰当たりな俺。侑真を弄んだ記憶はないけど、誤解を解かないとね。心なしか陽翔が侑真に対する当たりが強くなった気がする。
二人が店の外に出ていくのを見送ってから、残っていたコーヒーを一気に飲み干し、自分も午後の仕事に向かった。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます