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ここまで読んでいただきありがとうございます

 彼は俺が男と付き合っているのを隠しているのを知っている。彼は何かを悟ったのか、どこか勝ち誇ったように鼻で笑って言った。


「恋人に今後の事を話し合おうとしていたんです。部外者は引っ込んでいてください」


 俺の雰囲気から何かを察した恋人の意趣返し。


 知られてしまった。でも陽翔は真っすぐな瞳で彼を見ている。俺の方に振り返らなかったから、知った瞬間どんな顔をしていたのか分からない。


「好きだったのなら、解決方法間違っていませんか。仁嫌がっているじゃないですか」


 そういうと、陽翔は彼の胸ぐらに一瞬で間合いを詰め、背負い投げをする。


 投げ飛ばされた彼は一体何があったのか分かっていないのか、投げ飛ばされて空を見上げたまま目を白黒させている。


 野次馬たちは、投げ飛ばされた彼を見て小さな悲鳴を上げる人もいれば、もっとやれと野次を飛ばす男の声も聞こえた。


 昔から陽翔は一見穏やかそうな見た目をしているが、キャッチャーとしての配球の組み立てなどに、好戦的な個所が多々あった。実生活でもそれは出ており、俺を心配して仲裁してくれたはずなのに、初めて会った相手を投げ飛ばしている。


「かつての相棒馬鹿にされているのだけ、何となく分かりました。おれは、そう言うのほっとける人間じゃないんで」


 答えになっていない。俺は突然投げ飛ばされて放心状態の彼に手を差し出そうと一歩近づこうとする。


 陽翔がニカっと白い歯を見せるように笑い、学生時代手を繋いで歩くことを夢見た手が、俺に差し伸べられる。


「逃げるぞ」


 俺の初恋。忘れようと何度チャレンジしてきたか。なのに、どうしてまた俺の前に現れた。

周囲の野次馬は俺達の姿を珍しそうに眺めている。走り出したときにようやく起き上がった彼が捨て垂れた子犬のように俺を見つめていた。もう、出会ったバーには立ち寄れないし、何より若い彼に心の傷を残したくない。彼の気が済むまで殴られることを視野に入れていたのに。


 振り払わらないと迷惑が掛かるって分かっているのに、俺はその手を離せないでいる。


「こうやって二人で走るの、久しぶりだな」


 記憶の中に残っている笑顔と同じで、心臓が高鳴る。変わらない笑顔。俺はお前を失いたくなくて、距離を置いたのにいつも、俺の気持ちも知らないでお前は俺の目の前にひょこり顔を出す。同じ気持ちを返してもらえないことは分かっていても、焦がれてしまう。


 一度で良いから自分を見て欲しいと願ってしまう愚かな自分が居る。


「ちゃんと話聞かせてもらうからな」


 人込みから離れ、最寄りの駅までいつの間にか走ってきていた。お互いに肩で息をしている姿が、時間が経過して再開したと実感する。トレーニングを毎日こなしていた学生時代だったら、これくらい楽に走れていたのに。


 駅の方には流石に騒ぎを見ていた人は居ないようで、スーツ姿の男二人が全力で走ってきているのを不思議そうに眺める人がいるだけだった。流石に手を繋いで走るのは、走りにくく、途中で手を離していた。昔よく走るときは競争していたので、その癖が抜けないでいたのか、陽翔も全力で走っていた。


「スーツで走るもんじゃないな」


 陽翔はネクタイを少し緩め、首元をパタパタする。5月も中ごろを過ぎると、衣替えが待ち遠しくなるのを思い出す。梅雨の時期に入ると、少し肌寒くなり長袖を着たくなることもあるけど。


 陽翔は俺と彼との言い争いを助けてくれた。打ち明けないといけないのは分かっているけど、どこから説明するべきなのか分からなかった。


 俺が好きなのは小学生の頃から陽翔だったと、気持ちを打ち明ければいいのか?

久しぶりに再会した幼馴染にいきなりそんなカミングアウトをされたら離れて行くに決まっている。合宿で一緒にお風呂に入った時、意識しない様にしていたとか、洗いざらい吐き出すべきなのか。そんなことをしたら、俺は羞恥で死ねる。


 子供のころからの幼馴染で、一緒に甲子園を目指した相棒。


 側にいることが多かった。知られないために必死だったのに、簡単にさらけ出せるほど、俺は勇気を持ち合わせていない。


 あちぃ、と呟いている陽翔。俺もパタパタと胸元のネクタイを緩めながら久しぶりの幼馴染で相棒を眺める。


「クライアントで居た時はびっくりしたけど、直接話すタイミングなかったから、改めて久しぶり」


 精密機械で医療系の器具を作る仕事だったけど、それに関連する仕事に陽翔が務めているとは思わなかった。


 再会したのが嬉しくないわけじゃない。会ってしまえば俺は鍵をかけた感情を消化すればいいのか、分からなくなってしまう。


「話聞きたいけど、もう遅いから、なぁ」


 腕時計を見る陽翔の左の薬指にはキラリと光るシルバーの指輪が見えた。手を繋いでいた時には気が付かなかった。


 愛しい人がいる印。


 当然か。陽翔は高校時代に“彼女”が居た。俺は想いを寄せていた人間。


 ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す陽翔。スマートフォンの画面は連絡先を交換するアプリが開かれている。


「連絡先教えてよ。後で飲みに誘うからその時今日の事、離れていた間の事を教えて」

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