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第8話 旦那様(仮)に元気になって欲しくて



それからも、旦那様(仮)のしょぼくれたワンコな様子はずっと続いていて、自他ともに認める能天気が売りであるさすがの私も段々心配になって来た。


「旦那様(仮)、日に日に元気が無くなっていく気がするのだけど……私の気の所為かしら?」


その日の昼食の後、私はメイドに訊ねてみた。


「そうですね……最近、ますます奥様の手紙の量が増えていますからね。きっと奥様の事が心配なのでしょう」

「え? 私の心配なの?」


王女様の事ではなくて??


「そうです。奥様が無理をしているのでは? と心配されているのだと思いますよ」

「!」


(つまり、旦那様(仮)は、私の仕事の量が増えている事を心配をしてくれているのね!?)


きっと、本当は王女様の事が気がかりで仕方が無いでしょうに。

こんなお飾りの妻の事まで気にかけてくれるなんて……


「旦那様(仮)は、優しい方なのね」

「は、い? 優しい、ですか? ご主人様が??」

「ええ、優しいと思うわ」


(お飾りの妻を抱きしめたりと、たまに行動はおかしいけれども)


私の発言、“旦那様(仮)は優しい”という言葉に何故かメイドはとても驚いたようで、目を丸くしていた。

そんなに驚く事なのかしらと思ったけれど、もともと笑わない事で有名だった方だし……それに、私を紹介した時に悪い転げたという話をしたら、使用人達、皆に驚かれていたものね、と納得する。


(そう思うと私の前では随分と笑っているのよねぇ……不思議だわ)


「ところで、奥様はこの手紙のやり取りが“お仕事”に関するものだと、ご主人様に説明をされたのですよね?」

「もちろんよ! 旦那様(仮)はちゃんと分かってくれたわ。そうでないと、私ったら新婚の人妻なのにちゃっかり愛人を作って堂々と手紙を送り合って不貞している悪い女みたいになってしまうもの」


お飾りの妻であっても、さすがに不貞は許されないわ。

だから、私は使用人にもこの手紙のやり取りは決して疚しいものではなく“仕事”なのだという話はしてある。


「ですよね。なら、何故ご主人様はあんなに落ち込んでいるのでしょうか……」

「私は(王女様の事もあるし)色々あって、心も身体もお疲れなのだと思うわ。だからね? あまりにも元気が無いから、旦那様(仮)には何か元気を出してもらえるような物を贈れたらと思っているの」

「贈り物ですか?」

「そうよ。何か手作りで贈りたいのよ。例えばお菓子を作って差し入れとか……あ、旦那様(仮)は甘いものはお好きかしら?」

「はい。ご主人様は甘い物は好きですが──……」


と、そこまで言いかけたメイドがハッと何かに気付いたように盛大に顔を顰めた。


「だ、駄目です! おやめ下さい! また、炭が出来上がってしまいますよ? あと、奥様への残念ながらキッチン接近禁止命令は解けていません」

「あ、そうだったわね。すっかり忘れていたわ」

「えっ!? あのような炭を作り出しておいて、そんな簡単に忘れられるものなのですか!?」


メイドが驚愕の表情で私を見る。

キッチンの事はちょっとうっかりしていただけなのに。まさかそんな顔で見られるとは……やはり、あの炭は衝撃的だったのかもしれないわ。


「だって、炭は実家の男爵家では決して珍しい物ではなかったんですもの」

「炭が!? ……どんな実家なのですか!」


メイドは再び、驚愕の表情を見せた。

何とも表情豊かなメイドなので私は勝手にムクムクと親近感が湧いてくる。


「知っての通り、ただの貧乏な男爵家よ」

「そ、そうですか……」

「でも、そうね……食べ物が駄目となると……贈り物はどうしましょう?」


私はうーん……と再び悩む。


「刺繍はハンカチを贈ったばかりだもの。さすがに同じでは芸がないわよね」

「…………逆にまた刺繍をしていたと知ったらハラハラドキドキで、ご主人様の心が休まらない可能性があります」

「……? どうして? 刺繍にハラハラドキドキなんて無いと思うわよ?」

「…………ふ、普通は……そうですね」


メイドは何か奥歯に物が挟まったような言い方をした。

少し気になったけれど、刺繍は却下なので他の案を考える事にする。だけど、結局これよ! と、思い浮かぶ物は無かった。


(手作り限定というのは難しいわね……)


旦那様(仮)のお金で購入した物をそのまま贈るのは、とても気が引けるから……手作りの物をと思ったのだけれど……こんなに難しいなんて。

すると、メイドが何かを思いついたのか、はしゃいだ声を上げた。


「そうですよ、奥様! それならば、手作りの物を贈る……ではなくて“奥様”にしか出来ない事をご主人様に直接したらどうでしょう!?」

「私にしか出来ない事をする? 例えば何かしら?」


そんな事があるの?

そう思った私はメイドに詳細を訊ねる。

すると、メイドはとってもいい笑顔で教えてくれた。


「はい! それは……」



────



(……行くわよ! メイドに教えてもらった通りの事をするのよ、私!)


その日の夜、私は気合を入れて旦那様(仮)の部屋を訪ねる事にした。

それはもちろん昼間にメイドに言われた事を実践する為。


扉をノックすると、相変わらずしょぼくれたワンコ旦那様(仮)が顔を出した。

そんな、しょぼくれたワンコ旦那様(仮)は、私の姿を見ると急に顔を赤らめて、更に慌て始めた。


「ア、ア、アリス!?」

「こんばんは、旦那様(仮)!」


私が笑顔で挨拶すると、しょぼくれたワンコ旦那様(仮)の顔がますます赤くなった。


(あらら? もしかして、熱でもあるのかしら? それは大変!!)


「旦那様(仮)! 失礼しますわ!!」

「え?」


私は慌てて、しょぼくれたワンコ旦那様(仮)の額に手を当てる。


「……っ! アリス!?」

「あら? おかしいですわね。顔色の割にあんまり熱くない……」

「~~~アリス! い、いったい何の用で! こんな時間に! へ、部屋なんかに訪ねて来たんだ! ……もしかして、何かあったのか!?」

「あ……えっと」


確かに白い結婚の私達は結婚してからも当然、ずっと寝室は別。

なので、夜に互いの部屋を行き来する事はこれまで無かった。なので、どうやら今の私の行動はかなり驚かせてしまったらしい。


(うーん、これは目的を告げたら、ますます驚かせてしまうかしら?)


ふと、そんな事を思った。

でも、しょぼくれたワンコ旦那様(仮)の顔はまだ赤いけれど、どうやら熱は無さそうなので私は当初の目的を達成させる方を優先する事に決めた。

なので、私は満面の笑みで答える。


「連日、お疲れのご様子で元気の無い旦那様(仮)を()()()()()癒しに来ました!!」

「ア……かっ……身体、だと!?」

「??」

「…………っっ!!」


何故か、しょぼくれたワンコ旦那様(仮)の顔が、ますます真っ赤になった。


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