最終話 ポンコツ夫婦の幸せ
(まさか、話し合いが朝までかかるなんて……!)
昨夜はお飾りの妻と白い結婚に終わりを迎えるはずでしたわ……なのに!
私は明るくなった空を見る。
チュンチュン鳴いている鳥さえも憎たらしく感じてしまう。
「……」
「アリス? 黙り込んでどうした。あ、眠いのか?」
なので、何も無かった旦那様(仮)はまだ(仮)のまま。
そんな旦那様(仮)は心配そうに私の事を見つめていた。
「……昨夜はあなたの妻に」
「妻?」
「な……なるのだとばかり……!」
「……っ!」
旦那様(仮)の顔が真っ赤になった。
「アリス! そ、それは……そういう……いや、待て。落ち着け、落ち着くんだ…………アリスだぞ」
「……?」
旦那様(仮)は、急に慌て始めた? と思ったら、自分自身に言い聞かせるように深呼吸を何度もしていた。
それから、ようやく落ち着いたのかしっかり私の目を見て訊ねる。
「…………アリス。念の為に聞くが」
「は、はい」
「君の言う“つま”は“妻”、私の奥さんで間違いないな?」
「ま、間違いないです……旦那さ……いえ、ギルバート様の妻です……わ!」
「!!」
旦那様(仮)……いえ、ギルバート様は更に真っ赤になり天を仰いだ。
───……
「そこで、奥様を押し倒さない所が、ご主人様らしいですね……」
「……笑いすぎよ、リエナ」
朝、寝不足の顔をした私達を満面の笑顔で迎えたリエナ達使用人は、ずっと浮き足立っていた。けれど、私と旦那様(仮)は膝を突合せて一晩中、話をしていたわ。と告げると皆、がっくりと崩れ落ちていた。
「……皆、私が本当の妻としてやって来たわけでは無かったと知っていたのね?」
「ご主人様が奥様を迎える前に説明をしてくれていましたので」
(もう! どこまで生真面目なのかしら!)
「ですが、その事で奥様を軽んじるような事があれば容赦なく叩き出すと」
「……まぁ!」
「どんな奥方がやって来るのかと思えば……やって来た奥様は……無邪気にご主人様を振り回して振り回して」
「…………そんな事した覚えありませんわよ?」
私はチクッと抗議する。すると、リエナは苦笑した。
「…………では、ご主人様が勝手に振り回されたんですね。と、まぁ、誰の目から見ても明らかにご主人様が奥様に惚れ込んでいたので私達は驚きました」
「……ほ、惚れ込む……」
改めてそんな事を言われると、照れてしまうわ。
「ご主人様も、今夜こそは! と気合を入れていると思いますよ」
「そ、そうかしら?」
「さぁ、今夜の為にも今のうちにひと眠りおいた方が良いかと思われます」
「そ、そうね!」
昨夜から今朝は寝不足のまま。
これで今日の夜を迎えたら、確かに起きていられないかもしれないものね!
今のうちに眠っておきますわ!!
───……
「と、昨日の昼間に気合を……入れたんですの……」
「あぁ」
「それで、ベッドに横になったんですけれども……興奮してしまって……」
「眠れなかった?」
私はシュンと項垂れながら頷く。
「そうしたら、眠気は夜にやって来まして……」
「まぁ、当然そうなるな。それで、昨夜はぐっすりだったと」
「……うっ!」
リエナとの話の後、結局、昼間に全然眠れなかった私は、昨晩やらかしてしまった。
部屋を訪ねて来たギルバート様を招き入れて、ベッドに腰かけて少しお話をして……
その後、色っぽいムードになったので、ベッドに押し倒された。
そして、そのまま……
(そのまま、私はスヤスヤと眠りこけてしまいましたわーー!!)
と、いうわけで今は朝。
かなりスッキリした気分で目が覚めたら、隣には悶々とした様子のギルバート様のお姿が……
「私、お飾りの妻ではなく、ポンコツ妻だったようですわ」
「ポン……ふはっ!」
ギルバート様が盛大に吹き出した。そのまま肩を震わせてずっと笑っている。
涙目でヒーヒー言いながら、ギルバート様は私の頭を撫でた。
「アリスは……そのままがいいな」
「……ポンコツ妻ですわよ?」
「ポン……ふはっ! ポ、ポンコツだろうとアリスがアリスなら私は何でも構わない」
「……」
ギルバート様の手が、頭から私の頬に触れる。
「それに、ポンコツだと言うなら私もだろう……?」
「ん……」
そう言ってギルバート様の甘い甘い唇が私の唇をそっと塞ぐ。
「なかなかアリスに想いを伝えられなかった……まぁ、始まりが始まりだったからな」
「……結婚の申し込みという話し合いの場であんな事を口にするのは旦……ギルバート様くらいですわよ」
チュッ……
「そうかもしれないな。相手がアリスでなかったら振られていただろうなぁ……」
「あ……」
ギルバート様のキスは止まらない。今は朝なのに……もうすぐ絶対に誰かが起こしに来るのに……
……チュッ
「妻帯しているかいないかで仕事中の扱いが変わるから“妻”という存在が欲しかっただけなのに……本当の結婚なんてしたいと思わなかったのにな。アリスが面白……可愛すぎた」
チュッ、チュッ
という、キスの合間に色々呟いていくギルバート様。
「……アリス、今夜こそ。君を私の妻に……する!」
「は、はい……」
(ええ、今夜こそ……!)
と、その日の朝に私達はそう約束したのに……
「え!? 王女様の件でこれから王宮に行かれるのですか?」
「呼び出しがあった……だから、これから王都に行く」
(た、確かに……行かないと説明は難しいかも)
その日のお昼、私の部屋を訪れたギルバート様にシュンと項垂れワンコ顔でそう言われてしまった。
「……せっかくのアリスとの夫婦の時間が……くっ! あんな王女のせいで……」
「!」
(あんな王女……)
本当に私が耳にしていたのは噂に過ぎなかったのねぇ……
でも、何であんなに、さも真実のロマンスかのように噂が広がってしまったのかしら?
(不思議ですわ……)
「だん……ギルバート様、お帰りをお待ちしていますわ!」
「アリス……!」
「しっかりお勤めを果たしてきて下さいませ!」
「……くっ、分かった……すぐ帰る! 待っててくれ、アリス!」
「まぁ、ふふ」
と、この時は呑気に笑っていた私でした。
が!
この後、本気を出したギルバート様が、王都までかかる道程を本来の半分くらいの日程になるほどのスピードで馬車を飛ばし、王女様やサティアン殿下の処分に関しても決して手を緩めず(むしろ、何かの恨みを若干上乗せした疑惑)に証言し、とっとと二人を結婚させてこの国から追い出す事を決定させ、とんでもない早さで私の元へ戻って来たので、盛大に驚かされましたわ。
その後?
ええ、ワンコ旦那様は実はオオカミだったと知りましたわ……ええ。
ちなみに、私は全く知らなかったけれど、ギルバート様のそんな様子が、堅物夫が妻を娶ったら溺愛夫になったと王都で大きな噂になっていたようで……
「エルシー先生! 次は、堅物な元騎士が娶った妻にメロメロになる話なんてどうですか! 今、王都の流行りなんですよ、これはきっと間違いなく売れます!!」
(は、流行り……!? 堅物な元騎士だなんてギルバート様みたい……)
と、いう連絡が来たので、何も知らなかった私は、こっそり旦那様をモデルにして作品を書いたらとても良く売れてしまう。
その後も、こっそりキッチンで久しぶりに炭を作ったり、新たに刺繍しようとしたら、ギルバート様が慌てて止めに来たり(何故?)とのんびりした毎日を私は過ごし……
────……そして。
「アリス!」
「どうしました? ギルバート様」
あら? ちょっと怒ってるかしら?
お怒りワンコ顔の旦那様がやって来た。
「君が毎日、元気いっぱいなのは私も嬉しい」
「はい!」
「だが、やはり今は心配だ!」
「どうしてですの?」
旦那様は深ーーいため息を吐いてから言いました。
「君、一人の身体じゃないからだ!!」
「まぁ! ふふ、大丈夫ですわよ。今日も元気そうですもの」
私はそっと大きく膨らんだお腹を撫でる。
旦那様もやれやれと言った顔で一緒に撫でながら小さく呟いた。
「……アリスみたいな元気いっぱいな子が生まれて来そうだな」
「楽しみですわね!」
「賑やかになるな……」
「きっと、楽しくて幸せいっぱいですわよ?」
私が笑顔でそう答えたら、旦那様はとても嬉しそうに笑う。
「そうだな。アリスのおかげで今もこれからも私はずっと幸せだ」
「私も幸せですわ!」
と、私達は笑い合った。
────ある日、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様の元へ白い結婚で嫁いでみましたら……
ポンコツ妻と元堅物騎士として、のほほん夫婦となり可愛い子供達にも恵まれ幸せに暮らしました!
めでたしめでたし……ですわ!
~完~
ここまでお読み下さりありがとうございました。
これで完結です。
こんな言葉足らずいないよ……と、ツッコミどころ満載のポンコツ夫婦の話だったので、
好き嫌いが分かれそうですが、楽しんで貰えていたなら嬉しいです。
別サイトの後書きでも書いたのですが、
私に“お飾り妻”とか“白い結婚”を書かせるとこうなります。
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