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没落寸前の貧乏令嬢、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様と白い結婚をしましたら  作者: Rohdea


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第20話 知りたくなかった事実 (王女視点)



────は? どういう事ですの?

今、この憎き芋女は何と口にしましたの?


『はい! アリスの愛称を使ってエルシーと名乗っていますわ!』


エルシー……その名は間違いなく、わたくしの大好きな本を書いている作者の名前ですわ!

わたくしをモデルにしたとしか思えないあの素晴らしい話だけでなく、その他に発売された本は全て読みあさりましたもの。

今度の新刊ももちろんチェック済みでしてよ! それが……え? その作者が……


(え? 嘘でしょう? 芋、だって、これは芋女ですわよ!?)


くらっと目眩がする。

信じられないわ、いえ、こんなの信じたくない……


(わたくしの神様がこの世で最も憎い女だなんて有り得ませんわ!)


「……アリス。そこで“お買い上げありがとうございます”と言える君を私は心から尊敬するよ」

「え? 何故です? 私、読者の方にお会いしたら絶対にそう言うと決めていたんです! まさか、王女殿下が一番最初の方になるとは思っていませんでしたけど」

「……ははは! アリス……やっぱり君のそういう所もいいな」


ギルバートが芋女……いえ、芋女神様……を抱きしめながら、今まで見たことも無いような顔で笑っていますわ。


(なんですの、ギルバートのあのデレデレ顔は! わたくしの前では一度も見せた事が無かったのに!)


ギルバートが笑うのは、わたくしが命令した時のみ。それも、ほんのり微かに笑うだけ。

この人は笑顔を作れない男なのだとずっと思っていましたのに。


「……きゃっ!? 旦那様! 何をするんですか!?」

「何……って、アリス……愛する妻がこれ以上、斜め上に走って行かないように言葉以外でも気持ちを伝えなくては、と思っただけだ」

「だ、だからと言って、キ、キスをするなんて……!」


(はあぁぁぁ? 何していますのよ!)


ギルバートが、芋女……いえ、芋女神様の頬にキスをしていましたわ!

ばっちり目撃してしまったわたくしは、ふつふつと怒りが込み上げて来る。


(頬にキスですって!? わたくしは一度だってされた事がありませんわよ!?)


いつだったかしら……護衛騎士の忠誠を示しなさい! と命令した時も、ギルバートはわたくしの手の甲にキスをする振りだけで……頑なに触れようとしなかったわ。


(あれもてっきり照れているだけだと思っていましたのに!)


「……ずっと、アリスにこうしてキスをしたかった」

「なっ! だ、だからって何を、こ、こんな所で……お、王女様やサティアン殿下が見ています……!」

「構わない」

「わ、私は構います!! ……あ! 旦那さ……」

「……アリス、好きだ」


(あぁぁぁ! またしても‼)


そう言ってギルバートが、頬を赤く染めうっとりした表情を浮かべながらも再び、芋女神様に迫っていく姿をわたくしは呆然と見ている事しか出来なかった。


「……っ! 畜生っ!」


(……ちくしょう?)


わたくしが呆然としている横で、とても悔しそうな声が聞こえてきましたわ。

声の聞こえてきた方に顔を向けると、節操の無いわたくしの婚約者のクズ王子が、ギラギラした目で唇を噛み締めながらあの二人を見つめていましたわ。


(……? サティアン王子のこの反応は何ですの……?)


「……声をかけたら今日はちゃんと目を見て……答えてくれたのに! …………取られた」


(目を見て答えてくれた? 取られた……? いったい何の話をしているんですの?)


「旦那様……く、苦しいですわ」

「……苦しい方がアリスの記憶に残るだろう?」

「……い、意味が分かりません!」

「だって、アリスだからな。私はもう必死なんだ」


(はぁぁあぁ? またですの!?)


わたくしが節操無しのクズ(サティアン)王子に気を取られている間に、ギルバート達のイチャイチャが加速していましたわ。


(どうして! ギルバートはそんな事をする男ではなかったのに)


いつだって、わたくしに忠実だった男は、何故か今、これまで見たことの無い顔でひたすら妻に愛を囁いている。

どうして、その相手がわたくしではないの……!

そんなギルバートから愛を囁かれるあの芋女がわたくしの憧れ続けた神様ですって?

やっぱり信じられない! いえ、信じたくない!


(いえ、待って? こんな事になったのは……)


私の頭の中でふと思い浮かぶ。


「……そうですわ。サティアン殿下、これはあなたがあの作戦を失敗したからですわ……!」

「え?」


隣でがっくり肩を落としていたサティアン王子にわたくしは恨み言をぶつける。


「あなたがあの日、手篭めにしていれば! 今頃、わたくしがあの腕の中にいたに違いありませんわ!」

「は? む、無茶を言わないでくれ! そ、そりゃ僕だって……ふ、夫人を……誘惑……したかったさ!」

「……」


(出来なかったくせに……!)


そしてサティアン王子はキッとわたくしを睨み、ギルバートを指さした。


「……そもそもユーリカ王女、君から聞いていた話と違って伯爵の愛はかなり重そうじゃないか!」

「……そ、それは!」


嫌なところを突いてくる王子ですわね……

わたくしは王子を睨む。


「それに……あのまま作戦を実行していたら、僕……殺されてしまいそうじゃないか!」

「なっ!」


なんて弱腰の王子なんですの……!

と、思った所で強い視線を感じたので、ハッと振り返る。


(ギルバートがこっちを……芋女神様ではなくわたくしを見ているわ!!)


「……王女殿下、それに、サティアン殿下?」


喜んだのもつかの間……ギルバートは芋女神様を抱きしめたまま、とても低い声でわたくし達を呼んだ。


(な、何かしらこの圧は……)


「……なにやら今、とても聞き捨てならない言葉が聞こえました」

「は?」

「え?」


わたくしとサティアン王子の驚きの声が重なる。


「旦那様? どうかしましたの?」

「あぁ、すまない、アリス。ちょっと看過できない言葉が聞こえて来た気がしてね」

「そうですか? 私には何も聞こえませんでしたけど?」

「……」


ギルバートは軽く微笑むと、再び芋女神様をギュッと抱きしめた後、額に軽くキスを落としていた。


(だーかーらー! 何してんのよ!)


「旦那……様?」

「アリス……顔が真っ赤だ……茹でダコだ」

「旦那様のせいですわ! 急にこんな事ばかりして……!」

「……アリスには言葉より行動の方がよいのだとようやく分かったからな」


(ま、またしても、わ、わたくしの目の前で堂々とイチャイチャを……!!)


ギルバートは芋女神様に優しく微笑んだ後、わたくしとサティアン王子の方に視線を向けた。


「……さて。あなた方は、そんな私の愛する妻、アリスに何かしようとしていたと聞こえましたが?」

「「っ!」」

「しっかりと説明してもらいましょうかね」


(ギ……ギル……)


ギルバートはこれまで見た事も無い真っ黒そうな微笑みを浮かべてわたくしとサティアン王子に向かってそう言った。




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