第15話 王女様からの手紙
思っていた以上の大声が出てしまったせいか、さすがに旦那様(仮)も目が覚める。
「……ん? アリ、ス?」
「……」
「あ、そうか。朝か……おはよう、アリス」
「……おはようございます」
旦那様(仮)は、私の気も知らずに呑気に朝の挨拶をして来たわ。
しかもその顔はどこか嬉しそうにも見えた。
(何だか憎たらしい!)
「アリス? どうしてそんな朝から赤い顔して……あぁ、もしかして一緒に眠った……事か? すまない。昨夜はあの後……」
「い、一緒に眠った事はもういいです……」
(湯たんぽが欲しかった気持ちは理解出来ますからね!)
「え? ……い、いい? いいのか?」
「わ、私の立場でも……欲しければ同じ事をしたかもしれませんし」
「ほ、欲しい!? ア、アリスからも!?」
「ええ、だって(湯たんぽ)温かいでしょう?」
「温かい……そ、それは確かにそうだが……!!」
「?」
旦那様(仮)は、みるみるうちに真っ赤になる。
そして驚いた顔をした後、たっぷり数十秒はそのまま固まっていた。
◇◇◇
───そんな相変わらずズレた日常をのんびり送っていた私達。
それから数日後……
「王女様からの手紙……ですか?」
旦那様(仮)が珍しく夜に私の部屋を訪ねて来たので、何事かと思えば……旦那様(仮)の想い人の王女様から手紙が来たという。
明らかに旦那様(仮)は困惑していた。
「あぁ、突然届いたんだ。それで中を読んでみると……何故かここ……ランドゥルフ伯爵領に来るらしい。それも、婚約者の王子と一緒に」
「!!」
───修羅場!!
ひゅっと私は息を呑んだ。
とうとうこの時が……
何だか心のどこかでいつかそんな時が来るような気はしていたけれど。
(もしかして、本格的な輿入れの前に三角関係に決着をつけようとしているのかしら?)
旦那様(仮)は、思う事がたくさんあるようで悔しそうに唇を噛み締めている。
(……きっと悔しいのだわ。だって旦那様(仮)の方が完全に不利ですもの)
「そう、ですか。そんな手紙が……」
私もそんな言葉しか返せない。
「来ると言っているからには迎え入れないといけない」
「はい」
「すまないが一緒に迎える準備をして欲しい」
「分かりましたわ」
当然だけど旦那様(仮)は、明らかに気乗りしていない様子だった。
「……そうだ、手紙と言えば。アリスは最近、手紙を送ったり受け取ったりをしていないようだが何かあったのか?」
「え? あぁ、そうですわね。だって(仕事が)終わりましたもの」
「……」
私のその言葉に何故か旦那様(仮)が、勢いよく顔を上げる。
「何!? 終わった……だと?」
「はい! きれいさっぱり終わりましたわ!」
私はにこやかに答える。
だって、もう後は発売日を待つだけになりましたので。ですから、やり取りはおしまいとなりましたわ。
「終わった……(恋人との関係が)終わった……のか。つまり、アリスは……」
何故か身体を震わせながらそう繰り返す旦那様(仮)。
お仕事完了しましたよ、と伝えて新刊発売予定の話もしたはずなのに……この反応は??
「……アリス!」
「旦那さ───……!?」
不思議に思っていたら、興奮した旦那様(仮)に名前を呼ばれそのまま抱きしめられる。
(な、何故!?)
「……アリス。私の側にいてくれ」
「え?」
……ギュッ!
抱きしめる力が強くなった。
(あ、あぁ、これは……)
一瞬、混乱したけれどこれは、要するに王女様御一行がやって来た時の事を言っているのだと理解した。
(旦那様(仮)は王女様への想いにどう決着をつけるおつもりなのかしら?)
きれいさっぱりいい思い出として終わらせるのか、それとも、例え世間や国を敵に回しても王子から王女様を奪って長年の愛を貫こうとするのか……
(それを側で見届けて欲しい、という事ですわね?)
責任重大ですわ!
「もちろんです! 私は旦那様(仮)の側にいますわ! ですからのご安心を……」
「アリス……!」
「……きゃっ!?」
旦那様(仮)の私を抱きしめる力はますます強くなった。
(く、苦し……)
でも、仕方がないわね。今の旦那様(仮)は、王女様からの手紙で動揺しているんですもの。
突き放すのは良くない。
お飾りの妻でもこういう時の慰めくらいにはなれるはずよ。
「ア……アリス!?」
「……」
私はそっと自分の腕を伸ばして旦那様(仮)の背中に回す。
なので、旦那様(仮)を抱きしめ返すような形になった。
「アリスから抱きしめてくれるなんて……!!」
「旦那様(仮)……」
「な、何だ!!」
旦那様(仮)の声が興奮している。
まるで元気に尻尾をフリフリしているワンコみたい。
想像するだけで可愛い。
「旦那様(仮)の為にいくらでも私の身体を貸しますわ! 必要な時はいつでも仰って下さいませ!」
「……かっ身体を!?」
(そう、湯たんぽ! ……きっと旦那様(仮)は温もりを求めているはず……!)
「ええ! それが、私の(お飾りの)妻としての役目ですわ」
「アリス……!」
旦那様(仮)の瞳の奥に強い炎が宿ったのが分かった。
フリフリワンコが決意の顔に変わる。
「アリス……決めたよ。私は、はっきり殿下に申し上げようと思う」
「!」
「私はずっと王女殿下の事が……」
(愛の告白!!)
「だ、旦那様(仮)! その続きは直接、王女様へどうぞ!!」
私は慌てて止める。
だって、これは私が聞いていい話では無いもの。
そもそも、私に言うのは違うでしょう!
「そうだな…………きっと、もうこんな機会は二度と無い気がするからな」
「旦那様(仮)……」
「私の気持ちは伝わるだろうか……(アレに)」
「大丈夫ですわ! きっと伝わります!!」
「……アリス。私の妻として最後まで見守っていてくれるだろうか?」
「勿論ですわ!」
私は笑顔で応えた。
────私は“王女様とその護衛騎士”を主役にした二人の話を書いた事がありまして。
実は、それが私のデビュー作なのですけど。
男爵令嬢という立場ではあったものの、当時から貧乏で華やかな世界とは縁が無かった私は、本物の王女様と護衛騎士様を見る機会なんて一度も無く、ただただ、思いついた話を書いただけ。別に二人がモデルだったわけでは……ない。
だから、その後、実際に王女様と護衛騎士様の話を聞いた時、まるで私の書いた世界の話みたい! とその時に初めて思ったの。
なので、旦那様(仮)との縁談は本当に本当に驚いたわ。まさかの護衛騎士様だった方なんですもの。
(私の書いたあの話のラストは…………だったけれど)
作られた物語とは違う現実の二人は、どんな答えを出してどうなっていくのかしら───
待っているのはハッピーエンド? それとも……
(もしも、旦那様(仮)が王女様を選んだら……私は)
何故かしら? 胸の奥がモヤっとする。
国が揉める事になるから?
なんて、そんな事をぐるぐる考えていたら、とうとう王女様とその婚約者の王子様を迎える日がやって来てしまった。