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第13話 新妻(仮)は気付かない



「────と、言うわけですの!」

「……」

「サティさんには悪い事をしてしまいましたわ。後でリエナに聞いた所によると、何やら一生懸命、私に話しかけてくれていたそうなんです」

「……」

「なのに、私ったら丸っと無視してしまって……」


どおりで二人揃って変な顔をしていたわけよ。

私ったらなんて感じの悪い女だったのかしらと……とても申し訳なく思った。


(向こうは私が本の作者だとは気付いてないでしょうけれど、せっかくの読者さんでしたのに……)


あの後、サティさんが足早に去った後、リエナが困った顔をして教えてくれた。

奥様、全く話を聞いていなかったんですよ、と。

彼、すごく一生懸命話かけていましたよ、と。


「もし、またどこかでお会いする事があったら、改めて謝罪しないといけません」


そこまで言って、わたしはふぅ、とため息を吐きながら旦那様(仮)の方を見る。


何だかバタバタした一日を終えて、夜がやって来ていた。

ようやく旦那様(仮)に説明という名のお話をする機会が出来たので、私は自分のお仕事を明かすと共に日中にあった話を旦那様(仮)にしているところ。


今夜は私が旦那様(仮)の部屋を訪ねますわ、と言った時のリエナを初めとしたメイド達の顔は凄かった。

それまでは和気あいあいとしていたのに、私がそう告げた瞬間、皆、急に真面目な顔つきになって頷きあったと思ったら、そのまま、あれやこれやと湯浴みに連れて行かれて全身ピッカピカに磨かれ……


(…………おかげで肌がかつてないほどスベスベしているわ!)


普段から感じていたけれど、さすが伯爵家! 貧乏男爵家とは大違い。


────って、違う違う。

今はそんな事を考えてる場合ではなくってよ! 気になるのは旦那様(仮)の反応ですから!


「……」

「……」


(ええと、旦那様(仮)さっきからずっと無言なんだけど……?)


「……だ、旦那様(仮)?」

「……」


(はっ! まさか具合が悪いのかしら!? それはいけない!)


とにかく先程からずーーっと無言なので、具合が悪いのか否かも含めて確かめなくてはと思い、そうっと旦那様(仮)の顔を覗き込もうとしたら……


「アリス!」


(──ひっ!?)


目が合った旦那様(仮)は、私の両肩に手を置いてガシッと掴む。

そんなに力そのものは強くないけれどびっくりした。


「は、はい!」

「君の仕事は小説家、なのか!?」

「は、はい」


私はコクコクと頷く。


「あぁ…………だから、君はすぐ妄想の世界へ旅立とうとするのか……よく理解した」

「うっ!」

「……なんと言うか……とてもとてもアリスらしい仕事だ。ようやくしっくり来た気がする」

「旦那様(仮)……」


(私らしい、と言われるのは嬉しいです……)


嬉しくて私の頬が緩む。

だけど……少しだけ旦那様(仮)が掴んでいる両肩に力が入る。


「だが、アリス。しっくりは来たのだが……そうなると私には大きな疑問が残るのだが?」

「まぁ! 疑問ですの?」


(なんて事! それは何かしら?)


「なぁ、アリス。アリスの書いているのは恋愛小説だと言っていたな?」

「ええ! 揺れ動く乙女の恋心が読者の“胸キュン”を誘い人気だそうですわ」

「そうかそうか…………胸キュン」

「ええ、胸キュンです!!」


私が胸を張って答えると、旦那様(仮)は、何故か大きなため息を吐いた。


(……??)


「ならば、聞きたい。アリスは恋愛小説を書いているのに、何故……何故、そんなにも鈍感なんだっっ!!」

「……はい?」


(鈍感? 私が??)


よく意味が分からなかったので首を傾げる。


「ダメだその顔。分かっていないようだ…………知らなかったよ……妄想力というのは鈍感ささえも超えていくものだったのか……これも才能の一つなのだろうな」

「ありがとうございます?」


よく分からないけれど、お礼を言ってみる。


「だがな、アリス!」

「はい」

「街で会ったという、君の書いた話の登場人物のそっくりさんだと言う“澄んだ青い空のような髪の毛”を持つ男は怪しい」

「え?」

「どこからどう聞いても、胡散臭過ぎるだろう?」

「ええ!?」


(胡散臭い……? サティさんが?)


「アリスの言う通り、シチュエーションだけでなくセリフまで同じならば、きっと君の書いた小説のファンではあるのだろう……(多分)」

「まあ! ファンなんて初めてですわ! 第一号ですわね!!」


私が驚きながらも、“ファン”という響きに嬉しくてはしゃぐと、旦那様(仮)が渋い顔をする。


「アリスの喜びたい気持ちは尊重したいが、そんな何もかもが一致する偶然があるなんておかしい……たいていは真っ先にそう警戒するだろう?」

「そうなのですか??」


でも、サティさんは盗人からリエナのお財布を助けてくれたわけですし……


「うーん、ちょっと軽そうで、無駄に愛を振り撒いて、後から隠し子がポコポコ発覚したりして、多くの女性を泣かせていそうな方でしたけど、きっと悪い方ではありませんわ!」

「待て待て待て! それは、充分、悪い男だろう!!」

「え? あ、そうです、ね……?」

「手当り次第、女性に手を出すような男が悪ではなくてなんだと言うんだ!」


旦那様(仮)は憤慨する。


「アリス! アリスはその男に触られて……」

「いえ、指一本触れておりませんわ。妄想の世界におりましたから」

「……本当にアリスらしいな、だが……そんな所がまた、か……」

「か?」

「……か」


(えっと……?)


旦那様(仮)は、突然そこで言葉を詰まらせると一気に顔が真っ赤になって、ワンコ顔になった。


「え!? 旦那様(仮)!! お顔が真っ赤ですわよ!?」

「…………っっ」


私の言葉に更に真っ赤っかになる。


「こ、これは! まさか旦那様(仮)……あぁ、すみません、私、ずっと気付かなくて……」

「……アリス? その反応! まさか、ようやく……気付いてくれたのか?」

「はい! 申し訳ございません、私ったら……なかなか気付けなくて……」


なんて事なの……私はそっと目を伏せる。


「……いや、アリスに伝わったのなら、それだけで充分だ。この関係を変えるのも私はゆっくりで構わな───」

「ええ! ばっちり伝わって来ましたわ! またしても具合が悪かったのですよね……?」

「…………え?」

「!」


大変! また顔色が……!! 赤色と青色で今度は紫色!!


「これはもう、かなり熱が上がってしまったに違いありませんわ! そんな体調だったことに全く気づけなくて申し訳ございませんでした。さぁさぁ、お話はここまでにしてお休みになってくださいませ!!」

「……は? 気付……え? 私の、気持ち……は?」


旦那様(仮)が何かを呟いているけれどそれ所ではない。

今は一刻も早く休ませないと! 顔色が紫なんて普通ではないもの。

心配になった私はそのままグイグイと旦那様(仮)を引っ張ってベッドに寝かせようとする。

ポカンとした表情のままベッドに寝かされた旦那様(仮)がちょっとオロオロしながら言った。


「ア、アリス……君は(その鈍さで)ほ、本当に恋愛小説を書いているのか……!?」

「またですの?? こんな時に何を言っているんです? まさか、疑っているんですか!?」

「そ、そういう意味では……」


なぜか焦る様子の旦那様(仮)


「えい! 今度発売する予定の新刊がありますので、プレゼント致しますわ。なので、本日はこの話はここまでです!!」

「い、いや、だから……待っ……アリッ……」


私はちょっと強引に旦那様(仮)を寝かしつけた。



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