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閑話③ 失敗した王子



(あ、れは、あれは何だったんだ……)


足早に逃げながら、サティアン王子の頭の中はぐるぐるとした混乱で大変な事になっていた。


(何故、僕の正体がバレたんだ? いつ、どこで??)


夫人が結婚前の男爵令嬢だった頃から、特に隣国の王子である僕との面識も接点も無かったはずなのに! 何故知られていたのだ!

しかも、髪色だって変えていると言うのに!!


アリス・ランドゥルフ伯爵夫人。


───なんて恐ろしい女なのか。

姿絵で見た時に感じた印象と変わらない見た目も雰囲気もぽやんとした女性なのに、正体がバレてからは笑顔でどんどんこっちを追い詰めてきた……

これまでどんな令嬢でも虜にしてきたこの甘いマスクで誘惑して関係を持ち、不貞を理由に夫である伯爵と離縁させるはずだったのに……何も出来なかった。


(この僕が……)


「……ユーリカ王女! 話が違うじゃないか!!」



───



あの日、ユーリカ王女はお願いと称してこう言ってきた。


『それなら、その人妻を誘惑して殿下のものにしてあげて下さいませ?』

『ユーリカ王女? 何を言っているんだい?』


サティアン王子は当然の如く躊躇った。

散々、自国で浮名を流し多くの令嬢に手を出して来たけれど、さすがにそのお願いは……と思った。


『何って彼女と関係を持って下さいというお願いですわ!』

『いやいや人妻だろう? しかも他国の伯爵夫人! さすがにそれは色々問題になる。夫が出てきて揉める事になってしまうかもしれない。それはユーリカ王女だって困るだろう?』


さすがに人妻は……と、尻込みするサティアン王子にユーリカ王女は言った。


『夫の伯爵の方は問題ありません。わたくしが保証しますわ! ですからそこは気兼ねする必要は全くありませんのよ』

『だが……さすがに人妻だった女性では僕と関係を持っても愛妾にする事も出来ないだろう?』


今まで、どんな身分の女性でも国は仕方がないと目を瞑って来てくれたが、さすがに他国でのこれは外聞が悪過ぎるし、仮にも王子の相手として離縁したとしても人妻だった女性をそばに据え置くことは出来ない。

だから、これまでは自国でも未亡人はともかく人妻にだけは手を出して来なかったと言うのに……


(僕の子か夫の子か分からない子供を王家に入れるわけにはいかないからな……)


なのに、ユーリカ王女はとびっきりの美しい笑顔で言った。


『そこが良いのですわ! 愛妾にすらもなれないと言うのが…………最高なのですわ! ふふ』

『え?』

『そのまま捨ててしまえばいいだけです』

『!!』


その時、サティアン王子は初めてユーリカ王女の本性を見た気がした。



──



「ユーリカ王女が、上手くやってくれればこれ以上ごねたりせずに大人しく結婚します! と言うから引き受けたけど……はぁ」


サティアン王子としては、ユーリカ王女が“正妃”という座に収まってくれていればそれでいい。

これは愛情なんて二の次の政略結婚だから。

ユーリカ王女は美しいが病弱なので子供も期待していなかった。


(本当に病弱か? まぁ、そんな事はどうでもいい。問題は……)


あの、人妻……いや、アリス・ランドゥルフ伯爵夫人だ!

あんな、ぽやぽやの笑顔で、的確にがんがん正体を追い詰めてきただけでなく、最終的には夫である伯爵に報告するとまで言っていた。


(……ユーリカ王女には絶対に夫である伯爵には企みがバレないように! と言われていたのに)


「最悪だ。無理やり襲う前で良かった……まだ、今ならきっと全て誤魔化せる……はずだ」


───本日、買い物に行ったら、盗人が現れて助けてくれた人が隣国の王子様だったのです!


くらいの報告で済むはず。

夫の伯爵も「へぇ、そうか。それは大変だったな」くらいで流してくれるだろう。

ユーリカ王女曰く恋愛結婚では無いらしいし、夫の反応としてはこんなもののはず。

これが、妻を溺愛する夫だと「自分以外の男に助けられただと!?」と、危うくこちらに嫉妬が向いてしまいそうだが……それは勘弁だ。


(まぁ、王子がここにいる事に多少の疑問は持つかもしれないな……)


「そこはお忍びで誤魔化して───……」


サティアン王子がそう口にした時、後ろから声をかけられる。


「……殿下? 何故ここに……まさか失敗したのですか?」

「……」

「今頃、伯爵夫人とよろしくやってる頃だと思っていましたが……」

「くっ!」


そんな事を言いながら、待ち合わせ場所にこそっと現れた黒い帽子を被った男。

この男は、ランドゥルフ伯爵夫人との出会いの演出をする為に仕組んだ窃盗事件の犯人役だった男。

サティアン王子の側近だ。


「何故ですか? いい感じに進んでいたではありませんか……!」

「それが、既に夫人は僕が“サティアン王子”だと知っていたんだ!」

「なっ! そんな事が!?」


やはり、驚くらしい。


「どこで僕の事を知ったのかは……分からない。だが、突然僕に向かって“王子様”“思い出した”と叫んだんだ……」

「な、なんて事だ……!」


これでは計画は大失敗。

手篭めにしてから王子だったと明かして逆らえない様にするはずだったのに。


「何の為に、ユーリカ王女が事細かに指示をして来た“見知らぬ男性に助けられて女性が胸キュンする出会い”をわざわざ演出したと思っているんだ!!」

「……随分、細かい設定でしたよね。殿下の髪色まで指定して来て……セリフも覚えさせられていましたよね?」

「覚えるの大変だったよ……いったい王女は何を参考にしたんだろうか? 一応、付き添いの使用人は“胸キュン”していたように見えたが」


なのに、だ。肝心の夫人と来たら、途中でこっちの話は完全に無視で自分の世界に入り込んでいた。

せっかくの武器だったこの誰もが見惚れる甘いマスクが、彼女の目に映る事はほとんど無かった気がする。


(甘い言葉も無駄だった!)


だが、くるくるコロコロ変わる表情は見ていて何だかとても和んで可愛かったが……


(ん? 可愛かった? なぜ僕の方がときめいている……?)


サティアン王子は何故か自分の胸が高鳴っている事に驚く。

だが、今はそれ所では無い。

とにかくユーリカ王女の元に失敗した報告をしないといけない。


「……ユーリカ王女にネチネチ言われそうだ」

「…………王女殿下、顔は美しいのですがね」

「あれは顔だけだろう……はぁ」


サティアン王子達は深いため息を吐きながらユーリカ王女の元へと向かった。



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