4 都合のいい男
(早くどっか行ってくんねーかな…)
転生者カイト・トリドスは四人のクラスメイトからいじめを受けていた。殴られ、蹴られ、罵られる日々。他のクラスメイトも教師も、誰も助けてくれない。今日も同じだ。こいつらの気が済むまで殴られ続けなければいけない。
「オラァ!痛ぇだろ、俺のパンチは!」
教室の端でアレクを中心としたいつもの四人から殴られる。
誰もその事を注意せず見て見ぬふりをする。そんな日々が一年以上続いているがカイトは気にしていなかった。
理由は転生者の称号による固有効果「自然治癒」。殴られても蹴られても、すぐに痛みは引くし傷は治る。我慢をすればいいというのは、めんどくさいことを嫌うカイトにとっては楽な事だと割り切っていた。
「ちょっと!何やってるの!トリドス君が可哀想でしょ!」
そんなカイトを唯一助けたのは、二年生でのクラス替えで同じクラスになった女の子ラズエル・ミーティアスだった。
「あ?なんだお前?お前には関係ねえだろ。」
「私に関係ないことなんてこの世にはないのよ!」
ラズエルは大きな声を出してアレクに言った。
「な…なんだよ!くそ…貴族だからって調子乗りやがって!」
アレクたちはさっきまでの雰囲気が嘘だったかのように逃げ出した。
「大丈夫?困ったらいつでも言ってね。」
そう言ってラズエルはどこかに行ってしまった。
次の日からはラズエルに警戒してか教室ではなく外でやられた。
室内から屋外に変わっただけなのでカイトは気にしていない。二週間くらい外でやられているが、今日は人の気配が全くない森の中だった。
(これが終わってもどうせまた蹴られるんだよな…
早く終われよめんどくせぇ……)
十分後……
「オラ!どうだ、少しは反省したか?お前が俺らと同じなんてありえねえんだよ!」
(今日はやけに長いな。めんどくせぇ……)
「!……オイ!コイツの右手見てみろよ!!」
カイトを蹴っているうちの一人が声を大きくして叫ぶ。
(クソ…これ以上めんどくさくすんなよ……)
カイトの右手は太陽光を反射し、ピカピカ光る義手だった。
「「「「ギャハハハハ!!」」」」
四人の笑い声が学園中に響く。
「お前!それってあれだろ?義手ってやつだろ?ギャハハ!最高だよお前!」
「よく二年間も隠せてたなぁ!ここに来て新しいネタが出てくるとは思わなかった!」
「持ってねえやつはとことんもってねえな!」
(これは長引くな……めんどくせぇ。)
十分後……
(さすがに長い。楽しいのかこれ?俺は全く痛くないぞ?)
「……お前なぁ!なんとか喋れよ!ずっと黙ってんじゃねぇ!調子乗んな!」
(意味が分からない。なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ。めんどくせぇ…俺は早く本を読みたいんだよ…)
「早く喋れよ。おい。……よし決めた!お前が喋るまで蹴り続ける!覚悟しろ!」
(は?なんだコイツ。めんどくさ。……クソ。俺に力があれば…こんなことになんなかったのかな……イヤ。それはそれでめんどくさいな。)
称号《怠惰》を獲得しました。
(……『怠惰』?なんの事だ?……イヤ、コイツらが言ったことじゃない…?)
次の瞬間カイトの体から蒸気が出た。
「あつ!な…なんだあ!いきなり!」
「こ…コイツなんかやばいよ!どうする?逃げる?」
「……逃げたきゃ逃げろ。腰抜けが。…コイツはトリドスだぞ!ビビる要素なんてこのアレク様にかかればどこにもねえんだよ!」
アレクが背を向けて叫んでいる間にカイトは静かに立ち上がった。
(体が軽い……。)
カイトは高ぶる気持ちを抑えてアレクに近づいた。
「ヒッ!……よ…ようやく喋る気になったか。トリドス。」
次の瞬間、カイトはアレクを右手で殴り倒した。
「ゔぅ!いてぇ!」
アレクはカイトを睨みつける。カイトの顔は表情がなく不気味な顔だった。
(立つなよ。めんどくせえな。)
カイトはもう一度アレクを殴ろうと手を振りあげる。
「や…やめろ!くるな!うわぁ!」
アレクたちは化け物でも見たかのような顔をして逃げ出してしまった。
「やり返せるならなんで最初からやらなかったの?」
悲鳴が聞こえる森の中で静かな声が聞こえる。
「誰だ。」
「一年。カーナ・ドライオンよ。」
「……見ていたなら…助けてくれてもよかったんじゃないか?」
カーナはカイトに聞こえるくらい大きなため息を吐いた。
「…出来るわけないでしょ。あいつらは二年よ。
下手に手を出すと面倒臭いことになる。私の平穏な学校生活を捨てることは出来ないわ。……で、なんですぐやり返さなかったの?」
「出来なかったんだ…。いきなり体が熱くなって、気づいたらって感じだ。」
(!……もしかして何か称号を!?……鑑定!)
カイト・トリドス 三歳
転生者 怠惰
├言語理解
├自然治癒
└鑑定
「『怠惰』!?」
カーナは驚きを隠せていないが、カイトは何も気づいていないようだ。
「あなた…自分を鑑定してみなさい。称号を手に入れているわ。」
カイトは自分を鑑定した。
「……」
「その称号を手に入れたあなたを見込んでお願いがあるわ。私と一緒に人間と戦わ━━━━」
「断る。俺は元人間だ。英雄になりたいと思ったことはあるが悪役になりたいと思ったことは無い。何より……面倒くさそうだ。」
即答されると思っていなかったカーナは少し動揺してしまいカイトから目を離していた。
「いない!?」
カイトはカーナを残して森から消えてしまった。
(まあいいか……カラノだけでも回収しよう。)
次の日
カイトは住んでいる孤児院のベットで目覚めた。
「お兄ちゃんおはよー!」
カイトの実妹、エナ・トリドスの挨拶はいつも大きい。まだ三歳だが文字も書けるし言葉も話せる。魔族は人間と比べて成長が早いらしい。
「ああ。おはよう。」
気持ちのいい朝日、妹の挨拶。今日は最高の一日になる気がする。カイトはそう確信していた。
朝食を食べたらすぐ学校に行く。
いつも学校に行くと、カイト以外に女子が三人か四人、寝ている男子が一人か二人いる。今日は女子が四人、起きている男子が二人だった。
「おい。トリドス来たぞ。なんかアレクのことぶん殴ったらしいぜ。」
「おお!マジ!?やればできんじゃんかよあいつ!」
(……何言ってんだ。助けてくれよ……まあいいか)
学校に来たらホームルームまでは読書タイムだ。ホームルームまで後三十分ある。この章は読み終わるだろう。今読んでいる本は探偵小説。続きが気になって仕方がない。
(よし読むぞ。)
本に手を掛けた瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「カイト・トリドスはいる?」
ドアの前に立っていたのは、昨日森で話しかけてきた一年の女子だ。
「…ねぇ。あれカーナお姉様じゃない?」
「ほんとだ!……って今トリドスって言った?」
クラス全員がカイトのことを見る。
(……これはめんどくさいぞ。)
カイトは迷いなく後ろのドアから逃げ出した。全速力で。
「あっ!待て!」
カーナも全速力でカイトのことを追いかける。
突き当たりを角にまがったところでみうしなってしまった。
(どこ行った?……声がする。この部屋か!)
カーナはドアを開けて中を見る。
「おまえらああ!カーナお姉様にお近づきになりたいかあ!」
「「「「ウオオオオオオオ!!!!」」」」
多い。空き教室を埋め尽くすほどの量の生徒。しかも二、三年の女子生徒が多い。カーナは固まってしまった。
「うぇえ!あっあっあれはぁ!?カーナお姉様だ! ウオォオオ!!!」
「「「「「ウオオオオオオ!!!!!」」」」」
バタンッ
(よし!私は何も見なかった。)
カーナは出来事のインパクトが強かったせいかカイトを追いかけていたことを忘れ、教室に戻ってしまった。
「ふぅ。ここまでくれば追いかけてこないだろ。」
カイトは教室に戻るために転移魔法を使う。転移魔法は本来ならば大分高度な魔法なのだが、転生者特有の膨大な魔力が悪さをしているようだ。
「なんか一気に疲れた。」
まあいい。やっと本が読める。
(どこまで読んだっけなぁ。)
ドンッ
「トリドス君!カーナお姉様とはどうゆうかんけいなの!?」
(うわぁ。説明めんどくさ。本読めねぇじゃん。)
授業が終わり昼休み。食堂に行って昼食を食べるほどお腹は空いていない。
(教室だとめんどくせぇしなぁ。どこ行こっかな。)
学校をフラフラしていると聞き覚えのある声が聞こえた。
「やっと見つけた!」
カイトは声が聞こえた瞬間窓から飛び降り森に逃げ込んだ。
「ああっ!待てぇ!逃げ足が速いのよ!」
カーナも窓から飛び降り森に入った。
(……クソッどっちだ。森に入ったのは失敗だった!すぐ後ろまできている!)
カイトは道がよく分からない森に入ったことを後悔していた
。
迷っている間カーナはどんどん近づいてくる。道には迷っている様子は無い。カイトがあと少しで追いつかれる所までカーナは来ていた。
(よし!あと少しで捕まえられる!)
「……よし!捕まえた!観念しろ!……ん?」
カーナが持っていたのは土でできた人形だった。
偽物だ。
「あああ!騙された!どこだ!」
周りを見るが誰もいない。
(なかなかやるな。次は逃がさないぞ……多分。)
渋々帰って行くカーナをカイトは木の上から見ていた。土魔法で自分と同じサイズの人形を作り、自分は転移魔法で木の上に飛んでいたのだ。
(俺は忍者かなのかもしれない……。)
今日は最悪の一日だな。
午後の授業は開始ギリギリに行き、終わったらすぐに出た。あいつとの関係を聞いてくる奴らが多すぎる。あの一年はそんなに人気なのか。
カーナが追いかけてくるせいで休み時間中は常に周りを警戒していなければいけなく、少し窮屈だった。
放課後
カイトは学校を誰よりも早く出た。その後ろを追ってくるのはカーナ・ドライオンだ。
今日三回目の全力ダッシュ。さすがに疲れてきた。
「おぉい!もう…来んな!めんどくさいなぁ!」
後ろを向いて叫んだその瞬間カーナの姿が消えた。
「えっ。消え━━━━」
「捕まえた!」
首に腕を巻き付けカーナはカイトを捕まえていた。
「なっ!お前も転移魔法が使えるのか!? 」
「当たり前でしょ。転生者なんだから。」
「……お前も、転生者だったのか。」
「えっ?…………気づいてなかったの?」
「ああ……気づいてなかった……」
「……」 「……」
「まあいいわ。ところで昨日の件、考えてはくれない?」
「言っただろ。俺は悪役になるつもりは無い。めんどくさいしな。」
「……そう、魔族は悪なのね。じゃあ人間が正義?ありえない。あなたはもう人間じゃないのよ。」
カーナはカイトに背を向けて歩き出した。
「あ。そうだ。あなた友達に『怠惰』のこと話したでしょ。明日から大変になるかもね。」
「は?どうゆう事だ!」
カーナはカイトの質問に答えることなく消えてしまった。
(俺はもう…人間じゃないのか……)
次の日
学校に来たカイトは女子生徒に話しかけられていた。
「ごめん。俺はそうゆうの興味無いんだ。」
「え!?ちょ…ちょっと!話だけでも!」
(なんでこんな話しかけられるんだ。こんなこと昨日までなかったぞ。しかも貴族ばっかじゃないか。めんどくせぇ。)
「あっ!居た!カイト・トリドス!」
「ああもう!また貴族かよ!」
カイトは転移魔法で教室に逃げ込んだ。
(なんでいきなりこんなことに……)
「おいドライオン!ちょっとこい!!」
カイトは一年教室に来てカーナを呼び出し、今朝起こったことを全て話した。
「だから言ったでしょ(笑)大変なことなるって。七大罪の称号は強力なの。貴族はみんなあなたを引き込もうとしてるのよ。」
「マジか……」
「まあ。私は自分のこと誰にも言ってないけどね!!」
「……お前も持ってんのかよ。」
「えっ?あなた私の事まだ鑑定してないの?」
「ん?ああ。なんか見られたくないかもしれないし。」
「ああそう。で?どうするの?」
「どうしよう。」
「「うーーん。」」
カーナはこの辺りで借りを作っておきたい。カイトはどうでもいいから面倒くさいことにならないで欲しい。解決案が出るのは意外と早かった。
「じゃあ、私があなたの隣に入ればいいんじゃない?…ほらなんか私人気らしいし。」
「いいのか?別に協力はしないぞ。」
「いいのよ。これで貸し1だから。」
十分くらい前
ラズエル・ミーティアスは燃えていた。
「ふふっ。まさかお父様からカイトさんに近づけと言われるとは。一度いじめから助けている私に惚れているに違いないわ!この勝負私の勝ちよ!そのまま結婚してやるわ!」
ラズエルは学校に来てすぐにカイトを探した。十分後、
「あっ!トリドスく━━━━」
壁に隠れて見えなかったが、カイトの隣には女子が居た。
(えっ?えっ?女の子?カイトさんに?ないない!)
とっさに壁に隠れてしまったが、ラズエルはもう一度確認する。
ベンチに並んで座る二人距離は空いていなくまさに恋人であった。
(や…やはりあの二人はそうゆう関係なのかしら。それにあいつは一年のカーナ・ドライオン!あの人も私のライバルだったのね。どうする?私が付け入る隙は……ない。)
ラズエルは教室に戻ってしまった。
放課後
意外と会話が弾みカイトの住んでいる孤児院まで送ることになった。
「ぜんぜん寄ってこなくなったな。」
「やっぱ私が可愛いからよ。クール系とか言われてるけど。」
「イヤ、ないない。片っ端から近づいてくる女子威嚇しといて何言ってんだ。可愛いって言うのは俺の妹みたいなやつのことを言うんだよ。」
「へぇ。妹いるんだ。…あっここ?」
「そうだ。今日は助かったありがとう。」
「いいのよ。あ、あんたの妹に会わせてよ。」
「ん?ああわかった。待っててくれ。」
ガチャ
いつもと同じ玄関なのに何かが違う。
「だれもいないのかー?」
生活スペースに入ってカイトは愕然とする。
部屋が荒らされていた。まるで泥棒や強盗が何十人も入ったかのような荒れようだった。そこでカイトは机の上にのっているメモに目をつける。
『カイト・トリドス、お前の力が欲しい。魔王城西の森に来い。そこにお前の妹はいる。』
「なんだこれは……」
カイトは次の瞬間には孤児院を飛び出していた。
「うわ!!どこ行くの!?…まって!」
カーナもカイトに続いて森に向かって行った。
魔王城西の森
「こんなんでほんとに強いやつが来るんすか?」
「ああ。間違いねぇ。貴族たちが取り合っているやつらしい。そいつが弱いわけがねえ。」
ザッザッ
「……来たな。」
そこに現れたのはルーノス学園の制服を着た二人の少年と少女。カイトとカーナだ。
「よく来たなカイト君。そっちの女は…まあいい。俺たちの目的は━━━」
「妹をはなせ。話はそれからだ。」
「……無理な話だな。まあ、話を聞け。俺らは見ての通り盗賊なんだが、三日くらい前戦闘員が捕まっちまってなあ。そこでお前だ。どうだ?俺らと盗賊やんねえか?」
「断る。俺は悪役にはならない。」
「へっ!……そうかよ。じゃあ死ね!」
盗賊の男はナイフを取り出してカイトに向かってきた。『怠惰』の称号なしでも運動神経が良かったカイトには突進してくるだけの男を避けるくらい簡単だ。
カイトは『怠惰』を発動して男の腹を殴った。
「おぐぅ!」
「来いよカスが……。俺が殺してやる。」
(これ悪役じゃね?)
孤児院の他の人はどこにいるんですかねぇ……