ふわふわハーレム異世界転生
「ハッ、ここは!?」
真っ白な空間だった。壁や天井があるようにはみえない。どこまでも真っ白な景色が続いているようにみえた。
体がどこかに触れている感覚もない。
それなのに僕の体は縛り付けられてるかのように動かなかった。
そういえば、一度似たような経験をした気がする。
「金縛りだ!脳は起きてるのに体は起きてない、みたいな!」
「全然ちがうよ~」
「おわっ」
突然、何もないようにみえた空間に老人の声が響いた。僕は驚いて声をあげた。
ひさしぶりにびっくりしたかも。
「誰かいるんですか?……わっ!」
尋ねた瞬間、もやもやと煙のようなものが眼前に現れた。それは徐々に形を変えていき、最終的にしわくちゃの老人を形づくった。
またびっくりしちゃった。
「ばあ」
「あなたは一体?」
「わしは天使じゃ」
「天使ですか!?天使ってもっとこう……」
「羽と輪っかがついとるじゃろ」
天使を名乗る老人はそう言うと、僕に見せつけるように一回転した。
「まあ、もう年じゃが、まだまだ現役は続ける気じゃ」
「はあ……。それでどうして天使さんが僕の前に?」
「それはおぬしが寿命を迎えたからじゃ」
「え、そんなバカな。僕はまだ二十歳ですよ」
「残念だが人生とはそういうものじゃ。……ん?二十歳……?」
天使は顎に手を当てながら言った。
「57歳の山本サバオ?」
「二十歳のネギバタケです」
「そうか……。ちょっと待っててくれるか」
そう言うと、こちらに背を向け携帯電話のようなものをかけはじめた。
誰かにつながったようだ。声変わり前の子供のような声質だったが、口調は大人びていた。
「……あ、もしもしぃ。ワシエルなんじゃがぁ、ちょっと確認してほしいことがあってぇ……」
『あ、ワシエルさん。確か今日は山本サバオさん担当でしたよね』
「あぁ、そうだよねぇ……。そうかぁ……」
『え?』
「ああ、いやもう大丈夫だから。悪かったね、時間とって」
『……いやいや、絶対大丈夫じゃないでしょ!今そっち行きますから!何もしないでくださいよ!ーー』
切られたようだ。
「ああ……。参ったね、どうも……」
ワシエルは薄毛気味の頭を額から後頭部へと撫でつけた。
少しの逡巡のあと、ワシエルは僕に向けて口を開いた。
「ネギバタケ君、異世界転生してみない?web小説でよくあるタイプの世界なんだけど」
「えっ!マジですか!?」
「おっ、乗り気だね。できるかぎり叶えてあげるから、なんか望みとかある?」
「そりゃありますよ!」
「お、なになに~?」
「ハーレムですよ!!僕ハーレムをつくりたいんです!」
「あー、ハーレムかぁ……。人の心を無理やり操作する系はダメなんだよねぇ」
「ちがっ……!違いますよ!そういうんじゃないです!」
勘違いされてる……。恥ずかしい……。
「僕はただ、かわいい女の子に囲まれていたいだけです!!」
「何が違うんじゃ……?」
「僕は別にかわいい女の子で好き勝手やりたいってわけじゃないですから!責任だとかモラルだとか!そういう現実じみたものじゃなくてもっとふわふわしてたいんですよ!そもそもハーレムっていうのはもっと曖昧なもので――」
天使は鬱陶しいと言わんばかりに顔の前で手をひらひらさせる。
「ああ、わかった、わかったから。ネギバタケ君の言いたいことは十分伝わったわい。要するにかわいい女の子と知り合える能力があればいいんじゃろ?」
「はいッ!」
「ならば、スキル『超感覚』を授けよう」
「超感覚……」
「うむ。可愛い女の子は困っているときに特殊なフェロモンを発する。わしはそれをヒロインフェロモンと呼んでおる。それは自然に男を惹きつける効果があるが、意識して認識しようと思っても人間には感知することができない。しかし、スキル『超感覚』があればヒロインフェロモンをはっきりと認識できるようになるじゃろう」
「おお!」
「じゃ、そろそろあの子が来そうだからもう飛ばすよ。じゃ、いってらっしゃ~い」
「いってきます!……お、うわああああ」
何かすごい力に引っ張られる。
異世界に行くんだ。絶対にハーレムをつくってみせる。
気が付いたら地面に倒れていた。
辺りを見渡して、息をのんだ。
異世界だった。
「なんか犬っぽい人が立って歩いてる!変な生き物が荷馬車を引いてる!おお、街並みもそれっぽい!」
道行く人々はチラリと僕の方を見るが、何の反応も示さずに去っていく。
「というか、普通に道端に倒れてたのに誰も助けてくれなかったのか。……そうだ!」
こんな冷たい世界だと今も世界中でたくさんのかわいい女の子が困ってるんだ。こうしちゃいられないぞ!早く僕が助けなきゃ!
「ん?この匂いは……?」
今まで嗅いだことのない匂いがした。甘いような苦いようなとても説明のしづらい匂いだった。
この匂いを嗅いでるとなぜか胸がざわざわする。
もしかしてこれが……?
「たどってみるか」
なんとなく匂いをたどれる気がした。
明らかに以前より嗅覚が鋭くなってるみたいだ。これが『超感覚』の効果だろうか。
いや、嗅覚だけじゃなくあらゆる感覚が鋭敏になっている気がする。
「匂いが強くなってきたな」
匂いは人気のない裏路地に続いていた。
そのままたどっていくと、男の耳障りな大声が聞こえてきた。
「もう逃げれねぇなァ!」
建物の角から覗いてみると、いかにもなチンピラ然とした男2人が女の子に詰め寄っていた。
女の子は瞳に涙を湛えながらも、男たちを力強く睨みつけていた。
僕は建物の陰から男たちの方へと歩み出た。足音に気づいた男たちが振り返る。
「あ?ガキかよ。邪魔だからどっか行け」
「そこの君、今困ってるよね」
僕がそう言うと、女の子は目を丸くする。
「……え?」
「助けるよ」
「……っ!む、無茶です!私のことはいいから早く逃げてください!」
僕の体を見て、僕じゃこの男たちには勝てないと踏んだのだろう。
確かにチンピラと言っても僕よりもガタイはいいうえに、数的な優位もチンピラたちにある。
「でも、今の僕は多分つよ――」
「調子こいてんじゃねえぞ、ガキ!」
チンピラが僕の言葉を遮って殴りかかってきた。
「ウッ……あ、ああああァ」
「は?」「え……?」
膝をついたのはチンピラの方だった。
一部始終を見ていたもうひとりの男と女の子は困惑の声を漏らす。
「て、てめェ何しやがったぁ!」
もう一人が殴りかかる。
「さっきのリプレイだな、これじゃ」
僕は学習しない相手に対してさっきと同じ対応を繰り返した。
拳を紙一重で躱し、急所を拳で打ち込み無力化。
さっきのチンピラと同じように倒れ伏した。
「半潰しだ。今回はこれで見逃してやるけど次は分かってるよな」
「ひ、ひええええ!」
チンピラたちは内股のぎこちない足取りで逃げていった。
情けない後ろ姿が建物の角に完全に消えるのを見送ってから、女の子が口を開いた。
「たった一人で……す、すごいです……!あなたが助けてくれなかったらどうなっていたか……。なにかお礼をさせてください!」
「いやいや。僕も好きでやってるだけだからお礼なんていいよ、忘れないで」
「そんな!なんでもするので……って、なんて言いました?」
「忘れないでね、僕のこと。名前はネギバタケ」
「は、はあ」
「じゃ僕まだ助けないといけないから行くよ」
「あ、ちょっと!」
まずは一人目!
かわいい女の子と知り合いになるために、僕はまだまだ救いつづける!
○
「うおおおおおおおおお」
僕は次のヒロインを助けるために平坦な野原を驚くべき速さで駆けていた。
さっきチンピラと戦ったときから感じていたが、どうやら僕の体は転生して強くなっているらしい。
ワシエルさんが蘇生時にスキル『超感覚』に適応できる体に作り替えてくれたのだろうか。
「お?なんだあれ」
荷馬車の周りをたくさんの男たちが囲っている。
「襲われてるのか?」
よく見ると中心に剣を構えた騎士のような女性と、その後ろに派手なドレスを纏った女の子がいる。女の子は泣いているようだった。
どちらもかわいい。
「あっ、まずい!」
数の暴力に押し負け、女騎士の体勢が崩れた。今すぐにでも決着がつきそうだった。
「ちょっと待ったあああ!」
僕は全速力で盗賊たちのもとへ向かった。
「ん?なんか向かってきてないか?……う、うわあああ」
盗賊の包囲を勢いのまま引きちぎり女の子たちの前で急停止した。2人とも驚いて目を丸くしている。
「おわっ!あ、あなたは…?」
「厳つい驚き方ですね。お二人を助けに来ました!」
「助太刀はありがたいですけど、この数相手じゃ……」
「大丈夫ですよ!あとは全部僕に任せてください!かかってこい悪党ども!」
「なんだとぉ!お前みたいなガキが俺たちに勝てるわけねぇだろぉ!」
金的!まず1人!
「ぐええぇ」
「こいつ強いぞ!油断せず全員でかかれ!」
全方向から武器を持った男たちが襲いかかってくる。
さっきのチンピラとは違い、全員剣や斧を持ち確実に僕を殺しに来ている。
でも、見える!見えるぞ!全てがスローに見える!
自分のすべきことがわかる!感覚が教えてくれる!
まるで敵の急所が僕を吸い込んでいるかのように自然と急所に到達する。
感覚に身をゆだねて、意識は冷静に戦況を観察している。
金的!金的!金的!金的ィ!
「ふぅーっ。やっと終わりましたね」
振り返ると、うずたかく積み上がった盗賊の山を陽光が照らしていた。
「はい。この度はお嬢様を助けていただき本当にありがとうございました」
「感謝なんていいですよ。それと、僕はあなたも含めて助けたんですよ」
「えっ……あ、ありがとうございます……」
女騎士は顔を赤くして言った。
「と、ところでっ!私は王国騎士団所属のミポリンと申します。あの数の盗賊をたった一人で倒す圧倒的な強さ、さぞかし名のある方だとお見受けしました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ネギバタケです」
「……ネギバタケさん……。すいません、何をやられてる方なんですか……?」
「無職なので……」
「えっ!?」
「へえ、無職なのね!」
先ほどまで泣いていたはずの女の子が笑顔で話に入ってきた。
「喜びなさい、ネギバタケ!あなたをこの私、ルリカ・ブルーアカの従者にしてあげるわ!」
「え?」
「ん?どうしたの?光栄に思うでしょ」
「えっと……僕まだやらなきゃならないことがあるから……ごめんね?」
「え?なんで謝るのよ。これから私たちは一緒に過ごすんだから感謝こそすれど謝る必要はないわよ」
「……」
「……あの、お嬢様……」
「なによ」
ミポリンがルリカに丁寧に説明してくれた。最初は頭に疑問符が浮かばせて首をかしげていたが、急に動きが止まった。
不思議に思った瞬間、ルリカは唐突に僕の方に向き直った。
顔を怒りに歪ませ、視線で僕を殺すような勢いで睨みつけている。
「ネギバタケッ!!このッ!私のッ!誘いを断ったっていうのッ!!!」
「えっ……」
自分の顔が恐怖で引きつっているのを感じる。
「違うわよねッ!!!」
「あ、あはは……も、もう僕行かなきゃいけないから」
踵を返し、走り出した。
「じゃ、じゃあね!」
横を景色が爆速で流れていく。我ながらすごい脚力だ。
背後から、絶対捕まえるだのなにやら物騒な言葉が聞こえてくるが気にしないことにした。
僕は理想のハーレムをつくるまで捕まるわけにはいかないのだ。
「理想のハーレム……」
すでにルリカの声は聞こえなくなっていた。
「理想のハーレムってなんだろう」
ふと思った。
このままかわいい女の子を助けつづけていけば自然とできているものなのだろうか。
「うーん……でも、まあ」
なんにせよ困ってるかわいい女の子を見捨てることはできないし、このままいけるとこまでいってみようかな。
ーーグルルルルルル……
突然、唸りだした、お腹が。
「そういえばめちゃくちゃ腹減ってるな。うわ、ご飯のこと完全に忘れてた!ーーん?」
何かが地面を駆ける音が遠くから聞こえてきた。
だんだん音は大きくなってきている。
「あれ?そういえばルリカのいたところからじゃないか?」
正体は馬だった。
そして、その上にはーー
「ネギバタケーッ!!おとなしく私の従者になりなさーいッ」
「ネギバタケさーーん!お礼させてくださーい!」
「う、うわあああああああああーーグエッ」
転けた。
「空腹でもう力が出ない……」
「ーーはい、つかまえた。一緒に帰ろ、ネギバタケ!」
このあと、めちゃくちゃご馳走食べさせられた。
おいしかったです。
だが!ご馳走をたらふく食べさせただけで僕の牙が抜けるもんか!
僕のハーレム探求物語はまだ始まったばかりだ!!
今日もこれから抜け出して女の子を救いにーー
突然、ガチャリと部屋のドアが開き、ルリカが僕の顔を見つめてきた。
ルリカは弾けるような笑顔を浮かべて言った。
「ネギバタケおやすみなさい!」
「あ、あ………………おやすみなさい……」
きょ、今日のところは疲れてるしこの辺にしてやるか!




