表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一分掌編

カレー風呂のレシピ

作者: 梶野カメムシ

カレー風呂の呪い の解答編です。

前作を見た後、お楽しみください。



 弟と電話を終えたわたしは、10年前のことを思い起こす。

 

 あの日、わたしは入浴の最中に、アイツに襲われた。

 警戒はしていたつもりだった。

 わたしを見る目が、日増しにイヤらしくなっていたから。

 着替えやお風呂を覗かれたり、使った下着がなくなったり。

 わたしは部屋に鍵をつけ、下着を自分で洗うようになった。

 風呂も、アイツがいない時を選んで入っていた。

 しばらく見なかったアイツが、入浴中に来るなんて思わなかった。

 

 湯船の中で立ち上がったところを、抱きつかれた。

 わたしは抗った。何をしたか覚えてないくらい、むちゃくちゃに暴れた。

 気がついたら、アイツは湯船の中に倒れ、動かなくなっていた。

 壁タイルに、大きな赤い花が咲いていた。

 アイツは、死んでいた。

 開いたままの目から、血の涙を流して、死んでいた。

 

 弟より先に、母が帰ってきたのは幸いだった。

 風呂場を見た母は、一目ですべてを察してくれた。

「大丈夫。母さんが何とかしてあげるから」

 当時、わたしは反抗期だった。

 特にアイツ絡みで、何度も母と衝突していた。

 だけど、母にそう言われ、わたしはやっと泣くことができた。 

 

 カレー風呂は、母のアイデアだ。

 大柄なアイツの死体は、女二人では動かせない。

 バラバラにするのも時間がかかる。匂いだって出るだろう。

 湯船でカレーにすれば、匂いはごまかせる。

 じっくり煮込めば肉は骨から外れ、やがて溶けてしまう。

 袋一杯のカレールーを、お使いに行ったのはわたしだ。


 その後のカレー風呂を、わたしは見ていない。

 母は、わたしを風呂場に立ち入らせなかった。

 弟を見張り、カレー風呂を覗かせないのが、わたしの役目だった。

 黄色く変色したガラス扉の向こうは、立ち込めた湯気で何も見えない。

 追い炊きに沸騰するあぶくの音。ちょろちょろ注がれる水の音。

 聞こえるのは、それだけだった。

 母手作りのチキンカレー(・・・・・・)の香りに、わたしは何度も嘔吐した。


 何年か後、実家に帰省したおり。

 母にカレー風呂の詳細を聞く機会があった。


 衣服は煮る前に全て脱がしておくこと。

 カレールーはまず半分入れ、必要に応じて追加していく。

 ナツメグとローレルはありったけ入れる。

 二日煮れば肉は骨から離れる。柔らかくなった骨は簡単にくだける。

 細かくくだいた骨は家庭ゴミに混ぜて、少しづつ捨てる。

 カレーは液状化した肉とともに水でよく薄め、下水から流す。 

 

 母がそんな話をしたのは、わたしを心配してのことだろう。

 当時のわたしは、傍若無人なセクハラ上司に、心を病んでいた。

 まがりなりにも仕事が続けられたのは、母のレシピのおかげだ。


 母には返しきれない恩がある。

 だから、あのことは一生誰にも言わないつもりだ。

 あぶくでも水音でもない。

 カレー風呂から一度だけ聞こえた、あの声(・・・)のことは。 

 

 そんな母は、弟のことをずっと案じていた。

 今は子供だから、言わない方がいい。

 でも大人になったら、いずれ話さなければいけないと。

 わたしも賛成だった。


 わたしたちは家族だから。

 母子家庭という小船で、航海を続けてきた家族なのだから。

 たとえそれが弟にとって、新たな呪いであろうとも。

 弟が家族であり続けると、母もわたしも信じている。



 ……やっぱり送ってやるかな、成人祝い。

 わたしはスマホを取り、検索を始めた。





                        終わり


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ