99 解呪
ゴールデンウイーク中に投稿出来ました!
真面目回です!
ガルが連れてきた大きな男性は、名前をイヴァンさんと言うそうだ。
最初イヴァンさんは、明らかに貴族っぽい王子たちと、堂々としているお父さんや玄武さんたちを見て驚いていたけど、すぐに順応して「助けていただきありがとうございます」と挨拶していた。
取りあえず聞き出したのは名前だけで、まずはお腹が凄い音を立てているので、腹ごしらえでカレーを提供した。スパイシーでも野菜がたっぷりだから、胃が痛くならないといいな、と心配していたけど、結局王子くらいおかわりしてケロッとしていた。
『それにしても、お前、ちょっと臭う』
トコトコと玄武のメイさんが近付いてきて、イヴァンさんの前に行くと、フンフンと臭いを嗅いでから言うと、苦笑して「すまないな」と謝ったので、『気ぃ使えや!』とクロさんがメイさんにツッコんだ。
「しかし、驚いた。犬も喋るかと思ったら亀も喋るのか」
『犬じゃねぇ。狼だ』『亀じゃない、神獣だ』
ガルとメイさんが同時に言う。でも、メイさんは亀だよね?
「そうか、悪かったな。じゃあ、名前教えてくれ。それなら間違いないだろ?」
ガルとメイさんの頭を撫でながらイヴァンさんが言って、何となく一番近くにいて目が合った私がみんなを紹介した。場の雰囲気を仕切る空気がある人だ。
みんなの身分はあまりホイホイ明かしていいものではないから、とりあえず名前だけね。
お父さんを紹介したときは、「へぇ、あのフェンリルか。想像よりカッコいいな」と感心していただけだったよ。すごい強い心臓をお持ちの方のようだ。あと、褒められるの大好きなお父さんは、『なかなか見る目のある男ではないか』と喜んでいたよ。
その後は、喫緊の空腹を満たしたので、身支度を整えることになって、その前に私がポーションを出して傷を治そうと提案した。よく見たら、イヴァンさんは裸足で、お腹の傷だけじゃなくて、足の裏も大変なことになっていた。奴隷って、靴すら履かせてもらえないの?
私が顔を顰めながら治していくと、髭と髪の毛で分かりにくかったけど、ニカッと笑って「ありがとうよ、お嬢ちゃん」と言われて頭を撫でられた。きっと私を未成年と間違えているみたいだ。この世界の人たちは、大柄な人が多いから仕方ないけど。その中でもイヴァンさんは特に大きいし、余計私が小さく見えるみたい。
治療のついでに、試しにこっそり上級ポーションを奴隷紋に掛けてみたけど、怪我ではないので治らなかった。
ポーションと一緒に、テントでこっそり出したレンダール仕様の着替えと、刃物を持たせる訳にいかないとイリアス殿下が言うので、日本式の髭剃り用安全カミソリと石鹸を出して、タープテントの方で身支度をしてもらった。使い方を説明したら「へぇ」と感心していたよ。
髭を剃って、お湯を使ってさっぱりしたイヴァンさんは、髪をまとめて顔がはっきりと分かったら、最初四十代くらいかと思ったけど、ユーシスさんやアズレイドさんより少し年上くらいに見えた。
ユーシスさんみたいな甘い顔立ちじゃないけど、少し目じりが下がっていて、ワイルドなのに何となくセクシーな感じがする。
私と有紗ちゃんがポカンとしていたら、王子がちょっと咳払いをした。
「それで、お前は何者だ」
最初にユーシスさんが聞いたのと同じことをイリアス殿下が尋ねた。
「挨拶もなく申し訳ございませんでした。私は、西の小国群の部族オルドウィケス族の出の者です。剣闘奴隷としてシャイア内を転戦し、ひと月ほど前にこの地に入りました」
それまでの砕けた雰囲気を改めて、丁寧にイヴァンさんが挨拶した。どことなく品がある話し方もできるのに、王子たちも驚いていたよ。
「……オルドウィケスか。確か五年ほど前に、近縁のデューズに領地争いで併合されたのだったな。シャイアでは、未だ奴隷制が残っているとは聞いていたが、剣闘奴隷とはな」
イリアス殿下が顔を顰めながら確認する。
シャイアってその西の島にある小国群の地域全体を指していて、それぞれの部族が諸王を名乗って領地争いを繰り広げているって、この世界に来た時にユーシスさんの授業で聞いたことがあった気がした。西の方にあるユーシスさんのお家のフォルセリア家の領地ともそれほど離れていないらしく、そんな話を聞いたことがあった。
剣闘奴隷って、古代ローマとかでもあったけど、市民の娯楽のために命を懸けて魔物や魔獣と戦う人みたい。
でも、戦争で負けたからって、人の娯楽のための奴隷になるなんて、そんな酷いことが本当にあるの?
「俺は、族長の一族だからな。デューズにとっては居られると困る人間だったんだ」
私が変な顔をしていたからか、態度を崩して優しく言葉を取り繕ってイヴァンさんは言った。
地球での古い歴史だって、負けた側の統治者は人質か処刑されるかどちらかが多かった気がするし、敗者に人権がなかったのは知っている。
私を子供だと思って柔らかい表現で言ってくれたけど、その優しさが少し悲しかった。
みんなも、奴隷といったら犯罪奴隷を想像していたらしく、自分のせいで奴隷落ちしたんじゃなかったことに、かなり凹んでいた。
さっき、ちょっと笑ってしまったことをみんなで猛省した。穴があったら入りたい。
そう言ったら、普通はそう思うだろうって、何でもないかのように慰めてくれた。
ちょっとシンとしていたら、テントから泣き声がした。イヴァンさんから預かった女の子を寝かせていたけど、どうやら起きたみたいだ。入り口のファスナーが開けられなくて、不安になってしまったようだ。
レアリスさんがそっと開けてあげると、怯えた顔をして外を窺っていたけど、イヴァンさんの姿を見つけると、わき目も振らずにその胸に飛び込んだ。
「おじちゃん、おじちゃん。いなくなっちゃヤダ」
「悪かったな。ほら、ちゃんといるだろ?」
イヴァンさんは女の子を安心させるように、トントンと背中を叩いてあやした。
驚くことに、女の子はイヴァンさんの娘さんじゃないそうだ。
名前はイヴちゃんで、居留地の使用人をしていたご両親が流行病でなくなってしまい、そのまま引き取り手がなくて追い出されそうになったのを、見かねてイヴァンさんが引き取ったそうだ。
「名前も髪色も似ているから、他人とは思えなくてな」
そう言ってぐすぐすと鼻を鳴らしているイヴちゃんの頭を撫でた。
なんか、みんなでしんみりしていたけど、一人イリアス殿下だけは冷ややかな目線を向けていた。
「簡単に絆されるな。この者の言ったことが事実か分からない以上、敵意がなくとも油断するなどもってのほかだ」
つまり殿下は、イヴァンさんが演技をして私たちに近付いた可能性があると言っている。さっきも刃物を渡すなって言ってたし、こんな小さなイヴちゃんまで疑っているようだ。
「「鬼畜」」
「お前たちが無警戒すぎるだけだ」
王子と有紗ちゃんがブーブー文句を言うと、更に冷ややかに殿下が言う。
セリカでは、兄弟身内同士で間諜を送りまくっていたものね。殿下の言うことはごもっともです。でもそれ、本人の前で言ったらダメなんじゃないかな。え?牽制?なるほど。自分たちはこういう警戒をしてるぞって、知らせておくのも一つの手だとか。
でも、これが演技だったら、もう騙された私たちが悪いって割り切れるよ。多分、殿下もそれほど疑ってはいないと感じる。
もし何かの罠だとしても、いざとなったらお父さんも玄武さんもいるし、王子も殿下もいて、これ以上心強い味方はいないと思えるから、結構何があっても大丈夫なんじゃないかな。
そう言ったら、殿下がフイッと目を逸らした。
「イリアスが照れてる。天変地異の前触れか?」
「……一度お前とはじっくり話をしたいと思っていたところだ」
殿下が変なことを言った王子のほっぺを鷲掴みし、口がタコの形になった。「しゅみましぇんでした」と素直に謝る王子だったけど、殿下の絞め上げは続いていた。
「まあ、俺のことは疑ってもらって構わないが、こいつは勘弁してやってくれ」
イヴァンさんも、殿下の言葉が念押しのものだと分かっているからか、苦笑しながらイヴちゃんの頭を撫でる。本当の親子みたいだね。
そういえば、イヴちゃんは寝ていたから何も食べてない。イヴァンさんも取る物も取りあえずといった風体だったから、お腹すいているかもしれない。
「ねえ、イヴちゃん。お腹空いていない?」
私が話しかけると、ちょっとビクッとなってイヴァンさんにしがみついてしまった。そうだよね。いきなり知らない人が声をかけたらびっくりするね。
よし、こういう時はモフモフ作戦だ。おいで、スコルとハティ!
「あ、わんわん」
私が配置したスコルとハティに、イヴちゃんはちょっと興味を示した。それを後押しするように、イヴァンさんも自分も撫でて見せた。そして恐る恐る触ると、その手触りをいたく気に入ったようだったよ。いい感じだ。
ハティが『一緒に遊ぼ!』と言って、「わんわんがしゃべった」とイヴちゃんは驚いていたけど、すぐにスコルとハティと仲良しになってなでなでし始めたよ。子供って、順応早いよね。
その隙に私は、テントで素早くインスタントのスープにパンとチーズを乗せて、ガル君に軽く炙ってもらった。あとはフルーツジュースとデザートはゼリーだ。
警戒を解き始めたイヴちゃんに冷ましたスープを見せると、やっぱりお腹が空いていたのか目を輝かせたけど、まだイヴァンさんから離れられない様子だったので、抱っこされたまま私がお口に運んであげた。すると、にっこりとした笑顔になって、たくさん食べてくれたよ。ああ、天使みたいに可愛いね。
ジュースを飲み干す頃には、ようやく警戒を解いてくれて、私の隣にちょこんと座ってくれた。まだ、左手はイヴァンさんの服を掴んでるけど、ゼリーを食べさせてあげると、私の服も掴んでいたよ。
お腹が膨れたからか、少し眠そうにしていたから、お湯を使ってから私たち女性のテントで寝かせることにした。大きなたらいにお湯を入れて身体を洗ってあげると、気持ちよさそうにしていた。子供でも働かないといけなかったのか、手はマメができて荒れていたけど、目立った外傷はなかったのでホッとする。あれだけ懐いていたから、きっとイヴァンさんが大事にしてたんだね。
清潔な服と柔らかい寝具で眠気がピークだったみたいだけど、「おじちゃんは?」と言ってまだ不安そうにしていた。ちゃんと外にいるから安心するように言って、スコルとハティに一緒に寝てもらうと、またウトウトし始めた。寝入ったのを確認して、スコルとハティに任せてテントを出ようとしたら、いつの間にか私の服を握っていたようだ。可愛くて赤い髪をそっと撫でてから、手を外してテントから出た。おやすみなさい。
みんなが話し合いをしている焚火に戻ると、イヴァンさんにお礼を言われた。
王子の隣に座ったら、私がテントにいる間のことを教えてくれた。
まず、イヴァンさんがこの国に来た方法について。
数日前にシャイアから極秘裏に内海を使ってレンダール入りをしたらしい。レンダールは奴隷を認めない国だから、入国時にも審査があって普通は止められる。ましてや奴隷紋のある人を見逃すことはないはずだった。
でも、ここにイヴァンさんがいるっていうことは……。
「内海の航行権はアルテ領主にある」
アルテはここから馬車で二日の距離にある古都だ。要するにそこの偉い人が、取り締まりができないほどダメなのか、偉い人自身が噛んでいるかのどちらかだ。で、限りなく後者だと思われるとのこと。
ちょっと待って。それって私が聞いてていいことなの?
「今更だ。警戒心皆無のお前は、危ない情報を聞いていた方が気を付けるだろう」
イリアス殿下が、親切心からとでも言いたげにおっしゃって、王子もユーシスさんもレアリスさんも頷く。どうやら私は危ないことに、ホイホイ突っ込んでいくと思われている。心外です。
で、最大の疑問。なんで、こんな場所にイヴちゃんと二人でいたのか。
どうやら主から逃げて来たらしいけど、それを今から聞き出すところらしい。追手から逃げていたから、あんなに傷だらけだったんだ。
『そういえば、逃げて来たのなら、今相当な痛みがあるはずだが?』
お父さんがイヴァンさんに向かって言った。
そうだ!この紋様は、逃走を阻止するために痛みで縛る、非人道的な魔術なんだった。
『お前、発熱、発汗があるな。恐らく、今から話す理由如何によっては、更に大きな苦痛を伴うぞ』
メイさんも言った。
ちょっと、早く言って!ここに来てから一時間以上経ってるのに、全然平気そうにしてるから気付かなかった。
この魔術には、直接の主のことについては話すことができない制約が掛かっていて、名前や家門はもちろん、容姿やどういった事業をしているかなど、個人を特定できる情報や普段の行動すらも話せないみたい。イヴァンさんの生い立ちや入国については自分に関することだけど、逃げてきた理由なんて、その制約そのものが関連する。
それなのに、イヴァンさんは軽く肩を竦めるだけだ。
「痛ぇだけだ。死にはしないさ」
何でも無いように言うけど、それは物凄く痛いってことだよね。
イヴァンさんが言うには、イヴァンさんに死なれると相手が困るらしく、この制約は命を奪うものではないらしい。それでもダメだよ。
死なないならと、普通に聞き出そうとしている王子とイリアス殿下を睨みながら、メイさんとクロさんに何か方法はないか尋ねる。人体のこととか、魔術のこととかはお二人に聞くのが一番だ。
少し考える様子のメイさんだったけど、突然『脱げ』と言ったので『前開けるだけでいいだろ!』とクロさんにツッコまれていた。すると、イヴァンさんが躊躇いなくシャツの前を開けるから、私は思わず目を逸らしてしまった。
「波瑠って、治療の時は堂々としているのに、こういうの恥ずかしがるのね」
治療の時は一生懸命だったから気付かなかったけど、そういえば私、結構恥ずかしいことしてた!
有紗ちゃんの指摘にもごもごしていると、「波瑠はチラ見せアピールが有効」と謎の分析をされた。私が顔を上げると、男性陣がこちらをガン見して、有紗ちゃんに「波瑠、頑張ってね」と言われてしまった。なんか、私が痴女っぽい感じになってない!?
『なるほど。これは結構、粗悪な術。解くのはそれほど難しくない』
私が有紗ちゃんに抗議しようとしたら、メイさんが診断結果を教えてくれてうやむやになった。もういいや。
「それは、どうやって解くんですか?」
『まあ、一番は聖魔術の浄化だが、アリサ、お前できるか?』
私が聞くと、クロさんが有紗ちゃんを見た。そうだよ。ここには聖女がいるじゃない。
「ああ、私のは、対象者燃やすのしかないわね」
「ちっ、使えねぇな」
「また燃やされたいの、オーレリアン様?」
サッと王子が前髪を押さえた。アフロにされかけた記憶は新しい。
王子と有紗ちゃんの寸劇は置いといて、まだ手はあるよね。
『あとは、聖水か解呪だな』
そうかぁ。「聖水」か「解呪」かぁ。そんなに都合よく持ってる人……いた!
全員が一斉にイリアス殿下を見る。当のイリアス殿下は盛大なため息を吐く。
「私が言った警戒の意味を誰も理解していないのか」
せめてフォルセリアは、と呟いていたけれど、ニコニコしているユーシスさんを見てもう一度ため息を吐いた。
そうは言っても、イリアス殿下はやってくれるようだ。
イヴァンさんの胸の変な模様に手を翳して、解呪と唱える。でも、殿下の解呪レベルは結構高いと思われるのに、なかなか解けない。メイさんレベルなら簡単でも、結構しつこい術のようだった。よほどしっかり掛けられているっぽい。
ダメかなぁと見守ってしばらくすると、蛇の模様がすぅっと消えてなくなった。
やった、解呪できた。
「後で、美味しいお芋料理作ります」
「……お前は、何故私が芋好きだと思っているんだ?」
どうやら違ったようだ。何度出しても何も言わずに食べてくれたから、てっきりお芋が好きなんだと思ってた。あれは、領地のお芋だからだったのか。
と、そんなことはどうでも良くて、イヴァンさんの具合はどうなったの?
「……嘘のように痛みが引いた」
自分の手をグーパーしながら、イヴァンさんがポツリと言った。そして、全身の力を抜くように、大きくため息を吐いた。多分、相当な痛みを我慢していたんだと思う。
「良かったですね」
私が声を掛けると、ぐるっと周りを見回した後、深く腰を折るようにして頭を下げた。最上の敬意を表しているお辞儀らしい。
まだ熱は引かないだろうから、少し冷やしたお水を渡した。それを男らしくグイッと呷って、もう一度息を吐いた。今度は人心地着いたという感じの息だった。
「それで?お前が痛みを押してでも飼い主の下から逃げたのは何故だ?」
改めてイリアス殿下が尋ねると、イヴァンさんはユーシスさんに頼んで、預けた剣をみんなに見せた。
布を取り払って現れたのは、白い刀身に赤い蔦模様が絡んでいて金色の柄と鍔、大きな赤い宝石が柄の先に嵌まっている、両刃の大剣だった。
って、これ、私たち見たことあるよね。
「何故、カラドボルグをお前が持っている?」
イリアス殿下が剣呑な雰囲気をバリバリに出して聞く。
やっぱりそうだよね。どう見てもカラドボルグだ。
でも、セリカで交換したカラドボルグは、私の亜空間収納で眠っている。
「これは、元は我が部族に伝わる宝剣ですが、六年前に何者かに奪われたものです。それが、この国で新しい主が持っていたため、取り戻して逃げて来たのですが」
やっぱり、ずっと代々持っていた剣なら、私が持っているカラドボルグじゃない。
……っていうことは。羂索やグレイプニルの他にもやっぱりあったんだ。
「勇者の作り出したものか」
イリアス殿下の声に、辺りに沈黙が下りた。
出てきた神話級武器。
そして、チラ見せという新技は誰かやるのか。
頑張れ男性陣。頑張れ作者。




