96 スキルさんはまざりたいようだ
先にいろいろとお詫び申し上げます。
作中の血液型、星座の解釈については、作者の都合とイメージが詰まっております。
御不快に思われる方がいらっしゃったら申し訳ございません。
王子は、玄武さんの治療で、魔力と一緒に血液の流れも正常になったからか、しっかりと身体が温まったようだ。そのためか、王子からほんのり汗の匂いがする。
でも、私はそのことに安心した。一時的な回復だとしても、回復には違いないから。
そうして、もう一度ギュッと腕に力を入れると、王子が居心地悪そうに身動きした。
「……ハル。俺……」
胸元が、王子の吐息で温かくなった。
小さい声で名前を呼ばれたようだったけど、擦り寄せるように顔を押し付けてきたのでくぐもっていた。
「ん?」
私の背中に回っていた王子の右手が、何故か徐々に下の方に下りてくる。
「んん?」
反対の手はそのままだったけど、さっきよりも力が強くなった。
「ええ?」
気付いたら私はくるんと天井を向いて、王子のベッドに倒れていた。見上げたら、私の顔の両脇に手を突いて私を見下ろす王子と目が合った。
何故か、王子が情けない顔でじっと見る。
もしかして、具合が悪いのにギュッとしたから、眩暈で私を引き倒してしまったのかもしれない。
「王子、大丈夫?クラッとしちゃった?」
「……ああ、そうだ。もう我慢できない……」
そう言って王子の顔が近付いて来た。腕の力が限界なのかもしれない。
「ちょっと、オーレリアン様、大丈夫なの!?」
「アリサ様。殿下はまだお休みになっています。お静かに」
急に廊下が騒がしくなって、有紗ちゃんとユーシスさんの声と、複数人の足音が聞こえた。
その後すぐに、バンッとドアが開いて、一瞬空気が止まったように感じた。
「聖なる炎」
「ぅあっちぃ!」
開口一番、有紗ちゃんが邪なものを祓うスキルを発動し、王子が頭を押さえてベッドから転がり落ちた。
「お、王子、大丈夫!?」
私が慌てて王子を拾いに行こうと、ベッドの端から下を覗いたら、ちょっと頭頂部の髪が焦げた王子が床に倒れていた。
「瀕死だって聞いたから急いで来たのに、随分と元気じゃない、オーレリアン様?」
有紗ちゃんが、とっても冷たい表情で王子を見下ろしている。その後ろでお母さまがすっごい呆れた顔で、ユーシスさんが物凄い複雑な表情、レアリスさんが無表情でこちらを見ていた。
あ、そうか。あの状態は、確かに変な誤解を生む光景だったかも。
「有紗ちゃん、誤解だよ。王子は、私が思わずギュっとしてしまったら、ちょっと眩暈でクラッと来て、私を巻き込んで倒れちゃったんだ」
私もお母さまを巻き込んで倒れたことあるからと説明すると、今度は王子に可哀想なモノを見る目を向けて、床に伏している王子の頭をしゃがんで指で突いた。
「へえ、ギュッとされて眩暈でクラッときたんだ。オーレリアン様、そっちの意味でいい?」
「……異論ない」
俯せのまま王子が返事する。何故だか、酷い敗北感を感じる声だった。
「取りあえずオーリィちゃん、お風呂入ってきなさいよ。臭いから」
お母さまの声にも棘がある。
「お前ら。……病み上がりでも容赦ないな」
王子は、のそりと起き上がると、肩を落として歩きだした。
でも、ちょっとフラついた。ほら、まだ本調子じゃないから。
そしたら、ユーシスさんじゃなくて、何故かレアリスさんが王子を支えてお風呂に連れて行ってくれるようだ。その後にユーシスさんも付いて行く。
私は、王子の着替えを届けるため、少し遅れて三人の後を追いかけると、脱衣所の中から声が聞こえた。
狭くはないけど広くもない脱衣所に、どうやら三人で入っているようだ。仲良し?
「それで、殿下。どんな感触でしたか?」
「……レアリス」
「下着が覆ってないと思われる場所は、あれだ、前に食べたマシュマロみたいだった。我慢できなかった」
「……殿下」
「なるほど。参考になりました」
「参考にするな」
ん?なんの話?
下着って、……もしかして、ギュッとした時のこと?あれって、そういう意味なの!?
私がノックしようとして固まっていたら、後ろからその手を止められた。お母さまだ。
お母さまは、人差し指を唇に当てて、声出さないようにとジェスチャーされる。
そして、その後ろにいた有紗ちゃんに頷いて合図を送ると、有紗ちゃんがまたスキルを発動した。
「聖なる炎」
本日二度目の邪なものを祓うセイクリッドフレイムだ。
「ぅあっちい!」「ぅぐっ」「何故俺も!?」
とドア越しに、三人の声が聞こえた。
「アリサ!お前か!!」
「「ぶはっ!」」
凄い勢いで、王子が脱衣所の引き戸を開け放った。その瞬間、お母さまと有紗ちゃんが同時に吹いた。
背の高い女性二人に視界を阻まれていたけど、横からひょこっと顔を出すと、私も思わず「ぶはっ」と吹いてしまった。
脱衣所には、前髪が焦げた男性三人がいた。
「さ、さすが聖女様。み、見えてなくても、抜群の制御ですわ。ぶはっ」
「日頃の、鍛錬の、賜物です。ぶはっ」
爆笑しながらお母さまが褒めると、爆笑しながら有紗ちゃんが言った。
「俺たちを殺す気か!」
「セクハラ男たちにはお似合いの刑よ。いっそアフロにしてやれば良かった」
涙目の王子に、ふんと鼻で嗤って冷然と言い切る有紗ちゃん。それに、ユーシスさんが「俺も?」と呟いていた。ユーシスさんはとんだとばっちりだったね。
取りあえず、アフロになってなくて、良かった?ね。
「あの胸に顔を埋めたんだぞ!あれは、健全な成人男子の反応だ!」
「その感触が気になるのも、健全な成人男子です」
「そうだ!」
王子とレアリスさんが堂々と言い訳するけど、あの、本人がいる前で、あんまり大きい声でそういうこと言わないでほしいです。
レアリスさんには、ユーシスさんがチョップしていた。
でも、王子をギュッとしたのに関しては、感極まったとはいえ、私も軽率な行動だったと反省しているので許してあげてください。レアリスさんのは、もう制裁が下されたし。
そう私が取りなすと、「ハルがそう言うなら」と女性二人は引き下がってくれた。
それにしても、みんなの髪の毛、どうしよう。
「そんなの、ポーションつけときゃ元に戻るんじゃない?知らないけど」
「いっそそのままで居なさい、オーリィちゃん、レアリスくん。っていうか禿げろ」
侮蔑の態度を隠さない女性二人に対して、二人はそっと青褪めて後退った。
その後二人は、正座の刑に処されながらも、私に「出来心でした」と謝罪してくれた。
とばっちりのユーシスさんに申し訳ないので、取りあえず、三人にポーションを渡した。
火傷なら完全に治るんだけど、縮れた髪が治るかどうか分からないから、念のため中級のポーションを渡しておいたよ。
そうして三十分後、王子たちは禿げることなく、無事元の髪に戻りました。
ひと騒動の後、天気もいいので、外でお茶をしながら、王子の療養も含めて今後のことを話し合った。
結局前に焼けずに亜空間収納に保管していたパンケーキを焼いて、アイスを乗っけて振舞ったよ。
レジェンドたちと子供たちもぺろりと平らげて、今はお庭でお昼寝している。
「そうしたら、オーリィちゃんの休養も兼ねて、みんなで領地に行ってきたら?」
お母さまがそんなことを言った。あれ?その話、お母さまにしたことあったっけ?
「まあ、みんなでそんな話をしてたのね。別に知ってたからじゃなくて、黒の森は自然の魔力が豊富な場所だから、オーリィちゃんみたいに魔力ポーションが使えない人にちょうどいいのよ。玄武様の治療みたいなのを、微力だけど自然がやってくれるっていうわけ」
なるほど、それは小さな効果でも、間違いなく体にいいね。
「領地に行くのはいいが、黒の森は、ばばあ達がうるせぇからな」
なんかちょっと、当事者の王子が渋ってるけど、例の幼児だった王子に超ド級の魔術を仕込んだ人たちだよね。何でか聞いてみたら、王子がまた言い渋っている。
「ああ、今行くと、ちょうどオーリィちゃんの誕生日にぶつかるわね」
お母さまがうんうんと頷く。
どうやら、黒の森の魔女さんたちは、王子のことを可愛がるあまり、嫌いな人間を呪い殺す魔道具とか、トラップだらけの迷宮で鍛錬できる(強制)権利とか、身の毛もよだつ誕生日プレゼントをくれるとか。
……なるほど、ちょっと行くのを躊躇するかも。
まあ、私たちが一緒なら、多分危険なことはしないだろう、とお母さまはおっしゃった。若干疑問形だったけど。
それは置いておいても、黒の森には行っておいた方が良さそうだね。
「そう言えば、オーレリアン様の誕生日っていつなの?」
有紗ちゃんが王子に聞いた。そう言えば、お祝いするって言っても、正確な日付は知らなかったかも。
この世界も地球のグレゴリオ暦と似た暦で、これも多分だけど、聖女夕奈さんが持ち込んだんじゃないかって思われる。「ウルウドシ」という単語があるんだって。
その暦で言って、王子は七月二十八日生まれらしい。
「へえ、じゃあ王子は獅子座か」
有紗ちゃんって星座占いとか好きなのかな?
「何だ?その獅子座って」
まあ、聞いたこと無い単語には、王子は食い付くよね。
でも、不思議だけど、夕奈さんもこういうの好きそうなのに、星座は伝わってないのか。まあ、天体自体が全然違うから、説明しても定着しにくかったのかも。
私と有紗ちゃんが、一年を十二に分けて、それぞれに地球の星座を当てはめて、大まかな性格を位置づけたり、運気を占ったりすると説明した。
どこまで信じるかは受け取り手次第だけど、女の子って結構好きだよね。でも、私も好きだけど、あまり詳しくはないんだよね。
「例えば、俺の獅子座ってどういう括りなんだ?」
王子が身を乗り出して聞いてくる。ああ、スイッチ入ったね。
「私もそんなに詳しくはないけど。そうだ、ハル。スマホで見られるんじゃない?」
そうだった。多分、星座占いとかだったら見られそうだ。私はスマホを取り出すと、ポチポチと検索して、有紗ちゃんと一緒に見た。
「うーん。大体、リーダーシップがあるとか、能力が高めの人間が多いって言われているみたいね。……癪だけど、まあまあ合ってるんじゃない?」
有紗ちゃんが面白くなさそうに言うと、王子は「そうか」と言ってニヤニヤしていた。
うん、とっても嬉しそうで何よりです。
「へえ、おもしろーい。ユーシスくんとレアリスくんは?」
お母さまも興味深々で尋ねる。男性陣はちょっと苦笑気味に答えてくれた。
ユーシスさんは、二月三日生まれで、私たちが召喚される直前に二十八歳になったんだって。
で、レアリスさんは十月二十九日生まれらしい。
「ユーシスは水瓶座で、レアリスは蠍座ね」
有紗ちゃんが顎に手を当てながら、画面を見て星座を確認した。
「蠍座は、感情が分かりにくい……合ってるわね……努力家で、メンタル強め……合ってるわね」
何か、有紗ちゃんが逆にショックを受けている。まあ、合ってると思うよ、私も。
「水瓶座は社交的で感受性が豊からしいけど、ちょっと自由人?なんか、合ってるような、合ってないような」
確かに、前半は合ってるけど、自由奔放っていう意味よりは、固定概念に縛られないって言えばそうかも。どちらかというと、自由人って言えば……。
「ちなみに、リュシー様はお誕生日いつですか?」
有紗ちゃんが、急にお母さまを指名する。ああ、なんか私も思った。
「ええ?私は一月三十日よ」
「……水瓶座ですね」
はい。合ってました。お母さまは「やーだー、ユーシスくんと一緒」と楽しそうだ。ユーシスさんは、とても悲しそうな美しい笑みを浮かべていました。
ちょっとしんみりした空気が流れたけど、有紗ちゃんがとっても気遣って、「そうだ」と言って私に話題を振った。
「そ、そう言えば、性格って言ったら、血液型診断も結構合ってると思うんだけど」
「あ、そ、そうだね。確かに」
私たちが言い合ってると、また王子が「それはなんだ?」と興味を持ちだした。
またまたざっくりと、ABO型について説明する。この世界では、傷薬のポーションが造血剤の役割もするから、輸血が必要ないので、型分けの需要もないようだ。
「波瑠は絶対O型よね」
「……正解です」
何で分かったかなぁ。念のため、と有紗ちゃんは言って、これもスマホで確認した。
「傾向をまとめると、O型は大らかで細かいことを気にしない、悪く言えば大雑把ね」
みんな一斉に「ああ」と言って納得した。どこに共感したの!?
「で、A型が真面目で協調性があって几帳面、悪く言えば細かくて心配性。B型が、こだわりが強くて裏表がなくて好奇心旺盛、……悪く言えば……マイペースの変わり者……くっ」
どうやら有紗ちゃんはB型らしい。でも、裏表がないってとってもいいことだよ。
「で、AB型は、自立心が高くて合理的な天才型、悪く言えば繊細で分かりづらい性格で、A型とB型の二面性があるみたいよ」
「わあ、私の血液型知りたぁーい」
お母さまも王子も身を乗り出しているけど、でも調べる手立てはないから、諦めてもらうしかないよね。
ええ、と言って、ちょっとご不満そうな母と息子を宥めていた、その時だった。
〝ピロリーン〟と、私のスキルのお知らせ音が鳴った。
「「「「え?」」」」
思わず、私と王子とユーシスさんと有紗ちゃんの声が重なった。
「ハル。お前何かやったか?」
私はブンブンと思いきり首を振った。無表情のレアリスさんとニコニコ顔のお母さま以外、うえぇぇ、と面倒な予感に顔を顰めた。
王子が、「取りあえず、開けてみろよ」と指示を出さなかったら、きっと私は封印していたと思う。
そして、私は恐る恐るスキル画面を展開した。
〝お知らせ:亜空間収納に血液を一滴入れると、血液鑑定が受けられるようになりました〟
「…………」
「「「とうとう会話に参加してきた」」」
無言で白目を剥きそうになる私と、同時にツッコむ王子とユーシスさんと有紗ちゃん。
「わあ、面白そう!」
そう言ってお母さまが迷わず自分の指を切ろうとするので、ユーシスさんが慌てて止めた。お母さま、調べなくても多分お母さまはB型だと思います。
取りあえず、と言って、試しにユーシスさんがやってみることになった。
あの、指をスパってするやつをやって、収納口の上にポタッと一滴垂らす。
私がすかさずポーションで治していると、すぐにピコーンと鳴った。
〝ユーシス:ヒト族 血液型:A型 状態:良好〟
なんと、種族と健康状態まで出るようだ。
人間はどうやら素材判定ではないようで、値段が出なくてホッとしたよ。
血液型は、何となくそうかなと思った。ユーシスさんのちゃんとした人のイメージっぽい。
続いてレアリスさんがチャレンジした。
〝レアリス:ヒト族 血液型:B型 状態:カフェインの摂りすぎ〟
レアリスさんも予想通りだ。職人気質だものね。あと、コーヒーは程々にね。
そして王子の番になった。
〝オーレリアン:ヒト族 血液型:AB型 状態:尿酸値が高め〟
「何だよ、この尿酸値って」
問いかける王子に、私と有紗ちゃんは、何も言えずに沈黙した。
……王子、痛風に気を付けてね。取りあえず、ビールは禁止で。
ガーンとショックを受ける王子を尻目に、みんなの結果を見たお母さまが、私たちが止める間もなく、スパッとやってポタってした。
〝リュシー:ヒト族(?) 血液型:B型 状態:人間離れしている〟
あらあら、と結果を見てお母さまが喜んだ。……状態って健康状態ばかりじゃないようだ。
スキルさんも種族の判定に迷う結果に、お母さま以外が納得しつつも居たたまれない想いを抱く中、私の背後にのそりと忍び寄る白い影があった。
『私抜きで、何やら面白いことをやっているようだな』
私の頭に顎を乗せて、スキル画面を覗いているのはお父さんだ。
せめてお家の中でやれば良かったと、後悔しても遅かった。
「お断りします」
『まだ何も言っておらぬだろうが』
絶対やるってことでしょ?
それにお父さんの血液なんて収納に入れたら、絶対レジェンド素材で、鑑定が恐ろしいことになるもの。断固拒否!
『おのれ、スキルめ。詳細鑑定などせねば良いものを。使えぬな』
お父さんが呪詛を吐いて私のスキルをディスっていると、突然〝ピロリーン〟とお知らせが入った。一斉に私に視線が集まる。
私はブンブンともげそうなほど首を振ったけど、王子も首を振って私の意見は却下された。泣いてもいいかな?
〝お知らせ:鑑定内容を選択できるようになりました。素材鑑定ON/OFF〟
「「「……監視されてる……」」」
王子とユーシスさんと有紗ちゃんの声が、またシンクロした。
『ワハハハハ。話の分かるスキルではないか!さっそくやるぞ、ハル!』
そう言って、とても愉快そうに風の魔法で肉球をスパッとすると、意気揚々と収納口にぽたりと血を垂らした。
そしてすぐに出てきた選択画面で、素材鑑定をオフにした。
ワクワクとするお父さんとお母さまが身を乗り出す中、すぐに鑑定結果が出る。
〝フェンリル:魔狼 血液型:始祖型 状態:アホ〟
『何故だぁぁぁぁl!!!』
どうやら、スキルさんはお父さんのディスリにご立腹だったようです。
でも、お父さん以外、満場一致で納得の正確な結果に、全員がスキルさんにサムズアップで「いいね」を送った。
何故、セクハラから始まってしまったのか。自分でも謎です。
でも、アフロでも良かったとは思っています。
ちなみに、主人公は牡羊座、聖女は射手座です。
作者は、星座・血液型診断は、いいとこだけ信じます。




