91 お父さん、ビフォーアフター
朝、ぎっくり腰になって投稿が危ぶまれましたが、何とか投稿できました。
そのせいか、内容がうっすいです。
お父さん、華麗なる変身を遂げる、そんな1話です。
目覚めは最高だった。セリカを発つ前日はほぼ眠れなかったから、昨日の夜は本当に気絶するように眠れた。
……多分、疲れてたんだと思うんだ。
「おはよう、ハル」
「……」
朝目覚めて、身支度を整えて、部屋を出た所でユーシスさんとばったり出くわした。
最後の記憶の断片で、私は思わず固まってしまった。
『元気になったか?』
ん?ガルの声?よくよくユーシスさんを見てみたら、何故かガルを右脇に抱えている。
「ガル君、どうしたの?」
『我々は、昨夜、熱い夜を過ごした』『語弊があるな!』
と、今度はユーシスさんの肩から、ひょっこり顔を出したのは玄武さんだった。
どうやらユーシスさんのお部屋にお泊りしたみたいだけど、いつからみんな仲良しになったの?
『まあ、四人でいろいろとな』
ガルが言う四人って、玄武のメイさん、クロさん、ガル、ユーシスさんのことだよね。この四人で、一体なにをしてたんだろう。
『まさか、騎士の尻が狙われるとは……』『語弊生む気満々だな!』
え?ユーシスさんのお尻?狙われる?誰に!?
私は思わず手で口を押えて、バッとユーシスさんを見た。
「ハル、何を考えているのかな?」
ユーシスさんが笑顔でコテンと首を傾げた。大人の男性がやっても可愛らしい仕草なのに、何故か寒気を感じる。
『ハル、胸筋男の名誉のために言うが、違うぞ』
クロさんが疲れたように言う。
『ああ、人間の騎士が不埒だったんで、俺が尻を噛んだ』
『……胸筋男の名誉、全然守れねぇな』
ガルがあっさりと暴露し、クロさんが呟いた。ガル君、難しい言葉知ってるんだね。
お尻ってあれだ。イリアス殿下がガルに厳罰予告されていたヤツだ。
でも、不埒って、イリアス殿下も免れた厳罰を受けるようなこと、いったいユーシスさんは何をしたんだろう。
「朝食の用意ができている。さあ、食堂へ行こう」
何事も無かったかのように、ユーシスさんは目も眩みそうな爽やかな朝に相応しい笑顔になった。それで、何も聞いてはいけないような、そんな空気を感じた。
私は無言で頷いて、ユーシスさんのあとについて行った。いつも綺麗なユーシスさんの歩く姿勢が、今日は心なしか、左側を庇うように見える。
後で、ポーションを渡しとこう。
食堂に着くと、みんなが集まりだした。ガルたちや玄武さんは、専用の椅子に座って私たちと目線が合うようにしてくれている。気配りが行き届いているね。
「おはよう、ハル。ああ、昨日は良く眠れたみたいだね」
食堂の奥の席にはユーシスさんのお母様がいらっしゃった。何故か私はその隣に座るよう指定される。
お誕生席に御当主のお父様、お母様がお父様から見て右側の角席、ユーシスさんがその向かいで、その隣にダリルくん、イーデンくんと並んで、最後にフィオナちゃんだ。で、後から来たレアリスさんをフィオナちゃんは隣に座らせた。仲良しさんだね。
お母様側には女性が並んでいて、私、有紗ちゃん、リウィアさん、セシルさんの順だ。最初セシルさんはユーシスさんの席に通されたけど、「可愛い男の子を眺められる席がいいわ」と言って、今の席になった。ユーシスさんが弟さんたちを隠そうとしたら、「冗談よ」とセシルさんは笑ったけど、しばらくユーシスさんの目は不信感を湛えていたよ。
そんなやり取りもあったけど、美味しい朝食に舌鼓を打って、和やかさを取り戻した。
その後、場所をサロンのような場所に変えて、和気あいあいとみんなで食後のお茶を飲んでいた時だった。
ガルが急に、パタパタと耳を動かした。その後、コンコンとドアをノックする音がした。
「旦那様、お食事中失礼いたします」
そう言って慌ただしくやって来たのは、見るからに執事っぽいシュッとした感じの五十歳くらいの男性だった。白髪が良い感じで口ひげがお上品な感じだ。
「執事かな?」「執事よ」「セバスチャンかな?」「絶対セバスチャンよ」
私と有紗ちゃんが、小声で話し合いをした。日本人の共通認識だ。
「どうしたんだ、アルバート。珍しく慌てているね」
旦那様と呼ばれたユーシスさんのお父さんが尋ねる。アルバートさんだったぁ!
「ん?ハル、アリサ様。何か落ち込んでいるようですが」
同時に項垂れた私たちを見て、ユーシスさんが心配そうに聞いてきた。
「「……私たち、夢を見ていました」」
「……そう、か」
何も聞かずにいてくれたユーシスさんだったけど、その場は軽く緊張した空気になって、セバス……アルバートさんの言葉を待った。お茶請けのマドレーヌみたいなお菓子を食べさせっこしているレアリスさんとフィオナちゃん、子供たちと玄武さんを除いて。
「それが、正門の前に、その、第三王子殿下と、フェ……」
「「「「「「フェ?」」」」」」
「フェンリルが、ユーシス様をお待ちでございます」
『……やっぱり……』
お、お父さんんんん!!??
どうやらガルは気付いたみたいだったけど、スコルもハティも玄武さんも何も言わなかったから油断していた。
セバス……アルバートさんが言うには、正面の門に急に白い魔獣が空から『ごめんくださぁい』と現れた、と門番から報告を受けたので行ってみると、大きな魔獣が行儀よくお座りしていて、後ろから第三王子が疲れた顔でユーシスさんに取次ぎを願ったそうな。
……で、なんでお父さんは「ごめんください」ってあいさつを知ってるんだろう。
「あ、それ、ハルたちがセリカに行っている間に、私がフェンリルに教えたの。よそのお宅にお邪魔する時は、挨拶をちゃんとして、入れてくれるのを待つのよ、って」
有紗ちゃん。あのお父さんを躾けたのって、ある意味凄いね。王宮の結界破って入った時にしこたま怒られたから、どうやらお父さんも反省していたらしい。
でも、それって結果、良かったのかな?そもそも訪問しちゃダメな気がするよ。
「うん。国王陛下が仰った頭痛の種というのはこれか」
『なんか、悪いな』
お母様がしみじみと呟いたのに、ガルが謝った。ガルのせいじゃないよ。
そんなこんなで、私たちはみんなで正門に向かった。
そこには、私設兵団と門衛の人たちが遠巻きに様子を窺っていて、その視線の先には綺麗な姿勢でお座りをしたお父さんと、何故か地面に体育座りをする王子がいた。
『お、ハル!戻って来たぞ!』
私に向かって声を掛けて、お父さんの尻尾がぶんぶんと激しく揺れた。セリカからの道のりを一昼夜で走破したみたいだけど、物凄い元気だ。
私設兵団とか門衛の人たちとかが、一斉に私を見た。いや、私の指示ではないです!
ここは王都の一等地だ。隣家との距離は相当あるけど、目撃者がゼロということは絶対に無い。きっと、フォルセリア家に変な魔獣が来たって相当ざわつくことになる。
「申し訳ございませんでした!!」
とりあえず、ありったけの謝意を絞り出して、心から謝っておいた。
私が兵士や門衛のみなさんやフォルセリア家の人たちに謝り倒していたうしろで、地面にへたった王子に、ユーシスさんが「殿下ぁ!」と跪いて声を掛けていた。
「……ユーシス、俺は、戦士の魂の国を見たんだ……」
「殿下、お気を確かに!殿下は生きておられます!」
王子は、一瞬死後の世界を垣間見たようだ。ユーシスさんが正気付かせるため、王子の肩をガッと掴んだ。
『情けないな、オーレリアン。あんなに私の背に乗りたがっていたではないか』
「俺は!地上をカッコよく走りたかったんだ!断じて、空から落下したかったんじゃない!!」
ああ、きっと王子は、王宮からお父さんに拉致されて来たんだ。念願のフェンリルライダーになれたけど、思ってたのと違ったんだね。
多分、パラシュートなしのスカイダイビングか、安全装置なしのジェットコースターに乗ったようなものだったんだろう。ご愁傷様です。
『まったく、フェンリルは人騒がせ』『お前が言うな!』
やれやれといった感じでメイさんがため息を吐いて言ったのを、クロさんがツッコむ。この夫婦ももはや様式美だ。
『全然違う。私は人の目につかずに潜入した。フェンリルのように馬鹿目立つことはしない』
『何をぅ!私とて、変化の能力があれば……』
馬鹿を強調するメイさんに、お父さんが食って掛かろうとして、ふと何かに思い当たったようだ。
『そうだ、お主ら、確か幼体化は初代の聖女に術式を組んでもらったと言っておっただろう。私にもやってくれ!』
何やらお父さんの目がキランと光った。確かに、玄武さんの大きさが変わる時って、「へんしん!」って言ってたから、夕奈さんが噛んでるのは間違いないけど……。
『馬鹿。あれは元々我らに変化の能力があるからできた術だ、馬鹿』
メイさんが丁寧に二回「馬鹿」と言った。それにお父さんがシュンとなる。
っていうか、元々変身能力があるんだ。何でも、玄天上帝という人型になれるんだって。見たい!
あれ?でも人型になれるなら、なんでタコヤキの時にマヨネーズの蓋とか青のりが開けられなかったんだろう。
まあ、それは置いといて、見たい!
『我らの変化が見たいのか、ハル』
「是非!」
私が力んで言うと、メイさんがふふん、と得意げに笑った。
『特別。見せてやる』『……しゃーないな』
クロさんもふうと溜息を吐きながらもやってくれるようだ。人間組は、門衛さんまで全員固唾を飲んでそれを見守った。
小さいバージョンになる時と違って、元々の能力のためか、特に呪文とかもなく、不意に玄武さんの姿が揺らいだ。そしてそれはすぐに別の形を取る。
二十代後半くらいの、艶やかで真っ直ぐな黒髪を膝くらいまで伸ばした、ハッとするくらい美しい女性とも男性とも取れる中性的で華奢な…………手のひらサイズの人間になった。
「ちっさ!」
秒で発せられた王子の渾身のツッコミ。うん。多分、ここにいる全員そう思った。
『『うるさい、レンダールの王族!』』
声は、大きくなったメイさんとクロさんの美声を合わせた二重音声みたいだった。
そっか、このサイズなら、あの蓋とか開けられないよね。納得した。
気分を害した玄武さんは、すぐにボワンと元の小さい魔獣姿に戻ってしまった。
『ぬぬぅ、お主だけ、そんなに変化できてズルいぞ!カッコいいではないか!』
お父さんは謎の悔しがり方をしている。でも、それを聞いた玄武さんは、何故だかちょっと嬉しそうにしていた。お父さんにカッコいいって言われたのが結構響いたみたい。
『正直なフェンリルに免じて、術を試してやってもいい』『失敗の予感しかないがな』
上機嫌なメイさんに、クロさんが冷静に相の手を入れるけど、駄目じゃないっぽい。
『おお!是非頼む!』
と、こうして、世紀の大実験が始まろうとしていた。
地面に術式の魔法陣を書くらしく、みんなで芝生の方へ移動した。え?いいの?こんな綺麗なお庭に書いて。
「ねえ、フェンリルが変身するとどうなると思う?」
「玄武様があれだけの美形になったから、フェンリルも絶世の美青年になるんじゃない?」
「それは是が非でも見たいな」
有紗ちゃんが何気なく問い掛けたら、セシルさんがキャッキャとはしゃいで、それにユーシスさんのお母様が賛同なさった。
まあ、声だけ聴けば、お父さんは今まで聞いたことも無いくらいの美声だからね。
何故かその女性陣のはしゃぎように、男性陣の方から「チッ」と舌打ちが聞こえた。王子の方からと、……ユーシスさんのお父様の方から聞こえたような。気のせい?
陣を書き始めた時、メイさんがクロさんの首を口で押さえて、クロさんの頭で陣を書こうとして、『痛ででで!自分の爪で書けや!』『汚れる』という攻防があったので、兵士のお一人が軽い短剣を鞘ごと貸してくれたよ。それをメイさんが咥えて陣を書いた。
お父さんがすっぽり入るくらいの大きな円に、不思議な模様と「変身」という日本語が書かれた。なんか見たことある。ああ、夕奈さんの呪文だものね。
『出来た。やってみるといい、フェンリル。命の保証はしないけど』
『よし、やるぞ!』
「お父さん!?」
今、命の保証はしないってポロッとメイさんが言ったよ!?それなのに、お父さんはぴょーんと陣の中に入ってしまい、躊躇なく意気揚々と『へんしん』と唱えた。
一瞬、辺りがぱぁっと明るくなるエフェクトが発生した。そして、その光が収まると、そこにいつものお父さんの姿はなかった。
『フッ、成功』
「え?美青年になった?」
私が思わず声を上げると、下の方から「キャン」と可愛らしい声がした。
よくよく見ると、そこには、ふわふわとした真っ白な、…………スピッツの仔犬?
「人間じゃないのか」
レアリスさんの至極普通なツッコミが、却ってキレ良く感じた。
そう言えば、玄武さんは一言も「人間になる」とは言ってないし、お父さんも「幼体化」って言ってた。
ちょっとしたガッカリ感が漂ったけど、でもちょこちょこと私の所に歩いてきたお父さんを見て、そんなのは完全に吹き飛んだ。
『ハル?』
両手で胴が回っちゃうくらいの大きさで、わたあめみたいにふわふわでころころしてて、ちょこんと足が生えてて、くりくりの青いおめめが私を見上げて名前を呼んだ。可愛い赤ちゃんぽい声だ。
「ふぐぅ!可愛い!!」
思わず私が抱き締めると、『ワハハハ。どうだ、私のカワユさは!』と高笑いが聞こえた。ちょっとお父さんであることを思い出してしまって引いたけど、でも、それを補って余りある可愛さ!
ああ、ハティとも違う、完全な仔犬のふわふわさ!
一しきり撫でまわした後、ふと我に返ったら、周りの人たちが温い目で私を見ていた。
……完全に自分を見失っていました。
『まだだ!』と駄々をこねるお父さんをそっと放すと、今度は王子が地面に膝を突いて、両手を広げて待ち構えた。
「よし、来い、フェンリル!」
『誰が行くか!』
「そんなこと言うなよぉ」
王子が壊れた。
ガシッとお父さんを両手で掴むと、自分の顔の高さまで持ち上げたと思ったら、徐にお腹に顔を埋めてすりすりしながら匂いを吸っていた。そういえば、無類の犬好きだったものね。
『や、やめろ、オーレリアン!な、何故だ!術が何も発動せん!』
焦ったお父さんの声がする。どうやら術で王子から逃げようとしたけど、魔法が何も発動しなかったみたいだ。
『言い忘れてた。幼体化すると、全能力が使えなくなる』
『それを早く言え、玄武!』
お父さんの象徴色の黒靴下が無いと思ったら、そういう事だったのか。
『放せ、オーレリアン!私は子供たちと一緒に、ハルに風呂とやらで洗ってもらうために幼体化したのだ!』
ん?なんかお父さんが、聞き捨てならないことを口走ったような……?
「ふふふ、フェンリル。風呂ならば、私が一緒に入って洗って差し上げますよ?」
横からユーシスさんの優しい声が聞こえた。いや、でもなんか目が笑ってない。
『いや、私はハルと……』
「大丈夫だ、フェンリル。俺も一緒に入って洗ってやる。で、一緒に寝ような」
『キャン!』
そう言って王子は、今度はお父さんの顔にほっぺを付けてスリスリした。
王子が完全に壊れた。
まるで、王子のお母さまがお父さんにプロポーズした時を彷彿とさせる壊れ具合だ。
お父さんの絶望の鳴き声が、フォルセリア家の庭園に響いた。
そうして、お父さんを構い倒した王子は、ツヤツヤ顔で満足したけど、後には屍のようになったお父さんの姿があった。
お風呂に入る前にお父さんは元の姿に戻り、それ以降しばらくの間、お父さんが王子のいう事を素直に聞くようになったのは、まあ、どうでもいいお話です。
お父さんの人化を期待された方は、登場人物たちと同じく、さぞがっかりされたかと思います。
謹んでお詫び申し上げます。
お父さんの変身は、亀と蛇を出そうと思った時から考えていましたが、「顔が美青年、体が犬」になるのは何とか阻止しました。それだけは、自分を褒めたいと思いました。
そんな訳で、不定期更新の予感を抱えつつ、また来週投稿でけいるよう頑張ります!




