90 ……信じさせて
やっほー
真面目回だよ!
R6.5.18 幼女関連を直しました。
フェンリル一家と玄武さんが突撃訪問しても、全く動じなかったフォルセリア一家。
現在、フォルセリア家のタウンハウスには、ご両親と十歳のフィオナちゃんの他、十二歳のイーデンくんと十五歳のダリルくんがいる。
他に、子爵家を継ぐ予定のユーシスさんのお兄さんルーファスさんとそのお嫁さん、二十一歳のデリスさんとそのお嫁さんがいるけど、その人たちは領地にいるらしい。
ユーシスさんの弟さん、結婚していたんだね。
フィオナちゃんとダリルくんはユーシスさんと似ているからお母様似で、お兄さんのルーファスさんとすぐ下の弟さんのデリスさん、イーデンくんはお父様似とのこと。確かにダリルくんは、ユーシスさんの細身のミニチュア版みたいだ。
男兄弟五人で、どうやらフィオナちゃんは待望の女の子だったようだ。三十代にしか見えないけど、お母さまは現在四十七歳。この世界で三十後半の出産。お母様、頑張りましたね。
「キースがどうしても女の子が欲しいと言うから」
「アマーリアに似た女の子がこの世にいないなんて、損失以外の何物でもないですからね」
と、新婚ですか?というくらい仲のいいご両親に、ユーシスさんが苦笑していた。フィオナちゃん、ユーシスさんの娘でもおかしくない年齢だものね。
何でも、両家の領地はびっくりするぐらい遠いから、それまで交流はほとんどなかったけど、王都の社交でお母様に一目惚れしたお父様が、略奪するようにお母様を嫁に迎えたらしいです。「キースは腹黒いからね。気付いたら連れ去られて結婚してた」と朗らかに笑っていらした。
犯罪スレスレの行為を溺愛で家庭円満に持って行ったお父様が凄いのか、それを朗らかに受け止めるお母様が凄いのか。
セシルさんは「あらぁ」と言って微笑み、レアリスさんは我関せずと言ったていでお茶を飲み(多分コーヒー飲みたいと思ってるんだろうなぁ)、ユーシスさんに抱っこされたままの玄武さんはお菓子の給仕を受けてご満悦で聞いていないようだ。『胸囲は可愛くないけど、お前、なかなかいい』と玄武のメイさんはユーシスさんを褒めて、『お前はいい加減、男の胸囲から離れろ!』と玄武のクロさんがツッコんでいる。
そして、我々女性陣は若干無の境地を垣間見る心境になっていた、そんな夏の爽やかな風が渡る午後でした。
ああ、広いお庭でガルたちとフライングディスクで遊んでくれているダリルくんとイーデンくんの笑い声が聞こえる。平和だなぁ。
そんな歓迎の簡易的なお茶会をしていたのだけれど、優雅にお茶とお菓子をいただいていた小さなレディが、「それで」と言って、コツンとも音を立てずにカップをソーサーに置いた。大変お美しい所作です。
「この中の誰が、ユーシスお兄さまのお相手なの?」
「ぶっ」
危うくお茶を吹きそうになりました。
「こら。お客様に失礼だぞ」
来ると思ってました。兄が自宅に女性を招いたら、大体そう聞きますよね。興味津々なフィオナちゃんに、ユーシスさんが叱るように言う。
「私ではない」
いの一番に、キリッとした顔で手を挙げて否定したのがレアリスさんだった。
「この中って言っても、あなたじゃないのは分かっているわ、レアリス」
冷静にフィオナちゃんが切り返す。ちょっと顔がスンとしている。
「あたしも違うけど、やぶさかでないわ。ねえ、フォルセリア卿!」
続いてセシルさんも手を挙げて宣言した。ユーシスさんが笑顔で不動になる。
「セシル様がどのような道を歩んでも応援します。でもそれは、今ではないわ!」
ピシッとセシルさんにも大人な対応で突っ込む。本当に十歳ですか?
でも、ソファから足が床につかない所を見て、やっぱり十歳なんだとほっこりする。
「後の方たちは……」
「「「違います」」」
女性陣全員、声が揃ってしまった。
有紗ちゃんやリウィアさんならともかく、私みたいな地味な人間がユーシスさんの隣に並んだら、フレンチフルコースの隣にもやし炒めが並んでいるようなものだ。もやし炒め美味しいけど。
「ほら。もうこの話はおしまいだ、フィオ」
「そうよ、フィオナちゃん。これ以上は虚しくなるだけよ、お兄さんが」
ユーシスさんが諭すと、フィオナちゃんはちょっと不満げだったけど、セシルさんが一言添えたら、何かを察した顔になって頷いた十歳。
またユーシスさんの笑顔が動かなくなり、突然ユーシスさんが両手で持っていた玄武のメイさんが『痛い、え、痛いんだけど?』と訴えていた。どうやらユーシスさんの手に力が入ったようだった。メイさんがユーシスさんの腹筋を後ろ脚で蹴って、なんとかその手の中から逃れた。一方、ユーシスさんはノーダメージだ。
『一瞬、お花畑が見えた……』『胸筋男!お前、本当に人間か!?』
ぐったりとしたメイさんと、ユーシスさんにツッコむクロさん。玄武さんって、確か世界最高の防御力なんじゃなかったっけ、ユーシスさん?
そんな私たちをニコニコとして眺めるお父様、感心したように息子の握力を確かめるお母様。何故か楽しそうなお二人に、クロさんが『自分の息子、思いっきり貶されてたけど、いいんか?』と真剣に尋ねていた。「「全然大丈夫」」と声を揃えて答えが返って来たよ。
ユーシスさんの人格形成がどのようにして成されたか、痛いほど分かってしまった。
その後、みんなでお庭でフライングディスクに参加して、いい汗かいたよ。私以外。
ユーシスさんとレアリスさんは何かを察し、私がこれに参加するのを止めたんだけど。
何故か、私のディスクだけ、投げると九十度横に飛ぶ。しかも地面に叩きつけられる。
そして、壊死している私の運動神経は、見事に私の足を絡ませて、私を地面に転倒させた。顔から行ったけど、柔らかい芝生で良かった。
左のほっぺと鼻を擦りむいた私は、特に私の怪我に過剰反応を示すようになったユーシスさんに、応急でポーション治療を施されると、客室に抱えられて閉じ込められ、お医者さんの診察を受けさせられました。睡眠薬事件とか人質事件とかがあって、私の怪我が相当なトラウマになったっぽいです。
でも、弟さんたちがガルたちとじゃれて、私より盛大にコケても「気を付けろ」と言っただけで済ませたのにね。
最後に、自分の運動神経の無さを全く分かってないと、ベッドに簀巻きのように拘束されて寝かされ、こっぴどく怒られてしまった。
おかしいなぁ。セリカへの旅で、随分動けるようになったと思ったんだけど。
で、絶対安静を言い渡されて、ひと眠りさせられました。セリカから帰ったばかりで、確かに疲れていたからぐっすり眠ってしまって、気付いたら部屋は真っ暗だった。
お医者さんもただのかすり傷と太鼓判を押してくれた私の健康体は、すぐに「ぐぅう」とお腹が鳴って空腹を知らせてくれた。寝起きでお腹鳴るとか、乙女としてどうなの?
ナイトテーブルっぽい所にあったランプを点けて、簡単に身支度を整えようとベッドを降りようとした時だった。コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
眠る前にずっと居座ろうとした男性陣は追い出されて、お母様に入室禁止令を出されたので、有紗ちゃんかリウィアさんが来てくれたのかな?
「起きてるかな?」
「あ、は、はい!」
ドアの向こうから聞こえたのは、なんとユーシスさんのお母様だった。私は慌ててドアに飛びつくと、内開きのドアをそっと開けた。そこには、輝かんばかりの笑顔のお母様がいた。
「良かった。顔色も良さそう。お腹が空いたんじゃないかと思って、持って来たんだ」
そう言って、ワゴンみたいなのを中に入れた。その上には、湯気の立ったポタージュスープとパン、鶏肉のコンフィのようなものとローストした野菜にソースが掛かったものだ。
そして、蒸留酒っぽい瓶におつまみになりそうなハムやチーズやナッツが!
「あなたは結構好きだって聞いたんだけど、一緒に付き合ってくれない?」
「はい、喜んで!」
ああ、本物の女神様はここにおわしたんですね。
手を握らんばかりの私に、お母様はクスッと笑って、テキパキと部屋の丸テーブルに食事を並べて下さった。美味しそう。
私たちは向かい合って座ると、お母様が私に食事を勧めてくださったので、スープから手を付けた。空きっ腹にスープの温かさが沁みた。それが呼び水になって、私はパクパクと食事を平らげていった。さすが、国でも指折りの名門だ。全部美味しかった。
私が食事を食べ終わるのを見ると、お母様がお酒をグラスに注いでくれた。ロックで飲むのに氷を入れてあったみたい。夏だから氷は貴重だけど、魔石で用意してくれたのかなと恐縮していたら、なんとお母様が魔法で作ったと言っていた。
お母様は、魔物討伐の遠征に出かけると聞いていたけど、主軸は魔法のようで、セシルさんほどではないけど、強い治癒魔法を使えるんだって。
でも、武門の出だから、武器も一通り使えるようだ。ユーシスさんに剣を教えたのはお母様なんだって。
ユーシスさんは、兄弟の中でも群を抜いて武術の才があって、国の英雄と呼ばれたお祖父様、つまりお母様のお父様に一番似ているらしい。お父様の商才はお兄さんのルーファスさんが受け継いだらしく、ユーシスさんは早いうちから家をお兄さんに任せて、騎士になることに専念していたみたい。
私がお母さまの話を頷きながら聞いていると、ふと目を細めて私に「ハル、と呼んでもいいかな」と尋ねた。もちろん嫌なはずもなく、私は二つ返事でOKしたよ。
「ハル。あの子は、ちゃんとあなたの役に立っている?」
テーブルに頬杖を突いて私に聞いてきた。そんな姿勢でもお母様はとっても綺麗だ。
あの子って、多分ユーシスさんだよね。ちょっと、違和感が……。
「役に立っているなんて、本当にユーシスさんには感謝してもしきれないくらい良くしていただいています」
私がこの世界に召喚された時に、初めて手を差し伸べてくれた人だったこと、この世界に疎い私が不自由しないように支えてくれたこと、行方不明になった時は、再会した時に涙を浮かべる程心配してくれたこと、ベースキャンプもセリカへの道中でも、ずっと私を気遣って側にいてくれたことを話した。
それで、今日あんなに過保護だった理由が、恐らく行方不明になったことと、睡眠薬事件が尾を引いていると思われることを伝えた。
「そう。あの子、あなたにはそんな顔を見せるのね」
ポツリと、お母様が感慨深そうにそう言った。
「あの子はね、親の私が言うのもなんだけど、家柄も良くて能力もあって、容姿も良いでしょ?」
「……まったくおっしゃるとおりです」
お母様のそれは、全然自慢じゃなくて、淡々と事実を述べている様子だった。
「だからね、あの子は、近衛を目指すようになるまで、物凄く傲慢な子だった。あのキースの息子だから、絶対周囲には分からないようにしていたけど」
思わぬ形で、自分の息子さんを貶し始めた。いや、あれだけのスペックなら、それは鼻に掛けても仕方ないと思いますよ。
「何でも人並み以上にこなせて、人当たりも良さそうに見せかけられるし、あの子の周りにはいつだって男女問わず人が集まっていたなぁ。騎士になってからも同じで、騎士団内では早くから頭角を現した逸材だって言われたし」
当時の騎士団長が、お母様のお父様に教えを受けた人で、お母様とはいわば兄弟子みたいな人だったから、色々なことがお母様の耳に入っていたみたい。
「ただ、団長から見たら、自分よりも能力の低い上官には付きたくない、っていうのが透けて見えて、クソ生意気だったって。祖父が英雄なんって呼ばれていたから、余計気位が高くなったのね」
お母様の言うユーシスさん像は、今のあの人からはまったく想像がつかなかった。
たまに恐い時もあるけど、ユーシスさんは基本的に他人をとても尊重する人だ。でなければ、この世界に召喚されたばかりの、役に立つかも分からないお荷物な私は、もっと早くに王宮から放り出されていただろうから。
「うん、そうだね。親の目から見ても、成長したと思う。でもそれは、あの子の高かった矜持を折る出来事が起きたからなんだ」
十八で騎士になったユーシスさんは、その高い能力を買われて、十代では滅多に選ばれない魔物討伐の精鋭になった。攻略の難しい場所や、大物の魔物が現れるとその任に当たる、エリート中のエリートがなる部隊だったみたいだ。
そして、ユーシスさんが十九歳の時に、その事件が起きた。
私たちもセリカ入り前に襲撃を受けた、魔物化した竜族の出現に当たったそうだ。それも、飛竜が魔物化した無慈悲と死霊化した悪夢の二体も。
「運が無かったとしか言いようが無いんだけど、自分の力が全く及ばないという事態に生まれて初めて遭遇して、自分ともう一人を残して、それも若い自分を庇うようにして目の前で部隊が全滅してしまい、心が折れてしまったの」
何とか悪夢は他の隊員たちが倒したけど、まだ無慈悲が残っていて、ユーシスさんも重傷を負って死を覚悟したそうだ。
私たちが無慈悲に遭遇した時と似た状況だったから、比べ物にもならないけど、そのユーシスさんの絶望が少し分かるような気がした。
ああ、あの時の、クルーエルを前にしてユーシスさんが浮かべた表情は、私が感じた覚悟よりも、ずっと深く重いものだったんだ。
だけど、その時に、奇跡が起きた。
「遅れて到着した、当時まだ十二歳だったオーレリアン殿下が、その類稀な魔術をもって、無慈悲を討ち果たした。聖女が残したという流星の魔術で、まるで満天の星が落ちて来たかのようだったと」
それはどんな光景だったんだろう。天が落ちて来るなんて、この世の終わりの光景でしかないと思うけど、ユーシスさんの目には眩く映ったのだろうか。
ユーシスさんは、それから絶対的な忠誠を王子に誓ったって。
「そうして救われたあの子は、ただひたすら、オーレリアン殿下の側に居るためだけに腕を磨いて、あの方の隣に立つ地位を手に入れた。オーレリアン殿下の出自から、あの方は周りから孤立していたけど、それだけに、側にいるにはより強い力や地位が必要だった。今の副長の地位をもらったのも、オーレリアン殿下から離れないための人事権があったから」
確かに、イリアス殿下には、アズレイドさん以外にも近衛騎士が複数いたけど、王子にはユーシスさんだけだった。
「あの子のあの献身を、人は忠誠と言うけれど、私にはそうは見えない」
お母様は、強すぎる忠誠は「依存」と同じだと言う。
「何でも度を越せば毒となる。あの子は、周りからはとても強い人間に見えるかもしれないけど、支えが無いととても脆い部分がある人間なの。その支えであるオーレリアン殿下を失えば、もう二度と立ち上がれなくなる。そう思っていた」
そう言ってお母様は、私を見つめた。
「今日、怪我をしたあなたにユーシスが見せた姿は、オーレリアン殿下へのものと同じものを感じた。ユーシスは、忠誠とは違うけど、きっとあなたにも同じような想いを抱いてる」
琥珀色の蒸留酒を、お母様は静かに呷った。
「それが、支えが増えてユーシスを強くしてくれることなのか、それとも弱い部分が増えたのか、私には分からないけれど……」
女性にしては少し大きめの手が私の頭を撫でた。
「ただ、あなたたちには、必ず無事でいて欲しいと思うの」
ユーシスが折れないためではなく、ね。と、お母様は笑った。
そうして話をしているうちに、お酒は無くなってしまって、お母様は自室へと帰っていった。
口の中には、お酒とは違ったほろ苦さがあるように思えて、少し歩きたくなった。
廊下は遅い時間のためか、人の気配はなかった。
でも少し歩くと、応接室のようなソファが据えられている部屋から灯りが漏れていた。そこを覗くと、お母様と飲んだのと同じと思われるお酒を一人で飲んでいるユーシスさんがいた。
その姿が、さっきお母様が言っていた、強くないユーシスさんを思い出させて、胸が詰まった。
「ハル。まだ寝ていなかったのか」
心の準備が出来ていないのに、ユーシスさんに気付かれてしまった。私は一回大きく息を吸うと、ユーシスさんに近付いて行った。
何か、言葉にしなくちゃダメだと思ったから。
「あの!私、鈍くさいので、これからもいっぱい怪我をするかもしれません!」
ソファに座ったユーシスさんを見下ろしながら、突然強い声を出した私に、ユーシスさんは目を大きくした。
「でも、大丈夫ですから!何がどう大丈夫か分からないですけど!」
どうしたら伝わるだろう。どうしたら、ユーシスさんの不安を取り除けるだろう。
「ユーシスさんの目の前から、勝手にいなくなったりしません。信じてください」
頑張って断言したよ。
「信じて」なんて、言葉にするととっても陳腐で詐欺師みたいな言い方だけど、でも嘘じゃないよ。
ユーシスさんの緑色の目を見つめたら、ぐいと腕を引っ張られた。気付けば、ユーシスさんの腕の中にいた。ユーシスさんの柔らかい髪が、私の頬をくすぐる。
「ハル。ハル」
耳元でユーシスさんの声が聞こえた。その声が少し掠れている。
しばらくしてユーシスさんが離れると、今度は頬が手のひらで包まれた。
「……君を信じさせて」
甘く蕩けるような微笑みを乗せて、ユーシスさんの顔がまた近付いた。
でも今度は、私の頬に温かい何かが押し当てられ、軽い音を伴って離れた。
そこからは、私の記憶はブラックアウトし、気付けば一人、自分のベッドで朝を迎えていた。
な、何が起こったぁぁぁ!?
そんな訳で、「ユーシスの初期設定やっと出せたよ」第二弾をお送りしました。
何、お前、そんな過去あったの?的なヤツですが、作者が忘れないうちに書けて良かったです。
さあて、お次は、セリカに置いてきた問題犬が帰ってくるのか!?
本業が私を責めたてなければ、また頑張って来週更新します。
来週更新できなかったらごめんなさい!




