9 モフモフ兄妹が増えました
モフモフ追加
自称魔獣マーナガルムは、自然とうちに居ついてしまった。
名前はそのままだと長いので「ガルでいい?」と聞くと、あっさり「いいぞ」と返ってきた。名前ってそんなもんでいいんだ。
ガルは血でべっとり汚れていたので、うちにこのままでは入れられないので、思い切って簡易浴槽を交換してお風呂に入れることにした。折り畳み式の簡単なヤツだ。
問題はお湯だけど、なんとガルが魔法を使って沸かしてくれた。すごい便利!
で、何に使うか分かるとキャンキャン鳴いたけど、私は容赦なく風呂に入れた。
決め手は、「綺麗にしないと、もうご飯あげません」だった。
洗い終わると、ガルは一回りくらい小さくなった。それだけモフモフということだ。耳がシュンと折れ下がって、可哀想だが可愛い。
日本の方の薬品の中に、犬用シャンプーがあったので試しに買ってみたら結構綺麗になったよ。ついでに念願だった私のシャンプーも買った。今までは大量のお湯が作れなかったので、泣く泣くたらいにお湯を張って、ムクロジの実で洗っていた。
今夜は誰の目があっても、絶対お風呂に入るんだ!
というわけで、タオルドライをして焚火の前にガルを座らせておいたら、なんてことでしょう、フッサフッサのモッフモフの出来上がりだ。
洗ってみて気付いたのだが、ガルは足先だけ赤い。足首までの靴下を履いているようだ。
可愛さのあまり私が思わずギュってすると、それが気に入ったらしくて、私が椅子に座ると私の膝の上に乗るようになってしまった。ダメ、悶絶しそう。
可愛いは正義だから、多少足が痺れようとかまわない。
可愛いに犠牲はつきものだ。
そんなわけで、二人で寝そべりながらガルによるこの世界の魔獣事情の講義が始まった。
『そもそも、俺たち魔獣は最初からその種族として生まれるけど、魔物は違う。元々別の動物だったのが、悪い気を取り込んで違う生き物になるんだ』
だから個別の種族名は無く、総じて「魔物」と呼ぶしかなくなるらしい。
それで納得した。首から下げている魔よけの香草がどうりでガルには効かない訳だ。
ガルによると、この香草は魔物には確かに効くらしい。一安心だ。
ガルはフェンリルと呼ばれる最強部類の種族の一つで、マーナガルムはその長であるフェンリルの子供の内、一番強い個体が継ぐ名前らしい。その下に2匹(人?)、別の名前を継ぐ兄妹がいるみたいだ。名前を継がなかった個体はナイトウルフとして総括されるらしい。
「え?ガルってサモエドじゃなかったの?」
『なんだよ、サモエドって?俺たちは狼の一族だぞ』
新事実だ。てっきりモフモフの大型犬だと思っていたら、なんと狼だった。
しかも、よくよく聞いてみると、成体になれば馬より大きくなるらしい。ってことは、ガルはまだほんの子供だと言うことだ。そういえば、声は可愛いし、まだ牙が小さかったかも。
そっか。おっきくなったら、もう抱っこ出来ないんだな。今だってギリギリだ。
まだ出会って数時間だが、既に未来に想いを馳せてしんみりした。
「そうか。そうするとガルは強い子なんだね」
『そうだぞ。だから子分のお前を守ってやる』
「はいはい、ありがとう。頼りにしてるよ」
『お前、俺のこと信じてないな。ここら辺、魔物に囲まれてたんだぞ。それを俺が退治したんだからな』
そうか。だから魔物に出くわさなかったんだ。ただのラッキーじゃなかったんだね。
『まあ、なんかいっぱい魔除けがあったのもあるけど』
あの草、そんなに効果あったの?
ん?でもいっぱいはなかったけど?まあ、いいか。
だけど、ガルが戦ってくれたって……。
「もしかして、怪我したのってそのせい?」
『ん、まあ。ちょっと油断したっていうか……』
歯切れ悪くガルが言う。
『ここからいい匂いがしてきて、気を取られた……』
「私のせいじゃん!」
私はガルの首に抱き付いて「ごめんよ、ごめんよ」とひたすら謝った。
『でもお前が助けてくれた。人間の薬は良く効くけど、手に入れるのが難しいって父さんが言ってた。それを迷わずお前は使ってくれただろ?』
だから気にするなよ、とガルは言って、私のほっぺたをペロリと舐めた。
子供なのに、なんて男前なんだ。惚れるわ。ちなみにガルは男の子だ。
元々、この辺りはガルの縄張りで、魔物の駆除は日課だったらしい。魔物は放っておくと、例の「悪い気」が蔓延して生き物だけじゃなく、植物まで影響が出るようだ。2、3日前からこの周辺をパトロールしていたらしいんだけど、今日は運悪く私が放った飯テロで気が逸れてしまったということだ。
香草の力もあったけれど、これまで魔物に遭遇しなかったのは、ガルがせっせと駆除してくれていたからだと思うと、ご飯を食べさせてあげることなんて恩返しにもならないけど、精一杯美味しいものを食べさせてあげようと思う。
「じゃあ、お友達のしるしに、私のことは波瑠って呼んで」
『分かった。ハル!』
「はぁ、かわいい……」
追放された身で、私こんなに幸せでいいのかしら。
「ねえガル。今日のお夕飯は何がいい?」
『夕飯ってなんだ?』
どうやら魔獣は、食べられる時に食べるもので、決まった時間に食事はしないらしい。
私が朝昼晩と3回ご飯を食べるんだよ、と教えると、ガルは大喜びした。
『じゃあ、じゃあ、さっき食べた肉みたいのがいい!』
「そっか。それなら、少しアレンジして、ハムステーキとクラムチャウダーにしよう」
白いガルを見ていたら、なんだか白いものが食べたくなった。あと、朝食用にと交換したハムエッグ用のボンレスハム(塊)があったので、それで決まりだ。
『何だか分かんないけど、それでいい!』
もう素直で可愛くて思わず頬ずりしてしまったわ。
そうして、午後は少しお昼寝をして、夕食はステーキ祭りだった。ガルはステーキもクラムチャウダーも2回おかわりしてたよ。
あと、念願のお風呂にも入れた。
やっぱりお風呂サイコー!
お腹いっぱいで、さっぱりと清潔になって、お布団にはガルと一緒に入って、この世界に来て初めて楽しいと思った。
ガルが来てから3日が経った。
日課としてガルは午前中をパトロールに費やす。そして午後は私とまったり過ごすんだ。
小春日和が続いていたので、私とガルは、庭にアウトドアチェアを出して、日向ぼっこしながらお昼寝していた。
相変わらずガルは、私の膝の上に乗っている。ちょっと重いけど、それがまた何とは無い幸せな感じがする。
ぴすーぴすーと鼻が鳴っている音が、また可愛いなぁと観察していると、急に耳がぴくぴくと動き出した。
ガバッと頭を上げて南の方向へ顔を向けていた。
『マズい、見つかった!』
「ガル、どうし……」
最後まで言えずにガルが飛び起きた。
え、何ごと?ま、魔物⁉
私が身構える間もなく、庭の片隅にどかぁーんと何かが流星の如く降ってきた。大量の土が抉れている。
まあ、温かくなったら家庭菜園作ろうとしてた所だし、却って助かるんだけれども。
『『お兄ちゃーん!』』
予想していなかった声が聞こえてきた。愛らしいとしか言いようのない声は、ガルに向かって放れていた。
『なんで来たんだよ!』
『だって、お兄ちゃんばっかり美味しい物食べてるって』
『うん。お父さんが言ってた』
え?何で美味しい物食べてるって知ってるの?しかもガルのお父さんが。
『父さん、いつの間に見に来てたんだよ!』
どうやらお父さんは、息子を心配して様子を探りに来てたらしい。え、恥ずかしい。
それと、ご挨拶しなくても良かったのかな。
『だから、わたしたちもご飯食べたい!』
『いいでしょ?』
ぽてぽてと私の前まで歩いてきたのは、ガルと同じ毛並みで、足首までの靴下部分だけ色があるサモエド2匹(人?)だった。
『『ハル、お願い』』
何故か私の名前を知っているサモエドたち。
薄青い瞳をキラキラさせて私を見上げてくる。心臓が止まりそうだ。
作ろうじゃないか、美味しいご飯。いや、むしろ食べてください。
『スコル、ハティ。帰れよ!』
『『やだぁ』』
どうやら2匹(人?)の名前がそれらしい。
それにしても、3匹(人?)は何故か仲良く庭をグルグル追いかけっこしている。
仲いいなぁ、とほのぼのとその光景を見ていた。
多分、ガルが前に言っていた、名前を継いだあと2人の兄妹だと思う。
「みんな、ちゃんとご飯は作ってあげるから大丈夫だよ。ガルも兄妹なんだからいじめちゃダメだよ」
私が言うと、サモエドたちはピタッと止まった。そして、ガル以外はぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
「でも、その前に……みんなお風呂だ!」
そう、サモエドたちは、あの流星のような登場と、先ほどの追いかけっこで、土ぼこりまみれの薄汚れた鼠色になっている。
ご飯の前には手を洗いましょう、である。
こうしてサモエドたちは本来の美しい輝きを取り戻した。
スコルは緑色の靴下の子。ハティは青色の靴下の子。
2人とも女の子だそうだ。
ガルが一番大きいのはお兄ちゃんというだけじゃなく、男の子だからだと思われる。
スコルは風の魔法が得意で、ハティは水の魔法が得意らしい。
なので、お風呂がとっても楽だったよ。ハティに浴槽に水をいっぱいにしてもらって、ガルにお湯にしてもらい、濡れたワンちゃんたちをスコルの風で乾かしてもらった。
控えめに言ってもサイコーだな。
「可愛いは正義」は名言ですね。
次回もモフモフ追加します。
今度は何が増えるのでしょうか。
明日も閲覧よろしくお願いします。