86 飲み会は、だいたいぐだぐだです
女子会いよいよ開幕。
このお話の度量衡は全て現代日本基準でお送りしております。
決して尺とかの計算がめんどくさいとかじゃありません。
女子会は、その夜、ガルとスコルとハティを寝かしつけた後、お庭にソファを出してやることになったよ。
初夏でも蚊がいるかな、と思ったけど、「ムシハイラナーイ」と命名した「匂いや風は通すけど害虫は通さない結界」というのを、玄武さんが張ってくれた。
……これも聖女夕奈さんの考案らしい。
それにしても霊薬の宿主の能力って、網戸に貼るような虫よけみたいな効果もあるんだ。凄いね。
おつまみは、女子会らしく、トマトのカプレーゼとかキノコのアヒージョとか、私の少ない女子会知識を絞り出して作ってみた。
そして、ちょっと食べてみたいという玄武のメイさんのリクエストで、禁断の「カニ・ウニ・イクラ・トロサーモン」をご用意した。
納豆が大丈夫だったリウィアさんだったけど、お刺身のトロサーモンはちょっとお口に合わなかったみたいだ。その代わりリウィアさん以外の五人は気に入ったようだったよ。
お膝に小さいニズさんを乗っけて、隣にこれまた小さい玄武さんを座らせて、お二人に給仕しながらワイワイとお酒とおつまみを食べていると、遥か遠くから男性陣がじっとりとこちらを見て、恨めしそうに帰って行った。
ほんの三十分前に、こんなやり取りがあった。
「おい、なんで庭に結界が張ってあるんだよ」と、アヒージョの匂いに釣られた王子とユーシスさんとレアリスさんとラハンさんと皇帝陛下が、女子会に侵入しようとして、玄武さんの結界に阻まれた。
どうやら男性も害虫扱いらしい。
「こちらは男子禁制につき、入れませーん。って、フォルセリア卿、何シレッと押し入ろうとしているのよ」とセシルさんが止めたら、『胸囲百センチ超えはお断り』と玄武のメイさんが言い放つ。それを受けてユーシスさんは、「くっ、鍛えたこの肉体を恨む日が来るとは」と膝を突いて嘆いていた。でも、あとの三人は、「俺はイケる!」みたいな顔をしている。
一方、「殿下はオレリアちゃんになりますか?」「誰がなるか!」と、セシルさんと王子は別の攻防を繰り広げていた。
その傍ら、胸囲百センチ以下だと、まだ入る気満々でいるレアリスさん、ラハンさん、皇帝陛下に『お前らむさ苦しいから論外』と、メイさんが結界越しに非情な宣告をする。
陛下が、「俺、皇帝ぞ?俺、ここの主ぞ?」と寂し気に言って、クロさんが『なんか、すまない』と謝っていた。
「クソ!お前もこっち側だろ!」「あら、あたしは心は乙女です。どっちでもイケますけど」「お前が一番不純だろうが!」「あら、あたしはハルたちの世界で〝ジェンダーレス〟と言うんですよ」と言い争う声。この二人、まだやってたんだ。
無駄な攻防が続き、王子側に敗色濃厚な気配が漂っていたけど、ふと何を思ったのか、王子が途中で舌戦を離脱し、いくらもしないうちにお父さんを連れてきた。
「フェンリル、この結界を破れ」
『悪いがオーレリアン。私はハルと約束したのだ。今日一日我慢したら、一カ月おやつ抜きを無しにしてくれると』
「まんまと飼い慣らされてるな!」
そうして憤慨した王子だったけど、また去って行ったと思ったら、今度は小さくなったレッドさんを抱っこして戻って来た。王子の諦めの悪さはピカ一だね。
「頼んだ、レッド!あんたならこの結界壊せるだろ」
『悪いが、我はハルにプリンを貰ったのだ。女性達を裏切れぬ』
「俺の敵は、お前か、ハル!!」
とまあ、そんな悲喜こもごもがありまして、今度は声もシャットアウトして、静かに女子会をやっている訳です。
『で、ニーズヘッグ。あんた、ドライグのことどう思ってるの?』
良い感じでお酒も進んできた頃に、朱雀さんが本題を切り出した。ドライグって、レッドさんのことだ。
ニズさんが「ぴっ」と言って、持っていたタルタルサーモンを乗っけたバゲットを落とした。
リウィアさんが生サーモンが苦手だったから、ちょっと手を加えてみたよ。私とリウィアさんは、そこにアボカドも混ぜてサーモンアボカドに。女子っぽいよね。
「あら、でもニズは、長の白い竜から求婚されてませんでしたっけ?」
『なぁに!?グウィバーは、いい年をしてそんなことをしてんの!?』
いつの間にかセシルさんは〝ニズ〟呼びになっている。多分私がおつまみを作っている間に、二人の間で何かやり取りがあったみたいだ。
で、セシルさんがポロッと言ったことに、朱雀さんが凄く反応した。ニズさんのためにしでかした事件とは知っていたものの、求婚の事実まではご存知ないようだ。
どうやら〝グウィバー〟というのは、シロさんの個別名みたいだ。なんか、重ね重ね変なあだ名付けてすいませんと言いたい。最初に言ってくれれば良かったのにね。
外見の美しさで言ったら、多分ニズさんの隣に並べるのはシロさんくらいだろうけど、飛竜襲来事件の裏側を伝えたら、朱雀さんもシロさんの行動は大変遺憾のようだ。
『グウィバーは、言い寄ってくる雌の扱いしか知らないから、自分から求婚したのは初めてなんじゃないか。少し大目に見てやれよ』と、玄武のクロさんがシロさんを擁護する。
『いや、相手が嫌がることをする時点で無いわー』『そうそう』「ねー」
朱雀さんとメイさんとセシルさんが、クロさんの意見に一斉にダメ出しをする。
『っていうか、ニーズヘッグってドライグとはそんな接点あったっけ?』
『ああ、それは……』
ニズさんは、シロさんが「引きこもり」と言っていたとおり、ユグドラシルマンションの下層にいたらしくて、今回のクルーエル事件でシロさんを問い詰めて引き離された時が、ほとんど初対面と言ってもいいくらいの面識だったらしい。
でも、レッドさんはあまりに有名だし、とても強いから、一方的に緊張して固まっていたら、いろいろと面倒を見てくれて、ニズさんが素を出しても受け止めてくれたのが刺さったらしい。
レッドさんは確かに、見た目は迫力あるし、声も少しドスが効いているから、一見するとちょっと怖い人に見えるかも。
でも、お父さんとじゃれ合ったり、私に悪戯を仕掛けたりと硬派なだけじゃないし、何と言っても面倒見がいい。
これはあれだ。箱入りのお嬢様が、喧嘩が強いヤンキーが本当は心優しいヤンキーだったっていうギャップにやられてしまう、アレだね
『まあ、あたしたち年長の魔獣から見ても、竜族で一番いい雄なのは間違いないわ。ここはその長をも虜にした美貌で、ドライグを落としなさい』
『ええぇぇ!?無理ですぅ!』
肉食女子な朱雀さんの意見に、ニズさんがほっぺに手を当てて驚いている。
「いいんじゃない?ほら、あなた、長の求婚断るのどうしようか迷ってたでしょ。長も口出し出来ない赤い竜なら、円満解決じゃない。好きなんでしょ?」
何故かセシルさんがお姉さん目線でニズさんにアドバイスしている。そっか、これを相談して二人は仲良くなったのか。それにニズさんは、ウルウルと綺麗な金色の目を潤ませて頷いた。
『うう、……はい。でも、私なんて、ドライグ様に釣り合わないです』
「何言ってるの!あなたは綺麗よ!それは立派な武器だわ。それに、こんなに性格も可愛いんですもの。大丈夫よ、自信持って」
『そうよ。何ならあたしがお膳立てしてあげる』
わぁ、この雰囲気、大学の飲み会でもあった。ワクワク。
『私なんて、こんなのしか選べない。お前は恵まれている。頑張れ』
『あ、ありがとうございます』
恥じらうニズさんに、亀のメイさんはしみじみという。それに蛇のクロさんが反応した。
『……俺の存在そのものを否定された気分だ』
『否定はしてない。本当に嫌だったら引き千切っている』
『……おう。まあ、そうだよな。いや、別にいいんだけど』
「あらあら、ご馳走さまです」
玄武さんの夫婦漫才は相変わらずだけど、取りあえずここは円満夫婦のようで何よりだ。セシルさんが朗らかに笑って肯定したので、クロさんはちょっと嬉しそうだ。
でも、よく聞くと、結構猟奇的なことをメイさんは言っている。……本人が良ければいいんだけど。
『そう言えば、人間のあんたたちは、誰か番がいるの?』
「「いません」」
『……娘たちは即答ね。セシルはどうなの?』
「いやですわ。あたしは好きになったら躊躇はしませんわ。ね」
と、最後に私たちを見てバチンとウィンクする。
セシルさんの初恋は、イリアス殿下の護衛のアズレイドさんだけど、その後はいろいろな遍歴があるみたい。アスパカラの州城でも女の子をナンパして情報収集していたし、どっちでもイケるって言ってたしね。なるほど、ここにも肉食系が。
『この城にいる男たちは、人間の中でかなりの上等な部類だと思うんだけど、ある意味可哀想な奴らね。既婚者のサルジェと、変態臭い皇帝は除外だけど、あたしの好みは女性に対してそつなく対応できそうなユーシスとファルハドだけど、どう?』
……陛下を変態臭いって。ちょっと聞かなかったことにしよう。
でも朱雀さんのおすすめって、前にご指名してた二人ね。朱雀さんって、体格が良くて大人な魅力のある人がお好きなようだ。
すると、『でも、あいつら、ちょっとチャラい』とメイさんが毒を吐き、『お前、もっと言葉を包めよ』と、クロさんがツッコむ。安定感があるね、この夫婦。
そこに畳みかけるようにメイさんが、『いつもうるさいのがいるから、私はリヨウとツェリンみたいな物静かなのがいい』と切り返してきた。クロさんがそれにまたショックを受けながらも、『既婚者と婚約者持ちは外せよ』とツッコんでいた。この二人の会話って、いつまでも聞いていられるね。
それを見ながら、セシルさんが苦笑して言った。
「じゃあ、アズは朱雀様のお好みじゃないわね。愚直に攻めるヤツだから」
『ん?アズって、あの一番デカい騎士のこと?それ、どういう意味?』
「あら、言ってませんでした?アズは、ずっとあたしの妹のことが好きで、平民出の自分が侯爵家の令嬢を娶るなら、せめて最強の称号が無いと、って頑張って今の強さを手に入れたんですよ。でも、そんな称号より、女の子は一言「好き」って言って、少しでも一緒にいてくれた方が嬉しいし、待つのも頑張れるのにね」
『『……やだ、その話、大好物』』
女性レジェンドお二人は、目を輝かせてアズレイドさんの話に食い付いた。
ああ、前に、まだ正式に決まってないけど、婚約者候補がいるって。あれって、そういう理由だったのか。
妹さんも信念を持つアズレイドさんのことが好きで、自分は平民になっても大丈夫だからと言っているけど、アズレイドさんは王族の専用護衛騎士を勤めあげるか、騎士の力量を測るトーナメントみたいなもので三連覇すると貰える称号と、騎士爵という準貴族の爵位のために頑張ってるみたい。
アズレイドさんは今、そのトーナメントで二連覇中で、その気持ちを酌んで、妹さんが大人な対応で待っていてくれているらしい。
『リウィア。そう言えばあんた、公爵家の嫡子なのに、婚約者の一人もいないの?』
朱雀さんは、リウィアさんの手からおさしみを貰いながら尋ねた。
「ええ、我が家では、一人で魔狼が狩れるのが最低条件で、あとは父の圧迫に耐えられる人間でないとダメなのです」
一人で魔狼を狩れるのが最低条件って、使節団のみんなも結構苦労していたヤツだよね。しかも群れるから一匹じゃないみたいだし。それを言ったら、人類の大部分が振るい落とされるよ。
そんな人じゃないと務まらない公爵家って、いったいどんな危険な場所なんだろう。
リウィアさんのお父さまは、国王陛下と共に、貴族の謀反の大粛清を行った人だ。本人は文官だと言っているけど、本人も国王陛下と一緒に前線に立っていた人らしく、護衛無しで陛下の盾をやってたみたい。そんな人の圧迫面接は鋼鉄の心臓を持ってないと無理だね。
リウィアさんが、こんなに繊細そうな人なのに、魔物狩りに普通に参加していたと言っていたのは、間違いなくお父さまの遺伝子を受け継いでいるからだ。
お父さまもリウィアさんみたいに細身で顔が似ていて、リヨウさんみたいな雰囲気の人らしいけど、付いたあだ名が、獲物を逃がさず敵の返り血で染まることから、「深紅の猟犬」というらしい。
逆に一度お会いしてみたくなりました。
そんな訳で、リウィアさんは、未だお父さまのお眼鏡に適う人がいないという訳だ。
『強いだけなら、アルジュンやラハンも強いと思うけど、基本アホだからなぁ。精神的にもとなると、多分この一行で一番精神が強いのはレアリスよねー』
続けて朱雀さんは、サラッと期門の人たちをディスっています。
『俺も同感だな。フェンリルに七星剣使うとか、人間って怖いと思った』
「私もそう思います」
次々と同意が。レアリスさんが、凄い地位を築いてる。悪い意味で。
『あれは次元が違う強さ。私たちの鼻にタマネギを突っ込んだハルと同じ匂いがする』
え!?なんで私!?
「まあ、神獣とまで呼ばれている魔獣にタマネギ突っ込めるの、ハルちゃんしかいないわ」
あの後は、仕方のないこととは言え、「安易な犠牲を作るな」と自分で言っておいて、安易に玄武さんを犠牲にしたことは猛省しました。そういう意味であれば、批判も甘んじて受け入れます。
『しっかし、みんな顔はいいし、能力も高いのに、なんでか残念なのよねー。この使節団って呪われてるんじゃないの?』
『ああ、造作だけなら、あのオーレリアンってヤツが一番整ってるし、俺たちでも驚くほど凄い魔術を使ってるんだが、なんでか苦労人っていうか、不憫な方が目立つヤツだよなー。フェンリルとグウィバーの世話だもんな』
『なんか、私ですら同情した』
……王子、今あなたは、レジェンドたちに最も高いスペックの人間との認定を受けましたが、同時に最も不憫な人間の認定もされました。
『それにしても、あの〝転移〟は凄いな。あの回数と精度は見たことがない』
「はい。お陰で、私も弟に霊薬を届けていただくことができました」
そうだった。あの涙採取の後、白陵王さんの根城から玄武さんの〝鎧甲〟も見つかって、ご本人から生の素材を削り出さなくて済んだから、早速調合してみて伝説の霊薬を作った。
それを王子が親書を国に持ち帰るのと一緒に、ファビウス公爵家に届けてくれて、無事弟さんが回復したとお知らせしてくれたんだ。
その時のリウィアさんの喜びようったら、この世の全ての幸せがそこに集まったかのようだったよ。
うん。王子のスペックってやっぱり凄いんだね。ちょっと私も誇らしくなった。
「ハルもですよ。ハルがいなかったら、霊薬はこの世に存在しなかったんですから」
そう言って、真摯な目でリウィアさんに見つめられた。
うぅ。なんかそんな風に褒められると、恥ずかしいね。
『そうよ。そもそも、あんたがいなかったら、あたしたちが出会うことも無かったし、あたしの目も二度と使うことはできなかったんだから』
私の功績と言い切ってしまうのはちょっと違和感もあるけど、ガル、レアリスさん、レイセリク王太子殿下、朱雀さん、リウィアさんの弟さんと、少なくともこの人たちのことを助けることができたのは、スキルのお陰だ。
照れた私のせいで、ちょっとだけ、穏やかな沈黙が流れた。でも悪くないね。
『あー、楽しかった!またやりたいわ、女子会!』
沈黙を破るように、朱雀さんがお開きの言葉で、その場を明るくした。
『賛成』『俺は遠慮したい』『無理』
と、玄武夫婦がまた掛け合いをして、朱雀さんが苦笑して言った。
『好きだとか結婚とか、何だかんだ言ったってさ、ニーズヘッグもメイも、一緒にいて自分が自然でいられるのが一番なんでしょ』
「あはは。確かにそうかも。あたしもそう思います」
ねー、と言って、朱雀さんとセシルさんが笑い合っている。
そっか。無理して自分を作ったりするような「好き」は疲れちゃうものね。
自分のことを曝け出しても受け止めてくれて、自然な自分でいられる人。
ふと、夏の夜空を見上げて思った。
こんな風に、空を見上げた時に、一緒にいた人。
銀色の髪と紫色の目をした人。
「え?」
自分の驚いた声に驚いた。
『どうかした、ハル?』
「い、いいえ。大丈夫です!」
朱雀さんの声に、慌てて返事をした。
一瞬浮かんだ姿にその意味を探ろうとしたけど、朱雀さんの声で消えてしまった。
『ああ、使節団の人間の話をしたけど、なんか誰か忘れてる気がする』
『気のせいじゃない?』
「全員もれなく貶したと思いまーす」
『そっか。じゃあ、人間にとっては夜も遅いし、かいさーん』
「そうですね。明日寝坊したら、イリアス殿下に怒られ……」
「「「『『『『……あ……』』』』」」」
忘れていたのは、イリアス殿下でした。
そんな訳で、蛇足回です。
本業の残業時間に比例して、内容もグダグダになっておりますが、どうぞお許しください。
セリカ編一区切りって言ったのに、まだセリカにいます。
次回こそは、セリカ脱出なるか!
また見てください!