85 女子?会
新年本編第1弾は、恋愛パートだ!
私たちの帰国は、かなりのスピードで整えられた。
まず、私が勇者綾人君の日記を読んでから三日目には、白陵王さんの居城から出ることが決まった。居城は本格的な接収に入るから、日記が読み終わったらお暇しなければならなかったからね。
行き先は、アスパカラの州城入りする前に泊まった、あの湖のある避暑地にレジェンドのみなさんも一緒に行くことになったよ。そちらで見送りのパーティを開いてくれるらしい。
あれだけの事件があったから、レンダールでやったような国でやるような宴じゃなくて、ほとんどこのメンバーだけでやることになった。
セリカ側はもっと豪華にって言ってくれたけど、こちらから丁重にお断りした結果だ。両国ともいろいろと急務が増えて、やることがたくさんできたしね。
私が日記を読んで、使命感と好奇心に挟まれている間、王子はそのことでレンダールの王都とアスパカラを転移で数度往復していた。アルフェリク陛下から、リシン皇帝陛下への親書を携えて。
この距離の転移を軽々とやってのける王子に、あのリシン陛下が目を丸くしていた。
どう?うちの王子、凄いでしょ。
結局、あの後綾人君の日記からは、この世界「エルセ」の神様について、何も見つけることは出来なかった。
もしかしたら、本当にたぬきの暗号をやりたくて、ただ作ったお話かもしれない。綾人君ならやりそうな気がするので悩ましいところだ。
とりあえず、綾人君が残した武具の回収は急務のようなので、綾人君の足跡を辿ってみることになったそう。もちろん、セリカ側はセリカの人たちが、レンダール側はレンダールの人たちが捜索して、後で報告会をするみたい。
避暑地の離宮に着いてからびっくりしたのは、何故か着いたばかりなのに、お見送りパーティの準備がしてあった。やっぱりあの時に来る予定だった皇族は、第七皇子ではなくて皇帝陛下だったようで、なんか陛下はいろいろと今の状況を見越して準備をしていたみたい。
離宮に到着してから王子が気付いたんだけど、私のスキルで神話級武具を開くと、選択はできないけど、どんな感じの武具があるかはアイコンがあるから、ある程度目的物を絞れるんじゃないかって。確かにそうだったね。
離宮に着いた日は天気も良かったから、みんなで外でお茶をしながらそんな話題になったので、どれどれ、と見てみることにした。
アイコンの表示に武器とかのシルエットが描いてあり、剣とか槍とか斧とか盾とかヒモ(?)があることが分かる。
数は、全部で二十個までいかない。今開けられるのは、交換素材がある八個だ。
という訳で、せっかくのこの機にと、白虎さんと朱雀さんの素材も強制で鑑定させられた。お父さんと玄武さんに。
素材?二人のレジェンドはとても出来る人たちなので、「ああ、あるある」と言って、スッと出して下さった。……はぁ。
ちなみに結果はこちら。
〝白虎の霊毛 13億P (状態:最良) 「盤古の斧」の開放条件 「盤古の斧」交換ポイント:6億P〟〝朱雀の炎翼 12億P (状態:最良) 神具「羂索」の開放条件 神具「羂索」交換ポイント:5億P〟
……はぁ。
朱雀さんが自分の素材の行く末を見た時の空気感、何とも言えなかった。『なんか、ごめん』って白虎さんに謝ってた。白虎さんは『お前のせいではないだろう』と笑っていたよ。
予想はしていたけど、皆さん素材は私に預けるって。……はぁ。
でも、「ハルの負担になるなら、必要になるまで交換しなくていい」と言ってくれたよ。やっぱり東方レジェンズは大人だなぁ。
そして今更だけど、どうやら拘束具は神話級防具の扱いらしい。
っていうことは、今スキル画面で見えるようになったものは……やっぱり十個になった。とすると、見えない防具の内、拘束具のグレイプニル、ドローミ、レイジングルは確定だね。
「いやー、それにしても、何度見てもおかしなスキルだな」
朗らかに笑って、皇帝陛下がにゅっと私の後ろから画面を覗き込んだ。何とでも言ってください。自分でも分かっていますから。
私が苦笑いしながら画面を閉じると、残念そうな顔をする。あざとい視線を私に向けるけど、ファルハドさんが「気持ち悪い」と言って引き剥がして行った。皇帝陛下は、ファルハドさんとは違ったちょっと悪そうなワイルドさでカッコいいので、ちょっとドキドキする。
でも、この賑やかさも後少しだと思うと、ちょっと寂しいね。
帰国は、三日後になった。
日程が決まる少し前から、うちの人たちとセリカの人たちは、これまで以上に交流を深めていた。
特にファルハドさんは、何故か王子に魔術のことを教わっていて、二人でいることが多かった。セリカでも何人か転移を使える人がいるけど、王子の精度は比較にならないくらい凄いらしく、直接教えを乞うことになったようだ。
セシルさんも「あら、ファルハド殿ならいくらでも手取り足取り教えてさしあげるわよ」と言っていたが、ファルハドさんは丁重にお断りをしていたよ。
王子ほどではないけど、ファルハドさんはリュシーお母さまくらいの魔力量はあるそうなので、あとは理論を学べば大丈夫だとか。「それが問題なんだよなぁ」と本人はため息を吐いていたけど。
それを陛下は「ファルハドは、あんまり賢くないからなぁ。頑張れ~」と言い、リヨウさんは苦笑しながら応援していた。
ファルハドさんが転移できるようになれば、セリカの首都からレンダールの王都まで一往復はできる魔力量はあるらしくて、今後の外交でもきっと役に立つだろうから、何とか転移を覚えたいんだって。
もし「劫火」や「流星」の魔術も覚えられたら、凄い戦力アップだって張り切っていたから、きっと大丈夫だね。
今日は、王子とファルハドさんは、外に出て転移を実践してみるそうだ。
私とレアリスさんとセシルさんは、それを見守りながらお茶をしていた。周りにはレジェンドたちと子供たちもいて、二人の授業を一緒に見学しているところだ。
ファルハドさんは、もう銀髪であることを隠さないらしく、黒髪を元の色に戻していた。
避暑地なだけあって空気が爽やかだけど、日差しが強いので、みんなにはバニラアイスを出してあげた。子供たちの大好物でもあるけど、女子である朱雀さんと玄武のメイさんにも受けは良かったよ。
「ファルハド殿は、理論よりも実践で慣れた方が良さそうだ。それに着地点の術式を付けた目標物があると分かりやすいと思う。一度やってみるか。俺が付いていれば、マズそうだったら術を途中で修正できるしな」
そう言って、王子はフッとこっちを見ると、タタっと走って来た。
「殿下。オレリアちゃんになってあげた方が、ファルハド殿もやる気が出るのでは?」
「ふざけんな。『オレリア』は死んだと思え。それに、こっちの方が効き目がある」
明るくセシルさんが言うと、王子が憤慨して返して、「ちょっと来い」と私の手を引っ張った。
そして、私を少しみんなから離れた所に連れて来ると、私の手に巻物みたいなものを持たせた。で、本人はそのままファルハドさんの所へ戻っていく。
王子がファルハドさんの背中に手を宛がうと、次の瞬間、私の目の前が陰った。
「うわっ、びっくりした!」
すっごい至近距離にファルハドさんがいた。転移を成功させたみたい。
そっか、この巻物が術式とかが描いてある目標物なのか。凄いね、ファルハドさん。
「今のは、俺はほとんど介助していなかった。感覚は分かっただろう?」
「なるほど。目標物があるとこんなに跳びやすいんですね」
そう言って、何故か巻物じゃなく、私を見てファルハドさんは笑った。
「つーことで、ハル、そこで立ってろよ。あと、五、六回は跳ぶから」
「了解です」
王子の指示に、ビシッと敬礼を返して、その後も目標物を持つ係を全うした。
五回目で、ファルハドさんは王子なしでも一人で跳べた。本当に凄いね!
お疲れ様の気持ちを込めて、二人には辛口のジンジャーエールとフライドポテトを提供した。炭酸とお芋って、危険な組み合わせだよね。
子供たちもレジェンドたちも、フライドポテトに反応しちゃった。子供たちはこれも大好物だから、作る時は大量にストックを作っておくようにしている。こういう時の食べ物が傷まない亜空間収納ってありがたいよね。
そんな感じでお疲れ休憩をしていたら、ポテトの匂いを嗅ぎつけた皇帝陛下とかアルジュンさんとリウィアさんがやって来て、すぐにガーデンパーティーみたくなった。
セリカの皇帝陛下って、あまりお仕事がないのかな?
私の隣に陣取った陛下を見ながらそう思っていると、陛下が私を目に止めて、次いでニヤッと笑った。
「俺の部下たちは優秀なんでな。少しくらい俺が居なくても回るようになっている」
あれ?なんで思っていることバレたのかな。ちょっとヒヤッとする。
でも、そっか。陛下一人が支えるような政治は、いつか破綻してしまうものね。きっと分業の意思決定や指示系統がしっかりしていて、ちょっとやそっとでは崩れない体制が整っているんだろう。それなら、トップの人がワーカホリックになってしまうと下の人たちが可哀想だから、適度なサボりはいいのかも。
だとしても、陛下は凄いゴロゴロしているように見えるけどね。ほら、お付きの人らしき文官さんが怖い笑顔でこちらを見ているよ。
「えっと。でも、あまり部下の方を困らせないでくださいね」
そう言ったら、急に陛下は豪快に笑った。
「ハル、そなたは凄いな。そなたに言われると、何故か苦言も素直に聞き入れたくなる。少しフェンリルの気持ちが分かったぞ。やはり嫁に来ないか?」
よしよしと頭を撫でられるのと、陛下の名前呼びが定着してきて、嫁というより幼女扱いされているような気がする。
そうこうしていると、レジェンドたちが急に西の方を見た。それにガルが、はあ、と溜息を吐いて、トコトコと私に近付いて来る。
アレ?これって、久々のアレ?
「……ガル君。もしかして、アレですか?」
『アレだな』
頷くガルに、私もため息を吐く。
チラッと王子とレアリスさんを見ると、私の考えを察して、ちょっと顔が固まった。
ええ、今度は誰だろう。
「あのぉ、陛下、これからここにお客様がお見えになりそうです」
「客?聞いておらぬが?」
「あっち方面の方です」
「……うむ。レンダール王家の苦労もちょっと分かってしまいそうだ」
私が視線をレジェンドたちに向けたら、陛下がお髭を撫でて苦笑した。
この周辺の街には、レジェンドたちの百鬼夜行……じゃなくてパレードがあることを伝えていたから、多分大丈夫だと思うけど、ちょっと州軍の人とか気が気じゃないよね。
そう思っていたら、西の空に赤いものが見えた。それは見る見るうちに近付いてきて、ベースキャンプ組を除き、一斉にその場がざわついた。
離宮のお庭に、それはそれはソフトリィに降り立ってくれたのは、赤い大きな竜だった。
「レッドさん!お久しぶりです」
『おお、ハルか。息災だったか?オーレリアン達も』
相変わらずのハスキーなワイルド系美声だ。
その挨拶に、王子が片手を挙げて挨拶し、ユーシスさんとレアリスさんが頭を下げた。
『それにしても、感知力の低い我ですら、ここにすぐに気付いたと思ったら、東の古株がよくも集まったものだな。国境からも気配が分かったぞ』
呆れたように言って、お庭で寛いでいるレジェンドたちをグルッと見回す。まあ、こんなにレジェンドが揃ったのって、ベースキャンプ改造の時以来かもね。
そんなレッドさんに、東方レジェンズは和やかに頷いて、お父さんはチッと舌打ちをした。
「向こうではお父さんとシロさんの面倒を看てくださったみたいで」
『何、少し首根っこを捕まえていただけだ。だが、フェンリルを抑えられずに悪かったな』
そう言って、ちょっと不貞腐れたお父さんを見る。
全然レッドさんのせいじゃないよね。私は逆にレッドさんを大いに労いたいよ。
「それよりも、どうしたんですか?セリカまでいらっしゃるなんて」
『そう、それなのだが、少しこの者を預かってくれ』
レッドさんは、お父さんサイズまで小さくなってから左手を差し出した。
掌を開くと、そこには小さくて黒い竜……って、ニーズヘッグさん!?
『ハル!また迷惑を掛けてごめんなさい』
赤ちゃんモードで私の胸にしがみついたのは、紛れもなくニズさんだった。
ん?迷惑って、なんだっけ?
私が首を傾げていると、ちょんちょんと私の肩をつつく人がいる。皇帝陛下だ。
「ハル、悪いが、こちらもそちらの赤い竜と同じ……」
「……ああ、はい。ニズさん、こちらセリカ皇帝陛下です」
『まあ、それは。このような仮の姿で大変失礼しました』
ニズさんは大変恐縮しながら私たちから離れると、正式な大きさに戻った。
『私は、ニーズヘッグと申します。この度はこの国の方にもご迷惑をお掛けしたようで』
「俺は、この年になって、もう度肝を抜かれることはないと思っていたが、甘かった……」
丁寧にご挨拶と謝罪をする巨大な黒い美竜を前に、皇帝陛下がポロッと言った。分かります。大丈夫です。
豪胆すぎる皇帝陛下がこの様子なので後ろを振り返ってみたら、やっぱり初対面の人たちは絶句していたよ。そうだよね。レジェンドの中でもレッドさんとニズさんは、迫力トップクラスだもの。
「あの、ニズさん。さっきからの「迷惑」って何のことですか?」
私が唖然としている陛下たちを代表して、ニズさんに訳を聞いてみた。
『あ、それは、長が私を傷付けた飛竜を片付けるため、フェンリル様をけしかけて、皆さんに多大なるご迷惑をお掛けしたと……』
「いや、あれは本当にニズさんのせいじゃないですから。諸悪の根源はシロさんです。あとお父さん」
『何故だ!?』
遠くから何か聞こえるけど無視。
「でも、それだけのために来てくれたんですか?」
それもレッドさんが付き添いで?そう聞くと、ニズさんは急にモジモジし始めた。
『まあ、それは我から話そう』
レッドさんがチラッとニズさんを見ると、ニズさんは先ほどよりも更にモジモジし始めた。
ああ、大きいままだから、地面が……。
そして、レッドさんが言う事には、シロさんがお父さんをけしかけた件について、後から知ったレッドさんが問い詰めた時に、偶然ニズさんが居合わせたみたいで、そのままあの怒りモードのニズさんになってしまい、危なく長であるシロさんを絞め上げるところだったようだ。
レッドさんの『あんなのでも一応我らの長だからな』と言った疲れた声が印象深い。
で、ニズさんの怒りが収まるまでと思って、レッドさんが力ずくでニズさんを連れ出したみたいだけど、我に返ったニズさんが私たちに謝りたいと言って、ついでとばかりに一緒にここまで来たみたい。
ホント、レッドさんって面倒見がいいよね。
『ドライグ様にもご迷惑をお掛けして……お恥ずかしい限りです』
『良い。同族として助け合うのが当然であろう』
レッドさんがいい声で言うと、何故かニズさんが「キュッ」と可愛い声を上げて、ポンと小さい姿に変身してしまった。そして、私の胸に飛び込んで顔を埋めてしまう。
ドライグって、もしかしてレッドさんのこと?なんかカッコいい名前なんだけど。
聞くと、どうやらレジェンド名とは別の個体名らしい。レッドさんなんて、変なあだ名で呼ぶのが居たたまれなくなった私に、レッドさんは『このままで良い』と言ってくれた。うう、優しい。
そのまま私に抱き付いて動かなくなったニズさんを見て、突然セシルさんが私の肩に手を置いて、そっとニズさんに提案した。
「ねえ。ちょっと女の子同士でお話しましょ。朱雀さま、メイさま、リウィア、集まってぇ」
「何故、お前が音頭をとる」
セシルさんの言葉に、思わずレアリスさんがツッコんだ。いや、全然OKですけど。
そんなレアリスさんや胡乱な目でこちらを見る面々を無視し、セシルさんと庭の端っこまで行くと、その場にいた女子、リウィアさんと朱雀さんと玄武のメイさんが集まった。『俺、男なんだけど!』と蛇のクロさんが叫ぶけど、メイさんと一体のクロさんに選択肢はなかった。
そして七人でちょっと内緒話をしたよ。
「単刀直入に言うけど、ニーズヘッグ、貴女もしかして赤い竜のこと好きなんじゃない?」
『ぴっ!』「「えっ!?」」『ほぉ』『なるほど』『マジか』
ニズさん、私とリウィアさん、レジェンドたちが同時に声を上げた。
『そ、そんな、私なんかが、竜族で最も強大なお力を持つドライグ様に懸想するなど!』
全力で否定するニズさんだけど、セシルさんは神々しいばかりの微笑みを浮かべた。
「あら、恋なんて、相手が誰であろうと想うのは自由だし、恋に落ちるのは止められないのよ」
さすが、愛に垣根を作らない人、セシルさんが言うと説得力が違う。
『人間……セシルと言ったか?そなたなかなか良い事を申すのぉ』
「うふふ。ありがとうございます、朱雀さま」
なんか、朱雀さんとセシルさんが悪代官と悪徳商人みたいになっている。大好物を前に舌なめずりしている幻影が見えるようだ。
『よし、今宵は「女子会」じゃ!』
『賛成』「わ、私もいいのでしょうか」『キュッ!』「おー」
ニズさんはちょっと気絶しそうだったけど、その他の人はかなり乗り気だ。ワクワク。
置き去りにされた男性陣の遠い目と共に、『俺、男なんだけど!』というクロさんの叫びの残響は、私たち女子には届かなかった。
いやー、ニズはいつ書いても、大体恋愛パートになりますね。
このまま今年は恋愛ジャンルを走って行ける気がする!
それではまた、次のお話(恋愛パート)もお楽しみに!




