83 また、明日
ハッピークリスマス!
って、クリスマス過ぎてた!
そんな訳で、初めてのイリアス視点のお話です。
イリアスファン(いるかなぁ?)必見です。
12/30 リュシーがどうして王の下から消えたのか、というエピソードを追加しました。
勇者が残した衝撃的な内容の手記は、それ以降見つからなかった。延々と彼の日常が綴られていたが、不審な内容は無いとハルは言っていた。
ハルはあれから、他にあの内容の続きを探そうと、勇者の手記を読み込んだ。多くも無いが少なくもない、およそ半年に及ぶその手記に、ハルは深夜を越えても手を止めなかった。
途中、リュウキ将軍とやらと我が国の騎士と聖女のいざこざに、目的を忘れて興味津々といった様子で読み進めていて、「テオドールさん、夕奈さんをどこへ連れ去ったの!?って、そんな場合じゃなかった!」と我に返っていたが。
勇者の手記をハルが読んでいる間に、フォルセリアを残して、私たちは話し合いを設けた。
一つには、ハルが鑑定で得た瘴気の正体。また、勇者の手記の内容。そして、フェンリルが意図せずして流した、「果ての迷宮」について。
全員の意見の一致で、瘴気の正体は「果ての迷宮」にいると確信した。何としても、それが生み出す瘴気を止めなければならない。
レンダール側は国王がいないため即断はできないが、私とオーレリアンとで対応を協議した。ここにはセリカの代表である皇帝がいるので、大体の協力を得ることが出来たのは上々の成果だと思われる。
あとは、魔獣たちにこのことを確認し、迷宮の扉の鍵となる四獣の協力を取り付ける必要がある。が、それはさほど心配はしていなかった。
魔獣たちは、どちらかと言えば、それらの事実を知りながら話せないが、人間には知らせたいと思っている様子だったからだ。
それ以外にも課題はあった。
勇者が最上位魔獣たちを回って作ったと思われる「神話級武具」が、まだ見つかっていないことだ。羂索とグレイプニルなどの拘束具は、白陵王が所持していたことで所在が分かったことから、神話級武具も存在が確信となった。
もちろんハルが作り出すこともできるが、できれば勇者が直接創造した武具を探したかった。
ハルの作る武具は威力が抑えられていると魔獣たちが言っているが、もしかすると勇者の作ったそれは、制限の無い武具かもしれないからだ。
道理の分からない人間の手に渡るにはあまりに強大な力であり、それこそハルが危惧していたことで、最初に私に願った「ルール」による制御が必要なものだ。厳正な管理の下、武具を扱う者を慎重に選定して、人間の争いの種にならないようにしてほしいという「ルール作り」だ。
思えばあの時からハルは、私の中で、ただの「聖女召喚に巻き込まれた人間」というだけではなく、存在に意味を持つ「召喚者」となった。
最初は、オーレリアンが保護していなければ、人と交流することもままならない取るに足らない人間だと思っていた。
それが、神殿の思惑で暗殺されかけ、行方不明になった時のオーレリアンとフォルセリアの行動で、二人にとっては重要な意味があるのだと少し興味が湧いたのを覚えている。だが、その時はそれだけであったが。
そして、ひと月の後にハルが見つかった際に、とある場所に保護していると聞いた時には、その異世界人は何か特殊な力を持っているのではと、一部の王宮に隔意のある派閥から囁かれた。
また、異世界人の暗殺未遂の実行犯である神殿騎士のレアリスも取り込んでいて、オーレリアンが聖女を支持する神殿の勢力に対抗するため、何らかの力を持つハルを基盤とした新しい派閥を作ろうとしていると。
そして、あまりにハルを秘匿したため、聖女のような美しさではないが愛らしい容姿をしていると王宮の人間が話していたことから、オーレリアンとフォルセリアが二人で、ハルを囲っているという下世話な噂まで流れた。
今では、何故秘匿していたのか十分過ぎるほど分かる。
ハルの指先一つ傷付けようものなら、あの「神殺し」と言われるフェンリルや、人の国など焦土に変えられる赤い竜が、わが国に牙を剥くのだから。
それまでの私は、自分のすることに絶対の自信があった。
そして、自分のしてきたことに後悔などなかった。
「国の為」という大儀の為には、誰が傷付こうと、それが自分であろうと構わないと思っていた。
だからあの時、あの者たちに非情なことも簡単にできた。
そんな私と会わせることを、オーレリアン達が危惧したのも当然だろう。
だが、その時ハルが私に言った言葉が胸に刺さった。
〝最も効率が良くても、簡単に誰かを傷付けたり見捨てたりするな。誰かの為にしたことを、その誰かに恨ませることはするな。それで自分自身が恨まれるのはもったいない。自分の為ではなく、誰かの為に命を懸けることができる人間を、自分なら尊敬したいから〟
そう、ハルが私に言った。
そうして初めて、私は、私や誰かが失うものに思い至った。
それからしばらくして、あの魔女と兄を交えて話をすることになるなど、その時の自分に想像できただろうか。あの魔女とだけは、絶対に打ち解けないと思っていたのに。
そして、王家が、いや、その時を生きた人間が抱えた悲しみを知った。
それは、痛みなくして知ることは叶わなかったが、私の痛みなど些細なことだとハルは言った。
私は瑕疵の無い王族であり、親世代の決断が否応なしに選び取られたものだと知っていて、いったい何に傷付くのだと。
そう残酷に言ってのけた時の自分の顔を見せてやりたいと思った。
この世界にいる誰よりも自分に責任の無いことなのに、まるで自分が罪を犯したかのような顔をしていた。
偽悪的に振る舞っても、人の痛みを想って非情になれない娘。
気付けば、その小さく柔らかい身体を抱き締めていた。
王族としての自覚が芽生えてから初めて、誰かに弱みを見せてもいいのだと思えた。
あの後、すぐに母に事の次第を確認した。夫の愛妾であるあの魔女を母はずっと容認してきたが、それを私はずっと王妃としての矜持からだと思っていた。
そうでなければ、レンダール最高の貴婦人と呼ばれるほどの高い教養と高潔さを持つ母は、夫の愛情を失った惨めな妃だという、密やかな悪意を込めた放言を放置するような人ではなかったから。
口さがない貴族たちが囁く悪意を、まだ幼かった私は額面通りに受け取り、母はずっと魔女を恨んでいると思っていた。何故、気高い母が、陰であのようなことを言われ、耐えねばならないのか、と憤っていた。だからずっとあの魔女もオーレリアンも、尊敬する母を脅かす存在だと思って勝手に憎み、必要以上に冷たく当たった。あの時の私は、二人が王家を汚す存在と信じて疑わなかったからだ。
だから、そんなオーレリアンが保護するハルやレアリスへも、同じだけ冷酷になっていいのだと思っていたのだ。
だがそれは間違いで愚かな行いだったと、今では分かっている。
母は言った。
誰にも知られてはいけない事情から私にすら言えなかったが、アルセイドもリュシーもかけがえのない戦友である、と。
自分の愛は夫であるアルフェリクに捧げたけれども、二人はそれを大切にし、アルフェリクの妻でいさせてくれた。それを守るため、本来なら正式に結ばれていたはずの二人は、自分とアルフェリクを思って、リュシーは愛妾などという蔑称を平然と受け入れ、アルセイドはそんな妻や実子の不遇を含めて、自分たちを守っているのだ、と。
そういえば母はずっと、「自分に見えているものだけが真実ではありません。周りに流されず、自らものを見る目を養いなさい」と言っていた。その意味がようやく分かった。
母は何も語らなかったが、恐らくあの魔女は、母を想って、オーレリアンを身籠ったことを父にも話さずに、父の下を去ったのだと分かった。
私は、その時真に、自らの不明を心から恥じた。
そして、改めてハルが言った、「自分の為じゃなく、誰かの為に命を懸けることができる人間を、自分なら尊敬したい」という言葉が深く刻まれた。
それからだろうか。王家の為と思って進めていた縁談が空虚に思えてきたのは。
国の為に縁を深めた方が良い家門との婚姻が当たり前と思っていた。それは政略以外の何物でもなく、淡白な両親の姿を見てきたから、結婚とはそういうものだと思っていたのもある。
だが、真実を知った今となっては、深い愛情で結ばれた関係が当然のように思えた。
そして、時々、その愛情の先に、ハルの姿を垣間見るようになった。
殺伐とした自分にも、穏やかで安らかな時間が持てることを知り、その笑顔を傍らで見ていたいと思う自分に気付いた。セリカへの道中で、その気持ちがより強くなったことも。
静かな馬車の中で、自分に寄り掛かる温かい存在が、無性に心を揺さぶるようになったのだ。
それがきっかけなのか、ハルと人との距離が近いことが、やけに気になった。
レアリスとファルハドとオーレリアンが酔いつぶれた夜に、男どもを介抱するのに、簡単に側に寄らせる姿を見て、胸が焼けるような感覚がした。
同じような苦い顔をしていたフォルセリアが、酔いつぶれた二人を寝室に運んだ際に、「せっかくハルを俺に慣らしたのに、裏目に出たか」と呟いていて、あの距離感の近さは、この男がハルに警戒心を抱かせないよう、日頃からハルにせっせと触れていたせいだと判明した。
私はスキルの「看破」のお陰か、人の気配に聡いから聞き取れた言葉だった。
この男は、国でもその資質を高く買われているのだが、殊ハルについては非常に料簡の狭い人間になる。それが証拠に、フォルセリアの行為にハルが慣れ過ぎて、男達の存在を魔獣たちと同位置にしてしまったので、フォルセリアの誤算もいいところだ。
そんなフォルセリアの表情を見ていて気付いた。
私の胸が焼けるような感覚が、「嫉妬」であると。だが、この感情が、醜くも心地よいと感じたのには驚いたが。
それに、ハルをよく見るようになってから気付いたことがある。
ハルは来るものを拒まずに側に受け入れるが、自分から近付いて行くのはオーレリアンにだけだった。他にも、八つ当たりするのも、人間ではオーレリアンだけだ。
フェンリルは、全部完全なまでに自業自得なので除外だが。
何より、クルーエルが襲来した時に見せたオーレリアンへの表情は、余人には決して見せないものだった。近くにいた私だけが気付いたが、その表情から絶望が消え去り、絶大な信頼が浮かんで、ハルにとってオーレリアンがどういう存在か知らしめていた。
おそらくハル自身は、自分がどんな表情をしているか知らないだろうし、自分の感情にすら気付いていないだろう。
この旅路で、それまでもそれなりに楽しそうだったが、オーレリアンが来てからのハルは、全く雰囲気が変わった程だ。
それはオーレリアンも同じで、ハルから向けられるその感情にはどうにも疎く、特別な扱いを受けていても気付かないようだ。
何故だろう。二人を見ていると、他の男達へのように嫉妬に苦しむかと思ったのだが、鈍い二人がすれ違っているのを見ているのは意外と楽しい。
ごく最近、オーレリアンのことを弟として見られるようになったからか。それとも、好きな女の前で男として散々な目に遭って、魔獣ですら同情しているからなのか。
自分の隣に居るハルよりも、オーレリアンの隣にいるハルの方が、容易に想像できることが自分でも面白いと思う。
そのせいか、オーレリアンに出会った時に感じた、「この者を大切にしよう」という感覚が戻りつつある。その後の「オレリア」事件の心の傷はまだ癒えていないが、弟としてオーレリアンを可愛く思う時もある。
まあ、魔女のことは謝るまで絶対に許さないが。
我が弟ながら、オーレリアンには人へ信頼を与える力がある。
あの者が「大丈夫だ」と言えば、何故かそう無条件に思える。
ほぼ顔見知り程度のセリカの者たちでさえ、クルーエルの襲来時に、マーナガルムが来たことを除いても、死の影から解き放たれたと感じていたようだ。当の私もそうだった。
あれが王の資質なのかと思った。
魔獣たちも、何故かオーレリアンに頼っている節もあるほどだ。
そんな取り留めも無い考えを浮かべて弟を見ていると、誰よりも濃いレンダール王族の証である紫色の目が、怪訝そうにこちらを見てきた。
何でもないと言うと、「変なイリアスだ」と言って苦笑した。
幼い頃からどれだけの冷たい仕打ちをしてきたか分かっているが、それをすぐに「お前もいろいろあったからな」とオーレリアンは許した。最初から、それこそ出会った頃から、その度量でも敵わなかったことを自覚する。
オーレリアンに対しては、自分の敗北すら清々しく感じる。あの者になら負けても仕方ない、という。
ある意味、フェンリルに対して抱くような絶対的な感覚かもしれなかった。
私たちの話し合いも深夜に及び、オーレリアンと並んで部屋に帰る時に、眠ってしまったハルを抱えたフォルセリアと遭遇した。手記を読んでいるうちに、疲れて眠ってしまったようだ。それを部屋まで送っていくところだったとのこと。
遠目にも、ハルを蕩けるような表情で見詰めて、大事そうに抱えていたが、私たちがいることに気付いてその表情を引き締めた。この男も難儀なものだと思う。
オーレリアンが近付いて、悪戯でハルの頬をつついた。「殿下」と小声でフォルセリアが窘めるが、当のハルは起きることもなく、何故か口をもごもごさせていた。何かを食べている夢でも見ているのだろうか。
その場に穏やかな笑いが起きる。
ともすれば幼く見えるハルだが、そのあどけなさが残るこの娘が、この世界を揺るがす根幹となるなど誰が想像しただろうか。
この世界で唯一の力を操り、最上位の魔獣たちと情愛でもって繋がり、各国の王族や皇族たちも勇気づけ安らがせる。
本人はそのことの重大さを何一つ理解していないが、それがハルだと納得してしまう。非常に遺憾だが。
ハルが持っているスキル、魔獣との絆、王族との繋がり。このいずれが欠けていても、今起きている世界の改変に気付き至らなかったかと思うと、本当に奇跡のような娘だと思えた。
また、ハルを巡って、国同士が争うことすらあったかもしれないが、魔獣の加護が厚いため、それも絶妙な平和の均衡を保っているのが驚異的だ。この世界「エルセ」の二大国であるレンダールとセリカの頂点である、王と皇帝が賢明であることも大きいだろうが。
神殿の者たちが良く使う「女神のお導き」かは分からないが、よくこの世界に来てくれたと感慨深く感じる。
眠ったハルを送ると言って、オーレリアンはフォルセリアについて行った。
私は一人廊下を歩き、魔獣たちのいる庭先へ辿り着いた。
私の足音に、フェンリルの耳が動く。
『何の用だ?』
月明かりに銀の毛並みが映える。ハルが側にいなければ、神々しいまでに美しい魔獣だと思えるのだが。
ふと、尋ねてみたいことが脳裏をよぎった。
「いや。ただ、お前たちはハルを、いや、人間をどこへ導こうとしているのか、と」
薄青の瞳が私を捉える。
『そなたのことはどうでも良いが、心配せずとも我らは絶対にハルを傷付けたりはせぬ』
「ああ、そうだな」
王宮での事件から、フェンリルは私のことをあまり快く思っていない。だが、少なくともハルの仲間だとは思ってくれているようだ。
『だが、もしもの時は、そなたの『断絶』を頼りにしている』
ボソッと分かりづらいほど小さかったが、よく響く美声は間違いなく私に届いた。
「……ああ。命に代えても守ると誓おう」
自然と笑みが零れた。フェンリルの信頼が、これほど嬉しいものとは思わなかった。
不意に、柔らかな感触が身体に触れた。フェンリルの尾が私の背を押したのだ。
『人の子には眠りが必要であろう。もう遅い。戻るがいい。……全て大丈夫だ』
その優しい動作に、胸を打たれた。神域に達した魔獣とは、かくあるものなのか、と。
きっと、全ては大丈夫なのだ。
何故だか、そんな確信がある。
これから立ち向かう相手が、たとえ世界そのものだとしても、私たちはきっと勝利を掴むことができるだろう。
「また、明日」
『ああ、また明日、な』
この先もずっと、こうして言い交わし、そして新たな朝を迎えることを疑わなかった。
なんか、第三者の視点から、ペロッと暴露してますねぇ。
イリアスのお母さんのエフィーナのこともやっと出せました。
作者としては、テオドールが聖女を連れ去ったのが一番気になりますが!
そんな訳で、一応セリカ編は一区切りとなります。
次からはどこへ行くのやら。
取りあえず、全然この後の展開を決めてないので、中華料理ツアーとかしてたらすいません。
本業がわっしゃわっしゃと押し寄せているので、年末にどれだけ書き溜められるか不安ですが、また更新したらお付き合いください。




