82 勇者の暗号
文化が違うだけで、あの単語もアレも、それはもう暗号です。
ギリギリの投稿でしたので、誤字脱字、変な表現等ご容赦ください。
無事涙を採取できたことで、リウィアさんがホッと息を吐いた。
小さい方になった玄武さんが、怒って私の手をガブガブ噛んでいたけど、タマネギの臭いがまだ残っていたらしく、『ハルの手、臭い!』と二人に言われて、地味にショックを受けた。ちょっと泣きそうになりながら、解毒ポーションで手を洗ったよ。子供たちに匂いを嗅いでもらって、取りあえずOKが出た。
その間に、何やら皇帝陛下がリヨウさんと相談をしていて、チラリとこちらを見た。
「多分、『特級』のポーションのことだろうな。ファルハド殿は全てを自国に伝えていなかったようだ」
小声でイリアス殿下が私に話しかける。
イリアス殿下は、お兄さんのレイセリク殿下のことで特級ポーション関係を知っていて、それを私や王子が内緒にしていることを了承してくれていた。だから分かったようだ。
特級関係は、ファルハドさんには朱雀さんの目の治療の時に知られていたし、「沈黙の誓約」?とかいうのも無効になったから、てっきりセリカのみんなに知られていると思ったけど、まだ内緒にしてくれていたんだ。
朱雀さんの目を治した後に、もしかしたら王子とファルハドさんの間で、私が「特級」をホイホイ交換できることを内緒にする約束をしたのかもしれない。
って言う事は、このことを公表しない方がいいんだね。
……しっかし、全然言い訳考えてないよ。どうしよう。
「オーレリアンに何か考えがあってのことだと思うが……」
そう言って、何やらお父さんにアイコンタクトをしている王子を見やった。
なんか、イリアス殿下が王子を認めた発言をしているのが新鮮だ。
「ハル。少しよろしいでしょうか」
来た!リヨウさんが私に話しかけてきた。
「先ほど、あなたが言っていた魔力器官を修復する薬とは、もしかして魔力の『特級ポーション』のことですか?」
「……えっと、そうだったような?……気がします?」
「下手くそか」
しどろもどろの私に、王子がツッコむ。ノーリハでなんて私、説明出来ません!
「リヨウ殿、それは全部、フェンリルのせいだ」
イリアス殿下を押しのけて、私の隣に来た王子が突然きっぱりと言い切った。
え?そうだったっけ?
いつの間にか隣にいたお父さんに、王子がもう一回視線を送ると、ちょっと二人の間に沈黙が下りる。で、王子がお父さんの足を蹴ると、『私か?』とお父さんが驚く。どうやら王子とお父さんはグルのようだ。
『ああ、アレだ、リヨウとやら。それは私が拾ってきたのでハルにやったのだ』
でも、お父さんが説明するけど、すっごいウソ臭く聞こえる。
いくらなんでも、伝説の薬が落ちてるって、そんな馬鹿な話ないと思うよ。ほら、皇帝陛下もリヨウさんも、バリバリ疑っている目を向けている。
『何故そのような目で私を見るのだ?』
「いや、いくらなんでも、『拾った』はねぇよ」
訝し気なお父さんに王子がツッコむ。ちょっとどうしようもない子を見る目をお父さんに向けたら、お父さんがムッとして王子の肩をツンと鼻先で押した。
『そんなアホの子を見るみたいに。嘘は言ってはおらんぞ。ちょっと昔に〝果ての迷宮〟に潜った時に、いくつか落ちてたのだ。その時他に持ち帰ったもので、アヤトが先ほどのグレイプニルとやらを作っておったのが証拠だ』
「「「「「………………」」」」」
……なんか、言っちゃいけなさそうなこと、いくつか言っちゃった気がするよ、お父さん。
周りを見て。王子たちだけじゃなくて、セリカの人も啞然としているよ。
私には何のことかさっぱり分からないけど、絶対なんかお父さんやらかしてるって。
『ちょっと、フェンリルあんた今、〝果ての迷宮〟に潜ったって……』
朱雀さんがちょっとプルプルしながら言った。
『かの地は、俺たち四獣の力が無いと入れないはずだ』
白虎さんも声を低めながら言った。
『ちょっと入り口を壊して入った』
『『『『フェンリル!!!』』』』
東方レジェンズ全員が叫んだ。お父さんが思わず『キャン』と鳴いて、私と王子の後ろに隠れた。ほぼお父さん自身の自業自得のような気もするけど。
『わ、若気の至りというヤツだ!それに、最近は、シロのじじいとフレースヴェルグもこっそりそこに行くつもりだったではないか!』
もしかして、ニズさんをダシにした二人の喧嘩で、よりすごい素材を取りに行くって言ってた、「危ない場所」ってそこだったの?
『許さない。アレ、修復するの大変だった』
『痛たたた!悪かった!だが、外に溢れぬように、ちゃんと対処したのだぞ』
『なお悪いわ!お陰で気付くまでに時間が掛かったわ!』
元の大きさになった玄武のメイさんが、ガブッとお父さんの頭を噛んで、クロさんがお父さんに説教する。
完全にお父さんの自業自得だ。人間組も「あぁあ」という感じ。
状況が分かっていないのは、私と子供たちだけだ。
「ねえ、『果ての迷宮』ってなぁに?」
「あ?ああ、お前は知らないか」
私が王子の裾を引っ張ると、王子が今気付いたといった感じで私を見た。
〝果ての迷宮〟は、この世界に伝わる神話の一つで、その昔、怒ってこの世界を壊し掛けた神様が、もう二度と同じことをしないように閉じこもったとされる場所らしい。そこには、この世界では失われてしまったようなお宝が眠っているとも。で、そこから派生した冒険譚とかが、世界のあちこちにあって、男の子なら一度はそこへ行くことを夢見るって。
『人間とて知っているではないか。私が疑われるのは心外だ』
「神話の地が、本当にあると思うか!」
「これまでの常識やら理性が壊死しそうだ」
王子がお父さんにツッコむ横で、イリアス殿下でさえ思わず呟いていた。
お父さんが、若気の至りとかで進入禁止の場所に入った結果、そこで手に入れたもので勇者アヤト君が今日まで受け継がれた魔道具を作り、それを白陵王さんが悪用して騒ぎになった。
って、今回の騒動の原因って、突き詰めればお父さんのせいなんじゃ……。
私のことを庇ってくれたのは嬉しいけど、それをいろいろ差し引いても庇えないね。
とにかく、その場所が実在して、たった今レジェンドたちも認めたことで、ポーションの出所はお父さんの仕業としてうやむやになった。
『いや、俺たちの方は、まだ話は終わってない』
あの紳士な白虎さんが珍しくお父さんに説教モードだ。朱雀さんも一緒に。ちょっと離れた所に連れて行って、正面に座らせて懇々と諭していた。ちょっと耳を伏せたお父さんは、どこか哀愁を感じた。
凄いレジェンドなのに、素直に周りの言葉を聞く姿勢は偉いと思う。
それが未来の行動に反映されれば、言う事ないんだけど。
「フェンリル。まさかそこまで捨て身の作戦を取るとは。お前の犠牲は忘れない」
何故か王子がお父さんに哀悼の意を示した。あ、そうか。私のためか。一応私もお父さんに頭を下げた。ありがとう、お父さん。
『ハル。フェンリルは置いておいて、今のうちに俺たちの七星剣を見せてくれよ』
また小さい形態になった玄武さんがトコトコやって来て、クロさんが私に言った。そもそもの目的がそれだったものね。
王子をチラリと見ると、頷いた。なんか、この流れが定着してきたね。
私が何かすると察したのか、バラバラにいたみんなが集まって来た。見られていると緊張するけど、それには目を瞑って収納から剣を取り出した。グングニルみたいに持てないほど重くは無いけど、ずっと持っているにはしんどい地味な重さだ。私はさっさと王子に渡した。
『ほう。予想以上にいい剣だな』
感心したようにクロさんが、王子が見せる剣を褒めた。
「そう言えば、この剣の説明を見てなかったな」
イリアス殿下がポツリと言ったので、私はみんなに見えるように説明を見せた。
〝聖剣七星剣 魔力を込めると、半径20メートルの範囲に麻痺属性の攻撃ができる。特に獣型、竜族の魔獣への効果が高く、その攻撃は思考低下の効力があり「隷従」と呼ばれる〟
え?エグイ効果なんだけど。魔剣の間違いじゃ……。
「……くくく。獣型の魔獣の『隷従』か……」
突然、隣の王子から、歪んだ笑いが起こった。そして、七星剣を持ったまま歩き出す。
『どうした、オーレリアン。うん?何故私に剣を向けている?』
「いや、ちょっと日頃の恨みを晴らそうかと」
『何故だ!?』
お父さんが不可解と言って叫ぶ。
他は、満場一致で王子に理解を示したけど、ガルがそっと王子の裾を噛んで引き留めた。さすがのガルも、父親への危害は見逃せないのかな。
『無駄だ。それくらいで父さんが止められるなら苦労はしない』
違ったね。
それに、多分王子級の魔力だと、他への被害が酷いと思うよ。
膝を突いて、「ちょっと、ちょっとでいいんだぁ」と血涙を流しそうな王子から、そっとレアリスさんが七星剣を取り上げて、あまりにも自然な動作でお父さんに剣を当てていた。
「「「「「レアリス!?」」」」」
『うぉ!ピリッとした!!』
どうやら最小出力で魔力を込めたらしく、ごく狭い範囲で「隷従」が発動したようだったけど、お父さんには静電気くらいのダメージだったみたいだ。
レアリスさんの魔力が足りなかったのか、それともお父さんの存在が規格外なのか。
おそらく後者だろう。
怒ったお父さんは、レアリスさんを尻尾でモフモフ攻撃しているけど、本人はものともしない。
「残念です」
「……俺は時々、お前を凄いと思うよ……」
淡々と七星剣を返すレアリスさんに、王子がポツリと言った。みんな同じ気持ちだね。
ちょっとシーンとなった空気に、軽い咳払いが聞こえた。皇帝陛下だ。
「いや、おもし……大変参考になった」
面白かったんだね。
「それにしても、聞き及んでいたが、それが勇者アヤトが創造したという神話級武器か」
王子の手に戻った聖剣をしげしげと見て、感心したように頷いている。
「ここは、三百年前に勇者が長くいた土地でもあるから、さまざまな縁の品が残っているが、このような物を作っていたとは終ぞ知らなかったな」
そうか、アヤト君はここに滞在していたのか。だから、白陵王さんが使った羂索やグレイプニルみたいな遺物があったんだね。
「そうでした。ハルには、勇者の残した文献を見ていただこうと思っていたのでした」
リヨウさんが掌を打って、ずぅっと前に言っていたことを思い出したようだった。
もしかして、あれかなぁ。凄い偉い将軍の頭に、鳥のフンが落ちたってヤツ。
「おそらく、この三百年の研究の転換期になるかと……」
文脈と合わない〝草生えた〟を深読みし過ぎて、暗号だと思って研究していた件だ。他にも同じようなことがあるかもしれないという可能性が出てきたからね。
「そうか。どれ、ではその文献を見に行ってみるか?」
フットワークの軽い陛下は、事も無げにそう言って私を誘った。
え、ここにあるの?
「原書は書庫の暗室に保管していますが、特別にお見せできるでしょう」
リヨウさんが丁寧に説明してくれる。リヨウさんが持っているのは原書の写本の写本の写本くらいのものらしい。
さっそく私たちは、リヨウさんの案内で、その書庫に行くことになった。
レジェンズは玄武さん以外はお家の中に入れないので、そのままお庭にステイしてもらった。書庫に行くのは、私と王子とイリアス殿下、護衛にユーシスさん。セリカは、皇帝陛下とリヨウさん、それにファルハドさんだ。あとは、書庫の周りを陛下の兵士が守るみたい。
扉を開けると、紙と墨のような独特の匂いがした。湿気取り用の窓はあるけど、紙の保管に開けることはあまりないらしい。そこの最奥から取り出してきた一冊の本を、明るい閲覧室でみんなで見ることになった。
私の机の前に置かれた数冊を囲むように、みんながそのページに注目した。
これは、アヤト君が書いた自筆のものだ。
聞いていた大胆な人柄から、文字も大胆で少年ぽい字かと思っていたけど、筆を使ったその筆致はとても綺麗だった。
ササッと最初の数ページを読むと、自己紹介があった。
アヤト君は「生田綾人」という、十八歳で進学校に通う高校生らしい。お姉さんのユウナさんは、「夕奈」と書いて、二十歳で女子大に通っているみたい。
やっぱり二人は、私や有紗ちゃんと同じ時間軸で召喚されたみたいだ。召喚された日付まで一緒というのが驚きだったけど、ある程度は予想していたとおりだった。
住まいは東京のお金持ちがひしめく住宅地で、お家にお手伝いさんがいるような家庭だったので、家事をしたことがなかったから、日本の料理を再現できなかったと書いてある。
綾人君はわりと何でも大丈夫だったみたいだけど、夕奈さんがこだわりがあったみたいだ。で、わりと日本食にも近いセリカの食事を求めて、レンダールからはるばる他国訪問の理由をこじつけてやって来たみたいだよ。
ざっと読み飛ばしたけど、レンダールのことはあまり書いてなくて、セリカのことが沢山書かれていた。特に白虎さんにあったことが衝撃的だったみたいで、ずっと「カッコいい」とか「遅い中二病発症」とか、ちょっと興奮気味に書いてあった。
綾人君の文面は、結構淡白な感じだったけど、たまに、付き合ってた女の子は今頃どうしてるか、とか、このまま漫画借りパクになったらどうしよう、とか、音楽聞きたい、とか、向こうを振り返る言葉が出てきた。
軽いホームシックの様子が窺えて、しっかりしているようだけど、やっぱりまだ十八の男の子だと思った。
で、いよいよ鳥のフンの付近に来たんだけど、例の不幸な将軍とのことが書いてあって、「ゲームの呂布みたいなのキターーー!しかも男前www」と興奮していた。
私は、例えられた人物の説明を求められたので、なんとか記憶を掘り起こして、「その人は、地球で有名な古い時代で一番強かった武人で、『www』は笑いを示します」と伝えた。
はぁ、いったい何をやっているんだろうか、私。
その人はリュウキさんという名前みたいだけど、何故か夕奈さんがその人に一目惚れして、一緒にレンダールからついて来た護衛の騎士のテオドールさんという人と三角関係になりそうだ、と書いてあった。
なんか、見ているこっちがドキドキするようなことが赤裸々に綴ってある。
「ハル。ここの、『テオドールはドМだから、夕奈とちょうどいい』というくだりですが、この『ドМ』という意味がどうしても分からなかったのです。教えてください」
「…………いや、分かりません。ごめんなさい…………」
リヨウさんの無邪気な質問だった。ここは、知らないということで押し通そう。私の挙動不審さに、王子が不審そうな目を向けるけど、私は気付かないフリをする。
そして、例の鳥のフンの件は、足を痛めた綾人君がリュウキさんにおんぶしてもらっていたから気付いたけど、リュウキさんは兜を被っていたし、彼の背が高くて他に誰も気付かなかったようだ。結局リュウキさんのフンは、一日中拭われなかったとのこと。
怪我しているのを助けてもらっているのに、面白さを取るのが、さすが夕奈さんの血縁だと思った。
そうして、いくつかの翻訳で、私の神経がすり減ってきた頃、最大の難関と思われる箇所を示された。
「多分、これは間違いなく暗号だと思われるのですけど……」
「うわぁ」
思わず声が出た。
大量の「た」の羅列と、ページの片隅に書かれた「ヒント」という文字と謎の生き物の絵。
ヒント見なくても分かるヤツだ。
〝たたこたのせたかいたのかたたみをこたろさたたなたいかたぎたりた、こたのせたかいたたはなたがたくはたたないた〟
なんだか、狂気を感じる暗号だよね。
「分かりますか?」
「はい。向こうでは結構メジャーな暗号です」
「やはり、この凶悪な魔獣のような絵が鍵を握っているのでしょうか」
リヨウさん、そのとおりなんですが……。
綾人君も、王子やイリアス殿下に負けず劣らずの「画伯」ぶりだ。きっとそう、魔獣だと信じていたら、永遠に解けなかっただろうね。
これ、「たぬき」だもの。
子供とか好きだよね、こういうの。どれどれ。
……え?なに、これ……。
〝この世界の神を殺さないかぎり、この世界は長くはない〟
冗談、だよね?綾人君。
今回は「た」酔いしました。
そして、突然現れる三百年前の謎の三角関係。掘り下げませんけどね。
勇者、いい仕事したんじゃないかな?




