81 波瑠、最強説
今回のお話は、GLでも動物虐待でもありません。
全てが片付いて、被害の全容の確認が終わった。
幸い(?)なことに、お父さんに破壊されたのは霊廟と諸々の貴重なものと、後ろの山がちょっとだけで、人的被害はほぼなかったようだ。
被害は、お父さんの特大の雷に驚いた職員のおじいちゃんがギックリ腰になったとか。絶対それだけじゃなかったと思うけど、人死にが出なかったのは本当のようで、取りあえず安心した。
どうやら陛下は、ここへ来る前に相当な数の兵を配置していたらしい。
瓊枝堂の霊廟が破壊されても人的被害がほぼなかったのは、あらかじめ白陵王さんを捕縛するためと間者を逃がさないために、瓊枝堂の人間を全て一所に捕らえていたから。
私たちが広場に集まった時には、既に包囲網が完成していたとか。全然気付かなかった。
さすが皇帝陛下というか、やることが徹底している。
破壊された瓊枝堂では何もできないと、皇帝陛下の号令で、接収した白陵王さんの居城に移動することになった。レジェンドたちもそれにくっついて来るようだ。
皇帝陛下は「これは前代未聞の大游行だな!」と楽しそうだったけど、どちらかというと、これを目撃した人にとっては百鬼夜行だね。私なら失神する。
おまけに、皇帝陛下の護衛とかお付きの人とかが列をなすから、一般市民は突然のお成りに度肝を抜かれるだろうな。
人間組は、使節団の仕様のままで、騎馬と馬車で移動するんだけど、馬車組の私は顔が見えなくて本当に良かったと思う。
そこで何故かまたミニサイズになった玄武さんが、一緒に馬車に乗ると主張して、それに嫉妬したお父さんが、私をまた無理やり背中に乗せようとしたので、ガルと朱雀さんにこっぴどく怒られた、というひと悶着があったけど。
なので、レンダールの馬車の中は、さっきの魔道具に捕らわれてしまったことで意気消沈中の子供たちと玄武さん、王族のイリアス殿下と王子でいっぱいになった。
ガルは王子の膝に、スコルはイリアス殿下の膝に、ハティは玄武さんと私の膝をシェア。右にハティのお顔で、左に玄武さんの亀さんが頭を乗っけて、私に負担が無いようにしてくれている。
このポジションを見たセリカの人たちが、「この馬車に乗りたい!」と言ったけど、イリアス殿下が冷たく却下した。皇帝陛下が「どれ」と言って勝手に乗り込もうとしたのを、ファルハドさんが肩を掴んで引きずり下ろしていたのが印象的だった。
こうして無事に出発した馬車の中で、私はふと思ったことを聞いてみた。
「そう言えば、玄武さんって、お二人にそれぞれお名前ってないんですか?」
自己紹介にもあったように、「二人合わせて」玄武なんだとのこと。でもそれだと、それぞれ別の意思を持った亀さんと蛇さんを呼ぶのに不便だ。
『聖女もそんなこと言ってたな。あいつは俺たちを勝手に呼んでたけど』
どうやら聖女のユウナさんも不便を感じたようだ。朱雀さんの「すっちー」が頭を過った。
『俺たちは別の名前で『玄冥』と言ってな、聖女は俺を『玄ちゃん』こいつを『冥ちゃん』と呼んでたな。玄武で呼び辛かったらお前らも使っていいぞ』
蛇さんがそう言ってくれた。良かった。「すっちー」さんほどの衝撃はなかった。
「それにしても、皆さん、聖女のユウナさんと仲が良かったんですね」
レンダールではユウナさんはどちらかというと人間との関係が密接で、勇者アヤト君はレジェンドたちとの繋がりが多かった。でも、セリカでは逆で、ユウナさんがレジェンドと、アヤト君が人とたくさん関わっている印象だ。
『ユウナは、食べ物がセリカの方が合うと言って、こっちにこっそり遊びに来た時に、『女子会』っていうのを開いた。本当はフレースヴェルグも呼んだけど、ちょっとフレースヴェルグは来られなかったから、私と朱雀と三人でやった』
『……俺もいたんだけどな。俺、男なのにな』
あの、今って「女子会」って言っても、男性入って大丈夫ですから。
どうやらユウナさんは、遥々魚介を求めてセリカを訪問した時に、こっそりレジェンドに会って愚痴ったらしい。アヤト君がレジェンドたちとお友達だったお陰らしいけど。
その時に、「寿司」が食べたいというユウナさんの願いから、日本食に興味を持った玄武さんが時の権力者に働きかけたら、なんと、白陵王さんの母方の一族であるセイ家が、最もユウナさんの願いに近い海産物を用意したとのこと。
白陵王さんは一族から遠く離れたアスパカラに飛ばされたけど、セイ家は元々東の有力一族で、首都の海産物の流通を牛耳っていたみたい。それで、そのご褒美に、玄武さんが「鎧甲」をあげたって言ってた。
それが巡り巡って三百年後に白陵王さんが暗躍する元になったんだ。
あの転移の呪文が、まさかの変身を遂げた訳だ。感慨深いというか、何とも言えない気持ちになる。
何にしても、今起こっているいろんなことの原因が、ユウナさんにあることは分かったよ。
ほどなくして白陵王さんの居城に着いた。
なんか、支城って聞いてたのに、州城よりも絢爛豪華だった。なるほど、権力ってこういうものなんだなぁ。
まあ、州城は首相官邸やホワイトハウスのような行政府だから、見た目より使い勝手の方が優先で、居城は権力の誇示に豪華にする必要があるって感じかな。
着いた先では、蜂の巣をつついたような混乱を予想していたけど、案外粛々と接収は行われていた。私たちが着いた時にはもう、私たちがそれぞれ滞在する部屋まで決まっていた。
もしかすると、ここにも皇帝陛下の手先の人がいたのかも。それなら納得だ。
陛下に有利に働くようならそのまま手助けを、陛下の害になるのなら埋伏の毒となる人たちが、どうやら皇帝陛下にはたくさんいるようで、今回その人たちがリヨウさんにはプラスに働き、白陵王さんにはマイナスに働いたようだ。
間者や裏切りなんて、ドラマでしかないと思っていた世界が、現実に目の前にあった。
ちょっと顔を強張らせながら、私たちを案内する綺麗な女官のお姉さんについて行った。
部署を隔てる回廊の多い州城ほど複雑な造りではなかったけど、大変広い豪邸にどれだけお金が掛かっているのか分からない調度品と、州城とはまた違った緊張感があった。
客人を通す用の接待の間のような場所に、皇帝陛下共々通され、お茶やお菓子が供された。
前庭があり、そこにお父さん、白虎さん、朱雀さんがいた。何故か、遠くから見ても分かる絹のお布団を敷かれて、どうやら座布団がわりにどうぞお座りください、ということのようだ。
ごめん、いつもベースキャンプではレジャーシートでおもてなしして。帰ったら、もうちょっといい毛布とか用意しよう。
それにしても、この月餅みたいなの凄く美味しいなぁ。
おやつを子供たちにもあげていると、まだ小さいモードの玄武さんも、二人してあーんと口を開けて待っているので、月餅を四分の一くらいに千切ってあげた。可愛いに癒されてちょっと私が現実逃避していると、お父さんが恨めしそうにこちらを見ている。
仕方が無いので、お庭に出て、もらった月餅を食べさせてあげた。それを見たイリアス殿下が、「犬だな」と言っていた。
朱雀さんは『イケメン、ちょっとこっち来なさい』と言って、「イケメン」の意味が分からないながらご指名を受けたユーシスさんとファルハドさんが、頭に?を浮かべながら世話をしている。
白虎さんには王子が付いたけど、『俺にはお前か』と言ってため息を吐いたので、「俺に対する配慮はないのか?」と王子が呟いていた。白虎さんはフェミニストだからね。
亀さんことメイさんは(ちゃん付けは無理)、私の代わりにリヨウさんに目を付けたようで、無言でその膝に乗ったので、また蛇さんことクロさんに『堂々と浮気か⁉』と頭突きで突っ込まれていた。メイさんは『美形は尊い。お前見飽きた』とクロさんに止めを刺して、リヨウさんが気力を失ったクロさんの頭を両手でキャッチしていた。
皇帝陛下が「俺も美形ではないか?」とメイさんに尋ねたら、『若くて繊細な子がいい。ムサい髭はお断り』と言われて、クロさんくらいショックで項垂れていた。
レジェンドのお世話は大変だ。
皇族や貴賓に世話をさせていることに、お付きの人たちは戦々恐々としていたけど、相手がレジェンドなので、凹んでいる陛下に代わってリヨウさんが笑いながら下がるように命じた。
そんな感じで、私たちは和気あいあい(?)としていると、ちょっと復活したクロさんに私は呼ばれたので近くに座った。
『そうだ、ハル。確か霊薬を作るのに、俺たちの素材が欲しいって言ってなかった?』
クロさんに言われてハッとなる。リウィアさんと目が合う。
いろいろあって後回しにしてたけど、元々玄武さんと会いたかった理由はそれだった。
その場にいたみんなも、私たちの話に耳を傾けていた。
「はい。えっと、十二歳の男の子の魔力の異常代謝による魔力欠乏症という病気を治したくて、その素材をいただけたらと。あともしご存知だったら、調合に必要な他の材料も教えていただきたいです」
『まあ、簡単には朱雀に聞いてたけど、なるほどな。いいぞ。だが、霊薬と言っても種類があってな、魔力に関する霊薬なら、おそらく俺たちの素材だけでは足りないかもしれん』
クロさんが少し思案した感じで言った。
リウィアさんが、そんな!という表情になる。それをクロさんが『まあ、聞け』と宥める。
『異常代謝による魔力欠乏は、魔力器官が壊れたことにより魔力が過剰に作られ続けることと、身体に魔力を留められないことの二つを治さなくちゃならない』
急にレジェンドっぽくなった。さすが、「霊薬の宿主」と言われるだけあって、病の症状に詳しい。
今までの姿が嘘みたいだ。
『まず俺たちの素材で必要なのは、二つ以上の効能を増幅してまとめ上げる俺とこいつの涙を合わせた〝玉涙〟と、魔力が排出されないように吸収させる〝鎧甲〟と、後は魔力が完全回復する薬だ』
どうやら、玄武さんの素材だけでは出来ないみたいだ。レジェンド素材は、あくまで補助として機能する素材だけだって。
しかも、魔力が回復する薬と言っても、単に不足している魔力を回復させるだけではなくて、こちらの人には地球人にはない魔力を作り出す器官があって、異常代謝でそこが傷付いてしまったのまで治せる薬が必要みたいだ。
異常代謝による魔力欠乏症は、数百万人に一人発症するという本当にレアな不治の病だ。その原因まで全く研究が進んでいなかったみたいだけど、クロさんの言葉で多くの事が分かった。
だけど、そのことによって、再びリウィアさんの顔が曇った。
素材二つは玄武さんが何とかしてくれるけど、もう一つ、傷付いたら二度と治らないと言われている魔力器官を治す薬など、それ自体が伝説のような薬など無い、と絶望して呟いた。
私と王子は、思わず顔を見合わせてしまった。
アレだよね?と私が王子に目で訴えると、王子がうんと頷いた。ここでアレが役に立つ日が来るとは……。
「あー、あのー、リウィアさん?実は、多分、それ、私持ってるかも……」
あぁ、アレです。以前、私と王子が、魔力のない私でも転移の魔法陣を動かせるかどうか実験した時に、魔力ポーションの画面を見てたら、思わず王子が手で画面を覆って見なかったことにした案件のヤツです。
傷薬と同じく、名前に「特級」って付いてたなぁ。
みんなが一斉に私を見た。うぅ、そんな変な物を見る目で見ないで。特に陛下が初見だからか興味津々だ。キラキラした目で見るの、おやめください。
『『ホント、面白い人間 (だな)』』
シンクロした玄武さんの声が聞こえた。予想してたけど、と明らかに笑ってる。
リウィアさんが、ガバッと私に抱き付いて、ほっぺにチュッとキスをした。ええぇ⁉
「ありがとうございます、ハル。あなたに一生ついていきます」
「リウィアさん!!早まらないで!!!」
思わぬリウィアさんの攻撃に、私も戸惑った。チューって!
「「「……これはこれでアリだな」」」
誰、今アリとか言ったの⁉これは感極まったリウィアさんの感情表現で、これは一時の行動です!
私は、声のした方をムムッと睨むと、数人が私から目を逸らした。今、陛下も目を逸らしたよね。
私を抱き締めて泣いているリウィアさんの背中をトントンして、落ち着かせると、レジェンドたちが楽しそうにこちらを見ていた。なんだかんだ言ってレジェンドたちって、人間のこと嫌いじゃないと分かるくらい優しいよね。
『ただ、問題がなぁ……』
喜びムードに盛り上がる中、水を差すようにクロさんが呟いた。
『俺たち、ここ千年、涙流したこと無いんだよなぁ』
何それ、致命的じゃないですか⁉
『殴ればいい』と、脳筋なことをお父さんが言う。
『フェンリル、一応俺たちは、この世で最も固いって言われてるんだぞ?』
この世界の最高の防御力を誇っているらしい玄武さん。泣かせるくらいの攻撃って言ったら、ガチバトルになる。……無理だね。
「笑わせるのはどうでしょうか?」
リヨウさんが控えめだけど、物凄いハードルの高いことを言う。
ああ、別の意味での生理的な涙ね。でも、涙を流すくらい面白いことって……。
「「「「「……魔眼……」」」」」
私、ユーシスさん、レアリスさん、ファルハドさん、ラハンさんが一斉に王子を見る。
「ふっざけんな!!!やんならお前らがやれ!!!!」
王子の絶叫に、誰も手を挙げなかった。すると、別の途を模索するしかない。
ん?待って。生理的な涙なら、アレがあるじゃない。
「唐辛子スプレーか?」
「しません!」
何かを思いついた私を見て、レアリスさんが尋ねる。
リウィアさんの弟さんの口に入るのに、そんな刺激物成分が入ったものを摂取させるような酷い人間じゃありません!
そう言うと、レアリスさんが「魔獣はいいのか?」とほぼ聞こえない程小さく呟いて、レジェンドたちをちょっと気の毒そうに見た。
それよりも、さっそく試さなきゃ。
「クロさん。涙ってどれくらい量がいりますか?」
『まあ、一人分の量なら、その茶碗一杯ずつか?』
そう言って、私たちが飲んでいたお茶を見る。小さな茶器だから50㏄くらいかな。だとすると、普通サイズの玄武さんの涙だと、二、三滴くらいか。
「ちょっと玄武さん、大きくなってもらえますか?」
快く頷いてくれて庭に出ると、『へんしん!』と聞こえて、すぐに大きな玄武さんになってくれた。私は玄武さんを見上げると、おおよその目算を付けた。
よし、イケる!
私が自分の目を赤くして準備したものを見て、ユーシスさんとレアリスさんが引いた。
「……ハル、まさか……」
「クロさん、メイさん、ちょっといいですか?ご協力をお願いします」
またまた快く二人とも頭を地面に下げてくれた。
私は「失礼します」と断りを入れてから、それを実行した。
『ぎにゃぁぁ‼!』『お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙ぉ!』
迸った絶叫に、その場にいた全員がビクッとする。
激しく悶えるそのお二人の鼻の孔には、二つに切ったこぶし大の大きさのタマネギがジャストフィットしている。
「「ハル!!??」」
ユーシスさんと珍しくレアリスさんが大きな声を上げた。あ、器用意するの忘れた。
「アルジュンさん、ラハンさん!その飲み終わった器、貸してください!」
「「は、はい!」」
二人からお茶碗を受け取り、サッと取り出したミネラルウォーターで濯ぐと、二人にまたお茶碗を戻して、悶える玄武さんから涙を採取してもらった。
さすが期門のお二人は、いい動きしているね!
「「「『神獣と霊薬の素材の扱いが雑だ!!!』」」」
王子、殿下、ファルハドさん、ガルからツッコミがきた。ええ、なんで!?
「金剛石よりも固く、絶対防御と言われた玄武を、こうも簡単に攻略する人間がいるとはな」
「申し上げておきますが、これが出来るのは、恐らくハルだけですよ」
ハハハと笑う皇帝陛下に、リヨウさんが目を伏せて何かを言っていた。
『ある意味、ユウナより恐ろしい子ね。ハル』
『本当に我らを退屈させんだろう?』
『それは間違いないな』
何か、遠くからレジェンド三人が、生温かい目で私を見ていた。
サブタイトル、タマネギ最強説とどっちがいいか迷いました。
唐辛子もヤバいですが、いずれにしても良い子は真似をしないでください。
また更新が不定期になる予感。
でも、できるだけ頑張って更新します。
閲覧よろしくお願いします。




