80 亀と蛇
いよいよ3匹目の東方レジェンズ登場。
何故か周りが緊迫する空気の中、私の前にちょこちょこと歩いて来た玄武さん(?)が、その黒い大きなおめめを私に向けた。亀さんと蛇さん、両方だ。
私は、二人(?)に視線を合わせるように、膝を突いた。
『そなたが、朱雀が言っていた異世界の娘か?』
蛇さんが私に向かってそう言った。リクガメくらいのそのサイズに見合った、なんか可愛らしい声だ。ちょっとガルを幼くしたような感じ。
私が緊張して頷くと、蛇さんが亀さんに何か合図を送った。ちょっと亀さんが迷惑そうに「はぁ」と溜息を吐いた。え?どうしたの⁉
『亀です』とすごいローテンションで亀さんが言う。
『蛇でぇす!』とやけにハイテンションで蛇さんが言う。
『『二人合わせて、〝玄武〟です!』』
「………………え?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。いや、ほぼ蛇さんの声しか聞こえてないって意味じゃなくて、今目の前で起きたことに理解が追い付いていなかった。亀さんと蛇さんが、二人で「玄武さん」だということは分かったけどね。
私だけじゃなく、周りが一瞬静寂に包まれた。
『騙しやがったな、あのクソ聖女!これやったら、異世界人はどっかんどっかん好感度が上がるって言ったの、嘘だったんか!!絶句してんじゃねぇか!』
蛇さんが絶叫し、亀さんの甲羅の上でびったんびったんとのたうち回った。
最初、威厳たっぷりな喋り方だったのに、言葉遣いが乱れていますよ。
『だから、言った。お前、騙されてるって。馬鹿。あとうるさい』
またまた抑揚のない声で亀さんが言った。
こちらも可愛い声だけど、なんかやけに蛇さんを抉ってくる。
『……ユウナ、なんて恐ろしい子』
朱雀さんが言った言葉で、私はハッと気付いた。
「わ、わぁ、ありがとうございます。その挨拶は、私たちの世界では、特別な人たちしかできないので、なかなかお目にかかれないんですぅ。す、すごーい」
聖女のユウナさんが、面白半分で玄武さんに漫才自己紹介を教えたようだ。なんて酷いことをするんだろう。っていうか、亀さんは疑っていたみたいだけど。
『気ぃ使わなくていいぞ。なんか悪かった』
「……いいえ。こちらこそ、なんかすみません」
蛇さんにバレてる。お互いになんとも気まずい空気に包まれた。
「で、でも、私を気遣ってくださって、ありがとうございます」
好感度を気にしてくれたってことは、少なくとも仲良くしてもいいと思ってくれてるんだよね。それは正直に嬉しい。
私が笑って見せると、真っ黒い大きなおめめで亀さんが私をジッと見て、またトコトコとやって来ると、よいしょと私の膝に乗った。え?
『……いい』
ハティより小さいけど、かなりズシッとしている。ガルくらいの重量はありそうだ。
『……お前、何やってるんだ?』
『ここ、サイコー。気に入った。ぐぅ』
『アホか!初対面のよそ様の膝で寝んなや!』
秒で寝た亀さんに、蛇さんが頭突きとともに、渾身のツッコミを入れる。
「あの、喧嘩はダメですよ」
取りあえず、喧嘩を止めようと、私は恐る恐る亀さんと蛇さんの眉間辺りを撫でた。亀さんは人間の皮膚を固くした感じで、蛇さんはドラゴンさんたちの鱗よりも柔らかい感じで、二人ともサラッとした手触りだ。
『はぁん、もっと……』
『……ここは天国か?』
元々私の膝でダレていた亀さんもだけど、元気だった蛇さんがくてっと私の掌に頭を預けてきた。なにこれ、めちゃくちゃ可愛い。
『玄武め!そこは私の特等席だぞ!』
「あんたは黙ってろ!ややこしくなるわ!」
何故かお父さんが憤慨して、亀さんをどけようとするのを、王子がお父さんの顔を押し返して止めに入る。
……カオス。
「そんな馬鹿な。……神獣の朱雀に玄武だと……?」
呆然とした声が聞こえた。白陵王さんだ。
今は皇帝陛下の配下の人(テンショウさんじゃない別の人)に後ろ手で拘束されていて、膝を突いたままだ。
そうだよね。普通四獣って言ったら、セリカの皇族の人だって、一生にそうそう何度もお目に掛かれないようなレアキャラだものね。信じ難いのは分かる。
「朱雀はともかく、何なのだ、玄武のその姿は!」
あ、言ってしまった。多分それ、みんな思ってたけど、誰も口にしなかった案件です。
私としては可愛いからいいけど、セリカの人はちょっとびっくりしたんじゃないかな?
「このような紛い物が神獣を騙るなど、全てリヨウが仕組んだ偽物であろう!」
そうきた。まあ、偽物だって否定したい気持ちは分かるかな。四獣のうち、三人もいっぺんに敵に回しちゃったとしたら、それは現実逃避したくなる。
せめて一人だけでも、と。
でも、お父さんも白虎さんも朱雀さんも誰も否定しないから、紛れもなく玄武さんだよ。
このサイズは凄い気になるけどね。
『ふふふ。良く言ってくれた、そこの悪役っぽい人間!このまま突っ込まれなかったらどうしようかと思っていたぞ。お前ら、適応力高すぎだろ!』
白陵王さんの言葉に、蛇さんが嬉しそうに言う。白陵王さんには貶されたんだけど、むしろ玄武さんの姿に疑問を呈しなかった私たちが怒られた。理不尽だ。
我関せずみたいな態度の亀さんに、蛇さんがもう一回頭突きをすると、亀さんは渋々と言った体で私の膝から降りた。で、またトコトコとマイペースに私たちから少し離れた。
何かの準備を終えるまで、白陵王さんまでが黙って玄武さんを見ていた。
『ふふふ。この姿は、世を忍ぶ仮の姿……。人間ども、刮目して見よ!』
クルッとみんなの方を向いて、それは楽しそうに蛇さんが宣言する。
『『へん、しん!!』』
「…………え…………?」
また二人が同時に声を上げ(ほぼ蛇さんの声しか聞こえなかったけど)、一瞬にして私たちの目の前が陰ったような気がした。
その原因は、突然目の前に現れた、通常モードのレッドさんと同じくらいの大きさをした、黒い甲羅が鎧みたいで要塞のような亀さんと、亀さんに絡まって尻尾のように見える青みがかったツヤツヤの灰色の蛇さんだった。強そう。
人間組から、「おぉぉぉ」というどよめきが起こった。
「……本当に玄武だったのか……」
思わず王子が呟いた。
うん、気持ちは分かるよ。それより私は、姿を変える時の呪文が衝撃だった。絶対ユウナさんが噛んでるよね。変なエフェクトとかベルトが回る演出がなくて良かった。
『これで分かったか、愚かな人間よ』
涼やかで快活な青年風の美声が、白陵王さんに向けられた。蛇さんだ。
『……眠い』
はぁ、と、少しハスキーで色っぽい有紗ちゃん風の女性の声で、亀さんが言う。まったく周りの空気を読まないマイペースぶりだ。
その亀さんに蛇さんが『なんでやねん!』と突っ込んだ。『へんしん!』も『なんでやねん』も、きっとユウナさんの仕業だね。
それにしても、おかしな言葉も忘れるほどのレジェンドの美声は凄い。
私からすれば、ツッコミどころ満載のやり取りだったけど、白陵王さんやリエン皇子には十分な衝撃になったようだ。
他の東方レジェンズよりも勇壮な出で立ちだけど、皮膚に走った模様のためか優美さも備えていて、まさに「神獣」という感じだ。……喋らなければ。
さすがに、その威容に打たれたのか、もう白陵王さんたちは抵抗する気力も削がれたようだ。
レジェンド四人に最上位魔獣の子供たちまでいたら、私があちら側でも諦めるよ。
「叔父上。これで気は済みましたでしょうか。あなたは、決して手を出してはならない領域に触れてしまったのですよ」
そう言って、チラリと私を見た。何で?
白陵王さんも、こちらを見て、そして項垂れた。
「お前の言うとおり、私は耄碌したようだ。『沈黙の神話』を知っておったのにな」
ポツリと言った、白陵王さんのその背中は、何故か小さく見えた。
「リシンよ。此度の事は全て私が企てたことだ。累が及ばぬよう計らえ」
「お祖父さま!」
「存じておりますよ。そうでなければ、リエンを立太子していたでしょうからな」
潔い言動は、さすが国の裏側で動いていた人と思った。自分がそうしてきたから、野心が潰えた時にはどうなるかよく分かっているのだと思う。リエン皇子も、お祖父さんのやったことを飲み込もうとしたように、白陵王さんが一人罰せられるのを良しとしなかった。
でも、陛下の裁可は、今回の企てがリエン皇子のものではないと下した。
リエン皇子は、覚悟はあっても権謀術数に長けているというには少々素直すぎた、と陛下が言った。リヨウさんと正面からぶつかった態度とか、オレリアちゃんに対する好意は、確かに傲慢でも裏表が無かったものね。
陛下は、裏表を作れないリエン皇子と、野心の無いリヨウさんを比べていたようだ。すぐに腹の内を読まれるのは足元を掬われるし、野心が無いと政が惰性になるらしい。どちらも皇帝となるのには欠けている人たちで、それを補完して見せたリヨウさんの勝利ということらしいから、四獣との繋がりを主張し、名乗りを挙げた時点で、陛下の中ではリヨウさんに天秤が傾いていたようだ。
皇帝陛下がこれまで皇太子争いを放置していたのは、強い皇帝を作るべく、子供たちを淘汰していたから。
陽気で魅力的な顔の下に、冷酷な一面を持っている目の前の人に、私は背筋に冷たいものを感じたけど、同時にリエン皇子を救う動きを見せたのは、親としての情もちゃんと持っている証拠だと思った。
冷たさと温かさを矛盾なく持つことが出来るのが、大国を率いる人に求められる器量なのかもしれない。
白陵王さんとリエン皇子が退場した後、陛下は私たちに向き合った。
「白帝よ、我が国の政争に巻き込む形となり、誠に申し訳なかった。そして、レンダールの方々。叔父の犯した罪については、一切の手心を加えずに糾明することを誓おう」
それは、陛下の即位に纏わる、レンダール国内で起きた反乱を含めて、と言っているのだと分かった。イリアス殿下が「必ず」と厳かに言った。
と、神妙な雰囲気が漂った中で、皇帝陛下が「しかし」と区切った。
「まさか、四神のうち三神にまみえることになろうとは、さすがに俺も想像してなかったな。おまけに『雷公』まで付いているとは!」
本当に、白虎さん以外はイレギュラーもいいところだ。特に玄武さんは何で来たのかまだ目的を聞いていなかった。
『あたしは、この子に借りがあるから。玄武はこの子のスキルで面白半分だし、フェンリルに至っては飼い主と離れたくないっていう忠犬ぶりからね』
『そうだ。私はハルを守らねばならぬからな!』
サラッと恐ろしい説明を朱雀さんがしてくれた。全部の説明に私を入れないで!そして、お父さん。飼い犬呼ばわりされて、何得意げになっているの⁉
『……七星剣』
ボソッと亀さんが呟く。
あ、そうだったね。この会合が終わったら届けるつもりだったけど、どうやら痺れを切らして玄武さんたちは来ちゃったようだ。
そんな私たちを見て、陛下がまた顎の髭を撫でながら頷いた。
「なるほど。レンダールの人材は誠に面白い。凄まじい武器を操る騎士たちに、神獣の攻撃をも防ぐ王族、命を顧みずに家族を救おうとする勇敢な美しい令嬢、そして、絶世の美女にもなれる王子……」
「おい!なんで俺だけ能力評価じゃないんだよ!」
思わず王子がツッコんだ。相手は隣国の皇帝なんですけど。
「美女は世界の宝だ。俺の中では一番評価が高いぞ」
「どうでもいいわ!」
ファルハドさんよりキツイツッコミ。それも陛下は朗らかに笑って躱していたけどね。
それにしても、旅中の出来事は事細かに知られているよ。どうやら、誰かまでは分からないけど、使節団の中に、テンショウさんのような陛下の手の人が紛れ込んでいたようだ。
アルジュンさんとラハンさん……は無いかな。きっと従者の人のうちの誰かだ。
「それに何より、最上位魔獣すら魅了する、この世の理の外にある娘」
急に矛先がこちらに向いて、陛下の目が私を捕らえた。まるで猛禽のようなその目に、私は身体が竦む。
その私の前に、スッと王子が立ち塞がって、陛下の視線を遮ってくれた。
「一つ忠告申し上げる、リシン陛下」
王子が底冷えのするような声を陛下に向けた。
「こいつを権力で意のままにするつもりなら、最上位魔獣がここにいるヤツ以外に、最低あと五、六匹はこの国に押し寄せてくるからな。マジで」
「……そいつは、恐ろしいな」
ついに陛下もマジトーンで呟いた。
ちょっと、人を危険物扱いして!
『そうだな。そうなれば、広大なセリカは、一夜にして地図上から消えることになるな』
お父さんが私の頭に顎を乗せて宣言した。いやー、怖い怖い怖い怖い!
「しない、しない!私そんなことしません!」
「ハルがしなくても、魔獣どもは絶対ヤル」
『当然だ』
「にゃーーー!」
恐怖のあまり、思わず訳の分からない悲鳴を上げてしまった。
もちろん、奴隷にされるのはヤだけど、人類巻き込むようなことはしないよ!異世界召喚されて、なんで人類滅亡の魔王役にならなきゃいけないの⁉
お父さんのバカ、とポカポカ殴るけど、ちっとも効いていない。ワハハと笑いながらちょんと鼻先で押されて、ペタンと尻もちをついた。痛くないけど、なんか揶揄われた⁉
「うぅむ。これだけ魔獣の寵愛を受けていて、考えているのが保身だけとは……。可愛いな」
「あなたなら、魔獣で脅しをかけて、政敵を完全に封じ込めるのに使うだろうな。あと、諸国との取引を有利に進めるとか、諸々の悪どいことを」
ユーシスさんが手を貸してくれて起こしてくれた時に、王子と陛下の不穏な会話が聞こえた。レジェンドってそうやって使うの⁉
「まあ、無理と分かっていることに手は出さんさ。それよりも……」
皇帝陛下の目が、キランと光った。
「うちの独身の息子のどれか好きなのやるから、俺を爸爸と呼んでくれ。多分息子、十人くらいいるから」
そんな、犬猫の子どもみたいに。しかも、数が曖昧。
「……遠慮します」
人道的に考えてお断りしたら、何故か激しく咽る音がして、見たらリヨウさんとファルハドさんだった。
ああ、そっか。リヨウさんもナイショだけどファルハドさんも独身の息子だから、勝手に身売りされると思ったんだ。大丈夫、阻止したよ。
いいことをした、と満足していたら、陛下がこれまでで一番の大笑いをした。
「俺からしたらいいんだが、なんか気の毒だな」
ボソッと王子が呟いた。
そうだね。政略とも言えない結婚命令は、いくら家族でも嫌だよね。
って王子に言ったら、物凄い残念そうな顔で見られた。何がダメだった⁉もしかして、面と向かって断るのが、本人を前に失礼だったかも。
「いえ、あの、息子さんたちの為人とかを否定しているのではなくてですね……」
「よい、よい。別に絶望的な状況でもないようだから、なぁ」
私があたふたと謝っていると、陛下がなんか意地悪な顔をして、息子二人に視線を向けた。二人とも何とも言えない顔をしているけど、陛下を否定することもしなかった。
王族の結婚って大変だ。
そういえば、王子って婚約者とかいないって言ってたけど、そういう話ないのかな?
もしかして、さっきの私がしたみたく、なんかお断りされたことがあるのかな。だから、さっきリヨウさんとファルハドさんに同情したの?
王族なのにフラれるって、よっぽど……。
「なんかごめん、王子。元気出して」
「俺はなんで慰められた!?」
いや、そこは説明したら余計王子が可哀想だから、私は貝になる。
憤慨する王子が、「クソ!いつか思い知らせてやる!」と私に牙を剝くのを、レアリスさんが羽交い締めで止めていた。そんなに怒ること⁉
『ホント見ていて飽きないわぁ』
『そうだろう。だから手放せぬのだ』
朱雀さんとお父さんがそう言った。
レジェンドたちの娯楽になってるつもりはないんだけどなぁ。
亀と蛇、酷いですね。聖女のせいですけど。
一応悪役が去りましたが、なんか全然解決してないような気も……。
まあ、そういうこともあるさ!
そんな訳で、次回は出てきた謎単語を回収できるか。
また見てください。




