8 魔獣(かわいい)が居候になりました
異世界と言えばモフモフ。
そう言っても過言ではない。
ちょっと痛い表現もあります。ご注意を。
私が王宮を追放されてから10日が経ちましたよ。
私は、元気です。
何故かって?今のこの生活が、私の性に合ってるから!
水汲みはすぐそばに水道のような湧き水があるし、寒くても石油ストーブがある。小屋もブルーシートを張って何とか隙間風は防いだ。不満はお風呂が無いだけだ。
お風呂はポータブルタイプの浴槽を見つけたけど、野ざらしで入るのは抵抗があるので、囲いを作れたらチャレンジしたい。
あと、お湯を作る手間が半端ない。鍋一つしかないから、次のお湯を沸かすまでに時間が掛かって、その間にお湯が冷めてしまうんだ。
あれから金貨にも万札にも私は手を付けていない。北条さんがくれた金貨は全部で10枚。100万円相当と考えると、……微妙だ。部屋借りて、家具や生活用品買ったら、残金で頑張って3ヵ月くらいは生活できるけど、知らない世界に一人放り出される代償には、……微妙だ。
そんな、何があるか分からぬご時世。出来るだけ森から得られる資源でポイントを稼いでいるところ。
今の稼ぎ頭は木の枝。次に少し遠出をして見つけた南天みたいな実とフユイチゴみたいな実、ムクロジっぽいのが落ちているのを見つけた。木の実はあまり安定して見つからないけど、一つ見つけると結構高いポイントになった。
あと、ユキノシタとかドクダミみたいな薬草の部類もいいポイントなんだ。植物のポイントって、人の役に立つかどうかで結構高ポイントになるっぽい。
こうした採取を午前中やって、午後はのんびり図鑑でお勉強。
そうそう、ちょっと暇に飽かして編み物を始めたんだ。暇つぶしになるし、温かくできるし、スローライフにぴったり。スマホも使えるようになって、編み図も見られるから死角は無い。
その編み物で分かったことがある。
まずポイント交換したものをそのままスキルボードに入れたらまたポイントを貰えるのか試したら、当然ダメだった。そんなら無限に新品と交換出来てしまうからね。
ただ、私が何か加工すると、それは別物になってポイントがもらえるようになる。
うっかり練習で編んだコサージュを投入口に落としてしまったから判明したんだけど。
誰だ、鈍くさいって言ったの。はい、私自身です。
いやあ、独り言増えたなぁ。
ちなみその時の鑑定は、「手編みのコサージュ(粗悪品)30P」と出て、毛糸が1玉100Pで3分の1とちょっとを使ったから原価割れした。悔しさのあまり練習に練習を重ね、今では「手編みのコサージュ(普通の品質)150P」となった。努力の勝利だ。
現在の目標は、この小屋の前に菜園を作ることと、レベルが上がって閲覧できるようになった「エクステリア」のログハウスを手に入れること。ログハウスは8帖のものが90万ポイントだ。まあ、すぐにでも手に入れられないことはないけど、できればコツコツと貯めたポイントで手に入れたい。
心配していた魔物も、取りあえず今のところ出くわしてない。ねんのため、防犯グッズの中から唐辛子スプレーを買って常備している。あと、異世界グッズの方を確認したら、「魔よけの香草(1000ポイント←地味に高い)を買って、首からぶら下げている。
はっきり言って、今の姿を他人に見られるのは、非常に辛い。が、背に腹は代えられぬ。
そんな訳で、「女子力って何それ美味しいの?」状態であるが、間違いなく静かで、充実した生活を送っていた。
そう、そんな平穏はすぐに壊れるのだけれど。
その日も朝日と共に起きて、ラジオ体操を鼻歌で実施していた。
それが終わると、庭先で煮炊きを始める。
今日は、ベーコンエッグとオニオンスープとバターロールだ。数日和食が続いたので、たまにはと洋食の気分になったんだ。
コンソメキューブを使った手抜きスープだけど、チーズを乗せてしまえば高級スープと変わりない。お昼も、何なら夜も飲めるので、スープは多めに作る主義。
火は、カセットコンロも交換したけど、よく考えたらガスボンベのゴミの処理ができないので断念した。その代わり、集めた枝と炭を組み合わせて七輪で調理している。あと優秀なのが、石油ストーブ。燃料代は馬鹿にならないけど、暖も取れて煮炊きも出来て一石二鳥だ。それと、アウトドア用のスキレットがすごい活躍しているよ。
ちなみにポイント交換は、今は家電の代わりにアウトドア用品が充実していて、私のお気に入りは、ハンモックみたいなアウトドアチェアだ。これでお昼寝、サイコーだ。
ここでまた凄い発見をした。
卵は10個で1パックとして交換できるけど、うっかり使うのを忘れていて日にちが経ってしまった。勿体ないからしっかり焼こうと思って卵を割ったが、なんと、まるで生みたてかのようにこんもりと黄身が盛り上がっていた。
もしやと思い、試しに足の早いサバを交換してみたけど、やっぱり数日経っても鮮度は落ちていなかった。あの亜空間収納にある間はまるで時間が止まっているようだ。もちろんそのサバは、実験の後スタッフが美味しく(塩焼きで)いただきました。
「やっぱり、神」
私はもはやこのスキル無しでは生きられない。
こうして新鮮なベーコンをジュウジュウ焼いて、これまた新鮮な卵を2つ落とした。私は半熟派だ。いい匂いが辺りに充満して、お腹がいい具合に減ってきた。
スープをわけて、遠火で炙ったパンと、ゴミ削減のために野菜のヘタで作ったピクルスを添えて、朝食の完成!
寒空の下だけど、毎日がキャンプ気分でご飯が美味しい。
フォークで卵を潰してとろりとベーコンに黄身を絡めると、大口を開けて齧り付いた。
「……うま……」
ベーコンの塩気があるから卵の塩は控えめ、その代わり胡椒が効いてる。それをチーズで熱々のオニオンスープで流し込めば、口の中が幸せでいっぱいになった。コンソメがまだあるから、明日はポトフもいいな。
などと夢見心地な私の耳に、ガサガサと茂みが揺れる音が聞こえた。
食事も途中だったけど、私は慌てて立ち上がって音の方を向いた。唐辛子スプレーどこ行った⁉
私があたふたしている間に、茂みから白っぽい物体が飛び出してきた。
「え、……犬?」
それは灰色に近い白の毛並みを持った、サモエドっぽい生き物だった。サモエドにしてはスマートな体型だけど、毛並みがゴージャスだ。
だけど、もっと驚いたのは、その犬の白い毛並みを汚す赤い染みだ。その犬っぽい生き物がヨタヨタと歩く度に、地面にぽたぽたと染みを残すから、間違いなく血だ。
その犬は、薄青の目を私に向けたあと、パタッと倒れた。
「キャー、ちょっと待って、待って、死なないで!」
思わず私は駆け寄ってどうしたらいいか分からずに、犬の側に膝を突いた。危険な生き物かもしれないなんてことは、すっかり頭から吹っ飛んでいた。
「担架!いや、包帯?あ、消毒、そうだ、アレだ!」
私は急いでスキルボードを開けた。確か、前にこちらの世界のカテゴリで妙なやつを見かけたのを思い出した。
レンダールの薬品で傷薬を開くと、ずらっと並んでいるのがそれだ。
「ポーション。眉唾物かもしれないけど、これなら……」
ポーションは初級から特級まであって、その説明には、
・初級→浅い裂傷、火傷、凍傷、皮膚炎、骨のヒビなどを完治する
・中級→深い裂傷、火傷、凍傷、骨折、軽度の壊死などを完治する
・上級→内臓の損傷、複雑骨折、重度の裂傷、火傷、中度の壊死などを完治する
・特級→部位欠損、喪失した内臓、完全壊死、最深度の火傷などを完治する
ってなってる。特級は死ななきゃオールオッケーみたいだけど、今は必要ない。
見たところ、白い犬は深い裂傷を負っているように見えた。
私は迷わず10万ポイントの中級ポーションを交換した。
「これ、どう使うの?」
試しに名前をタップすると、使い方が出てきた。
「ホント大好き!」
ポーションは、酷い場所には直接傷が塞がるまでふりかけて、余ったら飲ませると体力や免疫力も上がるらしい。造血作用もあるようだ。
傷を見るのも怖いけど、私は「キャン」と痛がる犬を無視して、脇腹に走る怪我を見るために毛をかき分けた。
気のせいと思いたいが、チラッと見えてるのはお腹の中の一部かも。取りあえず、そこに損傷はなさそうだ。私は傷口に恐る恐るポーションを振りかけた。
250ml缶くらいの大きさのポーション瓶の3分の1をまず振りかけてみると、劇的な変化が起きた。ジュワッと音がして、まずチラ見えしていたお腹の中付近が血を止めて、そこから徐々に傷が塞がっていった。途中その動きが鈍ったので、もう3分の1を振りかけると、ものの1分ほどで完全に傷が塞がる。
私は残りを飲ませるために、犬を抱き上げると、嫌がる犬の口を無理やり開けてポーション瓶を突っ込んだ。仰向かせて嚥下させると、あばれる身体をしばらく押さえた。最初は力がほとんど感じられなかったが、徐々に力を取り戻していくのを感じた。
っていうか、サモエド級だから、結構重いし犬キック痛い。
「落ち着いて。もう大丈夫だから」
脇をしっかりホールドした状態で、胸からお腹にかけてを後ろからゆっくり撫でていると、徐々に犬は落ち着いてきた。
「良かったね。もう痛くない?」
今度は頭を撫でてあげると、犬は「くぅん」と元気なく鳴いた。
『腹へったぁ』
「……え゙?」
今、何か喋った?
『お前、何かいい匂いがするな。俺にも食べさせてくれ』
可愛い子供の声で、何か聞こえてきた。私の腕の中から。
『俺だ』
「うぐ」
そう聞こえると同時に、腕の中の犬が思いきり顔を上げたので、私は顎にアッパーを貰ったような衝撃を受けた。
確かに、犬が喋ったのだ。
「え?え?あなた喋れるの⁉」
『俺をそこら辺の動物と一緒にするな。気高きフェンリル一族の魔獣だぞ』
「ま、魔獣ぅ⁉」
魔獣っていったら、ここに北条さんが呼ばれた理由で、やっつける対象じゃないの⁉
「ごめんなさい!食べないで」
『落ち着けって』
私が逃げようとすると、犬はポスッと私に手を出して引き留めた。これは、お手?
『おい人間。俺たちを魔物と一緒にするなよ。俺たちは魔獣なんだからな』
「いや、よく分かんないんだけど」
確かに暴れ出しそうではないけど、その辺の知識は私に関係ないと思って教わってなかったんだよね。
『お前、何にも知らないんだな。後で俺が教えてやる。その代わり、このいい匂いのする飯を食べさせろ』
居丈高な口調だけど、その声は高い子供の声だし、見た目は可愛い犬でしかない。あと、親切。
青いおめめがクリクリしてて、無性に抱きしめたくなる。
「わ、分かった。食べ物を出せば、教えてくれるのね」
『いいぞ』
取りあえず話は通じそうなので、私はワンちゃんにパクッとされないか背後を警戒しながら、まだ残り火のある七輪に炭を足して火力を上げた。
「ベーコンエッグとオニオンスープだけどいい?」
『それが何か知らんけど、いいぞ、お前が食べていたもので』
「あ、でも犬って玉ねぎ駄目だ」
『だから、俺は魔獣だって言ってるだろう。犬じゃない。毒でも食えるんだ』
ほう。見た目はどう見てもほっそりめのサモエドだけど、なるほど魔獣というのは別次元の生き物らしい。
私は意を決して、残った材料で朝食のメニューを作り始めた。もし玉ねぎがダメでも、今度は解毒ポーションを飲ませれば大丈夫だろう。
そうして、ちゃちゃっと続きを作った訳だけど、私はスキレットやクッカーごと食べていたから、ワンちゃん用にお皿が必要だった。
そこでポイント交換をサラッとやって、口の大きい深皿と平皿を出した。
『お前、何か凄いスキルを持っているな』
感心したような声。
お、分かるかい、君。
ちょっと得意げにしてみるが、ワンちゃんはそんなことよりご飯だとねだった。
はいはい、分かったよ。
私が皿に料理を盛ると、恐ろしい勢いで食べ始めた。そして、私が「熱いから気を付けて」と声を掛ける前に完食してしまった。
『うっめー‼』
ワンちゃんの尻尾が、風を巻き起こす勢いでぶんぶん振られた。
『俺、お前気に入った!』
何だか一方的に気に入られた。そして、急にサモエドが襲い掛かって来た。
「ぎゃー!」
ワシッと圧し掛かられ、顔舐められた。眼鏡はやめて!それとベーコンくさい。
もう行動はまんま犬です。
『俺、マーナガルム。子分にしてやるよ』
立派なお名前があるようで。
しかし、めちゃくちゃ上から目線なんだけど、めちゃくちゃ尻尾振って可愛いんですが。
こうして、何故か私の放逐生活は、モフモフの同居犬……じゃない、同居魔獣が出来ました。
晩秋から冬のキャンプの雰囲気が好きなので、書いててマシュマロとかソーセージとか焼きたくなりました。そのうち主人公も影響されることでしょう。
作者の場合、キャンプ飯作るのはほぼ同行者ですが、寒い中で火に当たって熱々の食事とお酒、たまらんですね。もちろん作者は洗い物担当ですよ。
美味しいご飯があれば、どこでも生きていける気がする。
また明日、閲覧よろしくお願いします。




