79 オーバーフロー
さぁ、シリアスを継続できるか、お父さん!
お父さんのお父さんらしからぬカッコ良さに、私たちがお父さんに疑いの目を向けていると、もう一本のグレイプニルとドローミ、レージングルに捕らわれていた子供たちも、さっさとお父さんは助け出していた。
『大丈夫だったか?』
『うん。痛くなかったけど、ハルが捕まっちゃって、凄く嫌だった!』
『そうか』
今にも泣き出しそうな声で訴えるハティを、お父さんは優しく鼻先で撫でる。
『お父さん、ハルを助けて』
スコルもお父さんにそう訴えた。それにお父さんは頷いて見せた。
『ああ、よく頑張ったな。後は安心して見ているといい』
そう言ってお父さんは、ハティとスコルを自分の後ろにやると、黙っているガルを見た。
『悔しかったら、強くなれ。お前なら出来る。だが、今は私に任せておけ』
『……うん。今は頼む、父さん』
きっとガルは、自分がグレイプニルに捕らえられてしまったことを、悔しく思っているんだろう。
ごめんね、ガル。
捕まってしまった私が偉そうに言う事でもないけど、でも、それは仕方のないことで、白虎さんでさえ魔道具に捕らえられてしまったくらいなのに、責任感とお父さんの後継者という自覚が、ガルを落ち込ませているようだ。
でも、ガルのその気持ちを、お父さんはそっと向上心に変えた。
いつもガルに怒られたりフォローしたりしてもらっているけど、肝心な時にお父さんは絶対に外さない。
……本当に肝心な時だけだけど。
でも、それがお父さんだね。
一方、そのちょっといい話の裏で、何か皇帝陛下が女装中の王子に言い寄っていた。
「そなた、ちょっとデカいが、なかなか良いな。俺の後宮に入るか?」
「……いや、遠慮する」
「あんた、この状況で何言ってんだ!」
緩い陛下の雰囲気に、思わずファルハドさんがツッコむと、陛下は王子を上から下まで眺めると、「うむ、なるほど、残念」と言って、何かを王子に耳打ちした。
最初、陛下のナンパにドン引きしていた王子だったけど、その耳打ちに何か同意をしたようだった。
え?まさか、陛下のお嫁さんになるつもりじゃないよね?
その後、何故か王子とお父さんがアイコンタクトを取っていた。お父さんが何故かニヤリとする。
本当に、この二人、いつの間にこんなに仲良くなったの?
『という訳だ、人間。大人しくハルを解放しろ』
何が「という訳」なのか分からないけど、お父さんの薄青の目が白陵王さんの方を向いた。
「……戯けたことを。そう言われて、切り札を解放する訳がなかろう」
お父さんの雰囲気に少し気圧された感じだったけど、白陵王さんはまだ手はあると思っているのか、私を解放する気はないようだった。
『分からぬか?人質など無意味だと。人間がどれほど優位を信じていたとしても、私の前には儚い夢にすぎない』
どうしよう。お父さんが凄くレジェンドっぽい。
でも、何故かいつもより胸騒ぎがした。このままだと、何か起きるんじゃ……。
「お父さん。やりすぎは駄目だよ。穏便にね」
何かの虫の知らせに、私がお父さんに頼むと、お父さんは「ふん」と笑った。
『これでも私は十分温情を掛けているのだぞ、ハル』
「お父さんが人間に嫌われたら、私が嫌なの。世界で一番強いお父さんなら出来るよね?」
『……仕方あるまい。ハルに感謝しろよ、人間』
妙に口元を歪めて、お父さんが白陵王さんに言った。
「……あれは、相当喜んでいるな、フェンリル」
「ええ、本人は隠しているようですが、尻尾を千切れんばかりに振っていますからね」
イリアス殿下とユーシスさんが、もうどうでもいいと言いたげな顔で言っている。
だって、お父さんをおだてておかないと、きっとクルーエルの時みたいに余計……大変なことが起きるんじゃないかって、気が気じゃないもの。
「お前たちは、どこまで私を愚弄する気なのか!」
とうとう白陵王さんがキレた。今のは、確かにこっちが悪い。
「私の意を酌まぬ者たちめ。テンショウよ、その娘を死なぬ程度に斬れ。血を見ねば、分からぬような愚か者どもに、自分たちの浅慮を思い知らせてやれ!」
白陵王さんが、私を拘束している武官の人にそう命令した。
私は、お父さんは信じているけど、多少の怪我なら覚悟した。
痛いのはヤだけど、我慢する!
思わずギュっと目を瞑った私だけど、いつまで経っても痛みもお父さんの攻撃も来なかった。それどころか、後ろ手に拘束されていた手が放されたのを感じた。
「叔父上、盛り上がっているところ申し訳ないが、そのテンショウは俺の部下だ」
「はい、実は皇帝陛下の部下のテンショウです」
軽薄……元気よく名乗ったのは、三十代前半くらいのクールな見た目の男性だ。黙っていれば何かの魔王軍の参謀とかやれそうなのに、ノリと見た目とのギャップが激しい。
軽い感じの皇帝陛下にしてこの部下あり、と言ったら不敬かな。
よく見ればこのテンショウさん、州城で最初にリエン皇子がリヨウさんに喧嘩を売って、うちのイリアス殿下が代わりに大量買い付けした時に、リエン皇子を諌めていた人だ。
なるほど、何か皇帝陛下の登場がやけにタイムリーだったのは、この人が白陵王さん側の情報を流していたんだね。さっき、王子に耳打ちしていたのは、きっとテンショウさんが味方だって教えていたんだ。
そんなテンショウさんは、私の代わりに「失礼」と言って、リエン皇子を拘束した。
「そなた、我らを謀っていたのか!」
怒るリエン皇子に、「はい」と小気味よくテンショウさんは返事をした。
「最後の最後で正しく裏切る。間諜とは、このように送り込むのですよ、叔父上」
言葉だけ聞けばこの上も無く嫌味なのに、何故か皇帝陛下の言葉は清々しさすら感じる。テンショウさんも「ねー」と言って私に笑いかけた。
ある意味、白陵王さんよりも怖い。
初めてイリアス殿下のド直球の腹黒さが可愛らしいものだと思えた。
「誰でも良い、この者たちを捕らえよ!」
広場を囲んでいた自分の兵士たちに命令するけど、今やレジェンドと皇帝陛下に制圧されたこの場で、白陵王さんの味方をする人は誰もいなかった。
「おのれ!!」
激昂した白陵王さんが、私に掴みかかろうとするのを、テンショウさんが足を掛けて倒してしまった。ご年配は大切に!
「ハル」
そこに王子が目の前に転移してきた。フリーになっていた私をグイと何故か抱き寄せる。
「……オレリア?」
リエン皇子が突然現れた「オレリアちゃん」に、驚いて声を上げた。
「ああ、いろいろと世話になったが、もう目的は達成したんでな。『オレリア』は二度とこの世に現れない」
そう言って、王子はカツラを取って、口紅をグイッと袖で拭って男性に戻った。服を男性用のに着替えておいて良かったね。
じゃあ、無事に転移の登録が終わったんだね。あれか、トイレが長かった時か!
「そなた、男だったのか!?」
きっと、今日がリエン皇子の黒歴史の日となったことだろう。大丈夫、「オレリアちゃん」は私たちから見ても、完璧な美女だったから。
そう、思わず慰めたくなった。
「うわっ!」
私がリエン皇子を見つめていたら、急に王子が私をお姫様抱っこした。なんで!?
「俺がいるのに、他の男に余所見すんな」
「え?ぎゃぁぁぁ!」
王子が何か言ったと思ったら、予告なしの転移で、久々の浮遊感に思わず絶叫してしまった。慣れたと思ったけど、無理だった!
プルプル震えながら、王子に首にしがみつく。
『よし、戻ったな』
戻った先はお父さんの隣で、お父さんが私の頭を鼻先でグリグリした。どうやら、先ほどのアイコンタクトは、王子が転移して私を回収するよ、という合図だったみたいだ。
「おお、近くで見ると俺の好みだな。小柄で童顔でおまけに胸がデカい」
「……ホント、最低だな、あんた」
「お前だって、小動物系の女が好みのくせに。俺に似……おっと」
皇帝陛下とファルハドさんが言い合う声がした後、カキンと金属がぶつかる音がした。首を巡らせて見ると、ファルハドさんが皇帝陛下に剣を向けて、それを陛下が受けていた。
「えっ!謀叛!?」
「いえ、あれは日常茶飯事です。陛下とファルハドは昔からああなので」
本当に平常な様子で、のんびりとリヨウさんが教えてくれた。陛下のお付きの人らしい護衛官も「またか」とばかりに傍観している。いいの!?
鍔迫り合いをしている親子(内緒)を尻目に、白陵王さんを除いて緩い空気が流れた。
そして、ようやく落ち着いてきて、私は私の足以外がプルプルしているのに気付いた。
「……王子。重いでしょ、下ろして」
「うん、重……いや、何も言ってないぞ。そんな力が抜けた足で、お前立てないだろ!」
今、重いって言いかけたよね。自分でも分かっているけど、認められるとちょっと乙女心が傷付く。ムッとして私は王子の腕の中でジタバタした。
「ちょ、おま、うわ!」と、王子がよろめいてしまったけど、私は一緒に倒れることもなく、フッと身体が浮いた。ついでに王子の目線より随分高い位置に浮いた。見たら、ユーシスさんが私を、右腕に乗せて抱っこしている。
「殿下、もう少し鍛えた方がよろしいのでは?ハルはこんなに軽いのに」
いや、4トントラック級のドレイクを片手で引き倒した人に言われても、全然嬉しくないんですけど。ドレイクより絶対軽い自信あるもの。
再び私がジトッとした目をしていると、また急に身体が後ろに引っ張られた。「危ないだろ」というユーシスさんの声がして、仰向けになった私の目に、レアリスさんのヘーゼルの目が映った。
どうやらレアリスさんも私の体重を試したくなったようだ。
「それなりだ」
「……正直な感想をありがとうございます」
レアリスさんの言葉が一番胸に刺さった。ダイエットしよう。
「よし、俺も試しに抱いてやろう」
「何でも参加するな!あんたは駄目だろうが。それに、なんか違う意味に聞こえるわ!」
腕まくりをしながら近付いて来る皇帝陛下に私がビクッとすると、ファルハドさんが陛下の肩を捕まえた。ファルハドさんの方が、陛下より若干背が高いみたいだ。
「自分も参加したいくせに。なぁ、ラハン?」
「はい。俺は抱っこして、ここで走り込みできます!」
『私ならば、ハルを乗せてこの世界を何周でもできるぞ!』
「フェンリル様は別枠ですよぉ、一緒にしないでください。あははは」
で、話を振られたラハンさんも元気よく答えると、余計なプライドを発揮して、お父さんも口を挟んできた。
みんな気付いて!今、そんな場合じゃないよね?
「リウィアさん、替わって」
「え?遠慮します」
力自慢の様相になっていき、私の心は折れそうになり、レアリスさんに抱っこされたままリウィアさんに助けを求めると、即答で拒否された。
あの時、朱雀さんに見せた、私への忠誠心はどこに行ったの!?
ニコニコ笑うセシルさん以外、あとはみんな呆れを通り越して、こちらを無視するようだ。特にイリアス殿下の表情が酷い。まるで虫けらを見るような目だ。
その目がいたたまれず、私は何とかレアリスさんから逃れ、自分の足で立った。
「いやぁ、混沌としていますねぇ。この状況で」
『あの人間のじいさん、放っておいていいのか?』
リヨウさんとガルが、静かにツッコミを入れる。そうだよ!そっちを何とかしなきゃ!
転んだのが相当痛かったのか、ようやく起き上がって来た白陵王さんが、転んだ拍子に転げ落ちた何かの小瓶を拾い上げた。
紫色の細長い綺麗なガラス瓶に入った、粉のようなものが見える。
『白陵王とやら、その中身、もしや……』
白虎さんが白陵王さんの行動に気付いて、少し緊張した口調になった。
「……そうだ、白虎よ。これは〝カンタレラ〟。勇者の遺物の一つの毒薬だ」
『なるほど、玄武の鎧甲で完成していたのか』
どうやら、勇者アヤト君は、武具だけじゃなくて、アイテムを作り出すことも出来たみたい。
でも、カンタレラは偶然の産物で、猛毒ではあるけど、悪用されないように吸収できない成分にしていたみたい。それを、成分を浸潤させる効果の「鎧甲」でもって、有効にしてしまったようだ。白虎さんが簡単にそう説明してくれた。
「これをバラまけば、魔獣どもは生き残るやもしれぬが、人間は死に絶えるであろうな」
白陵王さんは、ゾッとするような目でみんなを見渡した。その〝人間〟には白陵王さん自身も入っている。自暴自棄になっているんだ。
っていうか、転んだ時に瓶割れなくて良かった!
見れば、テンショウさんが「てへ」と言いたげに笑っていた。すっごい丈夫な瓶だから良かったけど、もし割れていたら一大事どころか大惨事だった。
そんな態度でケロッとしているテンショウさんのメンタルが強すぎる。じゃなきゃ、間諜なんてやれないか。
そして、「あ」と思った時には、白陵王さんがその瓶を振りかぶろうとしてた。
それを最も近くにいたテンショウさんが、再び阻止しようと動いた。ヤな予感。
片手で剣を振ると、剣の平を掬うように瓶に当てて、そのままフルスイングよろしく剣を振り切った。インパクトはソフトリーだったけど、押し出しの勢いが付きすぎて、瓶が場外ホームランよろしく、ぽーんと白陵王さんの後方へ飛んで行ってしまったよ。
再びテンショウさんが「てへ」ってなってる。今度こそ落ちたら割れる!大惨事だ!!
「誰か何とかしてー!」
『任せろ!』
私が悲鳴を上げると、間髪入れずお父さんが前に出る。そして、力強い遠吠えを放った。
それと同時に、クルーエルの時くらいの特大の雷が轟き、空中に舞った紫色の瓶を見事に打ち砕いた。中の猛毒も、雷の凄まじいエネルギーに全て消されたようだった。
凄い威力。さすが最強と言われるレジェンド。
でも、その雷の勢いは、止まることを知らず、その後ろにある建物まで破壊した。背後の山をちょっと巻き込んで。
「「れいびょーーーーー!!!」」
私と王子が渾身の絶叫を放った。国の大事な施設である、偉いご先祖様を祀る霊廟が、木っ端微塵に吹き飛んじゃった!!
絶対、国宝級のなんかとか、歴史的価値が計り知れない物とか巻き込んだ!
「フェンリルぅ、何してんだあんた!!!」
「お父さん、穏便にって言ったでしょぉ!!!」
『キャン!』
王子と私の怒声に、お父さんがブワッと毛を膨らませて鳴いた。
「なるほど。今世最強の魔獣はなかなか可愛い鳴き声なのだな」
『そう言ってやるな。あれは根が素直で気のいいヤツなのだ。すぐに調子に乗るのが玉に瑕だがな』
耳を伏せたお父さんに説教を終えると、陛下が感心したように呟き、それを白虎さんが優しくフォローしていた。もう白虎さんは、お父さんの保護者だね。
私がお父さんにも頭を下げさせて陛下に平謝りすると、うーんと唸って顎の髭を撫でた。
「誰も会った事もない死んだ人間の廟だ。一つ二つ壊れたところで構わん構わん」
軽!セリカの人って祖先を大事にするんじゃないの⁉それに、ファルハドさんが陛下は信心深いって言ってたけど。
「俺が大切に信じ敬うものは、今生きて存在するものだよ」
そう言って、白虎さんを目を細めて見た。
レンダールのアルフェリク陛下といい、リシン陛下といい、大国の頂点に立つ人って、なんかすごくカッコいいね。
私がボケーッとリシン陛下を見ていたら、陛下に意味ありげな視線を返された。ん?
『ちょっとぉ、凄い音がしたんだけど、大丈夫?って、あぁあ』
突然お空から、聞いたことのあるギャル口調が聞こえてきた。
ふぁっさーと、静かな羽音で広場に舞い降りた大きな紅い鳥さんだ。
「朱雀さん!」
私が駆け寄ると、霊廟の惨状と項垂れるお父さんを眺めて何かを察した朱雀さんが、溜息を吐きながら私の頭をもしゃもしゃしてくれた。
『ああ、何かぁ、いろいろと大変そうなところ悪いけどぉ、本人がどうしてもって……』
んん?ちょっと申し訳なさそうに、不穏なことをおっしゃった。
そして、その優美な長い首を下げると、その背中からひょこっと何かが顔を出した。
それが、ピョンと地面に飛び降りて、私の前にやって来る。
ハティより少し小さめのサイズで、ちょっと足が長めの黒い亀に蛇?がくっついている。
んんん?……まさか。
『ええと、紹介するわぁ。こいつが例の『玄武』よ』
「…………はじめまして…………」
はい。私のキャパシティ、オーバーフローです。
シリアス、2話までもたず。
また、皇帝が予想外のエロ親父になり、謎の間諜が登場してしまいました。
追い打ちを掛けるように、カメも出て来ました。
作者もオーバーフローです。
本当にちゃんとセリカ編が終わるのか、作者が一番心配であります。




