78 唯一無二
連投頑張りました!
でも、登場人物が溢れかえってしまいました。
さあて、誰が出る?
私も白虎さんもガルたちも、縛られた縄が動いて、白陵王さんたちの陣営に引き寄せられていた。
今私は、白陵王さんの陣営の兵士の一人に立たされて、首に剣を押し当てられている。
「ふむ。私の見立ては間違っていなかったな。この娘を抑えれば動けなくなるとな」
イリアス殿下から舌打ちが聞こえ、ユーシスさんやファルハドさんたちが殺気立った。
ガルたちが押さえられても、きっとみんなならこの場を制圧するのは簡単だったのに、私が人質になったばかりに、みんな手が出せずにいるんだ。
キンと張り詰めた空気に、私は泣きたくなる。
「それにしても、レージングル、ドローミ、グレイプニル。これは、フェンリルを捕らえるための魔道具と言われているものだが、本当に素晴らしい効果だ」
『解けよ!』
ガルが噛みつこうとするけど、紐がガルの口まで覆って地面に押さえつけてしまう。
どうやら、スコルとハティを捕らえている鎖みたいなのがドローミとレージングルで、ガルを拘束しているのがグレイプニルという紐みたいな枷らしい。苦しくはなさそうだけど、口にも巻き付いて外れなくてもがいている子供たちの姿は、可哀想で見ていられない。
「お願い、やめてください。子供たちだけでも解放してあげて」
「人間よりもよほど恐ろしい魔獣を解き放つ訳がなかろう」
少し眉を顰めている近くにいたリエン皇子に訴えると、一瞬躊躇した様子だったけど、当たり前すぎて一蹴されてしまった。私だって分かっていたけど、でも頼まずにはいられなかった。
我慢しなきゃと思っても、涙が溢れてきた。
『ハル!』
私が泣いたことで、白虎さんが一度縄を破ろうとしたけど、より強固に地面に縫い留められてしまった。
「どうですか、白帝。その『羂索』の威力は」
私の時と違って、威嚇でグルグルと喉を鳴らす白虎さんに、白陵王さんは尋ねる。
『愚か者が。これは、真の脅威を退けるために『勇者』が残した物だろう』
どうやら白虎さんは、アヤトくんがどういう目的で残したものか知っているようだ。
「あなた方も、我々にとっては十分な脅威ですよ」
そう言って、リヨウさんやイリアス殿下を見やった。もうレンダールが、セリカの誰を次期首領として扱うかを決めていることを言っているのだろう。
「早々に馬脚を現したな。こちらはせっかく、貴殿が絡んでいるという証拠まで用意したというのに。少々興覚めだ」
捕まっているガルたちや私が見えないかのように、冷静な声でイリアス殿下が言う。あまりに変わらないその態度に、私は逆に落ち着きを取り戻した。殿下、凄いね。
思わず涙も引っ込んだ私に、殿下が薄く笑いかける。
あれ?ちょっと殿下がカッコよく見える。
それに、白陵王さんは少し鼻で嗤うように吐き捨てた。
「つくづくレンダール王家は、我が道に立ち塞がるのが好きなようだ。玄武の鎧甲のことを言っているのだろう。確かに、ファビウス公爵が我が手を離すとは予想外であったわ」
リウィアさんがお父さんを説得したことは、もう知っているみたいだ。知っていたから、あらかじめこんな罠を用意していたんだ。
でも、イリアス殿下は別のことが気になったみたい。私が捕まっていることよりも、そっちが不快だったっぽい。いや、別にいいんだけど。
「……その言いぶりだと、我らが貴国に干渉したと聞こえるが?」
イリアス殿下の声が低くなった。それに気を悪くしたのか、白陵王さんは髭をしごいた。
「貴公の祖父、先代のレンダール王は、両国の魔物討伐の軍事協議を背景に、後ろ盾の弱かった現皇帝を支持し、いたずらに後継争いを長引かせたのだよ」
「皇帝陛下は皇太子であったはずです。それに介入したのはあなたではありませんか」
穏やかなリヨウさんが思わず待ったを掛ける。
要は、白陵王さんは、自分の息のかからない現皇帝陛下が疎ましくて、立太子以前からちょっかいを出していたらしい。
それに正当な後継者だった皇帝陛下に物言いをして、継承にいちゃもんを付けて長引かせたのは白陵王さん本人のようだ。
「リシンも素直に私に皇位を渡せば、隣国もあのように騒がしくならずに済んだのだ」
リシンって、現皇帝、リヨウさんとリエン皇子のお父さんの名前だ。
リシン陛下が即位したのは二十七年前。ちょうど、レンダールの前の王様が暗殺されて、アルフェリク陛下が即位された翌年のことだ。
あの時、リュシーお母さまがレンダール王家に起きたことを教えてくれた時、外国勢力との軋轢があったって。
待って。それじゃあまるで……。
「我が国の前王が斃れたのは、セリカの皇位継承に絡む国内勢力の謀反が原因だったな。まさか、お前が元凶だったのか」
イリアス殿下の声が、これまで聞いたことの無いほど冷たくなった。
もう白陵王さんに敬称も付けずに「お前」と呼ぶ。
あの日の王家の秘密を受け止めた、青褪めた殿下の顔を思い出した。
レンダール国内にも危険の火種はあったとしても、それを煽ったのは間違いなく、この目の前にいる人だ。リシン陛下を皇帝にしたくないというためだけに。
それが、どれだけの悲しむ人を作ったか……。
「……お祖父様」
リエン殿下がポツリと呟いたのが聞こえた。隣にいた私には聞こえたけど、もしかして今の今までそのことは知らなかったのかもしれない。
でもすぐに、グッと目に力が入って、見ていた私と目が合った。その時には、もう覚悟が宿っていた。白陵王さんのしたことも、全部飲み込むつもりだ。
オレリアちゃんに懸想したり、リヨウさんを馬鹿にしたりと、ちょっと困った感じの人かと思ったけど、曲がりなりにも東の大国を継ごうという気概はあるようだ。もっと違う方向に使って欲しいとは思うけど。
でも、当の白陵王さんは、何故今このことを暴露したんだろう。
いくら魔獣たちの力を抑えて、私を人質に取ったからって、いつまでもこの膠着状態を保てる訳じゃない。むしろ、時間が経つと不利になるのは、白陵王さんの方じゃないの?
私が白陵王さんに目を向けると、急にその顔が強張った。そして、その視線が一カ所に固定されたので、私もそちらを見る。誰かがこちらに歩いて来る。
ん?誰?
「何やら面白い話が聞こえてきたが、俺も交ぜてもらおうか」
低くよく通る声が、コツコツという靴音と一緒に、広場に響いた。
何となく雰囲気がファルハドさんに似ている、一般の武官みたいな格好をした素敵なおじ様だった。その姿を見て、セリカの人たちが一斉に頭を下げ、ファルハドさんがチッと舌打ちをした。
「……陛下。何故このような場所に?」
「ええ⁉」
リヨウさんの言葉に、思わず私は声を上げてしまった。
ひぇえ!ごめんなさい!だって、普通に武官の格好してたらこの国で一番偉い人だなんて思わないでしょ⁉
声が出てしまった私に、皇帝陛下が視線を寄越して、ニッと笑った。その笑い方はやっぱりファルハドさんに似ていて、リヨウさんがお母さん似だということが分かった。
まあ、一見したらファルハドさんと顔立ちはそれほど似てないから、親子だって知らなかったら他人の空似と思うかも。それに、思ってたよりも若い。
「……リシン……」
白陵王さんの憎々し気な声が聞こえる。
これまでリヨウさんや白虎さんに対してまでも、絶対的な優位を感じさせる泰然さだったけど、初めて揺らいだ感情を見せた。
「白帝。今しばらくの御無礼を御容赦願います」
皇帝陛下が、白陵王さんに向き合うよりも先に、白虎さんへ簡易的な挨拶をする。それに白虎さんは目線だけで応えた。
あれ?もしかして、二人は知り合いなの?
「さて、叔父上。久方ぶりに白帝にお会いできると思って、避暑を兼ねて来てみれば、これは一体どういう茶番で、どのように落ちを付けてもらえるのでしょうか」
一応年上への敬意なのか、丁寧な言葉遣いをしている。でも、その顔は一切の敬意を払っていないのが分かるけど。なんか、言ってはいけないけど、身にまとう格が違うと思った。
あ、もしかして、あの離宮に来る予定だった皇族って、皇帝陛下のことだったの⁉
もう、ここまで来たら、白陵王さんの勝ちの目なんて無いと思うけど、白陵王さんは全然諦めた風もなかった。それどころか、突然楽し気に笑い始めた。
「何という幸運か。私が邪魔に思っていた人間が、このように一堂に会するとは」
その目が理性的でなかったら、おかしくなってしまったのかと思う所だけど、それでも白陵王さんの余裕がどこから生まれるのか全く分からなかった。
「耄碌したと思いたくないが、叔父上、この状況がお分かりか?」
「ああ、十分理解しているよ、リシン。今日は私の記念すべき日になるだろう」
そう言って、白虎さんを戒めている「羂索」と呼んだ縄をグイッと引っ張った。
「『白虎、我に従え』」
え?今の日本語?
勝手に翻訳されるこちらの言葉だけど、今のは間違いなく日本語だった。
驚く間もなく、羂索の先に繋がれた白虎さんに異変が起きた。
それまで不快そうながらも、白陵王さんの動向を静観していたのに、『羂索』がシュルシュルと集約されて首輪のようになって巻き付くと、突然本物の獣のように唸り出した。
そして、その大きな体をゆっくりと起こして、皇帝陛下たちに向けて牙を見せた。
「はっ、なるほどな。これが叔父上の奥の手か」
陛下が面白そうに言う。
「そうだ。これが『勇者』が残した、衆生の救済の象徴と言われる『羂索』の姿だ。荒ぶる魔獣を従え、己の力と為す、な」
「え⁉それ、なんか違う!」
ハッ!また思わず叫んじゃった!自分の口を塞ぎたいけど、両手が使えない!
何か、背後から「ぷ」と誰かが笑ったみたいな声がしたけど、私の後ろには白陵王さんの陣営のひとしかいないはずだ。私たちの陣営からは、「……お前なぁ」という声がする。
「賢しらな娘め。だが、そなたは魔獣の加護厚き娘だと聞いている。不愉快だが、そなたは生かしておいてやろう。だが、あやつらは生かしてはおけない」
最初から、白虎さんで全滅させて、証拠隠滅するつもりだったんだ!
「ゆけ、白虎よ。あやつらを皆殺しにせよ」
白陵王さんが白虎さんに命じたけど、何か抵抗するように少し白虎さんの動きが鈍った。
それより前に、イリアス殿下が皆を下がらせて、一歩前へ出る。それと同時に、白虎さんが飛び出して前足を振り下ろしたけど、間一髪間に合って、殿下の「断絶」が発動した。
何もない空間に白虎さんの爪が弾かれ、ガキンという音が響き渡る。
「さすが最上位魔獣と言うべきか。これは何度も受けるのは厳しいな」
殿下が苦笑いする。お父さんのスキル「破壊」の前には砕かれた「断絶」だけど、白虎さんの爪は完全に防いだようだ。でも、あとは殿下の魔力と白虎さんの地力の勝負だ。
「私も加勢いたします」
そう言ってユーシスさんも、目の前の「断絶」があるだろう場所に手を翳した。間髪置かずに白虎さんの爪が襲うけど、先ほどよりも爪が大きく弾かれた。ユーシスさんの「鉄壁」は、どうやら自分自身だけじゃなくて、周りのものにも影響を与えられるようだ。明らかに防御力が上がっている。
「レンダールは、なんとも凄まじいスキル保持者がいるものだ」
皇帝陛下が、ピンチな状況にも変わらず、感心したような声を上げる。豪胆にも程がある!
それが更に優位なはずの白陵王さんの神経を逆なでしたようだ。
「いつまでも涼しい顔をしていられると思うな。もはや打つ手はないだろう」
そうだ。このまま防御の回数を稼げても、結局こちら側は手詰まりだ。
白虎さんに、絶対人を傷付けさせたくない。とにかく止めなきゃ。
でも、どうしたらいいの⁉
殿下の「断絶」は、白虎さんの風刃の攻撃にも耐えている。お父さんほどの威力はなくても、白虎さんの魔力の前に少し綻ぶ音がした。
って、あ、……忘れてた。この状況を覆す方法、あった!
私は、晴れ渡った空に向かって叫んだ。
「お父さん!来て!」
突然言葉を発した私に、それでも意味が分からなかったのか、白陵王さんもリエン皇子も少し顔を顰めただけだった。それよりも、バリッと音がした「断絶」の方に気を取られたようで、私は無視をされたけど、その意味を私たちの味方は把握していた。
「とどめだ、白虎よ。血祭りにしろ」
白陵王さんの命令に、最後とばかりに爪を振り上げた白虎さんに、突然大きな雷が落ちた。
まさに青天の霹靂だ。
その勢いに、さすがの白虎さんもダメージを受けて、ヨロヨロと白陵王さんのところまで下がった。
そして、その白虎さんとイリアス殿下の「断絶」の間に、白っぽい優美な生き物が降り立った。
『まったく、呼ぶのが遅い。探すのに手間取ったではないか』
「ごめんね。でも、一番に呼んだよ?」
『当たり前だ。仕方のない娘だ』
耳の奥に響くような甘い美声に、私は思わず安心して泣き笑いのような声になってしまった。多分、近くまで来てくれていると思ってた。
「なぜここに、『雷公』フェンリルが……」
呆然と白陵王さんが呟いた。そんな白陵王さんをお父さんは眼中にも入れなかった。お父さんに、なんかカッコいいあだ名が付いている。
『ふん、『羂索』か。情けない姿だな、白虎。だがそれも『勇者』の技であれば止む無しか』
白虎さんの首を見て、それが何か分かったみたい。
そう言うと、襲い掛かって来た白虎さんを軽く躱して、その首に噛みついて引き倒した。
え?お父さん、強!
『知性の無いお主では、爪の先ほども私には届かん』
ただ静かにそう言って、お父さんは左の前足を振った。あれは、前に殿下の「断絶」を壊した時と同じ動作だ。今回も同じように、「羂索」が一瞬で霧散した。
その身を縛っていた「羂索」が無くなると、白虎さんが意識を取り戻した。
『今のは効いたぞ。俺としたことが、油断していた。手間を掛けさせたな。すまない、フェンリル』
『お主を助けたのはついでだ』
ちゃんとお礼を言う大人な白虎さんに、ツンな態度だ。お父さん、素直じゃないね。
『しかし、貴重な遺物をあっさり壊してしまったな』
白虎さんは、壊れてしまって、一部が残った羂索を惜しそうに見ている。
それをお父さんは、フンと鼻で嗤った。
『いかに貴重な遺物だろうと、私を妨げるものは必要ない』
ええ、お父さんってそんなキャラクターだった?目の錯覚かな。なんかカッコいい。
私が思わず気を緩めて笑ったのに反応して、白陵王さんが、まだ螺鈿の箱に残っていた、ガルを縛っているのと同じ紐みたいなものを掴み、私を縛っている羂索を解かせると、お父さんの前に立った。レジェンドを前にしても一歩も引かない様子は、凄い胆力だ。
「フェンリルよ。この娘が相当大切なようだな。危害を加えられたくなくば、大人しくお前の子供のように、この『グレイプニル』の縛に就け。白虎、お前もだ」
もう白陵王さんは白虎さんを「白帝」とは呼ばない。羂索が、白虎さんには有効だということが分かったからだ。
『あの「グレイプニル」。勇者が、あちらの世界でフェンリルを捕らえるために作られたものだと言っていたな。良いのか、フェンリル』
白虎さんがそう尋ねるが、お父さんは揺れの一つもなかった。
『やってみるがいい、人間』
挑発的に細められた青い目に、白陵王さんは静かに憤って、グレイプニルをお父さんに向けて発動させた。グレイプニルには、シュルシュルとお父さんに巻き付いて、ガルのように拘束したように見えた。
でもそれを、お父さんは煩わし気にまた前足を一振りしただけで、破壊してしまった。
「グレイプニルは、勇者の世界ではフェンリルに絶対的な力を持っていたのではないのか」
信じられないものを見るように、白陵王さんは壊れたグレイプニルを見つめた。
そんな白陵王さんを見て、お父さんは小気味のいいくらい明快に言った。
『異世界のフェンリルがどうかなど知らん。私はこの世界、『エルセ』のフェンリルだ』
〝唯一無二〟
その言葉は、お父さんのためにあるのかもしれない。ちょっと、そう思った。
久々のイケメンなお父さんです。
お父さんの台詞から、サブタイトルはこれだな、と珍しく迷わなかった。
いかがだったでしょうか。
さて、いよいよセリカ編も数話で大詰めを迎えます。(本当か?)
よろしければ、また閲覧をお願いします。




