74 皇族に相応しいスキル
真面目に書きました。
本当です。
その場の雰囲気を、何に例えよう。
何故か、これまで見たことの無いような爽やかな笑顔を見せるイリアス殿下と、凍えるくらい冷ややかな第七皇子。出会ってものの数分で、一触即発の雰囲気になった。
でも、竜虎相搏つというよりも、ハブとマングース的な感じ?マングースの方が強いんだっけ?
まあ、どっちにしても、大人げない戦いの火蓋が切って落とされた。
「隣国の皇族も知らぬ者を使者として配するとは、西国の雄であるレンダールの国威も底が知れよう。王位の継承すら危うい程の失態を犯した者なら、物を知らぬのも道理か」
おっと、マングースの地位を奪うべく、先手を打ってきたのは第七皇子。
なるほど、お父さんの王宮乱入事件で王族籍剥奪寸前までいったような人間など、自分が遇する必要は無いということなのね。先ほどの行動は、分かりやすい程の権威主義者ゆえのことでしたか。
「己の力で功績を打ち立てるリヨウ殿がいて忘れていたが、そういえば、母方の家の力でしか皇太子になれる可能性の無い皇族がいるとか。皇帝陛下も、力ない皇族など排除してしまわれればより国も安らかになろうに、情の深いことであらせられる」
迎え撃つは、うちの腹黒殿下。「何の取柄もないけど、家柄が良くて良かったね」攻撃だ。
これは相手にも痛恨のダメージを与え、マングースの地位はイリアス殿下に移った。
しかも、相手は友好国を貶しているけど、殿下は皇帝陛下を持ち上げつつ、第七皇子だけをディスっている。
どうやら口の悪さの軍配は、うちの殿下に上がったようだ。
ハブの地位に落ちても、さすがは根っからの皇族。第七皇子は、一見穏やかそうに見える微笑みを浮かべていた。でも、飾りで持っていた扇を握る手が白くなるほど力が入ってる。
主人が不利と悟ったのか、今までニヤニヤしてうちの殿下を見ていた人たちが、俄かに気色ばんだ。それを見てファルハドさんが前に出ようとした時、向こうのお付きの人の一人がススッと歩み出て、第七皇子に耳打ちをした。他のちょっと怒ったお付きの人たちと違って、一人だけ冷静な感じの人だ。
その耳打ちに少し不快気に眉を顰めたけど、すぐに立て直して、また貴公子然とした微笑みを浮かべた。
「少し長居をしてしまったようだ。イリアス殿下、どうぞ滞在の間はゆっくりとされるよう」
「どうでしょうか。このような外交外の些事が無い事を祈りましょう」
去り際の定型文にまでいちゃもんを付けるうちの殿下。「あなたのせいでゆっくりもできません」って殿下の言葉に、第七皇子のこめかみがピクッと動く。容赦ないね。
「まことに些事が煩わせぬよう、貴殿も『厄災』と深く関わらぬことをお勧めします」
負け惜しみのように何か不穏な単語を吐いて、リヨウさんをねめつけながら第七皇子は去って行った。
その言葉に、ファルハドさんが腰の剣に僅かに手を掛けたのが見えた。それをリヨウさんがそっと手を添えて止める。おそらく、「厄災」という言葉が、リヨウさんを指す言葉なのだろう。
「国賓と遇すべき皆さまに、不快な思いをさせて申し訳ございませんでした」
リヨウさんが私たちに深くお詫びする。全然リヨウさんのせいじゃないのに。
そもそも、第七皇子は首都セラにいるはずで、ここにいること自体がイレギュラーみたい。恐らく、あの湖畔の離宮に滞在する予定という皇族が第七皇子と思われ、そこへ行く途中で私たちと接触するためにこの州城へ来たのだろうとのこと。避暑のために離宮に来たのだろうけど、リヨウさんの活躍を聞きつけて、少し予定を変更してやって来たようだ。
それに、この回廊はリヨウさんのテリトリーになる宮へ繋がるものなので、偶然通りかかるということは無く、わざわざリヨウさんに何かするためにここにいたと思われる。
「気になさるな、リヨウ殿。久々に相手を気遣わずに会話して、とても楽しかった」
「……それは、何よりでした」
イリアス殿下の発言に、リヨウさんは若干引きながらも無難に挨拶した。ここ最近、イリアス殿下が多少丸くなったと感じていたけど、本人は気を使っていたのか。あれで?
「ハル。何か言いたそうだな」
「いえ、何もありませんが?」
こちらに流れ弾が来た。即否定すると、殿下は「今回は見逃してやる」みたいな雰囲気でフンと鼻で笑った。
「それにしても、あの方は何をしに来たのでしょうね?」
ユーシスさんが訝し気に疑問を呈するけど、何も思いつかないまま、王子が待機しているリヨウさんの宮までたどり着いてしまった。
するとセシルさんが、「ちょっと気になることがあるので、情報収集してもいいですか?」と言って、リヨウさんに許可を取ると、サルジェさんを連れて、元来た方向へ戻っていった。その行動力、何かすごい頼りになるね。
そして、部屋の扉を開けると、そこで第七皇子が何をしに来たのかを、私たちは知った。
そこには、灰になりかけているドレス姿の「オレリアちゃん」がいた。
そうだ。万が一に備えて、王子にはオレリアちゃんになってもらっていたんだった。
「いったい何があった」
イリアス殿下がちょっと面倒くさそうに尋ねると、一緒にいたリウィアさんが、かなり言いづらそうな感じでため息を吐いた。
「先ほど、第七皇子のリエン殿下がこちらにお見えになって……」
ぽつぽつと説明してくれた内容は、随分婉曲に言っていたけど、要はそこにいた絶世の美女のオレリアちゃんに、第七皇子がちょっかいを出したとのこと。
ああ、あの廊下で出会ったのは、オレリアちゃんにちょっかい出した帰りだったのか。で、返り討ちにされたのであんなに不機嫌だったのね。
リウィアさんは最初、公爵家嫡子として対応しようとしたけど、王子がそれを止めたので見守っていたらしい。で、無礼なというか傲慢な第七皇子の態度というよりも、どちらかと言えば、王子が「タイヤキ・アンミツ……」と呟き出したので、それに肝を冷やしたと言っていた。
それって、前の劫火の魔術の呪文だよね。ここで使ったら、間違いなくテロ行為になってしまうところだった。
それにしても王子、新しい呪文が出てこないくらい、よほど不快な思いをしたんだね。
その後リウィアさんは皇子に追い出されちゃったみたいだけど、不穏な気配を感じてスコルとハティに乱入をお願いしたそうだ。
聞けば、あと少し遅かったら長椅子に押し倒されるところで、スコルとハティが助けに入ったようだ。ハティが「みんなでお昼寝?」と言って、王子と第七皇子の間に入って、スコルが軽く威嚇したら、皇子側の人が、二人が最上位魔獣だって気付いて、第七皇子を諌めて引いた事で、なんとか事態は収拾したみたい。
「クソ!ハル、何か美味いものをくれ!!」
「はい、喜んで!」
そんな訳で、王子のストレス発散に、私はストックしておいたおやつを大量に出した。レアリスさんですら気遣って、王子の大好きなカフェオレを丁寧に淹れてあげてた。
何かを忘れるかのようにバクバクとおやつを頬張る王子だったけど、突然「ウッ」と苦しみだした。え⁉毒?毒でも入ってたの⁉
「リウィアさん!解毒、解毒!」
「えっと、違うと思います。多分、食べ過ぎでコルセットが呼吸を圧迫しているのかと……」
「え!じゃあ、早く脱がせないと!」
そう言って、王子の服に手を掛けるけど、何この複雑な構造。
一番ドレスと関係のあるリウィアさんは、いつも着させられる側なのでよく分からないようだ。これを着せたセシルさんは席を外しているし、どうしよう!
セリカの男性陣も右往左往している。
「ここはファルハドさんが!」
「レンダールのドレスの構造など分かるか!」
ラハンさんの叫びに、ファルハドさんが変なツッコミを入れる。
「ええ⁉あとこの中で、女性の服を脱がせるのが得意そうなのは……」
ラハンさんの声に、その場の視線が一カ所に集まる。
「「「「「フォルセリア卿」」」」」
「とんだ言いがかりだ」
ユーシスさんは、さっきの第七皇子との対峙と同じくらいのいい笑顔になった。
いや、今はそんなことより、王子がピクピクと痙攣しはじめたんですけど!
「うわぁん、王子、死んじゃやだぁ」
私が王子に縋って泣いているカオスな状況の中で、スルスルとレアリスさんが王子に近付いた。そして、私をそっと王子から引き剥がすと、見事な手付きでしつけ糸やコルセットまで綺麗に取っ払ってくれた。
王子が泡を吹きながらも息を吹き返す。良かったぁぁ。
「……レアリスさん、俺たち側の人間だと思っていたのに……」
「二十日以上も一緒にいて、まだあいつという人間が掴めない」
ラハンさんが悲し気に呟くと、アルジュンさんも同調して頷いた。ファルハドさんも、淡々とした無表情のレアリスさんを眺めて、悩まし気に呟いている。
「うぅぅぅ、……ハッ、俺はいったい……」
そうこうしているうちに、王子が目を覚ました。美女カツラとカラコンとお化粧はそのままだけど、とりあえずユーシスさんが王子をいつものジャージに着替えさせていたので、違和感満載の王子でお送りしております。
『大丈夫か?お前、あんま無理すんな』
「ほぼ、自業自得だがな」
心配したガルが膝枕ならぬ腹枕をしていたので、王子がその感触とガルの優しさにいたく感動して、ぎゅーっと抱き付いていると、イリアス殿下がいらんことを言う。
まあ、間違いなくやけ食いが気絶の原因だけど、完璧を期すために女性もののコルセットを強要したセシルさんにも原因はある。いや、女性ものが入った王子が悪いのか。
とりあえず、二組がそれぞれにあったことを報告することになったんだけど、なんやかんやしているうちに、セシルさんがサルジェさんと戻って来て、今あったことをチラッと説明をした。セシルさんもサルジェさんも、何となく察したらしい。まあ、セシルさんは半分以上楽しんでいたみたいだけど。
「そういえば、思い出すのも悍ましいが、あのクソ変態、変なことを言っていたな」
王子が腕にさぶイボを発生させながら、何やら思い出したようだ。ちなみに「クソ変態」とは第七皇子のことだね。
「そういえば、殿下が言い寄られて断った際に、リヨウ様のことを『自分だけが神獣と縁を得ることが出来ると思っているのも今の内』とおっしゃっていましたね。その後すぐに私は追い出されたので、詳しいことは伺っておりませんが」
リウィアさんが補足すると、また王子の魂が抜け去った。さぶイボの事案は、リウィアさんが追い出された後にあったんだね。うん。貴重な情報を引き出してくれた、王子の犠牲は忘れない。
「白帝が人間に与するなど、ハルを知る前でしたら絵空事と思っていたでしょう。だから、リエン兄上の言は、自分が我らのように円満な状態で、白帝と相識以上の間柄になれるという意味では無いかと」
白帝って白虎さんのことだ。
リヨウさんが言うのは、お兄さんが本気で白虎さんとお友達になれると思っての言葉ではないということ。恐らく、何らかの良くない手段で、白虎さんを味方に出来ると確信していると思われる。
やだなぁ。レジェンドを意のままに出来るとか、本当にやめて。そんなことが出来る人がいたらとっくにやってるだろうし、出来ないからレジェンドは不可侵の存在なんだよね。
むしろ出来るなら、白虎さんじゃなくてシロさんをどうにかして改心させてほしい。
「それですが、城内にはすでに、神獣が白陵王殿下へ友好を示していると言う話が出回っていました。それを今度の会同で示すと」
城内を短時間で回って来たにしては、凄い情報量だった。するとセシルさんは、「あら、可愛い女の子に聞けば、大概の事は分かるわよ」と宣った。一緒に行ったサルジェさんの高い信用度もあるだろうけど、セシルさんの見た目は華やかで優し気だから、女の子の警戒も緩くなっちゃうよね。凄いな。
でもそれって、話が事実と全然違うよね。
「リヨウ殿の功績を、自分のものにすり替えようという魂胆か。だが、やはり実際白虎とまみえれば、その事実は無根であると明らかになるばかりだと思うが」
イリアス殿下も不思議そうにしている。公式に皇帝陛下へ送る文書をすり替えるつもりなのか、それとも他に何かあるのかな。
「まあ、最悪を想定して動くべきだろう。言うのも憚られることだが、リヨウ殿の命を脅かす事態も考えの内に入れておかなければな」
そうか、そういう考えもしなくちゃいけないのか。
手っ取り早いのは、リヨウさんがいなくなれば、その功績はそのまま州侯、ひいては白陵王さんに転がり込むものね。もしかすると、それを見越して第七皇子は、リヨウさんに取って代わる為に州城に来たのかもしれない。
私が、発言者であるイリアス殿下を見上げると、殿下は鼻で笑った。でも、不思議といつもの感じの悪い笑い方じゃなくて、どこか安心できる笑い方だった。
「そんな心配そうな顔をするな。公式の手柄をそう易々と変えさせないよう、我々がいる。レンダールにとって、白陵殿と知己を得るより、リヨウ殿の手を取る方が利があるからな」
「……イリアス殿下。それって、ご本人の前で言わない方がいいんじゃ?」
私がご忠告申し上げると、リヨウさんが楽し気に笑った。
「私は、イリアス殿下のご期待に沿えるよう精進いたします」
「ああ、大いに期待させてもらおう」
何か、とってもいい感じだね。殿下の方がリヨウさんより一歳年下のはずだけど、殿下は凄い不遜な態度だ。きっとリヨウさんみたいに広い心の持ち主じゃないと、殿下とお付き合いするのは大変だろうから、リヨウさんを大切にしてね。
「相変わらず、お前のその温い顔は苛立つな」
「温かい目で見ていると言ってください」
私と殿下が言葉という武器で戦っていると、フフッとリヨウさんが笑みをこぼした。
「私は、本当に隣人に恵まれていますね」
柔らかい笑みを浮かべたリヨウさんは、私たちに目を配って、ふと表情を改めた。
「これからも、あなた方とは良い関係を保って行きたい。だからこそ、私のことを正直に申し上げてもよろしいでしょうか」
リヨウさんの声が少しトーンダウンした。
そのリヨウさんの肩に、そっとファルハドさんが手を置くと、力強くリヨウさんが頷く。
「先ほど、回廊で兄上が私のことを『厄災』と呼びました。そのことについて、皆さんに知っておいていただきたいと」
セリカの人たちの表情が固くなった。この場にいる人達はみんな知っているようだ。
「まず、ハルはこの国についてあまりご存じないと思うので、少し説明をしますね」
そう掻い摘んでリヨウさんが教えてくれたのは、皇帝とスキルのことについてだった。
この国は、皇帝が天子として人の国を預かるという思想があり、皇帝は陽の気の象徴として国を治めているとのこと。陽とは能動的な性質、つまりプラスなイメージのことで、皇帝は絶対的な存在を象徴していると言われているようだ。
対する性質は陰と呼ばれて、陽とは反対に受動的な性質で、陰と陽は善と悪のような関係ではなく、表裏と言うか対の存在という思想らしい。
スキルにも、そのように性質を分けて考えることがあるようで、当然のように、皇帝には陽の性質のスキルがこのまれる。そして、陰のスキルとは、一般的に忌まれるものを多く含んでいるということらしい。
「私のスキルは、『腐蝕』です。そしてこのスキルは、古来より万物にとっての不吉と呼ばれているものです」
「腐蝕」は、あらゆるものを腐らせ、そして朽ちさせるスキルらしい。
そうか。確かに「腐蝕」は陰か陽かで言ったら陰だと思う。それも聞く人によっては、とても悪い印象を受けるかもしれない。皇族としては、あまり好まれない性質のスキルというのも分かる気はする。
きっとリヨウさんは、このスキルのせいで、しなくていい苦労をたくさんしてきたんだろう。
荒野でクルーエルの襲撃の前、リヨウさんは自分のスキルの話をした時に、とても痛ましい表情をした。その意味がやっと分かった。
さっきリヨウさんが教えてくれたとおり、陰と陽は対の存在で、善と悪を分けるようなものじゃないって、それは本人も分かっているんだと思う。それでも自分からあの第七皇子の言葉を否定しない原因が、そしてあの痛ましい表情をした何かがあるんだと気付いた。
「このスキルを初めて発動したのは、十二の時でした」
リヨウさんは、少し顔を俯けて一つ息を吐くと、すぐに顔を上げて言った。
「私はこのスキルで一つの里を滅ぼしました」
リヨウさんの肩に置かれたファルハドさんの手に力が入るのが見えた。
「私のスキルは、兄上の言うとおり、『厄災』というのに相応しいスキルなのです」
部屋の中に聞こえるのは、リヨウさんの静かな吐息だけで、その他は息をひそめるような沈黙が下りた。
緊迫する空気ですが、マズいことに気付いてしまった。
王子、美女カツラと化粧したままだった。
次回も真面目にお送りします。
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